第三十五話 前兆
砂塵が舞う。それはまるで、砂漠の世界を思わせる光景である。
神牙の中で、美央は痛みを発する頭を揺さぶった。ビルの崩壊による地震により頭をぶつけ、一瞬だけだが意識が飛んでしまったようである。
頭を押さえながらも、辺りをゆっくりと見回していく。砂塵の影響か周りには何も見えず、足元に転ぶ大量の瓦礫がかろうじて確認出来るだけだ。
瓦礫はビルの破片で間違いない。そしてこの砂塵は、ビル崩壊に発生した物。
「香奈、優里、飛鳥、フェイさん! こちら神塚美央! 応答して!!」
皆は無事だろうか……。美央は無線へと叫んでいく。
返事は……
『……俺は大丈夫だ……』
「飛鳥!」
飛鳥の返事と共に、砂塵の中からアーマイラが現れた。
砂塵の影響で少し茶色になっているが、特にこれといった損傷は見当たらない。そう思う美央の神牙も砂まみれになっているだろうが。
『こちら香奈……無事です……』
『優里と戦陣改も大丈夫だ』
『あいつつ……何とか大丈夫っぽい……』
香奈と優里、フェイの声が聞こえてくる。とにかく全員が無事だという事は分かった。
安堵をする美央。やがて砂塵は先程よりも薄くなり、少しだけ風景が見渡す事が出来るようになってくる。
最初に美央の目に映ったのは、道路を挟むように倒れたビル。壁面は瓦礫となって辺りに散乱し、中の鉄骨が周りのビルに突き刺さっている。ケーブルが漏電しているのか火花が確認でき、さらには火の手が上がっていた。
そしてバトルマン、スターフレイムといったアーマーギア部隊が見える。ほとんどは無事なようだが、中には下敷きにされて両脚を出している機体もある。他にも生き埋めになった者はいるのかもしれない。
『……あっ、パパ! 大丈夫!?』
『ああ、我々は何とか避難をした』
フェイとその父――ウィリスの声が聞こえてくる。
声の調子から特に怪我はしていないようだ。どうもこの部隊の指揮官であるからか、後方で待機している事だろう。
ただ避難をしたという報告からして、ビル崩壊の余波の巻き添えを喰らいかけた可能性はなくはない。
『お前達の方は大丈夫なのか?』
『YES、何とか。美央達も大丈夫だよ。後、イジンは勝手に埋もれたみたい』
『そうか……自滅か……』
ウィリスが言った時には、もう既に砂塵は消えていた。
さっきまで美央達とイジンが戦っていた場所は完全に崩落している。イジンの姿や血などは確認出来ないが、どう見ても助かっているはずがない。
呆気ない最期とはこの事だろうか……。美央は少しだけ落胆するも、あの個体に対して思う所が出来る。
危機感……に近いだろうか。あのようにアーマーギアと融合を果たした個体は、これから先出現しないと断言出来ない。
そしてそれが強大になればなる程、太刀打ちするのは困難だ。
『無事な者は負傷者を救助。急げ』
無線から聞こえるウィリスの英語。その指示に、無事であるアーマーギアが動き出す。
指示されていない美央達はただ呆然と立ち尽くす。その中で美央は、イジンが埋もれているだろう瓦礫へと見つめていた。
ただ、見つめるだけだったのだが……
「……!?」
動き出す瓦礫。美央がハッキリと捉えた瞬間、瓦礫が飛び散っていった。
後方へと離れていく美央達。その彼女達の前で、それは姿を現す。
身体から無数の火器を携え、装甲を身に纏ったイジン。
装甲はひしゃげているが、目立った負傷は見当たらない。それよりも美央を呆然とさせたのは、そのイジンが宙を浮いているからだ。
いや、浮かんでいるのではない――飛んでいる。その証拠に背中からコウモリを思わせる六つの翼を生やし、忙しく羽ばたかせている。
それは白い悪魔と言うべき姿。そしてそれは、重たい武装を効率よく動かす為の自己進化。
『生きてた!! 生きてたぞおお!!』
『撃て!! 撃ちまくれ!!』
米軍の叫び。直後、数十機のバトルマンとスターフレイムから放たれる火の雨。
