第8話 感謝して、いただきます。

 鶏の唐揚げ。好きですか? 運動会のおかずの定番。

 鴨のポワレ オレンジソースがけ 旬の野菜を添えて。

 おっしゃれ~。おフランス料理はタイトルからしておしゃれ。


 さてさて、ある日、日本人のママ達とランチをすることになった。

 さる日本人の方のブログにとりあげられている市内の中華料理のお店だった。

 中国のお屋敷風の店構えで落ち着きのある石塀で囲まれたその敷地内へと入る。

 厳かな門をくぐり、手入れの行き届いた庭園を敷石に沿って歩く。

 ほどなくお店の入り口だ。建物の前には池があって鴨などがえさをついばんでいる。


 2階建てのお屋敷がレストランに改装されていて、調度品もとてもセンスがいい。

 きっと中国のお金持ちのお家ってこんなのだっただろうなと思わせてくれる。


 食材がブッフェのように並んでいて、そこで服務員フゥユゥユェン(店員さん)にこの食材でどう調理してほしいか伝えながらオーダーする。この空芯菜は炒め物ね、なんていう風に。もちろん、普通のメニューもあってそこからもオーダーができた。水槽もあり魚も泳いでいる。何か魚料理はどうかと店員さんが聞いてくる。

 折しも冬が近づいてきている季節だったと思う。「タン(スープ)はどうか?」と薦めてくれる。じゃあ、この魚で、と名前も知らない魚を指さしてスープを注文した。


 どの料理も美味しかった。やはり同じ日本人が美味しいと薦める店は美味しい。

 店員さんが薦めてくれたスープも白濁したスープで魚が煮込まれており、ショウガが効いていて、

「きっとこの冬風邪ひかないね~」

 なんて言いながら味わった。とても家では作れない美味しいスープだった。


 美味しいお料理を堪能して、おしゃべりも満喫して、お店を出る。

 さっきの庭を通って帰ろうとする。

 池の前を通る。


 ん? ???


 何もいない。

 さっきは鴨がいた。2羽。

 今は誰もいない。


 …………。


 しゅ~よ~、みも~とに~、ち~か~づか~ん♪


 唯一知っている讃美歌が頭の中でこだまする。

 ちなみにこの讃美歌、映画タイタニックで船の楽団員が船客がパニックを起こさないように演奏していたときの最後の曲だった。


 アーメン。

 キリスト教徒ではないけれど、思わず手を組んで十字をきった。

 友達も

「そういうことね~」

「えっ? あっっ!」

 と納得している。


 でも。

 でもである。


 ワタシ達がさっき水槽で指さして、美味しい美味しいと絶賛したスープの中にいらした名も知らぬお魚さんも同じである。

 別に鴨を食べた人が残虐なわけではない。



 また別の日の話。

 この日は友達と市場に来ていた。

 というか近くの観光地に来ていたのだけれど、

「そういえばここの近くに美味しいカステラ屋さんがあるって言ってた」

 というので、家族のおみやげに買って帰ろうということになった。


 その情報源の友達はここにはいない。

 一緒にいる友達が電話をすると、そのままナビをしてくれるようだ。


「橋? 見えるよ。その下をくぐって向こうに行けばいいの?」

 橋の手前がいわゆる整備された観光地エリアだった。

 その橋の下にある川沿いの細い道を歩いて行けと電話の向こうの彼女は言っているらしい。


 橋の下をくぐると世界は一変した。

 カオス。

 恐らくは素の中国。

 生きている中国。

 暮らしていくために必要な世界がそこにはあった。


 人がすれ違えるくらいの幅の道の両側に小さな店が並んでいるのだが、その店の前でも青空市場よろしく大勢の人達がありとあらゆるものを売っている。


 普段、ワタシ達日本人が買い物に行くのは食材を主に日本から空輸している日本人向けスーパーだ。お金はかかるが、引き換えに安全を買っていると思っている。たまに近くの市場にも行って果物や野菜くらいは買うこともあるが、ワタシ達が住んでいる地域がまあどちらかというと外国人や裕福な人達の多い地域で、市場も一応屋内だった。それでも衛生面から魚や肉は買えなかったけれど。


 ここの青空市場は、舗装もされていない砂利道で、野菜から魚からすべて地べたもしくは決して清潔とはいえないザルの上に並べられている程度だ。


 何の根拠もないけれど、思わず隣の友達と腕を組み、バッグは胸元で抱える。

 ふと左側を見ると、バサッ、バサッ、と鶏さんを解体している。

「ひぃええええっ!」

 思わず叫んで目を反らし右側を見る。

 するとそちら側では鶏さんの羽をむしっている。

「ひょぉおおおぉ!」

 見るとこがないよぉ! 空か地面しか見られないよぉぉぉ !


 やっとの思いでめざすカステラ屋さんにたどり着き、友達は念願のカステラを購入できた。ワタシは買わなかった。家族もあまりそのカステラが好きでなく、なにより今、目の当たりにした光景がショックすぎたのだ。


 ある別の通りを歩いていたときも歩道が殺人現場のように血まみれになっていた。

 いや、人であったらタイヘンなことなので、恐らくはそれなりの大きさの4本足の動物さんが”食材”におなりになったのだろう。


 中国人は飛行機以外の空飛ぶものをすべて食べる。

 中国人は机以外の4本足のものをすべて食べる。

 なんて言われることがある。


 とはいうけれど……。

 そうである。


 ワタシ達だって食べるのだ。


 鶏の唐揚げ。

 鴨のポワレ。


 それらだって、直接食材になる現場を見ていないだけで、誰かがその尊い作業をしてくださって、いくつもの工程を経てワタシ達のもとにやってくるのである。


 感謝しないと。

 命に。

 その命を育てた人たちに。

 その命を獲ってくれた人たちに。

 そしてその命を食材へと加工してくれる人たちに。


 だから、お残しはダメなんだよ。



 感謝して、いただきます。


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