海底神殿③

 一方、ダンジョンの大部屋の一つで戦闘が始まっていた。


「クソっ!」


 島田和雄は現在の状況に悪態をつく。


 伊佐木に魔法の基礎を教えていると、人間型の亀を模したモンスターが二体も現れたからだ。


 しかも距離はかなり近い。


 まだ前回のダンジョンでのトラウマは残っている。本音を言えばもう少し気持ちを落ち着ける時間が欲しかった。


「あれを倒せばいいんでしょ」


 伊佐木がワンドを敵の一体に向ける。その杖の先から白い閃光が撃たれた。

 目映まばゆいそれは、伊佐木の魔法の属性である。


 その放たれた雷の矢がジグザグと線を描き、一体のモンスターに命中する。


 甲羅から露出した頭と手足が瞬間で黒く焼き殺された。

 白い煙をたててモンスターはその場で突っ伏す。


 島田もワンドのトリガーを引く。敵と接近していることもあり最初からフルスロットルと決めた。


 トリガーの長押しからアルター機能が発動する。数日前に黒業から渡された新型ワンドの新たな能力だった。


 指先から全身が黒い金属に覆われていく。首の下まで黒に覆われると、さらに手には白銀の籠手が精製された。


 ――やっぱ格闘用のものなのか。


 八雲や川蝉が羨ましい。島田も遠くから安全に攻撃をしたいものである。拳で戦う距離は緊張感が強すぎるのだ。


 だが文句も言ってられない。


 島田は近くにいたモンスターに一歩踏み込み間合いに入った。

 途端、モンスターの手刀がバックハンドから繰り出される。


 ――っ!?


 しゃがみ込みそれを回避した。簡単ではなかったが、来る攻撃が

 運動能力だけでなく、運動神経の方も強化されているらしい。


 そこからモンスターの手刀を取った。


「オラぁ!」


 力を入れてそれを引きちぎる。敵はうなり声を吐いて苦しむ。

 だがそれだけでは意味がない。


 ――コアは?


 頭や腕をいくら破壊しても根元的な心臓をしとめなければ何の意味もないのだ。


 あるとすればあの甲羅の中か。


 躊躇わず島田は強化された左の拳をそこに打ち込んだ。甲羅の側面に白銀の拳がめり込んでいく。


「堅っ!」


 手刀の柔らかさと比して異常なほど堅かった。

 それでも拳を止めずにボディブローを振り抜く。


 アルター機能のパワーは驚異的だった。


 振り抜いた鉄拳が甲羅を突き破る。要塞のごとき甲羅にひびが入り、そして割れる。砕けた破片が血と共に宙に舞った。


「はぁはぁはぁ――」


 血塗れの肉塊と化したモンスターに近付く。すでに傷からは白い肉泡が吹き出ており、再生を始めていた。


 またあの甲羅を再生されては適わない。島田はすぐにモンスターの胸の位置に手を突っ込んだ。


 漆黒の直方体であるコアを取り出す。


 それを伊佐木の方に見せた。


「いいか、こいつがコアって言って奴らの命の源だ。これを壊さないとモンスターを倒したことにはならない。その上、再生までされる」


 島田はコアを握りつぶす。黒い粒子となってコアは消滅していった。


 伊佐木は目を細めてその光景を見ていた。


「それを壊さないとポイントにならないのね」

「そう言うことだ」


 一仕事を終えた島田は気を弛める。だがアルター機能は解除しなかった。


 それは今の状態が普段の状態の完全な上位互換であるためである。さっきのが雑魚クラスの敵なら、ワンドから出る鉄の攻撃など意味をなさないだろう。


 ここから先は格闘オンリーでの戦いになる。


 ――キツいな……。


 戦闘力はそこそこ自信が付いてきた。新たなワンドを渡されたことも選ばれたんだと自覚できる。しかしそれらを差し引いても格闘主体は精神的な消耗が大きすぎるのだ。


 それに対して伊佐木の雷は羨ましいものである。


 黒こげになった亀の方を見る。


 安全な距離からああも簡単にモンスターを倒せるのだ。


 ――ん?


