青結晶の洞窟⑯

 死にかけても川蝉の体は再生していく。この再生能力がヤドクにとっては自動で増殖する食料になるのだ。


 再生が進み心臓も元通りになる。受けた傷は完全に塞がっていた。


「?」


 同時にだんだんと意識がはっきりとしてくる。

 そこで一つの疑問が当然に浮かんできた。


 何故自分はまだ五体満足で生きているのか。

 もう首だけになっていておかしくないはずだ。


 視界が戻っていく。


「これは……」


 絶叫――そこには予想外の事態が起こっていた。

 川蝉は目の前の光景に目を見開かせてしまう。


「ギャァァァァァァ!」


 ヤドクの断末魔が洞窟に木霊する。


 その体には刃の断片の付いたワイヤーのようなもので縛られていた。


 そして何より


 蒼い炎がヤドクの全身を包み込み、その鉄壁だったはずの皮膚を直に焼いていく。川蝉とは比べものにならない威力の魔法だった。


 炎に抱かれたヤドクはやがて消し炭になる。黒こげになると脆い砂城のごとく崩れていった。


 たぶんコアごと焼き払われている。だから再生もしなかったのだ。

 そしてヤドクが崩れると、その後ろにいたらしい人物が視界に入ってくる。


 灰の中から現れたのは、蒼い陽炎に揺らめく一人の少女。


「貴方――」


 ヤドクに巻き付いていた刃の付いたワイヤーが、少女の手にあった剣の柄に戻っていく。ワイヤーがうねり完全に柄に収納されると、そこには普通の剣だけが残った。


「――運がよかったわね」


 少女は川蝉を見下ろしてそう言い放つのだった。


          *


「助かった」


 川蝉は地面に落ちたワンドを拾って立ち上がる。服に付いた汚れを払い、正面にいる少女を見た。


 黒いジャケットに短パン、タイツにミリタリーブーツと制服自体は間違いなく女子用のそれだった。


 長く流水のような艶やかな髪をした少女だった。すらりとしたモデルのような体型に、陶器の白く綺麗な肌をしている。頭から指先まで何一つとして欠点のない完成された華の雰囲気があった。


 透き通ったダイヤモンドのような瞳が物憂げにこちらを見つめてくる。


「貴方、名前は?」


 薄ピンクの唇が開き、尋ねてくる。


「川蝉透。そっちは?」

「私は八雲美雪」


 八雲は無機質な声でそう答えた。するとその手に持った剣が発光し、見慣れたワンドの形になった。


「どうなっているんだ、それ?」

、ワンドの力をさらに引き出すものね。それなりの実力を認められれば支給されるわ」


 つまり八雲は素人ではなく、熟練者であると言うことだ。おそらく京葉よりも優れた魔法師メイジなのだろう。


 そこで一つ、川蝉はダンジョンに来る前のことを思い出した。皆がグループを作っている中、八雲は一人で佇んでいた。


「キミは一人なのか?」

「それはそっちもでしょ」

「いや、俺は元々グループで行動していた。だがキミは最初から一人だった気がする」

「そうね。群れるのが苦手なの」


 八雲はじっと川蝉をのぞき込むように見てくる。あまり視線が強烈なので、川蝉は不思議に思う。


 そんな八雲が不意に口を開いた。


「生き残ったのはどれくらいかしら?」

「うちのグループは二人死んで、一人がターミナルから抜けた。あとどこかのグループが全滅しているのを前のフロアで見た」

「リーダーは誰?」

「京葉奈々」


 京葉、会話もほとんどせず、出会って二十分もせずに死んでしまった。それでも川蝉の記憶には妙に印象に残っていた。


「たぶん上のフロアで見たのは酒井君のグループね。そうなると後は小林君のグループがどうなっているか」

「詳しいんだな」

「そうかしら、でも顔を知ってる程度よ。付き合いはあまり長くはない」


 表情で何となくわかった。反応が淡泊なのだ。


 八雲はタブレットを出して、使用済みのターミナルに視線を変える。


「それにしてもどうして貴方、そこのターミナルで帰らなかったの? もう時間よ」


 制限時間のことだろう。川蝉も自分のタブレットを出して確認するが、見事に0の表示が並ぶだけだった。


「仲間の一人はもう戦える精神状態じゃなかった」

「それで譲ったの?」

「いやそれはあまり関係ない。まだ俺にはここですることが残っている」


 七瀬のことは同情していたが、理由の一番はそこではない。


「ボスがまだ残っているはずだ。一番稼げるモンスターが。それを倒すまでは帰るつもりはない」

「もう時間終わっているけど」

「どうかな。制限時間はあくまでターミナルが使える時間だと思っている」


 ダンジョンから元の世界に戻る方法――それはターミナルを使うことか、あるいはボスを倒すことのどちらか二択。


「ターミナルと違って、ボスを倒すとダンジョンそのものが消滅する。結果として強制的に元の世界に戻されるとタブレットにはあった」


 そしてその根拠はもう一つだった。

 目の前の少女である。


「だからキミだって残っているんだろ?」


 制限時間は過ぎた。それは何も川蝉だけのことではない。

 八雲だって同じだ。それにも関わらずまるで絶望した様子はない。


 つまりあるのだ。制限時間を過ぎても帰る方法が。


「その通りよ。ボスに関しては時間制限はない。それにしても……」


 八雲は急に接近してきて、下から川蝉の顔を観察してくる。まるで珍獣でも見ているかのような瞳だった。


「いきなりボスを倒すだなんて、貴方本当に初めてなの?」

「ああ、そうだが」

「ふぅん……」


 川蝉から八雲はすっと顔を離す。それでも視線は外してこなかった。


「やっぱり面白いわね、貴方」

「そうなのか?」

「ええ、とっても。あまりいないタイプ」


 その言葉はそのままそっちに返したい、と川蝉は思ったがそれを胸にしまい込む。


 八雲はワンドを太股のホルダーに収めた。


「まあいいわ。ここからは一緒に行動しましょう。実はちょうど困っていたのよね」


 八雲が歩きだし、川蝉はその隣を行くのだった。

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