だがその時、イジンが消えた。銃弾がビルへと着弾し、無数の穴を開けてしまう。
『!? 上!?』
いや、反応は上にある。アーマーローグとアーマーギアが見上げると、飛行するイジンの姿があった。
速度は把握出来ない。だが続けざまに繰り出す砲撃を難なくかわし、挙句には一機のバトルマンを高速で攫う。
バトルマンからの悲鳴。だが機体が触手にがんじがらめにされ、砕けていった。破片が身体に吸収され、新たな装甲へと変わってしまう。
砲撃の中での、アーマーギアを利用した自己進化。それは数秒にも満たず、すぐに終わってしまった。
『このままじゃあ奴に!!』
『言わなくていい! 撃て撃て!!』
香奈の叫び。普段からは想像付かない優里の怒号。
アーマーローグと戦陣改もまた砲撃を繰り返す。神牙の胸部45mm徹甲弾砲と腰部30mm榴弾砲、エグリムの50mmマシンキャノン、アーマイラの尻尾状ユニットからの小型ミサイル、戦陣改の60mmガトリングガン、そしてキングバックの両腕から放たれる60mm二連装キャノン砲。
対イジンとして他に引けを取らない火力。それでもイジンの持つ飛行能力に太刀打ち出来ず、ただ周りのビルを破壊尽くすのみ。
街に被害を与えているのは、イジンではなく美央達側だ。
「チッ……化け物め」
アーマーギアの武装を取り込みながらもあの速度……自己進化能力がいくら何でも他の個体より桁違いである。
本当に忌々しいと思う程……
「……っ!?」
考えていた美央に、あのイジンが突っ込んで来る。
回避行動をとった――のだが、装甲の中から現れた細長い腕が神牙を掴んでいき、地上から離してしまった。
あたかもそれは、黒い獣を連れ去る白い猛禽類のように。
『美央さん!!』
『姐さん……!』
香奈と飛鳥の通信に、美央は返事する事が出来なかった。
飛行速度によるGが彼女に襲い掛かる。腹が痛くなり、元から流れていた汗が飛び散っていく。
このまま気絶してしまう……!
「離れ……ろ!!」
神牙の尻尾がイジンの首元へと突き刺す。だがこの飛行中に、装甲の隙間に突き刺すという芸当は出来ず、装甲に当たってしまうだけである。
その時に神牙……いや美央に、イジンの頭部が向けられる。スターフレイムの頭部の装甲に覆われた無機質な表情。美央がそれに気付いた刹那、神牙を掴んだ腕から複数の触手が伸ばされた。
尻尾の意趣返しとばかりに、肩装甲と腹装甲へと突き刺さっていく触手。そして美央は肩装甲を見て、驚愕をする。
触手が突き刺された箇所が、泡立つようにうねっていた事に。
「チッ……!!」
このままではまずい。神牙の鉤爪がイジンの腕を掴み、引きちぎった。
落下する神牙から触手が剥がれ落ちていく。その美央と神牙が待ち受けるのは、そう距離は離れていなかったコンクリートの地面。
着地をするも、飛行された反動で転がってしまう。何とか鉤爪と尻尾で地面に突き刺し、スピードを殺していく神牙。その際に生じる大量の火花。
ついにスピードが落ちる。だがその時には、美央の額から一筋の鮮血を流していた。
「やってくれるじゃない……」
それでも美央は、笑っていた。
彼女の鼻に感じてくる血の匂い。戦闘によって付けられた傷。それはイジンとやり合った事の証。
これだ。この感じだ。父の残した負の遺産と生死を分けた殺し合い。これがまた……美央をたぎらせる。
『ファイア!!』
男性の声と共に、イジンと共に向かうミサイル。
イジンがかわした直後、その身体へと着弾していく銃弾の雨。続けざまに繰り出されてる火力が、イジンに苦悶の叫びを上げさせる。
振り返ると、砲撃しているのは駆け付けた米軍のアーマーギア部隊だった。それも一機のスターフレイムが、イジンの飛ぶ方向を予測して撃ったようである。
米軍のエリートによる砲撃。イジンの叫びと血の雨。だが肝心の身体は変異により頑丈になっている為かほとんど壊れない。
ならばあれしかない。美央が決断したちょうどそこに、エグリム他四機が駆け付けてきた。
『美央さん、大丈夫ですか!?』
「ええ、大丈夫!! それよりも援護して! レーザーブレスを使用する!!」
レーザーブレス。対イジン兵器として開発されたプラズマ兵器。
予想だがタイムラグ発射時の拘束時間など、様々なデメリットが存在する事だろう。ならば香奈達に援護させてもらい、発射する。
それでイジンを真っ二つにするのだ。
「ア゛アアアアアアアアア!!」
美央の頭の中でも読んでいるだろうか。砲撃を喰らい続けていたイジンが、神牙の元へと飛んでくる。
神牙が一旦発射をやめて応戦しようとした――時だった。横から灰色の巨体が現れ、手にしている巨大な得物を振るう。
フェイが駆る獣型アーマーローグ――キングバック。森の賢者を模した機械仕掛けの野獣が、得物のバトルアックスでイジンを吹っ飛ばしていった。
反響する金属音。バトルアックスの刃にこびりついていく緑色の血。きみもりに吹っ飛ばされたイジンは、血反吐を吐きながらも体勢を立て直す。
『美央、今だよ!!』
「はい!!」
今しかない。操縦桿にあるレーザーブレス発射用スイッチ――それを躊躇なく二回押した。
その時、上から熱を感じた。見上げると神牙が前屈みになり、鋭い牙が生えた顎部を開いていく。美央からは見えないが喉に相当する部位が展開され、あたかも獲物を丸呑みする蛇のような状態になっていた。
「皆、下がれ!!」
射線上にいる訳ではないが、ひとまず香奈達を下がらせる美央。
口内の奥から青い光が灯していく。徐々に溢れて出たその瞬間、遂に放たれた。
荒ぶる神の怒りを具現化する、光の筋。
それは青白く輝く、プラズマ化された熱線。膨大な熱量が照射された地面を赤く溶かし、蒸発させていく。
光の中で美央は圧倒を感じる。それでも操縦桿を大きく引き寄せ、神牙の首を大きく上げた。
青白い熱線が、地面を切り裂きながら上昇する。そしてアーマーギア部隊の攻撃を受けているイジンに、熱線の洗礼を。
光の中で美央は見た。熱線がイジンに直撃し、爆発するのを。その身体を熱量で泣き別れにしたのを。
事切れるように、地面へと落ちるイジンの二つの身体。その同時に熱線が徐々にじぼんでいき、そして消え去っていった。
「…………」
沈黙が美央を、周囲を襲う。
誰もが砲撃の手をやめ、レーザーブレスを放った神牙へと振り向いた。そして美央もまた、コックピットを……というより神牙を見つめている。
レーザーブレスの威力。それは機動兵器が持つにはあまりにも行き過ぎた力。それを神牙が制御している事が、美央自身でも理解しきれなかった。
「……ハハ……ハハハ……」
引きつった笑いが出てしまう。美央自身でも抑えきれず、壊れた人形のようになってしまう。
これが笑いが止まらないとでも言うのか。内に恐怖が出るも、抑えきれる事が出来ない。
『……美央さん?』
「……ごめん、変な笑いが出てしまったわ……」
心配をする香奈。美央は笑いを止めようと、口を強引に塞ぐ。
その中で思う。このレーザーブレスは、通常兵器に耐性を持つイジンに有効なのだ。次第に美央の口角がゆっくりと上がっていく。
これで更なる狩りが出来るのだと――。
「……!?」
だがすぐに、その笑みが消えた。
「ア゛……ア゛アアアアア……」
イジンが動き出している。上半身だけではなく、下半身すらもピクピク動かしながら。
まだ生きている。それも異形の瞳を神牙に向け、おぞましい唸り声を上げている。
神牙への憎悪が、その瀕死の身体を動かしているかのようだ。
『まだ動くか……』
そう言った優里が、戦陣改のガトリンガンを向けていく。見ればアーマーローグやアーマーギア部隊も同様にしていた。
神牙もまた構える。いくら瀕死とは言え相手はイジン――下手な慢心は死をもたらす。
だからこそ美央は……
「……うっ……」
その美央が、何かを感じた。
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