第37話 タクシーで上海クルーズ?
ワタシ達駐在員とその家族は会社から車の運転を禁じられている。
赴任地にも会社にもよると思うが、中国で車の運転を禁じている日系企業は多いと思う。
日本では普通のマイカー生活ができないのである。
駐在員の通勤は会社にもよってさまざまだが、日本ほど公共機関が発達していないのと、勤務先の工場が郊外にあるので、クルマが便利である。大規模な会社だと会社のマイクロバスが幼稚園バスよろしく各マンションの前に停まる。
うちのオットなどは会社の運転手さんが車で迎えに来てくれていた。同じマンションに住む日本人同僚2、3人ずつ乗せてもらう。
日本では考えられない社長様のような通勤である。(もちろん社長ではない)駐在員特権ってヤツ?
ワタシ達家族の中国での移動は基本タクシーになる。
日本への帰省や旅行のために空港までの送迎などはオットの会社の運ちゃんにお願いすることもあったが、日々の生活でよく使うのがタクシーである。
近距離ならバスがお手軽(10円、20円で乗れた)だが、時刻表がなく、路線図もフクザツなので、使い勝手がいいのはタクシーなのである。行きたいところまで連れて行ってくれるし、買い出しで荷物が多くなっても平気。初乗りが当時のレートで100円台。友達との割り勘なら30分乗ったとしても安価である。遠回りされる危険性もあるが、こちらもわかって乗っているので最短ルートを行ってもらうように運ちゃんとの攻防戦を繰り広げる。お客様主義で最短ルートの適正価格で目的地に連れて行ってくれるのは日本だけだと思ったほうがいいかもしれない。運ちゃんは運ちゃんで生活がかかっているのだ。悪びれる様子もなくしれーっと遠回りをするので、こちらはこちらで安上がりに行ってもらうため必死になるのである。
日本人のママ友達と上海に遊びに行ったときの話である。
上海駅から豫園(よえん)に向かうことになった。
豫園とは上海でも上位にはいる人気の観光地で世界中の人達が訪れるスポットである。東京で言えば浅草といったところだろうか。
確かそのときは総勢8人くらいだったので、2台のタクシーに分乗して豫園へと向かう。
「じゃ、あっちでね~」
ワタシ達は4人でタクシーに乗った。中国語を話せる友達が行先を告げる。
このときワタシは恐らく中国に来て半年も経っていなかったと思う。
頼りになるママ友達に手とり足とり懇切丁寧に面倒を見てもらい、中国語も話せないのに中国の毎日の生活を満喫していた。上海なんてまさに「オノボリサン」状態で連れてきてもらった。
運ちゃんはほどなく高速に乗った。市内は
「なんかおかしいよ。豫園に向かってないんじゃないかな」
友達が言い始めた。高速に表示される出口の標識の地名が豫園あたりの地名じゃないんじゃないかと言い始めたのである。当然オノボリサンのワタシにはわからない。嬉しくて持ってきた旅行者のバイブル”るるぶ”の観光マップを広げてみる。友達に今走っているあたりの地名を教えてもらう。上海駅を出発して少し南下すれば豫園なのだが、今はその遥か南を走っている。とっくに下りなきゃいけない出口を通り越してんじゃん。
「道間違えてるでしょ。ちゃんと豫園に行ってよ」
友達が中国語で運ちゃんに忠告する。ああ、と運ちゃんは言って次の出口で高速を下りる。今度は一般道で行くらしい。ああ、こういうのが遠回りをしてお金をかせぐ運ちゃんなんだとワタシは実感したのであるが、それにしてもやっぱり運ちゃんの様子がヘンなのである。信号待ちで止まるたびに道往く人達に道を聞いているのである。
「(中国語で)豫園ってドコ?」
あっちだよ、とかここをまっすぐだとか聞いた人に教えられたとおりに運転する運ちゃん。うそん。まさか?
世界的観光地だよ? 上海でも有名スポットだよ? 友達の家に行ってって言ってるんじゃないし、知ってて当然なんじゃないの?
遠回りをして運賃をぼったくる運ちゃんは確信犯である。ただ、こちらが道を指定したり、ここを曲がってとナビすれば言ったとおりのルートで行ってくれるし、想定の範囲内なのでさほどの問題ではない。
この運ちゃんは本当に豫園への道を知らないのだ。ぼったくろうと腹黒く運転しているのではなく、恐らく内心真っ青で車を走らせていたのである。
見かねたワタシが”るるぶ”の観光マップでナビをすることになる。偶然ワタシは助手席に座っていた。
「そうそう、そのまままっすぐね」
「次の〇〇という交差点を右折」
地図を見ながら日本語でナビる私を友達が中国語に訳して運ちゃんに伝える。
なんとか豫園が見えてきた。
「豫園なんて超有名スポットでしょうよ」
「アナタさぁ、これからも何度も来ることになるから覚えなよね」
思わず日本語で運ちゃんに説教をする。運ちゃんは当然何を言われているかわからないのでシカトである。友達はクスクスと後ろで笑っている。ひとりの友達が何事か中国語で運ちゃんに聞いている。
「この運ちゃん、上海で運転手するの二日目だって」
……。
…………。
新人さんでしたか。田舎から出てきたのかな。家族のために出稼ぎかな。
悪気がないのはわかった。
別のタクシーに乗った友達は30分も前に着いていたらしい。聞いたらワタシ達は彼女達のタクシーの倍の料金を払っていた。そりゃそうだ、あんなに上海の街中をドライブしたんだから。何かあったんじゃないかって心配してたって彼女達は言ってくれた。
何かあったよ。苦笑するしかないおもしろい体験が。
ま、事故とかの深刻な事態にはならなかったからよしとするしかない。
田舎から出てきた上海タクシーの運ちゃんに”るるぶマップ”でナビしながら日本語で説教たれた中国ビギナーのワタシの話はほどなく笑い話となり、マンションのママ友達に披露されたことはいうまでもない。
タクシーで上海クルーズ?
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