第16話 楽しきかな、オーダー天国

 中国に住んで、楽しかったことは何かと今聞かれれば、きっとこう答える。


「オーダー天国!」


 オーダーメイド。日本ではお気軽にはできないことである。できてもお金持ちセレブの特権だろう。それが中国では色々なものを現地のお店屋さんでオーダーすることができる。しかもリーズナブルに。日本で買う既製品の値段ほどで思い通りのオーダーメイドを手に入れることができる。最初に友達に連れて行ったもらったのは近所のダウンコートの仕立て屋さんだった。


 間口は3メートルほどだろうか。両手を広げた大きさよりやや広いくらいの間口。お世辞にも綺麗とはいえない店構えである。奥行きのある、といっても5、6メートルほどのお店の両側の壁に所狭しと生地がたてかけてある。最奥には2台のミシンと小さな作業台。


 ここで好きな生地を選んでダウンジャケットやダウンコートをオーダーできるという。デザインも自分の好きなようにリクエストできる。ファッション雑誌やネットに載っている気に入ったデザインと同じようなものを作ってもらえる。もちろん有名ブランドのようなデザインでもだ。ただ、あたりまえだがブランドのタグやロゴはつかない。NIKEのデザインを見せたときにご主人が真顔で

「この刺繍だけはできない」

 と胸のNIKEのロゴを指さした。もちろん、大丈夫。というかそれをされた方が逆に困る。


 生地もダウンの入っていないペラペラの生地が置かれている。凝ろうと思えば表地がこの色で裏地はこっちの色で、という選び方もできる。入れるダウンの量も厚手がいいのか薄手がいいのか指定ができる。キルティング(縫い目)のデザインも思いのまま。そしてあたりまえだが、オーダーなので自分の体形にピッタリ。既製品では丈が長すぎる小柄さんもちょっぴりきつく感じてしまうぽっちゃりさんもみんなジャストフィットのコートができあがる。もちろん、子供用もオーダーできた。

 専門には勉強していない、独学で洋裁を学んだと話してくれるとっても人の好いご主人がこちらのわがままなオーダーをいつも少し力弱い笑顔で引き受けてくれた。

 慣れてくると、生地を持ち込んでもいいとのことだったので、日本で買ったツイードの生地をダウンジャケットにしてもらったり、布市場(いずれお話しますね)で仕入れたコーデュロイでジャケットの縁取りをしてもらったり、思いつくかぎりのオーダーをして楽しんだ。


 もうひとつ連れて行ってもらったお店が、こちらも仕立て屋さんだが、カシミアコートを得意としているお店だった。日本で見かけるカシミアコートも生産地や原材料が中国のものも多いだろう。こちらは先ほどのダウン屋さんに比べると大きいお店だ。学校の教室程度の広さと言えばいいかな? 多くの生地が棚に積まれており、奥の作業場では何人かの職人さんがミシンに向かっている。出来上がり、引き取りを待っている製品が天井から吊るされている。


 こちらは夫婦で経営されていて、有体に申し上げると恐ろしく愛想が悪い。ご夫婦揃って。このご夫婦が怖いからあそこのお店には行けないわ、と言っているママ達もいた。けれども腕は確かで、欧米人も通ってきており、英語も話せるインテリご夫婦だった。職人気質で受けてくれたオーダーはきちんと仕上げてくれて、”good job!"「很好ヘンハオ(すごくいい)!」と褒めるとドヤ顔で笑ってくれる。奥さんが着ているコートが素敵でこれと同じ生地はどれ? と尋ねると、

「ここにはない。もっといいヤツ」

 とのたまわれる。もっといいヤツでもっと高いヤツよ、と言い放ってから勝者の微笑み。なんだかもうここまで冷たく言われると、心地よくなってくるから不思議である。まあ、それでもここにある生地もそこら辺の店のものよりはずっといいわよ、とおっしゃられる。それは確かにそうなのだ。他にもカシミアコートのお店はあるけれど、ここまで手触りのいいカシミアの生地を置いている店はなかった。こちらも慣れてくるとご夫婦とのやりとりも楽しくなる。

「今日は絶対にあの奥さんを笑わせてみせるわ!」

 と妙なところに気合を入れている友達もいた。ま、出来上がった製品や奥さんの着ている服などをほめちぎると笑ってくれるのだ。強張らせている表情筋を少しだけ緩めながら。

 カシミアのコートやジャケット、紳士物のスーツやワイシャツなど洋服ならどんなものでも仕立ててくれた。デザイン画を見せて、

「アンタにそれは似合わない」

 とストレートに言われると正直落ち込むけれど、デザインを練り直し、フフっと鼻で笑いながら

「まぁ、いいんじゃないか」

 などと言われればそれは最上級の褒め言葉だ。気分はデザイナーだ。

 帰国が決まり、これが最後のオーダーになると話したら、

「どんなに時間がかかってもここにまた来るといい。いつでもここで仕事しているから」

 と言ってもらったときは店を出たあとで涙をこぼした。


 帰国して何年も経つが、帰ってきてからダウンコートもカシミアコートも新調していない。毎年あのご主人たちを思い出しながら、友達とああでもない、こうでもないとデザインを練ったことを想い出しながら、あの頃のコート達に身体と心を温めてもらっている。



 それから私が楽しんだオーダーのもの。

 カシミアニット。これまたこわーい愛想の悪いオバちゃんにオーダーをする。百色くらいはあっただろうか、綺麗な色見本で好きな色を指定して、自分のデザインを伝える。まるでテストの採点をしてもらうかのようにオバちゃんの前にワタシたちは1列に並んでオーダーを依頼する。「ふんっ、出来ない」と突き返されれば、OKの出た友達のデザインに便乗したりもする。あるときなど、

「こんなのあたしゃ着ないわ」と言われ、

「着るのはワタシ! お金払うんだから作ってよ!!」と日本語で叫んだ。

 迫力に押されたのか、作ってもらえたケーブル編みのカシミアのカーディガンは今でも私の冬のマストアイテムだ。


 家具。コンソールテーブルをオーダーで作ってもらった。木材も自分で選び、大きさもデザインも金具まで希望を叶えてもらった。


 額装。家族の写真や中国で買った伝統工芸の切り絵などさまざまなものを額装してもらった。こちらも額も内側の台紙も好きなデザインで作ってもらった。


 友達には家族やペットの写真を持ち込んで刺繍にしてもらった人もいる。この刺繍、ぱっと見写真じゃないかと思えるほどのクオリティである。家族といえば中国伝統の切り絵や花文字を子供の名前でオーダーした人もいた。趣味の書道や子供の描いた絵もオーダーで額装すれば、ちょっとしたアート作品になった。



 楽しきかな、オーダー天国。

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