第36話 ニホン食いろいろ

 ワタシ達の住んでいる町にはそれなりの数の日本人が暮らしている。そのため日本人向けのレストランも多々ある。日本人相手の店なので、店に入ると「いらっしゃいませ~」と中国人スタッフが日本語で対応してくれる。

 鯵フライにカキフライ、鶏の唐揚げ、とんかつに天ぷらそば、焼き肉にしゃぶしゃぶ。日式ラーメンといって、日本でおなじみのとんこつラーメンなどがラーメンの母国に逆輸入されていたりもする。こうしたお店は日本人相手の商売なので(もちろん中国人のお客さんもいるけれど)、おかしな日本食を出していると自然に淘汰される。生き残っているお店は単身赴任の駐在員には気軽に日本食が味わえるなくてはならない存在だと思う。帯同家族とて、家で作らないこともないけれど、手軽に日本の家庭料理が安価で楽しめるのは主婦としては助かる。週末はよく外食していたような気がする。


 大抵は日本食屋なので上記のようなメニューが一般的だが、特色のある店もあった。札幌のスープカレー屋、沖縄料理専門店などである。帰国して関東圏在住のワタシなのだが、子供達にとって「沖縄そば」は懐かしい味らしい。この沖縄料理専門店、タコライスも豚の角煮も美味しかった。

 

 他にも日本のお寿司屋さんで修行してきた中国人親方の握るお寿司屋さん。

「今日は長崎からいいヒラメが入っていますよ」

 なんて流ちょうな日本語で話してくれる。この方の作ってくれるお味噌汁が美味しかった! 我が家でお祝い事といえばここのお寿司屋にやってきた。

「へぇ、日本のお寿司屋さんってお皿が回るんだね」

 日本に帰省中に子供達がこうつぶやいたのには苦笑した。中国では日本人が安心して生魚を食べられる寿司屋は寿司屋しかなかったのだ。中国人が利用している回転寿司屋もあるにはあったが、そこへ出かける勇気はなかった。中国料理には食材を生で食べる文化はない。そこへあの衛生意識なので魚は恐ろしい。

 本帰国して数年が経過した現在、日本にも回らない高級寿司店があることはわざわざ子供達には話していない。

 

 それから主婦ランチででかけたお店に鉄板焼きのお店があった。「フランス風日式鉄板焼き」というわかったようなわからんような謳い文句だが、味は間違いなかった。目の前の鉄板でシェフが料理をしてくれるのである。前菜に始まり、スープ、サラダ、魚介、肉、とフレンチのフルコースのように順にサーブしてくれる。鉄板でエビを焼き、器用にフライ返しで殻をはずしてくれる。皿にソースで絵画のような美しい線を描き食材を盛り付けてくれる。肉もひとりひとりに焼き加減を確認しながら焼いてくれる。締めはガーリック炒飯(ここだけ中華風?)なのだがこれも目の前の鉄板で炒めてくれて美味しかった。これでも当時の換算レートで1000円台。都内のホテルランチならいくらするんだろう。ワタシ達が住んでいるところから少し遠いところのお店だったが、たまに出かけるご褒美ランチだった。



 同じ鉄板焼きでも衝撃的な店もあった。

 自宅からほど近いショッピングモールに新しく「日式鉄板焼き」のお店がオープンしたという。前述のステキ鉄板焼き屋さんはタクシーで30分ほどかかる場所だったため、タクシーで5分、徒歩でも可能な近所にできたという「鉄板焼き屋」さんに家族で出かけることにする。


 夕食時に行ったのだが、混んでいる。全体が見渡せないほどの広い店内で、鉄板を半円状に囲んだカウンターテーブルがいくつもある。ひとつのテーブルにひとりのシェフがついて料理をサービスしている。中国人のお客でにぎわっている。ここは日本人向けでなく明らかに地元の人達向けのお店である。


 席に案内され、メニューを受け取る。鉄板で焼いてもらえそうな肉類や魚介、野菜などのメニューのほかにも天ぷらや寿司、うどんなんてのもあった。まぁ、中国人が思いつくニホン食がお気軽になんでも食べられるのだろう。

 目の前の鉄板でお肉などを焼いてもらう。うん、まぁ普通に食べられる。あっちのお店には正直敵わないけれど、まぁいいかな。子供達も目の前でサーブしてくれるこのスタイルを喜んでいるし。

 最後に焼きそばでも頼もうか、ということになり締めにオーダーした。

 厨房から材料が運ばれてきた。



 って!  

 ???

 !!!!!

 あのう、それ、ゆでた日本そばですよね? 緑色だから茶、茶そば?????


 まさかですよ?

 まさかとは思いますが、その日本そばを……


 焼くぅぅぅぅぅ! 

「そう来たか……」

 オットも呆れる。あああああ。そばを焼くから「焼きそば」。だけどさぁ……。

「いっそ焼かずにそばつゆと出してくれたらよかったのに」

 オットのつぶやきは目の前の鉄板のじゅうじゅうという音にかき消されていく。


 おそばの隣では野菜たちが炒められている。時折カンカンカランとフライ返しの軽妙な音も奏でられる。そしてシェフが手にしたのは、ソース!!! それを! それをぉぉぉ!

「いった~!!!」

 濃茶のとろみを帯びたそれをそば上30センチから投下。

 器用に手首を振り、そばの上にはソースの蛇腹模様。

 じゅわぁぁぁと音とソースの焼ける香り。

 そこに満を持してほどよく半熟に焼けた目玉焼きをオン!

 そしてフライ返しでご丁寧に黄身に切れ目をいれる。

 とろぉりと山吹色した濃い黄身がうっすら茶色にコーティングされた緑のそばに垂れていく。


 子供達も家で食べる焼きそばとは違うシロモノに固まっている。サーブされたお皿に誰も手をつけようとしない。

「お、お、美味しいかもよ? 食べてみない?」

 暗に子供達に促すがふたりとも首を横に振る。

 まぁどれどれ、とオットがひと口食べる。

「絶妙にまずい」

 なんとも絶妙なコメント。ワタシも一応箸を伸ばしてみる。


 教訓。

 日本そばは茹でて味わいましょう。焼くのはよしましょう。

 日本そばにソースをかけるのはやめましょう。そばつゆがオススメです。

 まかり間違っても目玉焼きオンはやめましょう。


 そりゃあね、ワタシ達だって外国の料理をアレンジしちゃってることはある。明太子パスタや納豆オムレツ、イタリア人やフランス人が見たら卒倒するかもしれない。だから中国人が美味しいんだったらまぁそれでもいいんじゃないかとも思える。おかしなニホン食なんて世界中に山とある。オーストラリアで食べたカツ丼だって"What is thisナニコレ?"とオーダーを再確認したくなるようなものだったし。


 ただ、この店はこの日のみの利用となった。



 ニホン食いろいろ。

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