第51話 争いのない世界がいいのに

 夏になると日本では戦争関連の番組やドラマがよく放送され、新聞・雑誌等にもそうした記事が掲載されます。

 6月23日

 8月6日

 8月9日

 8月15日

 何の日かわかりますよね。こうした日付に合わせて戦争特集が組まれます。このエッセイでも戦争のことをとりあげました。(第9話 ちょっと真面目に戦争のこと)そこでも書きましたが、8月15日は日本では「終戦記念日」ですが、韓国では「解放記念日」そして中国では「戦勝記念日」です。国が違えば、立場が違えば同じ事象の出来事も見方がまったく変わってきます。 


 2012年そのニュースはある日突然知らされました。

「尖閣諸島の国有化」

 なんとなくは聞いたことがある島に中国人活動家らが上陸し、対抗策として日本政府が国有化したとのニュースでした。

 中国にいても日本国内のニュースは知ることができます。

 多くのニュースが流れては次の日のニュースに上書きされていきます。


 しかしこの事態は日々流れゆくニュースとは様相が違っていました。

 中国の猛烈な反発です。


 中国では尖閣諸島のことを釣魚島と呼んでいます。

「釣魚島は我が国の領土」

 そんな文言のシールや缶バッジが子供用に文房具店や駄菓子屋で売られています。お菓子や文房具と並びあっていかにもそれが普通のように。


 日本政府の国有化は2012年9月10日のことでした。

 9月というのは中国では元々反日感情の高まる月なのです。


 9月18日。

 何の日か心当たりありますか? ワタシも以前は知りませんでした。


 満州事変が起こった日です。柳条湖事件とも言います。

 この事変をきっかけに日本の傀儡国家の満州国が建国され、太平洋戦争へと発展してしまいます。戦争という名のもとに悲劇的な殺戮が行われました。


 その9月18日を目前にしての国有化発表でした。


 普段中国で生活をしていて日本人だからと戦争責任など政治的レベルの話を中国人からされることはありません。皆さん善良な人たちです。

 中国に住む前には「ニホンジンに戦争で家族を殺された」とか「ニホンにひどい目に遭わされた」などと言われることがあるだろうかと悩んだこともありましたが、実際にはそのような話をしてくる中国の方はいませんでした。


 ただこのときは違いました。あっという間に中国各地で抗日デモが行われ、日系企業や商業施設が攻撃や略奪を受けました。

 ワタシたちの住む街の日本食レストランが集まる日本人街も日系スーパーも攻撃にあいました。日本人学校は休校になりました。自宅から極力出ないように、学校からも会社からもそんな指示が出ました。必要があれば帯同家族の緊急帰国も許可すると。

 商業施設を襲ったのはこの街の中国人ではありません。どうやらどこか別の所からデモ隊を派遣していたようです。中には時給制で雇われた人もいたんだとか。


 2012年9月18日が最警戒日とされました。普段夫たちは会社の車で送迎してもらっています。日本車です。このときは急遽中国車が用意されました。


「どうか日本人学校が攻撃されませんように」

 デモ隊の攻撃目標の日本人街とは少し離れた場所にある学校が狙われないように必死に祈っていました。地元の人であれば徒歩10分程度のところにある日本人学校を知っているのでしょうが急遽派遣されたデモ隊は学校の所在地を知らなかったのか、学校は攻撃目標として指示されていなかったのか、ともかく学校は攻撃を受けずに済みました。


 1週間ほどしてデモは落ち着き学校も再開されました。予定されていた運動会は日本らしい応援合戦やソーラン節などの演舞は省略され簡素なものになりました。通りがかりの一般の中国人からも見える学校のグラウンドでの催しなので中国側への最大限の配慮がなされたものです。修学旅行は飛行機などで不特定多数の中国人と関わらないように行先を変えて貸し切りバスで行くことになりました。

 学習発表会も例年なら劇や音楽や朗読など学年ごとに多種にわたるプログラムが企画されるのですが、この年は全学年が合唱となりました。ほぼすべての学年が日本語と中国語で学齢に応じた歌を歌い上げました。


 1番は日本語で

 2番は中国語で

 盛り上がるサビは日本語と中国語を交互で

 あるいは同時に


 どこまでも澄んだ美しいハーモニーにワタシの涙は止まりませんでした。


 児童生徒の中には日本と中国のダブルの子もいます。

 ほとんどの子が親の仕事の都合で中国にやってきました。

 その中国で自分たちの国への反発、攻撃を受けている。

 子供なりに感じたことがあったでしょう。

 怖い。酷い。帰りたい。

 そう思ったことでしょう。

 でも日本人学校で巡りあった友達

 日本人学校での楽しい出来事

 そうした思いも当然あったでしょう。

 そんな中での合唱でした。


 手をとりあえば世界と繋がることができる


 そんな歌詞を歌った学年もありました。


 なんの穢れも思惑もない素晴らしい歌声でした。

 澄み切った青空に虹がかかるような

 清らかで

 美しくて

 心に染み入るこのハーモニーが中国の人に、日本の人に、世界中の人に届けばいいのに。

 利権や損益ばかりを優先する計算高い大人たちに聴いてほしい。

 本当に心からそう思いました。


 今回の抗日デモも企業を襲った中国側にも非はあるけれど、日本もここまで怒らせる要因を作ったのです。

 尖閣諸島はどちらの国の領土か。

 簡単に解決できないようです。

 だからといって簡単に武力に訴えていいものか。


 韓国との竹島問題。

 ロシアとの北方領土問題。

 小さい島国は三か国と領土問題を抱えています。

 

 今も世界中で立ち行かない事情を抱える国々

 思惑が行き違い反発しあう国々

 戦争という名目のもとに軽んじられる人々の命や尊厳


 たとえ

 国と国が反発しても

 国と国が戦争しても


 人と人は同じでなくていいと思う

 今まで仲良くしていた人と付き合いをやめますか

 今まで信頼していた人を否定しますか

 今まで好きだった人に武器を向けますか


 国は人が集まって形成されるもの

 人が気付けば

 人が変われば

 国も変わるかもしれない


 キレイゴトかもしれない


 それでも


 まずは

 知ること

 気付くこと

 考えること


 どうしたら争いのない世界になるのか


 こんなに文明が進化しても

 人類の叡智をもってしても

 未だ見つからない


 命題の答え


 

 子供達のように国籍にかかわらず手をつないで歌うことができるなら

 違うことも含めてお互いを認めあうことができるなら

 



 2019年9月


 争いのない世界がいいのに



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