第六話 紅白の機鳥
深海。それは人間が入る余地のない闇の底。
そこにあるのは闇に適応し、異形の姿へと遂げた深海魚。マリンスノーと呼ばれるデトリタス(微生物の死骸)。そしてはるか昔に沈んだであろう、朽ちた沈没船。
深海魚は優雅に泳いでいた。誰にも邪魔されず、ただ遊泳をするばかり。それは捕食者が来るまで続いていた。
だが次の瞬間、その魚が口の中へと消えていった。
深海の奥深くから現れた、巨大な異形の口。それは何と巨大生物の腹から浮き出ている。
そして口があるであろう頭部には、ただ怪しく光る赤い瞳があるだけだった……。
===
防衛軍に入りたての頃は、よく上司から戦陣の整備を命じられたものである。
今でも整備を自主的にやっている為、その作業のイロハが身体に染み込んでいる。香奈はすんなり神牙の整備をする事が出来た。
「意外と単純なんだ……」
肩装甲の関節部位をいじっていて分かったが、戦陣に比べて稼働部位が簡素な作りだった。
戦陣は各部にディーゼルエンジンを搭載されているので複雑な作りになっているが、こちらはそのディーゼルエンジンがない為か、ただ肩を動かす稼働部位があるだけである。
神牙が既存アーマーギアと違う事と、何か関係があるのかもしれない。だが、それでこの機体の全容が分かる訳ではない。
それを見込んで、美央は整備を手伝わせたのだろうか。香奈が首周りをいじる美央を見ても、警戒するどころか涼しい顔をしている。
それどころか香奈の視線に気付いた途端、微笑みを見せるのだった。
「どうしたの?」
「あっ、いえ……そういえば何で咆哮をするのでしょうか?」
思っていた事と違う質問をしてしまった。それも気になっていないと言えば嘘になるが。
「ああ、放熱を出す為に口を自動で開くようにしているんだけど、それで口がこすれて軋み音が出るのよ。まぁ、怪獣らしいからわざと残しているんだけど。
ちなみにこの背ビレも放熱板だったりするのよ」
「はぁ……変わってますね……」
「じゃなきゃこんなロボットには乗らないわよ」
そう笑顔で答える美央に対し、思わず頬を赤くしてしまう。
無茶苦茶な話を聞いていたので意識はしていなかったが、神塚美央は女の香奈から見ても、かなりの美人だった。
先程着ていたような男性的な服装と相まって、『女と男のいいとこどり』という形容が相応しい(女の要素がはるかに強いが)。こういう人が、このような化け物兵器を操っているというのは信じられないし、むしろモデルをやっていた方が食っていけるのではないかと思う。
それで思い出したのだが、神塚美央は何の為に
人々をあの怪物から守る為か? それとも報酬……金の為か? あれこれ考えるより本人に聞いた方がいいだろうが、恐らく例の如くはぐらかすだろう。
神塚美央。親近感は覚えるのだが、どこか胡散臭い所があった。
「神塚ちゃん達、そろそろ休憩するぞ!!」
一旦どこかに行っていた薩摩が戻ってきた。手には何かが入ったビニール袋が握られている。
「分かりました! じゃあ光咲ちゃん、そろそろ終わらせよっか」
「あっ、はい……」
美央と共にはしごで降りる香奈。それから用意されていた簡易椅子に座り、薩摩から袋に入った物を受け取った。
見る限りココア缶のようだ。美央もまた同様であるが、薩摩だけは缶コーヒーである。
出来ればコーヒーの方がよかった――そう思いつつもココアを一口含む。
「アチっ……美味しいです」
「火傷しないようにね。それよりもありがとう、手伝ってくれて」
「いえ……看病へのお礼でして……。それにこういった整備は慣れているので……」
ただ自分を救ってくれた美央に、その恩返しをしたまでである。
今にして思えば、この人達からフランクな雰囲気を感じる。化け物みたいな兵器を隠し持っている会社の者とは思えない。
次第に香奈から警戒心が薄れていく。質問の一つや二つをしたくなった。
