青結晶の洞窟⑭

 大部屋からまだ未踏となっているルートを行く。


 川蝉はポケットからタブレットを取り出し、その画面を一瞥してすぐに戻した。


 ――急がないとな。


 若干、焦る気持ちが芽生えてしまい足が自然と速くなる。


「あのどっちが使うっすか?」

「何が?」

「ターミナルっす」


 七瀬がさらに言葉を続ける。


「もう時間あんまりないっすよね」

「そうだな」

「探せてもあと一つくらいしか……」


 残りは五分程度しか残っていなかった。ここまでの道のりに時間をかけ過ぎている。


 特にカワズが天井から大量に振ってきた戦闘は、その後の休憩も含めて時間をかなり消費してしまった。


 たぶんあと一つでも見つけられれば恩の字である。二つ分は奇跡でも起きないと不可能だ。


 だが川蝉はそれで構わなかった。


「見つけたらそれはキミが使えばいい」

「川蝉さんは?」

「俺はまだやることがある」


 川蝉には今の状態では足りなかった。カワズは一体3ポイント、ヤドクは一体で25ポイント、タブレットによればそうなっていた。


 金額的に言えば一千万はすでに超えている。カワズはかなりの数を倒しているし、ヤドクもすでに四体は葬った。


 だがそれでもなお、川蝉の求める金額には程遠いのが現実である。


「川蝉さん、やることって何すか?」

「それはここの――」


 そこで川蝉は言葉を止める。

 そしてある一点を見つめた。


「あっ!」


 それに七瀬も気付いたらしく、目を真ん丸にする。


 通路の途中、赤い光源が目に入った。

 ターミナルの灯りである。


「よし」


 川蝉は小さく握りこぶしを作り喜びを噛みしめる。これでせめて七瀬だけでも帰せそうだった。


 二人で小走りにターミナルに近寄っていく。


「!?」


 だがすぐに速度を落とすことになった。川蝉はすぐにワンドを構える。


 紅蓮の悪魔が笑う。

 前方から紅のメタリックカラーが小さく煌めいて来るのが視界に入った。


 ――こんなところで……。


 水を差すように登場する紅い魔物。

 愉悦する迷宮の狩人。


 ヤドクが散歩でもするかのような雰囲気で歩いていた。


 一本道と言うこともあり、当然こちらには気付いている。その上、ターミナルまで行けば遭遇は避けられない。


 幸いヤドクは小さく見えるほど遠くにおり、ターミナルまでは川蝉達の方が確実に早く到着できそうではあった。


「少し浮かすから」

「へっ? うわぁ!?」


 川蝉はワンドのトリガーを引いた。風を発生させ、それで自身と七瀬の体を前方に運んでいく。


 浮力でターミナルにたどり着くと、川蝉はすぐにその中身を目視で調べた。

 こちらは中にモンスターが潜伏していると言うことはなかった。


「問題はない。入れるぞ」

「あの……」


 七瀬が俯いてぽつぽつと喋り出す。


「本当にいいんすか? 私全然役に立ってないし、死んでも仕方がないって言うか、川蝉さんが使うべきだと思うんすけど……」

「いや、さっきも言ったが俺は全然ターミナルに興味はないから。それとも一緒に残るか?」

「それは嫌っすけど……」

「じゃあ決まりだな」


 川蝉は歩くヤドクに注意を向けつつ、七瀬の背中を押した。自然と七瀬がターミナルへ入っていく。


「川蝉さん、本当にありがとうございます」

「どうも」

「もし――って、川蝉さんっ!」


 急に七瀬の声のトーンが跳ね上がった。ただごとではないのは、もう道中過ごしてきたのでわかる。


 川蝉はそのただごとではない様子の七瀬が見る視線の先に首を向けた。


「くっ……」


 全く嫌な光景が目に入る。川蝉も顔をしかめるしかない。


 二匹目――来た道からもヤドクがやってきてしまっていた。これでは通路の前方と後方、つまりになってしまっている。


「どうしたら……」


 奈落に落ちたような口調で七瀬は涙目になってしまう。

 川蝉はそれを横目で見て口を開いた。


「行ってくれ。こっちは何とかするから」

「でも――」

「勝てる相手だ、それにこれくらいのことは慣れてきた」


 本音を言えば全くそんなことはなかった。


 少なくともあの二体は、一体ずつ来てくれる様子はない。


 今までの中でも最悪の最悪に入る部類である。

 それでも七瀬を送るには精一杯の虚勢を張らなければならなかった。


「俺は死なない。目的を果たすまでは」

「……川蝉さん」


 川蝉の強い言葉によって七瀬も決心してくれたらしい。ターミナルの内部へ入っていく。


 ターミナルにある赤い床の光が強くなっていく。これから転移が始まることは簡単に予想ができた。


 川蝉はじりじりと後退しながら、七瀬の方を見る。その体は半透明になっていた。


 床の光が益々強くなっていく。強い魔力の力を感じた。これだけのエネルギーを使うから一つで一人しか使えないのか、そんなことを考えてしまう。


「あっちで会えたら会いましょうね!」


 七瀬はその言葉を残して消えていく。


 燃え尽きたようにターミナルの光はなくなり、暗く黒い床となっていた。

 あとは川蝉に窮地があるだけだった。


「ふう……」


 一つ大きく息を吐く。


 ヤドクは前方からも後方からもどんどん近付いてくる。

 頭をフル回転させ、生き残る道を模索するのだった。

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