第5話 のどかな宅配便
日本の宅配システムは素晴らしい。昨日注文したものが今日届く。届ける時間帯も選べる。今や自宅で受け取れない人のために宅配ロッカーやコンビニで受け取れるシステムまである。どの業者の方も感じがよく、どんな重い荷物でも、不在で何度も来てくれていても、爽やかな笑顔でやってきてそして帰ってゆく。日本はサービス業の優れた国だと思う。まさに『お・も・て・な・し』の国である。
さて、では中国での宅配のお話。オットの会社は有難いことに福利厚生が充実しており、海外赴任者へのフォローもきめ細かかった。現地では手に入らない日本の食料や日本語の本、雑誌を会社の経費で年に何回か決められた重量の荷物を送ってくれるサービスがあった。内容物の費用は自己負担だが、海外へ荷物を送るのは送料がバカにならないのである。それを会社が負担してくれるのはとても有難いことだった。単身赴任なら年間何キロ、家族帯同なら何キロというように。
我が家ではお米を送ってもらっていた。やっぱり日本のお米がイチバン! だと思う。中国でも日本のお米は買えるが、当然空輸で運んでいるので高額になる。余談だがインスタントラーメンの5袋セットが日本円換算で1000円くらいする。今はもっとするはずだ(円が弱いからね)。お米は言うに及ばずだ。
そうしてお米が我が家に届くよう会社に手配する。意外と早く(たぶん1週間もかかっていない)郵便屋さんがやってくる。
一応セキュリティ重視で会社が借りてくれているマンションなので、来訪者は建物の入り口でインターフォンを鳴らす。こちらが部屋から応答してオートロックを外す。エレベーターに乗ってまたインターフォンを鳴らす。カードキーを持たない外部の人間は1階しか押せないのだ。またこちらが自分の階まで上がってくるように操作する。エレベーターを降りると部屋はウチだけである。またそこでもう一度インターフォンを鳴らす。
「はいは~い」
とお待ちかねのお米を出迎えるためにドアを開けるとそこには手ぶらの郵便屋さんがひとり。
「ごくろうさま~って、あれ? お米は?」
と聞いてみる。
「とにかくオマエ一緒に来い」
と言うようなことを中国語で言われ、エレベーターへと誘導される。ええ? 何? お米は?
郵便屋の彼は無言で建物を出ていく。(私の中国語が最低レベルで会話はできないと思われたのかも)ウチのマンションは敷地内に数棟の高層マンションが建っており、ちょっとした中庭があり、各棟はその中庭に面しており、そこには車は立ち入れない。少し離れたマンションの入り口には24時間在駐の警備員がおり、ゲートが設けられており、彼らが許可した車しか出入りできないようになっている。もちろん、郵便などの出入り業者はゲートを開けてもらい、一時駐車スペースに車を停めている。
彼は自分の車まで私を連れてくると、当たり前のように「ほらオマエも持て」と段ボールをよこした。お米が入った10㎏の段ボールを。
「ええええっ! ワタシが持つのぉ?」
日本ではありえない。客だぞ? ワタシは。
「ちょっと待ってよ。何個あるの?」
「3個だ」
ワタシとアンタで10㎏の段ボール3個? ウソでしょ?
「台車とかないの? 台車は」
もちろん、台車という中国語の単語をワタシは知らない。ジェスチャーをするが、
「
「ちょっと待ってて!!!!!」
下手くそな中国語で彼をそこに待たせて、マンションの管理事務所に行く。そこで台車を貸してと身振り手振りで訴える。
「ほら、これに載せなさいよ」
とヤツに台車へ段ボールを積むよう指示をする。するとワタシにその台車を押させようとしているから
「アンタの仕事でしょっ!」
と日本語で叫びながらヤツに台車を押させた。
「大体ねぇ、宅配の仕事してるなら、車に台車のひとつやふたつ積んであるもんじゃないの?」
全編日本語で台車を押すヤツに嫌みを言う。もちろんヤツは日本語はわからない。なんかうるせぇな、このオバサン、くらいにしか思っていないだろう。
「まったくほんとにあきれるわね」
と言いながら自宅へと通じるエレベーターに乗り込む。段ボールをふと見る。6個口の何番と書いてある。え? 全部で6個あるの? 3個しかない段ボールを見つめる。
「残りの3個は?」
知っている数少ない中国語でヤツに問いかける。
「
「えええええ? 6個一緒に来たんでしょうが。日本から」
もちろんとっさに出る言葉は日本語だ。
「だってあと3個……」
エレベーターが自宅に到着した。
「
3個の段ボールを下ろすと、やけに爽やかな笑顔でヤツは帰って行った。
管理事務所に返すべくワタシは借りた台車をガラガラガラと押しながら、残りの3個の段ボールに思いを馳せた。
そしてヤツの言った「明日」には郵便屋は誰も来なく、その次の日(つまりは初日の2日後)。インターフォンが鳴り、郵便屋が我が家にやってきた。今日の郵便屋は段ボールを2つ持ってエレベーターから降りてきた。
「あれ? 2個?」
「
「えっとね、これさ、6個口って書いてあるでしょ? おととい3個来たのね。で、これで2個でしょ? あとの1個は?」
手で6やら3やら2を作って、在庫の中国語単語を駆使して必死で尋ねる。うちのお米、あと1個。
「
そうして彼も帰って行った。
そして彼の言った「明日」も郵便屋からは何のアクションもなく、またその翌日(初日から4日後)。インターフォンが鳴り、ひとつの段ボールをかかえた郵便屋が我が家にやってきた。
「あああ、来たよぉぉぉぉ」
もう長年生き別れていたわが子と再会するくらいの感激である。相手にしてみれば、宅配ひとつに何をそんなに喜んでいるんだ? と言わんばかりだ。注釈だが、今まで来てくれた郵便屋さんは全員別の人である。
「あのさあ、6個あったんだよ。まとめて届ける方があなたたちもラクなんじゃない?」
こんな長文はもちろん日本語である。当然相手は「はぁ?」という顔をしている。
なにはともあれ、6個の愛しいお米は届いた。毎日、有難く有難くごはんをいただくたびにあの受取までにかかった騒動を思い出す。こんなのどかな宅配をその後も何度も体験した。日本では有り得ないこと。中国では普通にあること。クスッと笑える楽しいお話。
のどかな宅配便。
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