海底神殿・エピローグ

 トランスポーター、蛍光色の緑が発光する部屋に七瀬は足を付けた。


 戻れた。あのダンジョンから立川に。


 今のところここには七瀬しかいなかった。部屋の中央に座している時計は深夜の一時三十分を示している。


 まだ他のメンバーは帰還していないのだろうか。

 そう思っていると、また一人帰ってくる光が見えた。


「ああ、戻れたのか」


 半信半疑な表情で帰還してきたのは島田だった。たぶん死闘のせいでまだ現実感がないのだろう。


 さらに二つの光が沸き上がる。

 そこから八雲と伊佐木が姿を見せた。


「伊佐木、よかった」


 島田はすぐに伊佐木の元へ駆け寄る。一方の伊佐木は直前まで気を失っていたこともあり、目覚めたばかりと言う感じだった。


「ここは?」

「帰れたんだよ、俺達!」

「え、あ……本当だ」


 ようやく状況を飲み込めた伊佐木の顔色がよくなっていく。

 島田も帰還を実感して涙を堪えていた。


「でも生きててくれ本当によかった」

「うん、ありが――って、きゃ――――っ!!」

「え、何――ガハッ!!」


 伊佐木の悲鳴があがり、島田が殴り飛ばされる。

 鼻血を流しながら、哀れにも島田は床に倒れていく。


「ちょ、ちょっと、どういうことよ!?」


 伊佐木は顔を真っ赤にして狼狽えていた。

 それに八雲が冷静に答えようとする。


「当然よ、だって貴方上半身と下半身が引き離されたんですから」


 伊佐木の体は当然、普通に存在している。

 だが問題は下半身だけが何も衣服がないと言うことだ。


 ようは下だけ裸の状態なのである。再生は魔眼からするので、再生も上半身から為される。当然、それが為されれば下半身はスッポンポンなわけだ。


「何だよいきなり――」

「ちょっとこっち見ないで!!」

「お前、え、あ、ゴメン!」


 その事態にやっと気付いた島田は顔を背ける。たぶん帰れたと言うことに感極まりすぎて気付いていなかったのだろう。


「とりあえずこれでも履いてなさい」


 そう言って八雲が唐突にズボンを脱ぎだした。おかげで彼女は黒のストッキングとパンツだけになってしまう。


 ズボンを受け取った伊佐木の方はそれはそれで困惑していた。


「え、いいんですか?」

「別に。帰りは黒業に専用のタクシー呼んで貰えばいいし」

「そう言うことではなくて……」

「?」

「いや、何でもないです」


 まるで羞恥心のない八雲に、さすがとしか言いようのない感情が浮かぶ。こういう状況も慣れているのかもしれない。


 伊佐木が貰ったズボンを掃き終えると、そこで新たな帰還者が現れた。


「おや随分とハレンチなお格好をしていますね」


 アマノが飄々とした様子で緑の床に降り立った。


「そうかしら」


 八雲に放っての言葉だったが、言われた当の本人は本当に気にしていないようである。


「これからはその格好でいたらどうです? 指揮も上がりますよ」

「じゃあ貴方も同じような格好で任務に臨んでくれないかしら」

「そんなに僕の下着姿が見たいですか、しょうがないですね。どうしても仰るなら出さないこともないですが」

「死ね」


 冷たい八雲の言葉にアマノは「あらあら」とだけ返すのだった。


 そして島田が立ち上がって口を開く。


「しかしここに帰れたってことは、やっぱ今回もボスを倒したのは川蝉か。あいつは本当にすげぇな」


 ここにいる人間はボスの間から離れて、再生に専念していたのだ。故に最後の戦闘には参加せず、いきなりダンジョンから戻されたのだ。


 それはつまり川蝉がボスを倒したと言うことになる。

 しかし七瀬には気掛かりなことがあった。


「あの、その透さんがまだ帰ってきていないんすけど……」


 正直に言えば他の誰よりも彼の帰還を待っていた。

