第31話 花束はきらびやかに?
もらって嬉しいモノにはいろいろなものがある。身に着けるもの。実用的なもの。食べるもの。形ではなく心に残るもの。
暮らしを彩るものももちろん嬉しい。それがなくとも生きてはいけるけれどもあると気持ちが豊かになるもの。贈る側の気分もおそらく上げてくれるもの。花束である。
折しもバレンタインデー。日本ではチョコのイメージが強いが、世界的には男性が女性に花を贈るスタイルが多いような気がする。1年でバラの花の値段が一番高いのもこの時期だとか。
季節の花々を取り扱うお花屋さんは見ているだけで心が癒される。誰かを思って花束をオーダーするときは渡すときの光景を想像して胸がときめく。自分への花束を受け取るときは胸がいっぱいになる。それがたとえ少額の小さな花束であっても。
中国でも何回か花束をプレゼントしたり、いただいたこともあった。
フラワーアレンジメントも習ったりした。最初は日本でフラワーアレンジメントの勉強をされてきた中国人女性の先生。(日本でおそらく誰もが知っている有名なお花屋さんに留学していた)ふたりめは日本人女性の先生。
学校の卒業式や離任式でお世話になった先生に贈る花束などは彼女たちにお願いして造ってもらった。おふたりとも日本でお勉強されている方なのでいわゆる日本で見かけるような素敵な
卒業生の母たちは生花のコサージュをオーダーした。ピンク系がいいとか、バラの花がいいなどのひとりひとりのリクエストに応えてくださり、卒業式の朝にマンションまで届けてくださった。ワタシもお願いしたことがある。カラーをメインにした白とグリーンの素敵なコサージュだった。
そんな日本式の花束と好対照なのが中国の花束である。
友達に贈るのに別の友達ふたりで地元のお花屋さんに行った。予算はこのくらいでバラをメインで、とオーダーするのは日本とさほど変わらない。
「じゃ、30分くらいかかるから」
ん? そんなに?? なんで? 混んでるの? 見たところお客は誰もいないけど。
友達は初めてではないようで、少しかかるから他のところで時間を潰そうとお店から連れ出してくれた。
しばらくしてお花屋さんに戻ると店員さん3人がかりでワタシたちのオーダーした花束を製作中だった。
まさに製作である。そのままで十分美しいバラの花びらの先をラメでコーティングする。それからそのバラの花の周りをこれまた目がチカチカするようなメタリック包装紙でくるむ。次はそれらのバラの花を束ねるのだが、これまた1本1本の間にチュールのような布をはさみこむ。よく言えばまあドレスの裾からバラが覗いているような感じ? そしてまとめた束の外側をまた何枚かのキラキラド派手包装紙で包んで豪勢なリボンを結ぶ。
10本程度の花にしてはその数倍はあるかというボリュームの花束である。いやもう豪華というかなんというか……。
そう、前にもエッセイで書いたのだが、中国人はとても見た目を重視なさる。ようは見栄をお張りになる。ま、日本人でもそれは言える。誰だってよくは見せたい気持ちはある。
ただよく見せたい方向が日本と中国では違うのだ。日本でなら、高額な花を選ぶとかセンスのいいアレンジメントにしてもらうとか、有名なお花屋さんでオーダーするなどして「よりよく見せる」ことはたぶんにある。
それが中国の「よりよく見せる」はとにかく派手に、とにかくボリュームたっぷりにということになるんだろうか。花束で言うと。
我が家でも何度か中国式花束をいただいたのだが、それはそれは豪華である。ものすごい重量感。色の見本市のような束。
しかしこれまたその花々をフラワーベースに生けるまでがタイヘンだった。リボンをほどき、ぐるぐるまきの輪ゴムをとり、幾重にも重なった包装紙を広げ、ドレスみたいなチュールの布を外し、1本1本の花のエリザベスカラーのような紙もとり……。ダイニングテーブルが包装紙の山である。
出来上がったアレンジメントに対して好きかそうでないかは確かにある。けれども贈る側が相手を喜ばそう、お祝いしようという気持ちは変わらない。お花屋さんにしても受け取る相手が笑顔になるように造ってくださっていることは日本も中国も変わりはない。花という形はしているけれど、何より贈ってくれるのはこちらのことを想ってくれている気持ちである。その気持ちは十分に伝わるし、とっても有難い。
どれもステキな花束。
おしゃれでハイセンスなアレンジメント。
人工的にきらびやかにした花束。
国が違うと形が変わる花束と変わらない人の気持ち。
これも異文化体験だと思えばこんなに想い出に残る花束もちょっとない。
花束ってそのときのシチュエーション(誕生日だとか卒業祝いだとか)やそのときの気持ちまで一緒に想い出に残る。それは日本でいただいたときも中国でいただいたときも。
◇◇
そうそう、そんな花束がらみでこんなことがあった。
マンションの中庭で母たちで夕暮れの井戸端会議中だった。お花屋さんの配達とおぼしき人が豪勢な花束をかかえてオートロックのインターフォンを鳴らしている。
「あらー、あいかわらずすんごい花束ねぇ」
どこかへの花束のデリバリーだろう。
そういえばバレンタインねぇなんて話をしながら眺めていると建物の中から一人の女性が猛然と出てきた。
出てきたかと思ったら、瞬時にその花束を奪い、綺麗な花たちを逆さまにしてそのままそこにあるゴミ箱に突き刺した。そして中国語でなにやら罵って建物の中へと消えていった。
恐らく10秒間くらいの出来事だった。
ドラマで見るような(いやないか?)光景にワタシ達もあっけにとられた。
「えっ?」
「あっ?」
「いや、え? ちょっと」
出てくるリアクションなんてこんな程度である。
せっかく届けにきたお花屋さんは無残にゴミ箱に刺さった花束をとりあげてとぼとぼと帰っていった。
いやね、女性にだって事情はあったんだと思うよ? 想像でしかないけれど、ストーカーとか受け取りたくない気持ちも花束もあるとは思うよ。100%想いは成就しないしね。
でもさ、ちょっとあのお花たちは可哀想だった。お花に罪はないしね。辞退するにしてももう少し方法があったんじゃあないだろうか。
◇◇
相手の喜ぶ姿を思い浮かべて花屋へと行く。
相手の好きな花やイメージの花を選ぶ。
相手のことを想って花束を贈る。
心をこめて。想いを花に託して。
喜んでもらえるといいな。
おめでとう。
ありがとう。
だいすきだよ。
花束はきらびやかに?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます