第二十七話 鋼鉄を纏いし森の賢者

「やぁやぁ、皆さんお揃いですな」


 ボーンから降りた女性が美央達の元へと向かってくる。

 可愛らしい笑顔を浮かべながら、そのサイドテールを揺らす姿は、どこか悩ましい印象を与えてくる。強いて言えば、元気なアイドルのような雰囲気があった。


「今日からあなた達の仲間になったフェイ・オルセン。という訳で、これからもよろしく」

「こちらこそ。私は神塚美央です。それで右から光咲香奈、黒瀬優里、流郷飛鳥です」


 ほんわかでのほほんとしたフェイは、美央にちょっとした安心感を覚えさせる。大佐の子と言うからには堅苦しいとか色んな事を思っていたが、実際は親近感のある女性であった。


 握手を交わす二人。互いに笑みを浮かべながらその手を握り合う。

 だが一瞬、フェイの手が美央の手を擦ったような気がした。


「ふーん、お手々柔らかいんだね。どんなエステしているの?」

「えっ? 特には何も……」


 気がしたなどではなかったようだ。フェイが明らかに擦っている。 

 しかも彼女が頬で、その美央の手を頬ずりしていった。


「やだこれ……気持ちいいじゃん……」

「あ、あの……フェイさん?」

「ヘヘヘヘ……」


 完全に自分の世界に入っている。よく見ると表情も恍惚状態になっていた。

 美央はおろか香奈達が唖然としてしまう。こういった仕草をする人は今までにおらず、どういった対応をすればいいのか分からなかった。


「あの……フェイさん、皆さんが困ってますよ?」

「あっ、すんません。つい……」


 エミリーの声でやっと正気に戻ったようだ。

 名残惜しそうに手を放すフェイ。それから美央がある事を尋ねる。


「フェイさん、日本語が上手いですね」

「うん、実はママが日本に行った事があってね。それで教えてもらったって訳」

「そうですか。ところで何に乗るんですか?」


 当たり前の事だが、美央達の仲間入りするのだったらアーマーギア(あるいはアーマーローグ)に乗るのが前提である。

 その搭乗機がどういった物か、矢木からまだ聞かれてなかった。一体何かと美央の中で興味が湧いてくる。


「神塚さん、アーマーローグのプロトタイプを知っていますか?」


 そう言ったのはエミリーだった。

 アーマーローグのプロトタイプ。それを聞いてハッとする美央。


「あのGZ-06ですか?」

「はい、神牙の元になったのはご存知かと」


 GZ-06。それはアーマーローグのプロトタイプ――機械仕掛けの獣を完成させる為の試作機である。

 美央の脳裏には、その姿がハッキリと残っている。赤いカメラアイ、灰色の装甲、そして理性なきの獣の顎。


 GZ-01……02……あらゆる試行錯誤を経て完成させた、アーマーローグ第一号と呼ぶべき存在。ただあくまでも試作機の為に武装などは追加しておらず、神牙などの後継機に繋げる為の実験機の意味合いを持っていた。


 それで神牙が完成した頃、それは出撃する事なく保管する事となった。これから先使われないだろうと美央は思っていたが、その台詞に予感を感じた。


「まさかその機体に?」

「ええ。もちろんそのままではありません。ちゃんと実戦に出せるように調整はしてあります」


 そう言って、下の階にいるスタッフに手振りをするエミリー。

 スタッフが壁にあるテンキーを押していく。その時、壁が二つに割れ、鈍い音を上げながら開いていった


 中から見えたのは、まず複数のボーン。それと装甲がないフレームだけになったアーマーギア。アーマーギアの腕と足。

 そして、巨大な鋼鉄の像が一つ。


「GZ-06を改良して造り上げた重装甲仕様機――『キングバック』です」


 未完成品の中に佇むその姿は、美央達に感嘆の息を漏らした。

 

 美央の記憶にあった試作品と同一のはずだが、その面影は灰色の装甲しか残されていない。頭部は少しだけだがデザインが変わっており、まるで狼の頭部のような意匠になっている。

