第二十六話 新たなメンバー
一台の赤いバンが、アメリカの街を駆けていく。
運転しているのはエミリーであり、助手席には美央が、後部座席には香奈達が乗り込んでいる。四人とも、窓からアメリカの街並みを覗き込んでいた。
道を歩く人々、美味しそうな食べ物が売られている店。そして子供達が楽しんで見ているジャグリング。
そのジャグリングが異様だった。何と人間がやっているのではなく、白い装甲をした三メートル程――しかも四本腕を持つアーマーギアがやっているのだ。
いわゆるアーマーギア芸である。他にもグラウンドでサッカーをするアーマーギア、そして子供が行列を成している、子供用のアーマーギアまでもが存在している。
アーマーギアを誕生させた国であるが故に、アメリカにはこうした娯楽用アーマーギアが存在しているのだ。というよりアメリカしか存在しないと言うべきか。
アメリカによるアーマーギア発展は、世界中のどこよりも優れている。未だ兵器と工事にしか使われていない日本とは月とスッポンである。
「凄いですね……アメリカって……」
「我がドールのライバル会社であるAOSコーポレーションの影響です。彼らが造り出したアーマーギアが、アメリカをここまで発展させたのです」
「……そのドールが何故アーマーローグを……?」
香奈がアメリカの状態に感心したかと思えば、エミリーに問う。
一体何故一企業が、あのような対イジン兵器を開発したのかを。
「それは社長からお話しします。ここではまずいので」
「よほど後ろめたい事があるんすかね?」
飛鳥が言い放った言葉が、窓を眺めていた美央の指をピクリと動かす。
それに気付いているのかいないのか、エミリーは練習をしたかのように答えるだけだった。
「それはあるかもしれません……ですがお聞きになれば分かって下さると思います」
「…………」
飛鳥も香奈も、優里もこれ以上話しても無意味だと思ったのか、何も喋れなかった。
その中で、美央はただアメリカの風景を眺めるだけ。不愉快そうに眉間にしわを寄せながら……。
――やがて数十分後、バンが停車していく。
降りていく美央達。美央とエミリー以外の全員が、目の前を呆然と見上げるのだった。
「ここがドールですか……」
美央達の前にそびえ立つ、巨大な高層ビル。
高さは百メートル程はあるだろうか。そのとんでもない高さに、香奈達の首が曲がってしまいそうになる。
このビルこそがドール。アーマーギアを生産する一企業だ。
「はい、ここがドール本社です。年間でアーマーギアを一万二千近く生産し、契約している他国に輸出させていただいております」
「繁盛しているんですね。工場は別でしょうか?」
「ええ、それ程遠くにはないかと。では中に入りましょう」
優里にそう答えると、彼女達を本社の中で誘うエミリー。
中に入ると、数多くの社員が行き来するエントランスホールが見えてきた。明るい灰色を基調としたこの空間は、来る人にどこか安心感を与えてくれる。
社長室は最上階にあるとされている。早速美央達がエレベーターに乗ると、最上階に目指して上昇していく。
ガラス張りになっている故に、外の風景が一望出来る。徐々に離れていくアメリカの街並み――いつしか香奈達が楽しみ子供のように風景を凝視していた。
そして到着する最上階。エミリーに連れて行かれる美央達は、やっと社長室へと着いた。
「失礼いたします」
ノックと挨拶と共に、社長室の中へと吸い込まれていく。
まず見えたのが広い部屋である。そして台の上に並んだいかにも高そうな壺、観葉植物の植木鉢、そして何と収められた日本刀までもがある。
それに囲まれるように、デスクに座る日本人男性がいた。パソコンに目を落としていた彼の瞳が、美央達へとゆっくりと向けられる。
まるでそれは、獣が獲物を狙い定めたような仕草……。
「社長、神塚さん達を連れて参りました」
「うむ、ご苦労。三年前以来だな、神塚美央君。そしてアーマーローグのパイロット達、我がドールへようこそ」
野太い声と共に、彼の目が一人の少女へと向けられていく。
目を逸らす事を許されない、そんな鋭い瞳。美央もまた鋭く澄んだ瞳で、彼を見つめていく。
「ご無沙汰しています。
香奈達、紹介するわ。この方がドールの社長、
男性社長を紹介する美央。香奈達は無言ながらも少し驚いたような表情をしていた。
アメリカ会社の社長が実は日本人というのが、意外と思っているのだろう。一応他にいなくもないが、異国での会社設立というのがどれほど大変なのか――それは口にするまでもないだろう。
その驚きから脱するように、香奈と優里が敬礼、飛鳥が少しだけ頭を下げた。
「申し遅れました。私は防衛軍二等……」
「黒瀬優里二尉、光咲香奈一士、そして流郷飛鳥君。君達の事は我が社と提携している如月君から聞いている」
「ならば話が早いです。では質問をよろしいでしょうか?」
「……何故我が社がアーマーローグを造ったのか……だろう?」
「ええ」
優里のゆっくりとした頷き。
矢木が何か考え込むように黙った。ふと、その視線が美央に向けられるのを、彼女自身が察する。
彼の目が聞いているのだ。口で言わなくても、何もかも分かっている。
