第29話 春節がやってくる。
中国では1月1日よりも旧正月の元旦の方に重きが置かれている。
日本でいう年末年始は1月1日が休日になるだけである。確かにカウントダウンがあったり、空一面に花火があがり、爆竹もなるが、12月31日から1月1日にかけてだけである。
中国の他にも韓国や東南アジアの国々などでも旧正月を祝う国もある。
春節は旧暦なので、毎年日にちが変わる。大体1月末から2月中旬くらいになる。元旦から15日間が春節期間である。
日系企業を含む多くの会社や学校が元旦を含む週と前後の土日を合わせた9日間が春節休暇となる。休みとなる店も多い。大使館や領事館などの公的機関も休みになる。
会社も学校も休みとなり、街も閑散としてしまうので、ワタシ達日本人は大抵は日本へ帰省するか、外国に旅行に出かける。(第11話 春節と国慶節はハッピーホリデー)
休暇となった中国人達はどうするか。
日本のニュースでよく見る「爆買い中国人」はセレブであり、中国の中ではほんの一握りの特権階級である。ではフツーの中国人はどうするか。
日本の年末年始と同じである。帰省である。
世界一を誇る人口13億人の民族大移動である。
当たり前だが、飛行機や列車の座席には限りがある。いくら臨時便を出したところで限りがある。故郷へ帰る切符の争奪戦が毎年繰り広げられる。
春節近くなると街中に大行列ができる。日本でいう「みどりの窓口」のようなもので列車のチケットを購入する場所である。普段に利用したことがあるが、いつもなら待ち時間もなくここで新幹線や特急列車のチケットを買うことができる。
今やネットでもチケット手配もできるらしいが、街の「窓口」や駅でのチケット購入者もまだまだ多いらしく、どこも建物から歩道にまで人があふれている。
この時期に必ず日本人学校からプリントが配られた。
―― 春節期間中に駅への不用な外出は控えてください。 ――
スリなどの犯罪が多発するので特に外国人は出かけないようにとの注意喚起のプリントである。
もちろんその時期に駅に出かけたことはないが、ニュースやネットで見かける映像では広大な駅前広場が人で埋めつくされている。
聞いた話なのだが、どうやら全員が列車に乗るわけではないらしい。
チケットが買えなかった人たちもどうやら集まっているらしい。
時期は1月から2月。南北で気候の差はあるが、寒空の下で故郷に帰れるチャンスを待っているらしい。そうして駅前に詰めかけてどの程度の人達が列車に乗れるのかワタシにはわからない。
街は春節を迎えるための飾りつけが増える。主に赤い飾りが多い。「お金が入ってくるように」や「長生きするように」など願うことは日本ともよく似ている。
よく「福」の字をさかさまにして貼ってあるのを見かける。中国語で
このあたりは語呂合わせをしてお節の具材をつめる日本も似ている。さすが漢字発祥の国?
さて、春節元旦を迎える夜。
ワタシの別エッセイ『The world of million colors』「空一面の極彩色の華」で書いているのは12月31日から1月1日へと年が明ける夜の話である。
日付が変わる瞬間は四方八方から打ち上げられる花火で空が白くなるほどである。
けたたましい爆竹も鳴り響くが、それでも徐々に花火も爆竹もおさまる。
それが春節元旦の夜は1晩中花火が打ち上げられ、爆竹の音もやむことはない。しかもそれが3日3晩続く。昼間も音だけの花火が打ち上ったりする。
街には花火屋が突然増える。普段は別の商品を売っているお店がその時期だけ花火や爆竹を販売する。普段のそれより価格が高いのはさすがというか、当然というか。
「郷に入っては郷に従え」ではないが、一度日本人家族同士でも花火と爆竹を上げてみようということになり、仕入れに行った。自分達なりに「このくらいでいいよね?」という量の花火と爆竹を購入したら、店の主人が「何家族でやるんだ?」と聞いてきた。確か4、5家族だったと思うのでそう答えると、「それにしては少ないな。もっと張り込まないと」と鼻で笑われてしまった。そう、中国人はとっても見た目を重視なさる。ようは見栄をよくおはりになるのである。普段よりも高額の花火と爆竹、誰に対しても見栄をはる必要のないワタシ達日本人は「こんなもんでいいよね~」とそのまま帰宅した。元旦を迎える夜、小さい子供達がいるので夜8時ごろにマンションの中庭に集まって打ち上げた。仲良くなった近所のご家族と異国で味わう春節。中国に住んでいるからできたこと。
太古の昔に獣から襲われないように住居の前で獣をおどすために鳴らしたのが爆竹の由来であり、そこから厄除けの意味で現在まで爆竹の風習は続いている。旧暦の正月を迎える慶事には爆竹がかかせない。
……とはいえ、何も一晩中鳴らさなくてもいいんじゃない? 3日3晩鳴らさなくてもいいんじゃない? そりゃ厄は祓いたいよ? でもさあ……。
中国語の先生にも聞いたことがある。
「おめでたいことですからね」
「でも先生、近所迷惑だし、あんなにうるさいと寝れないでしょう?」
ワタシの質問に先生はあらぁ意外なことを聞くのね、という反応をしてからにっこり微笑まれてこう答えてくれた。
「寝ないんですよ。春節は。夜どおしお祝いするんですよ」
……。
「3日間も?」
「そうですよ」
それが当たり前よ、と言わんばかりの先生。
普段は都会に仕事に行っている家族や親せきも集まっての楽しいイベント。しかも前述のとおりタイヘンな思いをしての帰省。久しぶりの実家や家族。積もる話もあるだろうし、懐かしい人たちとの再会も嬉しいだろう。大勢が集まり食事をしてお酒も飲めば楽しい時間なんてあっという間に過ぎてしまうかもしれない。そんな楽しい宴会が夜通し続くのもわからなくもない。あの爆竹や花火は中国全土での幸せの数だけ打ちあがるのかもしれない、と前向きにも考えてはみる。いや、みんなで集まって宴会はいいよ。徹夜でもなんでもどうぞ。でもさ、一晩中爆竹はうるさくない???
ワタシ自身その時期は中国を脱出しているので騒々しい3日間を過ごしたことはない。それでも一度だけ体験した騒々しい夜はパンパンパンッ、ドドーンという爆竹と花火の音でたとえは悪いがまるで戦場で眠りにつく気分だった。
それからこれはオットから聞いた話。
日本では大抵の会社でボーナスが夏と冬に支給されるが、中国ではこの春節の時期に支給される。日系企業でも同様だ。中国人スタッフ、工場で働く工員さん達にももちろん支払われる。それが面白いことに支給予定額を半分に分けて春節前と春節後に支給するのだそう。なぜだと思いますか?
中国では終身雇用の考えはあまりないので、春節前に全額支給してしまうと休み明けに会社に戻ってこないのだそうだ。とはいえ春節に地元に帰ったり休暇を楽しむためにはやっぱりボーナスは欲しい。そこで半額を休み前、会社に戻ってきたら残りの半額を支給することにしたらしい。
それでも残りのボーナスを放棄して戻ってこない工員さん達も結構いるらしい。そうしてどこの企業も春節休み明けには工員募集をかけ、新しく上京してきた人たちが行列を作る。よりよい条件の工場へと行列を作る。
国が変われば新年の迎え方も働き方もさまざま。
今年は1月28日が春節元旦。
春節がやってくる。
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