「どうしてもあたしを協力させたいのですか? 他の人じゃなくて……」
「……まぁ、さっきも言ったように、別に強制じゃないわ。どの道、あの化け物達とやり合うんでしょ?」
「……はぁ……」
――そうだ。防衛軍に帰れば、戦陣に乗ってイジンと戦わなければならない。
ただ背筋が凍ってしまう。拒絶という名の冷たさが、彼女の背中に襲いかかった。
理由は香奈自身でもよく分かっている。前の戦いで先輩や隊長がイジンに殺され、自分も殺されかけた。その時の恐怖が、未だ心に刻まれている。
だがそう怯えては軍人が務まるはずがない。それにこうして逃げようと考えている間に人が死んだら、それこそ本末転倒である。
「……光咲ちゃん、どうかした?」
「いえ……ちょっと……」
「……そういう事ね……」
何かを察したような、美央の一言。
その彼女がココアを飲み干した後、香奈の前へと立ったのだ。
「攻撃は最大の防御……って知っているでしょ? この神牙はそれを体現している。もちろん、君に与えようと思っている機体もそのような仕様になっている」
「……何が言いたいのですか?」
「……生き残りたいと思ってるなら、それをオススメするって事よ」
今の美央は笑っても怒ってもいない。
ただ無表情にし、その瞳を香奈に向けているだけだった。
「それに君がそれに乗ってくれるのなら、私が出来る限りのフォローをするわ。その時点で、君は私の仲間なんだから」
「……仲間……ですか……」
「そう。だから光咲香奈、私と一緒にイジン抹殺に協力して」
美央の華奢な手が、香奈へと差し伸べていく。
意外と頑固な所があるんだなと、香奈は呆れるように思う。彼女はどうしても自分を協力させたいらしい。
ただ、さっきの様子からして悪い人だとは思えない。信じれるという訳ではないが、よからぬ事はする人ではないのかもしれない。
その美央は今、少しの微笑みを見せていた。
「……あたしは……」
どう言えばいいだろう。そう模索をした――時だった。
外から突如として聞こえてくるけたましい音。香奈も美央も、思わず外へと駆け込んでいく。
今は六月故か、さっきまでなかった雨が降っている。それでもそのけたましい音は、雨音よりもはっきりと聞こえてくる。
サイレンだ。未確認巨大生物――イジンが襲来したのだ。
「場所は……遠いけど、まぁ大丈夫か」
香奈が振り向くと、携帯端末を見ている美央の姿があった。
画面にはニュース速報と思われる、地図と赤い点が映し出されている。その赤い点がイジンである事は香奈でも分かった。
「光咲ちゃん、返事は後でもいいわ。私はすぐに行ってくる。
薩摩お爺さん、出撃しますね!!」
「おお、気を付けてな!」
すぐに出撃しようと、香奈の元から離れていく美央。
――この一瞬、香奈は吹っ切れた。処罰を受けても別にいいと思っていた。
「神塚さん、あたしも行きます」
「!」
足を止めた美央が、香奈へと振り向いていく。
一瞬の視線の交錯。その時に美央が微笑んだ。
「ありがとう、光咲ちゃん。じゃあ、私に付いて来て。パイロットスーツに着替えるから」
「はい!」
「お爺さん! 例の奴上げて下さい!!」
「ほい来た!!」
薩摩が格納庫に置いてあった巨大トレーラーへと乗り込んでいく。
あの中に自分に与えられるだろう機体が入っている。香奈はすぐに見たかったが、美央に引っ張られてしまい、お預けとなってしまった。
===
しきりに鳴っていく警報が、防衛軍東京基地内に響いていく。
格納庫もまた例外ではなく、それを聞いた整備班が戦陣の出撃準備を始めていく。一方で、一列に並んだ数人の戦陣部隊が整備班の邪魔にならないよう立っていた。
彼らは共通して青いパイロットスーツを着用し、青いヘルメットを手に持っている。そして視線の先もまた共通だった。
「ただいまもってこの部隊を仕切る事となった黒瀬優里だ」
