青結晶の洞窟⑳
川蝉達は案内役の島田を先頭に、新たなルートを進んでいた。
至る所に青結晶の生えた洞窟。トゲトゲとした岩から水滴がすっと落ちる。不快に思うほどぬめりとした湿気が重苦しい空気を醸し出していた。
もはや見慣れた景色だと言うのに、ピリピリとした緊張感があった。向かっている先にいるここの主のせいだろう。
そのダンジョンの主のことを考えていると、川蝉は疑問が沸いてきた。
「ところでボスはどうやってそっちのグループを全滅させたんだ?」
「それは……」
敵の情報はできるだけ事前に知っておきたかった。さっきは話が別の方向へ行っていたので聞きそびれてしまっていた。
島田は辛そうな表情で口を開いた。
「『油』だ」
「油ってあの?」
「そう。たぶんよく知っているアレだ。奴はそれをまるで自分の体のように縦横無尽に使うんだ。俺の友達だった奴の一人はその油で腕を千切られて死んだよ」
そう言えば七瀬は水の魔法の使い手だった。そしてその水を自由自在な形に凝固させ操っていた気がする。
それの強化された形なのかもしれない。
「しかも時にはいきなり油から火炎が吹き出る。グローブもワンドも一瞬で溶かすほどのものが」
「つまりその油に気を付ければいいのか」
「簡単にできれば苦労はしない。量が尋常じゃないんだよ。それこそ、こんな通路なら埋め尽くせるレベルだ。それにそれだけじゃない、何つうか言葉にできないヤバさがあるんだよ」
島田の体験した恐怖。
確かにそれは言葉だけで伝わってくるものではなかった。
そう思っていると通路が終わり大部屋に入った。
天井には氷柱のような岩が並び、地面には照明代わりの青い結晶がある。端の方には小さい池のような水溜まりがあった。
何の変哲もない、もはや見飽きたような大部屋の景色である。
だが――
「!?」
心臓を何者かにぎゅっと握られる感覚が不意打ちのように訪れた。
何もないのに『死』と言う感覚だけが、脳裏にこびり付いて離れない。体温が一瞬で奪われ、冷えた汗がどっと流れ出てきた。
生殺与奪の権利を奪われた感覚に陥る。
ゴクリ――と、川蝉は唾を飲み込んだ。
大部屋の中央で何かが蠢いている。
「あ、あれだ……」
上擦った揺らぐ甲高い声で島田は一点を指で示す。
そこには黒い臭気を体言したような醜悪が胡座をかいていた。
小さい老人が背中を丸めて座っている。頭頂部は禿げて、サイドにあった髪だけが異様に長い。白髪交じりの眉は頬にも届きそうで、髭は明らかに老人の背丈よりあった。
はだけた黄土色の着物からは、シミだらけの肌と浮き上がったアバラが見える。その手には木の杖が握られていた。
その老人が座っていたものは生物だった。蝦蟇ガエル、全身がイボだらけであり体が球体だと錯覚するほど太っていた。それは虚ろな瞳で、退屈そうに舌を出し入れしている。
その放つ魔力の桁が違った。肌に微細の電流が突き刺さってくるようである。
老人はこちらを屈託のない笑顔で見つめてくる。もうすでに川蝉達のことはバレていた。これで奇襲はまず無理だろう。
そして「オホホ」と笑いながら、赤い何かザクロのようなものを食している。赤と黒と白の入り交じった人肉だった。
「浩一郎……」
言葉を失った島田が後ずさる。
――こいつがボスか。
蝦蟇仙人と八雲は言っていた。タブレットでの情報なのだろう。
確かにその浮き世離れした雰囲気は仙人と呼ぶに相応しいのかもしれない。
遭遇した時点でわかってはいたが、しかし圧倒的なオーラである。
それほどの強さ。だがあの敵を倒せば破格のポイントが入ってくる。その資金がくれば、優季の体も……。
川蝉は前に出てワンドのトリガーに指をかける。どんな相手であれ、下がるつもりはなかった。
八雲も川蝉に並んできた。不意にその手にあったワンドが変質して剣の形態になる。
「とどめは譲って欲しいのだが」
「そんな余裕があったらね」
仙人は最後に残った肉塊を飲むように食べる。その瞳は川蝉達を見据え、ニッコリと人畜無害な顔で笑みを浮かべるのだった。
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