 そして人型だったフォルムも大幅に変更。樽を思わせる太く巨大な両腕、それに反して極端に短い両脚。


 人型にしては異形で物々しい姿。美央はそれにある動物を連想させた。


「……ゴリラ?」

「ええ、コードネームも『シルバーバック』から取られています」


 シルバーバックとはゴリラのボス格を意味している。

 なるほど、シルバーバックを超えるキング。確かにこのゴリラ型アーマーローグに相応しい。


「あの……何故わざわざゴリラ型にしたんですか?」


 恐る恐る質問したのが香奈である。

 確かにゴリラ型にする理由が見当たらない。前の人型でも十分だし、こういうデザインにするのは天才か馬鹿のどちらかだろう。

 だが美央は分かっていた。特にあの両腕を見れば一目瞭然である。


「イジンの強固な甲殻を突破するには、三つの方法があります」


 疑問を抱く香奈へと、エミリーが三つの指を上げて説明をした。

 その方法を明かすごとに、指が次々と折られていく。


「神牙のように鋭い武装で、甲殻の隙間を抉る。アーマイラのように電撃を浴びせる事。そして皮膚に届かせるような衝撃と大火力を与える事。

 キングバックはその三つ目の方法と『重装甲と破壊力を備えた機体』をコンセプトに設計したのです。ビッグアームを使った大質量攻撃。さらに本物のゴリラのように、ナックルウォークをする事が出来ます」

「それで機動力をアップさせたという訳ですね」


 ナックルウォークとは両腕を地面に付けて歩行する、疑似四足歩行形態である。

 人間の二足歩行よりも獣の四足歩行の方が速い。ナックルウォークを使う事で、その鈍重そうなフォルムに機動性を上げていくのだろう。


「……実際に見てますか? 性能を」

「えっ? いいんですか?」

「はい。ここは模擬戦場も兼ねていますし。よろしいですね、フェイさん?」

「うん、いいですよ」


 どうやらここでキングバックの性能を披露してくれるらしい。そういった事が嫌いじゃない美央が、内心ワクワクしていた。

 キングバックに乗り込むフェイ。森の賢者を模したその姿が、ナックルウォークをしながら進んでいく。

 

 進んだ先にある壁がまたもや開かれていく。よく見るとその中にはボーン一機が立っていた。しかもよく見ると装甲がボロボロになっており、訓練などで酷使された事が見て取れる。

 閉じられる壁。そこにエミリーが手招きをしてきた。


「中はこのモニターで見れます」


 天井に設置されている巨大モニターに電源が入れられる。

 映像には面向かうキングバックとボーンの姿が映し出されていた。その模擬戦場なる場所は意外にも広く、訓練の邪魔にはならないようになっている。

 そんな時、エミリーに尋ねる優里。


「ボーンには誰が乗っているのですか?」

「遠隔操作です。機体も廃棄処分前の物ですので、遠慮なく破壊してもいいようにしています」


 よくアーマーギアについてこう言われる事がある。『アーマーギアを無人機にすればいいのではないか』と。

 遠隔操作などを使えばそうする事も可能だが、実はデメリットが存在する。まず距離が遠く離れていた場合に、動きにタイムラグが起きる。それにその人型操縦を滑らかにするギアインターフェイス――すなわち人間が乗っていないので、動きが鈍重になってしまう。

 このようなデメリットが存在する故に、アーマーギアは決まって有人機とされている。


「では初めて下さい」


 無線機を通して、フェイに指示するエミリー。

 動き出すキングバックとボーン。遠隔操作はアーマーギアを鈍らせるとされているが、操作室とボーンの距離が短い為、行動にタイムラグが起きないようになっている。

 ただやはり動きがぎこちない。それでも両腕を振るい、キングバックに殴打を連撃していく。

 キングバックが太い両腕を前に出し、ボーンの攻撃を防いでいく。太くなっている故に盾にも使える事に、美央は感嘆の口笛を吹いた。


『んっと……じゃあこっちから行くね!』


 フェイの声が聞こえた直後、キングバックがボーンの拳を受け止めた。

 拳が握られ、破壊されていく。キングバックの圧倒的な出力を物語る一面に、唖然としてしまう香奈達。

 

 さらに意趣返しとばかりに、ボーンへと殴打を次々と与えていく。ふらつくボーン、聞こえてくる轟音、そしてボーンの装甲に出来上がる大きなへこみ。

 さっきまでボーンが同じ事をしたはずなのに、その威力は段違いだった。さらにもう一発をかまし、さらに装甲をへこませる。


 ボーンの至る所から火花が散った。まるで花火を思わせるような妙な美しさがあるものの、実際は人間で言う血の噴出とほぼ同義であり、痛々しい状態である。

 

『フィニッシュ……』


 フェイの声に自身が見えてくる。

 突如、縮んでいくキングバックの右腕。いや正確には、厳つい拳が腕の中に収納されたというべきか。

 そのままボーンへと一撃――床へと叩き付ける。直後として聞こえてくる、耳を塞ぎたくなる程の轟音。


 腕の中に収納された拳が飛び出し、一瞬にしてボーンを潰していった。ボディが粉々になっていき、ただの部品と化す。しまいには鉄で出来た床も大きくへこむ。


 壮大な解体作業。キングバックが腕を抜いた時には、ボーンはただのスクラップとなっていた。


「……今のは……?」


 圧倒されたかのように、香奈の言葉が震える。

 実際の所、優里達や美央もその殴打の威力に呆然となっていた。火器ならともかく、あのような打撃だけでアーマーギアを破壊出来るとは思ってもみなかったのだ。


「杭打ち機を参考に造り上げた『パイルパンチ』です。空気圧で絞りこんだ拳をイジンに密着させ、その元に戻した際の威力を叩き込む物です。

 ただしその威力を発揮させるには、敵を吹っ飛ばせなくするように床に叩き付ける必要があります」

「それでイジンの内部にダメージを与えるという事ですね」

「その通りです、神塚さん。さらに両腕には60mm二連装キャノン砲、オプションウェポンとして巨大斧バトルアックスもあります」

「斧も?」

「はい、これも対イジン用として開発しました」


 斧も用意しているとは……やはりこの会社は侮れない。

 やはりアーマーローグの力の入れようは尋常じゃないだろう。何せ予算外で造り上げたのだから……。

 

 そう美央が考えていると「ただいま~」と気の抜けた声が聞こえてきた。

 いつの間にかキングバックから降りてきたフェイが、こちらに戻ってきたのである。


「さて皆様、今日の所はもう遅くなりますし、ホテルへと案内させます。武器については明日に説明いたします」

「やったーホテルだー」


 エミリーに提案に嬉しがるフェイは、年上とは思えないお茶目さがあった。

 それはいいのだが、不意にある事を思い出す美央。確か出ていく前に矢木から来るように言われている。


 面倒臭いが、行かないと何言われるのか分かった物ではない。


「ああ、エミリーさん。ちょっとその前にいいですか?」

「社長の件ですね。ええ、大丈夫ですよ」

「すいません。すぐに終わりますんで、入口とか待ってて下さい」


 そう言い残して、この格納庫からエレベーターに乗り継ぐ美央。

 そのエレベーターが美央を目的地へと連れて行く。ようやくそこに着いた時、目の前の扉をゆっくりと開けていった。


「失礼します……」

「……やっと来たか、神塚君」


 デスクに座りながら、何らかの資料を読む矢木。

 彼がまた鋭い目で美央を見つめていく。凄みを与える眼光だが、美央は全く怯まない。


 むしろどこか、差別的な感情が芽生える。


「それで、何の話なんです?」

「……相も変わらず尖っているな……。話というのは他でもない……神牙の装甲から生まれたイジンの事だ」

「装甲の?」


 先日起こった、小型イジン事件。

 美央の暴走により終わったあの事に、何の話があるというのか?


「報告で言っていただろう――あのイジンには黒と白のまだら模様があったと。それに時間に経つにつれて神牙に酷似した進化をした。

 これらからの情報から察するに、奴は神牙の黒い装甲を吸収した可能性がある。十中八九、の影響を受けているに違いない」

「…………」


 ――そうだ。考えてみれば確かに合点が付く。あの装甲からイジンが生まれたのも、神牙の装甲の色を持っていたのも、神牙に似た姿をしていたのも。あの装甲のあるに関係していたという訳だ。


 盲点だった。盲点に思えて……笑いがこみ上げてきた。乾いた……それでいて狂った時計のような笑いが。


「ハハハハハハ……ハハハハハハ……そういう事か……確かに社長の言う通りですね……」

「……お前はそれでも、あの機体に乗るというのか……?」


 矢木が警戒の念を示している。美央の狂気に触れた彼は今、冷や汗をかいている程に緊張していた。

 対し美央は涼しげで、超然としていた。ただ不敵な笑みを浮かばせながら、その胸の中をさらけ出す。


「もう決まっていますよ」


 そう、もう変える気がないのだ。


「あの神牙を操れるのは私だけ。行くとこまで行きますよ」

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