青結晶の洞窟⑲

「さっきからモンスターと遭遇しないな」


 奇妙な感覚に川蝉はついそんなことを口にしてしまう。前までならカワズの一匹や二匹とは遭っていた気がする。


「ダンジョンの規模でモンスターの総量はおおよそ決まるわ。もう限界に近いまで狩ったからでしょうね」

「なるほど」


 そう言われればかなりの数を倒してきた。特に一階のフロアでの死闘は百体以上やってきた。そのおかげなのかもしれない。


「それともう一つ聞きたいことがある」


 川蝉がダンジョンを彷徨さまよう中で問いかける。


「何かしら?」


 八雲が涼しい顔でそう返してきた。


「もしこのままボスを倒せなかった場合はどうなる?」

「簡単ね、ここに閉じこめられるだけだわ。次にこのダンジョンが開くには最短でも一週間はかかる。つまりどんなに運が良くても一週間はこのままってことね」


 八雲は最後に言葉を付け足す。


「そこから生きて出られた者はいないけどね」


 食料も何もない状態であれば、そうもなってしまう。肉体的にも精神的にも追いつめられれば、弱小モンスターにだってやられてしまう可能性もあるのだ。


「じゃあ今度は私から一つ質問をしてもいい?」

「構わない」

「どうして貴方はそんなにお金にこだわるの?」


 根本的な質問をされた。川蝉としても答えない理由がなかった。


「妹を助けるのに必要なんだ」

「そんなに妹さんのこと大切なの? 命を失うリスクを負うほど」

「……たった一人の家族なんだ。命をかけるには十分過ぎる。失えば俺には何もなくなる」


 今までも妹のためだけに生きてきた。


 思えばそれは川蝉にとって生き甲斐と言えるものだったのかもしれない。仮にそれがなくなったとしたら、川蝉は生きる理由そのものがなくなってしまうような気さえしている。


「少しだけ貴方のことが理解できた気がする。その向こう見ずな部分の根底を垣間見た気分よ」

「満足してくれたならそれでいい」


 そう言って川蝉は太股のホルダーからワンドをすっと取り出す。

 それに呼応するように八雲も足を止めてワンドを構える。


 前方から動く影が見えていた。


 未知のルートであり、モンスターの可能性も高い。あるいはボスと言うことも。


「あれは……」


 八雲が眼を細めるとワンドを下げた。川蝉もじっと遠くを見つめていると、その理由がわかった。


「人か……」


 こちらに向かって走ってくるのは魔法師メイジの装備をした人間だった。


         *


「ああ!?」


 魔法師メイジの青年は川蝉達に気付くとその場で立ち止まった。さらにワンドまで向けてくる。


 表情を見ると、相当怯えている様子だった。

 何かにひどく追いつめられたような、目に見えて狼狽している。


 息を荒げる青年に、八雲が一歩踏み出す。


「落ち着いて、何があったの?」


 青年はキョロキョロと落ち着きなく首を動かす。何か警戒しているのかもしれない。


 だが何もないとわかると、ようやくワンドを下げてくれた。


「お前等、魔法師メイジの生き残りか?」

「そうよ」

「何だよ、心配して損したじゃねえか……」


 それを聞くと青年は安心したのか、肩の力を抜いて近くの壁に寄りかかった。胸に手を置いて乱れた呼吸をゆっくりと戻している。


 川蝉はそこに近づき、口を開いた。


「それで結局、何があったんだ?」

「それは……」


 青年は言いよどむ。そして時間をかけて言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。


「バカみたいに強いモンスターにやられた。そいつのせいで俺のグループはほぼ全滅だ」

「紅い奴か?」

「そいつじゃない。それとは比べものにならないほどヤバいんだって!」


 最後は冷静さを忘れて訴えてくるような口調だった。


「とにかく、アレには近寄っちゃ駄目だ。見かけたらすぐ逃げる。ヤドクほどのスピードはないと思うから運が良ければできるはずだ」

「そうは言ってもな……」