――『言っても大丈夫だろうか?』。美央は香奈達に気付かれるよう、ゆっくりと頷いた。
「……イジンが生まれた理由は、ある科学者の実験の影響という事は聞いているね?」
「はい、美央自身から聞いております。その科学者がアルファ鉱石から未知の細胞を発見し、その研究をしていた所で、イジンが生まれてしまった……」
「その通りだ、黒瀬君。未知の細胞――アルファ細胞がアルファ鉱石に何らかの作用をするのではないかと、彼は研究を重ねていた。私はそんな彼の旧知であるが故にスポンサーになった……亡くなって惜しいと思う程、優秀な人材だったよ」
「……それでその科学者って誰さんすか?」
目上の人にも関わらず、大雑把な敬語を使う飛鳥。
だがそれに気にせず、矢木は答えるのだった。
「神塚
はっきりと聞こえた科学者の名前。それを聞いた途端、香奈達が一斉に美央へと振り向いていった。
美央は黙っていた。ただ鋭い目をして話を聞いているだけ。香奈達に対して何のリアクションを取らなかった。
「
「…………」
その話を聞いた美央に、記憶が蘇ってくる。
事件が起こったあの日、幼い美央は高校生だった如月と家で遊んでいた。その時に入ってきた電話に、如月の目が見開いたのは今でも覚えている。
すぐに神塚喬彦――美央の父がいる海辺の研究所へと向かう二人。そこにいたのは父のスポンサーだった矢木とエミリー、そして破壊された研究所だけ。
研究所には父はおろか研究者一人もいなかった。それどころか海へと向かうように、赤と緑が混ざった液体が地面を塗っていたのだ。
後で矢木から聞いた話だが、アルファ細胞が暴走――助手を取り込んでいるという父の電話が入ってきたそうである。その電話がすぐに切れ、以後繋がる事はなかった。
地面に伝っている血の跡に最後の電話。美央達が見ない間に、身の毛もよだつおぞましい事が起こったのは間違いはなかった。
「これはスポンサーでもある私の責任でもある。そして残った者がそのケジメをしなければならない。だから私達は十年の間、イジンの研究を重ね、奴らがアルファ鉱石の固まりであるアーマーギアを狙いに、地上に上陸するのを知った。
それであらゆるアーマーギアの技術を結集し、対イジン兵器アーマーローグを生み出したのだ」
その理由を聞いて、ただ黙る香奈達。
そう、このアーマーローグ計画は神塚喬彦――美央の父が残した負の遺産へのケジメである。その為なら、例え予算が傾こうがアーマーローグに全力を注ぐ。
だからこそ美央は、この社長が嫌いなのだ。
「それで社長、私達を呼んだ理由とは?」
もう長話を聞くのも面倒になった。キリの良い所で美央自身が話を切り替える。
「うむ、その話もしなくてはな。実は二つあって、一つ目はアーマーローグの武装追加、二つ目は部隊の補充要員の紹介だ」
「補充要員でしょうか?」
「うむ、米軍のある大佐の子だ。その大佐とは知り合いでな、修行目的で預かったのだ。
その子は今ここにいる」
そう言って下へと指差すキャルヴィン。
何が言いたいのか、美央にはよく分かっていた。
「もしかして地下ですね?」
この本社の地下には、アーマーギア用の試運転場がある。
という事は、今そこで訓練なり適正テストなりやっている事だろう。
「そういう事だ。ミズノ、案内させてくれ」
「かしこまりました。ではご案内いたします」
エミリーが地下へと案内してくれる。出ていく香奈達を美央がその後を追う。
その途中、その足が止まるのだった。
「神塚君、事が終わったらすぐに来てくれ」
「……? ええ……」
一体何の話だろうか? そう思いつつも、美央は軽く返事するのだった。
――やがて美央達はエレベーターで下降していく。街の風景が一望出来たガラス張りが一面真っ暗になり、エレベーター内の明かりがさらに増したように思える。
地下二階でエレベーターが停止。美央達が降りていくと、そこには二階立てになった格納庫が広がっていた。
数人のスタッフが鉄柵の奥を覗いている。美央達も見てみると、広場には稼働している一機のアーマーギアがある。
訓練用アーマーギア――ボーンだ。駆動音を奏でながらパンチ、キック、回転など様々な動作をしている。シンプルな動きながらも、洗練していて無駄のない動き。
パイロットは余程操縦が上手い事だろう。美央はまだ知らないその人間に、感心を覚えるのだった。
「一旦中止です。例の方々がお見えになりました」
壁に掛けられた無線で、パイロットへと通信をとるエミリー。
ボーンの動きが止まっていき、コックピットハッチが開いていく。中から出てきたのは何と……
「女の人……?」
「はい、新たに加える事となったフェイ・オルセンです」
その姿を確認した美央へと、エミリーが紹介をする。
女性の顔立ちはどこかほんわかしており、澄んだ青い瞳を持っている。短めの金髪のサイドテールをし、健康的な肌とそれなりにふくよかな胸をしている。
身長は美央より少しちょっと上で、外見年齢からして十八か二十歳であると思われる。そして着ているのは迷彩柄の私服。
その女性――フェイ・オルセンがにこやかに手を振るのだった。
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