前に立っているヤングエリート――黒瀬優里である。
「手短に言うが、現在確認されている未確認巨大生物の数は五体。先のように戦闘中に進化する可能性もあるので、十分に注意してくれ。
また、例の怪獣型アーマーギアが現れた場合は、手出しはせずに援護をするんだ。状況終了後、怪獣型に対しての処置を指示する」
「「「了解!!」」」
一斉に敬礼をする部隊。
彼らの命は自身に掛かっている。優里は、自分が隊長になった時に必ず守っている事がある。
部下を一人も死なせない事だ。
「では総員、戦陣に乗り込め」
戦陣部隊が次々と戦陣へと乗り込んでいく。優里もまた、長い間愛用している戦陣改へと滑るように座っていった。
コックピットハッチが閉じるとモニターが表示されていく。足元にいる整備班が一斉に退避していくのを確認した後、優里が指示を下した。
「空輸を始める。全機、歩行開始」
===
黒いパイロットスーツを着た美央と、青いパイロットスーツを着た香奈が格納庫へと戻ってきた。
その時、不意に足を止める香奈。まるで呆気に取られたように、口を開けたまま見上げていくしかなかった。
「これは……」
「GZ-11神牙の兄弟機、GZ-12『エグリム』よ」
目の前に膝をつく、鋼鉄の人像。
怪獣型の神牙とは違い、アーマーギアらしい人型だった。ただ鈍重なフォルムをした戦陣とは違い、極端に細いフォルムをしている。
装甲は赤と白のツートンカラー。頭部には黄色に光るゴーグルカメラと一本角型のブレードアンテナがある。
まるで猛禽類のような鋭角的なフォルム。さらにその頭部には、何と牙が生えた顎部があったのだ。
「こんなのに乗るんですか……?」
「大丈夫よ。コックピットは戦陣とほぼ同じだし、それに素人でも操縦しやすいように『REI』っていうOSもあるしね。
ささっ、乗って乗って」
「気を付けてな、光咲ちゃん!!」
唯一戦場に行けない薩摩からの、応援の言葉。
香奈は不安に満ちながらも無言で頷き、エグリムのコックピットへと乗り込んでいく。中を見渡すと、なるほど戦陣のそれと酷似していた。
早速座席に座って、シートベルトやギアインターフェイスを取り付けていく。戦陣と同じように起動スイッチを次々と押していくと、閉じられたハッチにモニターが映し出されていく。
「……えっ? 嘘……」
サブモニターを見て、思わず唖然としてしまった。
『REI』というロゴと共に、エグリムの全体像が表示されている。その背中には、何と戦陣にはないブースターユニットがあったのだ。
「神塚さん! これ飛ぶんですか!?」
『そうよ。地面をちょっと浮く位だけどね。ちなみにサブモニターのブースターユニットを押せば操縦方法が出るから』
「はぁ……」
試しに画面をタッチすると、確かに操縦マニュアルが表示された。どうやら歩行に使うペダルとは、別のサブペダルを使うらしい。
『さてと行くわよ。付いて来て』
立ち上がって格納庫から出ていく神牙。駆動音を鳴らしながら近くの海へと向かっていき、ダイブをしていった。
香奈もまたその後を追う為、エグリムを走らせていく。そうして外に出た後、サブペダルを踏み倒した。
「!? のわあああっ!?」
一瞬、何かが起こったのか分からなかった。
背中を叩き付けられた挙句、モニターの視界が早く前進しているような感じに陥る。そう、エグリムが急速に飛んでいるのだ。
「ちょっちょっ!!」
『大丈夫大丈夫。REIがGを軽減するように調整しているし、ちゃんと私に付いてくるようになっているから』
「そういう問題じゃああ!!」
海の中を突き進む神牙と、海面スレスレに飛行するエグリム。
二機が向かっている先は、未確認巨大生物の出現地点だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます