第38話 地獄でホトケ 異国でニホンジン

 毎度毎度中国での悲喜こもごもエッセイにおつきあいいただきありがとうございます。今回は中国での喜怒哀楽はお休みさせていただいて、休暇で中国から行ったセブ島でのお話です。


 セブ島でのというか、今でも我が家の語り草となっているエピソード。


 家族4人の中でワタシとムスコは乗り物に弱い。つまりよく乗り物酔いをする。

 オットとムスメは乗り物酔いとは無縁。うらやましい。


 さて、乗り物に弱いと自覚のあるワタシはたいてい飛行機に乗ると眠りにつく。

 おかげさまで飛行機の中でも子供にさほど手を焼かなくてすむようになったので、この日もテイクオフとともに眠りの国へ。


 目覚めると隣で小学生のムスコが泣いておる。気持ち悪いんだと。

 少し揺れる機内で、ムスコとムスメはおたのしみのDSをしていたんだと。

 ムスコよ、キミは乗り物に弱いんだから(特に飛行機)、揺れている機内でゲーム機の小さい画面を見るなんて……。

 眠る前に注意してやれなかったワタシも悪かったけれど。


【酔ってからでも飲める】がウリの酔い止めを飲ませたけど、水さえ吐く始末。

 これが電車や車なら乗り物から降りて、新鮮な空気を吸って休憩すればオッケー♪

 飛行機酔いの悲惨なところは、どんなに気分が悪くても、どんなに吐いても、飛行機から降りられないことである。そしてそんな状態が何時間も続くのである。


 乗り物酔いしたことのない人には理解できないでしょう。

 飛行機から降りられる時までが永遠のように感じます。

 1分が10分のように、10分が1時間のように、ゆっくりゆっくりと時は流れます。


 しかもムスコにとって試練だったのはこれから。

 飛行機酔いしたのは、上海→マニラ間。

 今日はこれから国内線に乗り換えてマニラからセブ島へ。

 おまけにマニラでのトランジットの時間は1時間!!!

 ゆっくり休ませてやりたいけど、マニラのトランジットがこれまたタイヘンで。


 通常は出発地の空港でスーツケースを預けたら、最終目的地までスーツケースは出てこない。

 が、マニラは一旦自分でスーツケースをピックアップして、再度国内線にチェックインしなおさなければならない。

「1時間で乗り換えトランジットできる?」

 と旅行会社の人に何度も確認したが、

「みなさん、やってますよ~。大丈夫!」

 だそうで……。

 気分最悪のムスコとまだ幼稚園児のムスメを連れ、オットがスーツケースをピックアップし、隣接する国内線ターミナルへダッシュ!

 無事にチェックインをすませ、搭乗口へダッシュ!!

 息つく間もなく機内へ。


 そう、ムスコは気分を回復させることができないまま、また機上の人……。


 1時間たらずのフライトだったが、おそらくムスコにとっては地獄だっただろう。

 その後のホテルのシャトルバスでも吐き、ホテル到着でロビーでも吐き。(スミマセン💦)

 やっとホテルの部屋で一眠りできました。



 💤💤💤



 ホテルで一眠りすると、なんとか気分も落ち着いたよう。

 ムスコはさておき(ゴメン)、元気な3人はお腹もすいた。

 今回のホテル、マクタン・シャングリラにはいくつものレストランがある。

 その中からシーフードレストランをチョイス。

 魚介類が大好きなムスコもこれで元気になるかな? なんて淡い期待をいだいて、レストランへ。


 出かけた時期は春節(中国の旧正月)。2月。中国は冬である。気温は0度前後。おそらく日本も同じくらいの寒さでしょう。

 飛行機で何時間か南下すると、気温30度の南の島。

 地球ってフシギである。


 昼間は照りつけていたであろう太陽が沈み、波の音が聞こえるシーサイドのレストラン。開け放った窓からは心地よい潮風。ああ、シアワセ。

 メニューからアラカルトでオーダーする。おそらくエビだのカニだの注文したのだろう。


 オーダーをすませ、最高のシチュエーションの中、やがて運ばれてくるだろう料理に思いをはせていると……、

 また、ムスコが泣いておる。いろいろな匂いがして、気持ち悪いんだと。

 一般人には特に何も感じない。感じたとしてもおいしそうな匂いだろう。シチュエーションに酔っているワタシには何が「気持ち悪い」のか理解できない。


 とりあえずまたトイレに吐きに行った。

 ま、病気じゃないし、キミは食べられなくても、ワタシ達が食べ終わるまで待っててね。

 ここはホテルなんだし、大丈夫。

 なぁんて思っていた。


 すると優秀なスタッフが

「息子さん具合が悪そうですが、大丈夫ですか?」

 と気にかけてくれる。

「ああ、大丈夫ですよ。病気じゃないので」

 なんて笑顔で受け答えしていると、ムスコを部屋まで送り届けてくれるという。じゃあ、と親切なスタッフのお言葉に甘えることにした。


 そろそろお料理くるかな――? とウキウキしながら待っていると、先ほどのスタッフが息子さんを部屋までお連れしましたと知らせてくれる。念のため、ホテルドクターを呼びましたと。

 えっ? えええっっ??

 いやいやいや! 飛行機酔いだから! 気分が悪いだけだから!!!

 つたない英語で伝えたが、スタッフは心から心配してくれているようで……。

 するとまた別の優秀なスタッフさんが

「お部屋に戻られますか? お料理は部屋まで運ばせます」


 具合の悪いムスコをホテルスタッフに任せて、頭の中は最高のシチュエーションでのエビやカニでいっぱいだった薄情な3人はこうして部屋へ戻ることに。



 部屋へ戻ると、すでにホテルドクターが来てくださっていた。

「飛行機酔いなんです」

 とここでも "air sickness" を連発するが、眉間にしわをよせたままのドクターはのどの奥を診て、胸に聴診器をあて、おなかを押しながら痛い? と聞いていく。

 右側のわき腹をドクターが押したとき、よりによってムスコが ”yes” と。


"!!!!!"

 部屋にいたドクターやスタッフが息をのむ。

"〇△★□✖〇……"

 えっ? 今なんて? そんな単語知らないわ。

 オットが電子辞書で調べる。

 ……。


 盲腸


「!!!!!」

 今度はワタシが息をのむ。

 いやいや、違うんですって! 飛行機酔いなだけですって!!!


 つたないワタシの英語は既に限界を超えていたので、日本人スタッフを呼んでもらえるようにお願いした。

 すぐに部屋にかけつけてくださった日本人スタッフの方に事情を話す。

「みなさまのご好意はとってもありがたいんですけど、もう大丈夫ですからと伝えてください」

 とお願いする。ただ、彼女もホテルのスタッフである。何か起こってからでは遅いという。まあ、そうなんだろう。ホテル側としてはそうなんだろう。果ては、オットまでが

「本当に盲腸かも……」

 と言い出した。

 ええええええええっ~?

 四面楚歌? 孤立無援???

 それともワタシだけがムスコよりエビやカニが大事な非情な母親なのぉ?


 時刻はすでに21時ごろ。それでも日本人スタッフの方が

「ここではこれ以上の治療はできないので、念のために病院に行きましょう。私も付き添ってお手伝いしますから」

 と説得され、病院へ行くことに……。


 ムスメをオットに任せ、ワタシとムスコはスタッフの方と病院へ。こんな時間である。【EMERGENCY救急】と書かれた入り口へ。

「病気じゃないんだけどなぁぁぁ……」

 心の中でつぶやく。


 神妙な面持ちのスタッフさんが受付で伝える。

「ホテルのお客様で、レストランで体調不良を訴え、ドクターが診察したところ、盲腸の疑いがある」

 受付の方もナースの方も"Oh! my godなんてことっ‼︎"と息をのみながらあれやこれや準備を始める。

 おしっこをとり、血液までとられ、検査データが揃ったところでドクター登場。


「コニチハ。コニチハ~♪」

 カタコトの日本語でドクターが朗らかに登場である。

 この頃にはずいぶんムスコもおちついてきていた。顔色も戻ってきている。そりゃそうだろう。吐くものは全部吐いて、ホテルの部屋でも、この病院に着くまでもぐっすり眠ったんだから。