 ピクリと焦げたモンスターがわずかだが動いた気がした。


 何かと思いそれに注視する。


 それは


 甲羅の穴から水が突如噴射される。ジェットの推力を得たモンスターは焦げた手足を捨てて伊佐木に突撃した。


 まだコアを完全に壊したわけではなかったのだ。死んだように見せかけられていた。


「えっ?」


 油断していた伊佐木は虚を突をかれ、まるで反応できていなかった。


「クソッ!」


 警戒していた上に反射神経も進化していた島田が伊佐木を守ろうと飛びかかる。

 彼女を押し倒し、甲羅の直撃を避けさせた。


 だが代償として島田の背中に骨が砕けるような鈍痛が刻まれる。

 それどそれで怯むこともなかった。すでに己の体が再生することも知っている。


「そんな!」


 伊佐木が動揺した叫びをあげる。


 島田はそれも気にもせず、すぐに起き上がってモンスターに飛んだ。

 地面から飛ぶことで得た運動エネルギーを利用してキックをかます。


 モンスターは吹き飛び、その甲羅が砕かれた。


「今だ!」


 島田が指示を出す。


 伊佐木がワンドから電光を放った。


 雷鳴が轟き、光速のそれは敵のモンスターに覆い被さっていく。

 灼熱の光を当てられたモンスターは今度こそ原型を留めないほど崩れ落ちた。


 島田が近付くと、砕かれた甲羅からコアが割れているのを確認できた。


 伊佐木が用心した足取りでやってくる。


「今度こそ倒せたのよね?」

「大丈夫だ。コアは壊せている」


 割れたコアは粒子状になって消滅した。

 これでもはや再生することはない。


「これからは俺が前衛をやるから、アンタは援護してくれ。それが一番安全で強い」


 互いの能力はおおよそ把握できた。

 島田としてはあまりやりたい戦術ではないが、新人を守ると言う意味でもこれしかない。


 だが伊佐木は納得がいかない表情になる。


「嫌。私が前に出るわ」

「何言ってんだ、お前。そんなことしたっていいことは一つもないぞ。死ぬリスクが上がるだけだ」

「でも敵を倒す数も増える」

「カネか? それ目当てってのはわかるけどよ……」


 伊佐木は何も言わなかった。

 だがその無言が島田の言葉が正しいと告げる。


「でもさっきの戦闘でわかったろ、ここが半端な場所じゃないって。それにあんなの序の口だ。奥に行けばこれ以上の危険だってある」


 カワズ、ヤドク、蝦蟇仙人、青結晶のダンジョンは深層に行けば行くほど凶悪なモンスターが出現していた。


「アンタが考えているよりもずっと危ないんだよ、だから適当にモンスターを倒して、とっとと帰るのが一番だ」

「ご忠告どうも。帰りたければ一人ですればいい。私は戦うわ。さっきはちょっと加減を間違えただけ。次はうまくやれる」

「そうじゃなくてよぉ……」


 頑なな態度を取る伊佐木に、島田はもう呆れるしかなかった。


「さっさと進みましょう。時間が勿体ないわ」


 挙げ句に未知の領域に勝手に踏み込んでいく。


 ――わけがわかんねえ女だ。死にかけたってのに、どういう神経してんだか。


 不可解としか言いようがない。調子に乗っていた島田ですら、命の危機にはビビったと言うのに。


「おい、待てって」


 島田はそんな伊佐木を追いかけるのだった。


 だが伊佐木はふと立ち止まる。


「何だよ?」


 急な動きの変化に島田は振り回されっぱなしだった。今度は何だと言うのか。

 伊佐木は遠くの一転を指で示す。


「ねえ、あれって何?」


 通路の一部に小部屋の入り口のような空間を発見する。


 石造りの迷宮内には似付かわしくない色がそこにはあった。


 蛍光色の赤である。

 古代ローマの神殿にLEDの光源があるような浮きようだった。


 だがその色を島田は知っていた。


「ありゃターミナルじゃねえか!」


 思わぬ発見に島田は思わず喜びの声をあげてしまう。伊佐木はクエスチョンマークを頭に浮かべ口を開く。


「ねえターミナルって何?」

「元の世界に戻るための装置だよ」


 前のダンジョンでは深い場所に数個しかなかったものである。まさかこうも簡単に見つかるとは。


 ――一個でも見つけられれば便利だな。


 もし帰還したくなればここに戻ってくればいい。マップの見方はすでに知っていたので戻ることはもはや難しい作業でもないのだ。


 帰還の手段を得る。


 こうなれば気持ち的に大分楽である。いつ戻れるかもわからない、宙に放り出された中で、掴まる場所を見つけたようなものだ。


 島田は伊佐木を追い抜いて足早にターミナルに向かった。


 通路の石畳を強く踏み、胸の高鳴りと比例して速度も上がる。

 そしてその中身を見た。


「なっ……」


 その凄惨にして衝撃的なそれが眼に入ってくる。何をどう形容したらいいかわからなず、脳がショートしそうであった。


「何だ、こりゃ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る