 川蝉と八雲は顔を視線をさりげなく合わせる。

 青年の恐怖は伝わったが、このまま何もしないわけにはいかないのだ。


「ちょっと貴方、支給されたタブレットを貸してくれないかしら? 悪いようにはしない」

「え、別にいいけど」


 青年はポケットからタブレットを出して、八雲に渡した。


 それをイジくる八雲を置いて、青年は川蝉に質問をぶつけてきた。


「そういや、アンタ達は同じグループなのか?」

「いや、違う」


 川蝉は首を横に振る。


「俺は川蝉と言うもので、あっちは八雲だ。元々違うグループだったが、偶然出会って今は行動を共にしている」

「違うグループって他の奴らはどうしたんだ?」

「八雲は元々一人で動いていたらしい。俺のところは、見ての通り俺しか残っていない。二人死んで一人はターミナルで戻った」

「そうだったのか」


 そんな会話をしていると、八雲が青年に黒いタブレットを差し出した。


「島田和夫君、ありがとうね。返すわ」

「ああ、どうも」

「『蝦蟇仙人』なんて大した名前を付けたものね。じゃあ早速だけど案内してくれるかしら?」

「どこに?」

「そんなの決まっているじゃない」


 八雲は迷いなくハッキリと言い切った。


「貴方が出会ったの居所よ」


 川蝉も何となく予想はしていた。ヤドク以上の強敵であれば、このダンジョンではもはやボスしかいない。


「何言ってんだ、人の話聞いてたのか!?」


 島田は語気を強めてしまうほど取り乱す。


「あいつはマジにヤバいんだって。シャレになんねえ。行ったら絶対全員殺される」


 迫真の言葉に、それほどの恐怖を体感したことが伺える。


「あらそう」


 しかしそれも八雲は冷たく受け流した。


「でもどのみち私達はボスを倒すしか道はないわ。そうでなければ帰れない」

「何か他に帰れる方法あったんじゃなかったっけ? あれ、ターミナルとか」

「もう時間切れよ」


 その話題はすでに終えている。制限時間はとっくに過ぎていた。島田もタブレットの時間を確認すると、信じられないと言った表情で眼を見開く。


 それに追い打ちをかけるように八雲は口を開いた。


「迷っている暇はないわよ。このダンジョンのモンスターをほぼ狩り終えた今は楽に移動できるわ。でも時が経てばモンスターは新たに生み出される」

「そうなのか?」と川蝉。

「ダンジョンってのはモンスターの巣だからね。ここで彼らは産み落とされ、育つ。親ではなくこの空間そのものが母胎であり、それがモンスターを産むの」


 ダンジョンとは異質な存在だった。

 川蝉の中でここに対する謎が益々深まってしまう。


「だから私が言いたいのは、モンスターの少ない今が最高のチャンスなの。もしモタモタと一晩過ごせば雑魚を含めた乱戦になる。そんなことは、百害あって一利なしよ」


 断定した口調で八雲は言い切った。


 言っていることに間違いはない。逆にここで留まっていてもいいことが一つもないのだ。


「ほ、本当に行くのか?」

「もちろんよ」

「アンタもそうなのか?」


 懇願するように島田は川蝉の方を向いた。

 だが川蝉にはその期待に応える気はなかった。


「ああ、そのために残っているんだ」

「死ぬぞ?」

「それはここにいても同じだ。ボスを倒さなければ、ここに閉じこめられたままなのだから」


 島田は味方がいないとわかると俯いて押し黙った。彼なりにいろいろと考えているのだろう。


 川蝉も島田の気持ちがわからなくもなかった。ヤドクに散々苦い思いをしてきた。それ以上ともなれば生半可なものではない。避けて通れるものなら全力でそうしたいものである。


 だがどう結論をしても、答えは変わらない。選択肢は戦うか死ぬかの二つなのだ。

 五分ほどの沈黙の後、島田は諦めるように顔を上げた。


「わかった。まだいるかは知らねえけど、そこまで言うならできるところまで案内してやる」

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