 検査の結果も正常だし、お腹を押しても痛いところはない。


「セブにはいつ来たの?」

 と聞かれるので、

「今日です。飛行機酔いしました」

 と伝えると、

「それだよ! 飛行機酔いだよ!!」

 とドクター。


 ……、だからそうだって言ったじゃん。

 何度も何度も。

 まぁ、ホントに病気じゃなくてよかったよ。そりゃあね。

 だけどさ……。



 部屋へ戻ると、23時を回っていた。娘はとっくに眠っている。オットは

「やっぱり盲腸か? 手術か? ここで手術か???」

 すでに盲腸は決定事項のようである。


 ことの顛末を説明し、ホ――――――ッと息をつく。

 部屋の片隅にシーフード料理。しかもどの皿も少しずつ残してある。ワタシにとっておいてくれたんだって。どれもとっても冷めている。

「これ温かかったら、どんなに美味しかったんだろう」

 と妄想しながら冷めたシーフードスープをすすった。


 このレストラン、滞在中にもう一度行けなかったのである。

「もう一度セブに行って、あのレストランでリベンジ!」

 これがワタシとムスコの合言葉。


「おへやにおりょうりがきてね~。おひめさまみたいなごはんたべたの~♪」これはムスメの言葉。

 生まれて初めてのルームサービス。

 白いテーブルクロスの丸テーブルに、銀のドーム型のふた(伝わります?)の皿が載せられ、しずしずと運ばれてきて、ムスメとオットの目の前でパッとそのふたをとってくれたんだって。


 天国と地獄を味わったワタシ達でありました。



 それでも、レストランの方、ホテルドクター、日本人スタッフの方、病院のスタッフの方、ドクター、皆様うちのムスコのことを自分の子供のように心配してくださってありがとう。

 何事もなかったから笑えるけど、親切で優秀なスタッフの揃っているホテルでよかったわ。

 そして、こういう時の日本人スタッフは神様に思える。

 コトバの通じない異国で、どうかこれからも迷えるニホンジンを救ってやってください。

 お世話になりました。お騒がせいたしました。



 地獄でホトケ 異国でニホンジン



【海外旅行プチ情報】

その① 個人旅行などで海外に出かける場合、現地で日本語の通じるところを確認しておくといいです。

 ホテルに日本人スタッフがいるか、近くに日本の旅行会社やカード会社が開いている観光案内所はあるか、などです。今どき日本語で案内してくれる現地オプショナルツアー会社などもあります。おすすめスポットの案内やレストランの予約もしてくれるでしょうし、そうしたところでは困ったことにも相談にのってくれるはずです。万が一具合が悪くなったときも日本語で診てもらえる病院や通訳サービスがあります。

 何事もないのが一番ですが、「もしも」の為に現地で日本語で相談できるところを調べておくといいかもしれません。


その② 飛行機の独特の空気やニオイの気になる方へ

 好きな香り(アロマオイル)などをタオルやコットンに沁みこませておいてその香りを嗅いでいると嫌な空気のニオイから逃れることができます。この事件(?)以降ムスコはミントやユーカリのオイルをたらしたハンドタオルが機内で必需品になりました。小学生男子でアロマオイルなんてオシャレ? いえいえ、必要にかられているだけです。なんとか中毒のようにすーはーすーはータオルを吸っていました(笑)

 





 

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