 だがその姿が一向に現れないのだ。


 時計は一時四十分を示している。

 最初に七瀬が戻ってから、すでに十分が経過していた。


 何故川蝉だけが来ないのかわからず、沈黙が降りた。


「もしかしたら、帰って来ないかもしれませんねぇ」


 ふとアマノがそんなことを口にする。


「どういうことっすか?」

「相撃ちってことですよ。まれにあります。今回は敵が敵でしたからね」


 七瀬は不安で胸が苦しくなる。

 心配していた最悪のことをアマノに言い当てられてしまった。


 非情な現実を言うアマノに、八雲が不快そうな表情で近づいていく。


「ふざけたこと言わないでくれる?」

「僕は可能性の話をしただけです。貴方も知っているはずでしょ、


 そこまで言われると八雲も反論はできないようだった。ただ鬼のような形相でアマノを睨みつけるだけである。


「大丈夫だ」


 島田が邪険な空気の中でぽつりと、だが力強く言葉を続けた。


「あいつは帰ってくる。絶対に」

「島田さん……」

「あいつは任せろって言ったんだ。だから俺は絶対にあいつが帰ってくるのを信じて待つ。それが仲間ってもんだろ」


 島田はその場で座り込み、体育座りの姿勢になる。本当に何時間でも待つ様子だった。


 七瀬は初陣での集合の際、少しだけ島田のことを見ていた。だがその時とは随分と印象が変わった気がする。


「下らない、僕は帰らせてもらいますよ」


 アマノが手をブラブラと振ってトランスポーターの部屋から出て行こうとする。


 ――透さん!


 もう心配で泣きそうになりながら、手を組み祈る。


 するとそれに反応したかのように部屋の中央に光が射し込まれた。


「!?」


 そこから新たな帰還者が姿を見せる。


「あ……」


 そこには惚けた面の川蝉が立っていた。


 七瀬は嬉しさのあまり、急いで駆け寄って行こうとした。

 そこで気付いた。


「透さん――ってえぇ!?」


 川蝉は正にパンツ一丁の姿だった。

 辛うじてトランクスと靴下だけは残っている。


「み、みんな見ちゃだめっす!」


 七瀬は大慌てで川蝉の盾となって、その裸体を隠してやる。

 島田は何だかんだホッとしていて、伊佐木は恥ずかしそうに俯いていた。


「ふっ」とアマノは鼻で笑って部屋を出て行ってしまう。


 八雲は全く気にせず、川蝉に話しかけた。


「あら川蝉君、随分な格好ね」

「最後の最後で体のほとんどがあのレーザーとかで喰い千切られてほぼ首だけになってな。首から体が再生し始めた。それで真っ裸だからマズいと思って、下半身に残ったトランクスと靴下を履いてたら戻ってきてしまった」


 何というタイミングか。せめてズボンくらいは履かせてから帰還させてあげてもよかったのではないか。


「じゃあ私の上着、使う?」


 八雲がさらに脱ぎ出す。


「それならありがたく借りよう。このままでは外に出たら絶対に寒い」


 そこで七瀬が会話に割ってはいる。


「透さん、それなら私の貸しますよ! 八雲さんはただでさえ露出が多いっすから」

「ああ、助かる」


 安心した顔の島田もやってくる。


「おお、川蝉。それなら俺も何か貸してやるよ」

「じゃあズボンを貸してくれ」

「いやさすがにそれを渡すと俺もパンツだけになるんだよな……」


 結局、島田は上着を貸し、川蝉はそれを腰に巻いてスカート代わりにした。



 こうして海底神殿のダンジョンは幕を閉じる。


 初めにいた者が全て帰還に成功するのだった。


        *

 

 ボス・神官セベク――撃破

 海底神殿――制覇

 生存者――川蝉透・七瀬渚・島田和雄・八雲美雪・伊佐木夏美・天野誠二

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