青結晶の洞窟㉔
結局、どう足掻いてもこうなったのだ。
首に巻き付いた油が圧を加えてきた。首の肉から血が吹き出してくる。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びが近づいてきた。
同時に強烈なキックが視界の隅から炸裂する。
空間が歪んだように仙人の体が横に吹き飛んだ。上半身まるごと粉砕されてもなお、蝦蟇ガエルの油で即座に再生する。
それでも同時に解放された川蝉が宙に放り出された。
それを何者かがキャッチする。
「おい大丈夫か!」
「その声……」
逃亡したと思われていた島田和夫だった。肉体の一部を銀色に変質させている。
魔法の影響であることはすぐにわかった。
「くそ、あいつ何で死なないんだ!?」
島田もおそらくは一部始終は見ていたのだろう。あの場面だけを見れば川蝉の勝利は確信してしまうものだ。
体勢を立て直した仙人がこちらを見据えてくる。島田の蹴りのダメージも完全に失せていた。
「一旦下がってくれ」
「わかった」
島田はすぐに後方に跳躍する。風の魔法を使っているわけでもないのに驚異的な身体能力だった。
「川蝉君!」
島田が降り立った場所に八雲もやってくる。
川蝉は再生した体で島田の腕から離れた。
「助かった、礼を言おう」
「いや、今はそれよりも」
仙人の乗る蝦蟇ガエルが、体からまた大量の油を放出させる。今までの戦闘で減ってしまった分の油を再度供給しているのだ。
それらの油は大部屋の地面に広がっていく。
川蝉はそれで確信した。ウェストポーチから予備のグローブを装着する。
「本体はあの蝦蟇ガエルの方だ。上にいる仙人のような老人は油で創られた人形みたいなものでしかない」
「本当なの?」
八雲が半信半疑な顔つきで尋ねてきた。川蝉は予備のワンドをウェストポーチから出しながら話を続ける。
「俺が攻撃する瞬間、奴は仙人の方ではなく蝦蟇ガエルの方に油の防御を集中させていた。真に守るべき方を」
仙人の再生の仕方は普通のモンスターとは違う。肉体そのものがあの黒い油だった。
「ようはあの蝦蟇ガエルをやればいいってわけね」
「そう言うことだ。まあ、できればの話だが」
蝦蟇ガエルの放出した漆黒の油が突如変化する。そこから無数の仙人が生み出され始めた。同じ顔をした老人が点在する様は異様以外のなにものでもない。
大部屋中に現れた仙人達は、皆一斉に大きく息を吸い始める。
そして空気を吐く動作で朱色の火炎を吹き出した。前方のあらゆる角度から、業火が押し寄せてくる。一つ一つの威力は小さいが、ここまで多いと厄介極まりない。
川蝉はワンドのトリガーを引く。大気の流れを大きく変えた。
火炎は風に創られた道に引き寄せられ、導かれていく。正面からまともに立ち会えば負ける。ならば炎の通り道を造り、反らしてやり過ごすのが一番だと川蝉は判断した。
そして炎を反らし仲間を守りながら、川蝉は口を開く。
「正直に言うと俺はもう残り魔力は少ない」
「私もよ。これ以上ダラダラとは戦えないわ。次で総力をぶつけましょう」
八雲が川蝉の言いたかったことを代弁してくれた。
傷の再生は思った以上に魔力の消費を促すものだった。川蝉は自身に残る魔力の底を感じてしまった。つまりスタミナ切れが近いと言うことだ。
二人の意見を知った島田が動揺の色を見せる。
「だ、駄目だったらどうなるんだ?」
「死ぬだけよ。死にたくなければ死ぬ気でやりなさい」
「クソッ、それしかねえのか」
だが覚悟は決まっているようで、前よりは話が通じてくれた。話し合う時間なんてほとんどないので助かる。
「もうすぐ炎が終わる」
仙人の放った炎が弱くなっていた。炎で埋め尽くされていた視界が開けていく。
三人はそれぞれ準備を終えた。
死力をかけた最後の攻防が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます