海底神殿⑬

 ――痛ぇ……。


 これくらい『鉄』の魔法を使用している状態なら何の問題もない。だが右半身、グローブとワンドまでない状況ではそもそも魔法が解除されてしまっているのだ。


 これではただの人間と何も変わらない。手足はすぐに再生してくるが、だからどうだと言うことだ。


 運の悪いことに魔法師の再生能力の遙か上を行くモンスターが完全な復活を果たし上体を起こしてきた。


 アンペラーが怨念に満ちたオーラで島田を見下す。


 ようやく島田も手足が再生し終えた。しかしワンドもグローブもない今、まるで無力。


 次の一撃、何をされてもほぼ無条件に死ぬ。


 ――クソ、馬鹿やっちまった。


 島田は心では諦めつつも本能的にウェストポーチに手を伸ばした。予備のグローブとワンドに触れる。


 だがそれを装着させてくれる暇はなさそうである。


 もう駄目か、と思った時だった。


 黄色い煌めきが視界を支配する。

 ッドゴン――と、煌めきに少し遅れて鼓膜を震わす爆発音が神殿に轟いた。


 万雷の超常的な爆熱がアンペラーの胴を穿ったのだ。その凶悪な一撃に蛇はその身を震わせる。


 その意識が島田から外れた、チャンスとばかりにグローブを取り出し装着し始める。


 アンペラーは煩わしそうに尾で弧を描いた。


「なっ!?」


 島田の瞳には、尾の打撃によって弾き飛ばされる伊佐木の姿が映った。華奢な体が壁に打ち付けられ、力なく落ちていった。血にまみれた状態、もう意識はないのだろう。


 ――もたもたしてられねえ!


 グローブを填め終わり、ワンドのトリガーを長押しする。アルター機能が発動、首から下が漆黒の鉄に覆われ、手には白銀の籠手が付与された。


 アンペラーのクチバシが三度開く。


 ――どうする!?


 あの冷凍ブレスをどうにかしなくては話にならない。


 だが打つ手は――視界の一点にが入る。

 それは派手な戦闘によって壊れた神殿の柱だった。


 島田の脳裏に逆転のイメージが浮かび上がってくる。


「もう面倒はなしだ!」


 側にあったその石柱を両腕で掴む。

 腰を落として全身を捻り、太い石柱を力任せに投げた。石柱は空を切り冷気を目指す。


「グオッ!」


 投擲された石柱が大きく開かれたクチバシの中に入り込んだ。喉に直撃したのか、咽せるような声をアンペラーは張り上げる。


「直接やってやる!」


 島田は足に力を込め、一気に地面を駆け出した。


 ほぼ同時にアンペラーが呼吸を阻害する石柱を無理矢理吐き出す。


 島田は加速する勢いをフルに使って跳躍した。


 そして吐き出された石柱に足を付ける。そこを足場にさらに二段階目の跳躍に挑んだ。


 二段階のジャンプによって極限まで飛びきった島田の体。その高さが狙うものはただ一つしかない。


 天井を蹴りつけ、落下にエネルギーを加える。


「喰らえぇ!」


 人体の尖った打撃特化部位、右の肘を打ち下ろした。アンペラーの頭蓋骨に、その肘鉄が抉り込む。


 その肘を落とされた顔は床と衝突し接吻する。クチバシは折れ、顔面は崩壊し眼球が飛び出す。それも異常なスピードで再生し始めた。


 だがモンスターの意識をわずかでも奪った。

 それで充分だった。動けない隙を突いて、首の付け根の辺りに移動する。


 島田は手刀の形を作り、そこにスクリューを織り交ぜた抉り込みの突きを入れた。


 突きは堅い皮を破り、柔らかい肉に侵入していく。

 その中に一つ固い感触があった。


 捜し当てた直方体の形、それを引きずり出す。

 島田の手にはアンペラーのコアが握られていた。


「これで――」


 黒いコアを右手で鷲掴みにする。


「終わりだ!」


 味わった苦渋を込めて指に力を入れる。直方体のそれはピシピシと亀裂が入っていく。


 そしてついに圧に耐えきれなくなったコアが砕け散る。


 コアは黒い粒子となって宙に上って消えていくのだった。

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