第24話 上海蟹のフルサト。
秋が旬の上海蟹。
以前、日本の中華街で1杯4,5千円なんてメニューを見かけました。
サイズでいうと毛ガニより小さく、ワタリガニより大きいくらい。
日本でも高価ですが、中国でも高価でした。ホンモノは。
ただ……、やっぱりあるのです。ニセモノが。
ホンモノの大間蟹には”陽澄湖産”のタグがついているのですが、このタグまでそっくりに真似たニセモノもあり……。さすがパクリの国だと感心してしまいます。
もうタグまで似せられたら、どれが本物のタグかなんてわからない。
どれだけのニセモノをホンモノとしていただいたことかわかりません。
だからキホン街中のお店では売っていても買いません。
それでも買わなくてもありがたいことに毎年旬の味は楽しめました。
オットがいただいてくるのです。たぶんホンモノ?
仕事の関連で取引先や普段よく行くお店(飲み屋さん?)などでお歳暮のように下さるのです。大間蟹を。我が家が4人家族だからと雄を4杯、雌を4杯。
雌雄一対でいただくのが普通のようです。
家に持って帰ってくる大間蟹は生きていらっしゃいます。どうやら死んでしまった大間蟹はすぐに毒がまわってしまうらしく食用には適していないのです。なので、調理直前までご存命なのを確認するのです。チョンと触ったりして。暴れないように最初からヒモでしばってあります。友達は蒸す前にヒモをほどいてしまったらしく、蟹さんの大脱走が始まり、はさみという武器をもった蟹さんとの追いかけっこ&捕獲にえらい騒ぎを引き起こしたらしいです。
「アーメン」
胸元で十字をきって蒸し器のふたをします。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
もうどこの宗教でもいいです。とにかく安らかに。ごめんね。ごめんねと蒸し器の前で合掌します。
20分ほどして蒸し器のフタを開けるとそこには真っ赤に蒸しあがった蟹さんたちが。
「あっら~、美味しそ!」
「美味そう! 早く食べよ~」
「うわー、あかくなった〜」
子供達も好きな大間蟹。
人間とは薄情なものです。あれだけ懺悔していたのに、出来上がりを見ると美味しそうと形容してしまいます。
「いただきます」
そうなのよ。命をいただくのよ。心していただこうね。なんて言いながらの食事です。本当は毎日そう感謝しなければならないのですけれどね。
日本の蟹同様、人は蟹をいただくとき無言になります。ぎっしりつまった蟹肉にたっぷりの蟹ミソ。至福の美味しさ。ああ、蟹さん、ありがとうございます。
そんな大間蟹の本場、
確実にホンモノを食べたければ、産地に行けばいい。それが一番シンプルです。
でもこんなことを聞きました。日本人だけで陽澄湖へ出かけるとものすごくボッタクられるからやめた方がいい、と。
幸運なことにワタシ達の習い事の先生(中国人女性)が生徒のワタシ達を連れて行ってくれるというのです。
こんな機会は滅多にないので10人ほどの日本人ママが集結しました。
でかける前に集金。現地までの交通費やランチ代などまとめて払いました。思ったより高額。ま、本場の大間蟹だし? 清算して余ったら返しますネ、と先生もおっしゃって、さあ出発。
湖沿いは果てしなく蟹料理屋が続きます。こんなにあってどこもお客さん入っているのかしら?
道端ではおじいさんやおばあさんが大間蟹を手売りしていたりします。
「ああいうのは注意です。ニセモノを持ってきて少しだけ陽澄湖に浸けて陽澄産と言って売るんです」
さすが。さすがですわ。
見渡す限り水面の大きな大きな湖で、先生は船着場へと歩いていきます。湖の中に島があって、目指すお店はそこらしく、お店から迎えの船がくると教えてくれます。
きゃあきゃあとエンドレスなおしゃべりをしながら完全に遠足気分で船に乗り、島まで10分。
船を降りるとそこが漁師さんの家でここが今日のランチの場所です。船着場の横にはウジャウジャと蟹さんが生け簀の中に。
のどかな漁師村です。同じような漁師さんの家が立ち並んでいます。
さ、ランチをいただこうと、お家に入ろうとすると、家から奥さんが出てきます。
「蟹は何杯?」
「野菜は何か食べる?」
庭先で井戸端会議のように始まるオーダー。
畑の野菜で何か作ってくれるといいます。自給自足でお料理を出してくれると説明してくれます。
「鳥も食べる? スープは?」
今日は中国人の先生が一緒だからコトバの心配はありません。のどかな田舎の風景を眺めながらこんなところ、日本人だけじゃ来られないわね〜とまたおしゃべり。足元をコッコッとニワトリさんが歩いています。
「じゃあ、支度ができるまで散歩でもしておいで。1時間くらいかかるから」
ご主人が生け簀からガバーっと網で蟹をすくいます。
コッコッコッコッと歩くニワトリさん。
「……、はい」
ワタシ達はおしゃべりをやめ、漁師さんの家を出ます。まるで葬送の行列のように下を向いて歩きます。
仕方ないというか、そういうものなのよ、そもそも蟹を食べに来たんだし。蟹だって命をいただくんだし、お互いに言い聞かせあいます。
普段からも感謝しないとね、子供にも命のありがたみは話さないとね、なんてしばらくは神妙でしたが、のどかで美しい漁村風景にやっぱり気分は次第に遠足気分に。記念写真をとり賑やかにはしゃぎながら過ごすこと1時間。
漁師さんの家に戻ると、歩いていたニワトリさんはもういません。家の中から奥さんが出来ているからコッチだよと呼んでくれます。
蒸した大間蟹。
葉物などの炒め物が何種類か。
鶏のスープ。
いただきます。
感謝していただきます。
心から感謝します。
今まで食べたどの大間蟹より美味しい大間蟹。爪の先まで綺麗にいただきました。
鶏のスープ。最後の一滴までみんなでいただきました。
いろいろな意味で感慨深い1日。
帰りに先生が袋を下げています。
「友達におみやげデス」
何杯も大間蟹が入ったその袋。
……。そうですか。
……。
……。先生、その蟹は……。
漁師さんからもらったのですか? 買ったのですか?
どのお金で買ったのでしょうか?
朝、集めたお金の返金はありませんでした。
……。
交通費がいくらであの意義深い授業料込みのランチ代がいくらだったかの説明はナシ。
まぁ、日本人だけでは出かけられなかったし、
先生にはお世話になっているし、
……。
やっぱり感慨深い1日でした。
上海蟹は秋が旬です。
旧暦で9月は雌、10月は雄が特に美味しいと言われます。
今が旧暦10月です。
本場の味を楽しむために陽澄湖へと向かう高速道路は毎年渋滞するそうです。
上海蟹のフルサト。
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