第五章 暗躍編

第二十五話 サンフランシスコ

 東京の某地区にある、巨大プール施設『マリンランド』。

 かれこれ三年前に作られた比較的新しい娯楽施設であり、その大きさは野球のドーム一個分に匹敵する。設備は流れるプールや波打ちプール、そしてウォーターグライダーなど特には目新しい物は見当たらないが、逆にそれが普遍の安心感というのを与えてくれる。

 なお海水浴は地域によっては規制されている。未確認巨大生物イジンがいつ現れるのか分からない以上、無闇に海水浴を開くのは危険だかららしい。故に海よりもプールに来る客の方が多い。

 

 そのマリンランドもまた例外ではなく、水着を着た人々が泳ぎ回っている。そしてある波打つプールに、三人の少女がいた。


「うひゃあああ!?」

「キャアアア!」


 先に悲鳴を上げているのは香奈、嬉しそうに叫ぶのは美央、そして終始無言なのが優里だ。

 美央が防衛軍である二人の休暇を利用して、このプールに連れて来たのである。もちろん前の小型イジンによって付けられた優里の傷は完治しており、その彼女の了承は得ているのだ。


「ちょっ、これ凄……ボアア!?」


 波発生機の近くには手すりがある。美央達や他のお客がそれに掴まって波を味わっているのだ。

 ただ迫りくる波で息づきがままならない状態である。現に香奈が溺れそうである。


「どう!? 楽しいでしょ……ボブウウ!」

「まぁ……普通……」

「き、きつ……」

 

 美央はこの波を非常に楽しんでいた。対し優里はそこまでではなく、香奈に至っては窒息寸前である。

 やがて波打つプールから上がる事にする三人。そしてプールで見えなかった、彼女の水着姿が露わになっていく。


 黒を基調とし、豊満な胸を包み込む美央のビキニ。華奢な身体つきにフィットした、香奈の白いワンピース型。そして優里の青いセパレート型。


 三人ともロボット兵器を操る女戦士なのだが、そう思わせない程に魅力的で麗しい。人々の渇望がこもった視線が集まるも、それに気付かない美央達はある場所に向かっていった。


「お待たせ~」

「おお、美央。もういいのか?」


 休憩場所に広げたシートの上に如月と飛鳥がいた。二人とも水着に上着を羽織り、荷物を見張っている。

 とは言うものの、飛鳥は疲れているのか仰向けになってひと眠りをしている。マイペースな彼らしいと言えば彼らしいのだが。


「うん、そろそろお昼にしようか」

「ああ。でもその前に……流郷君、そろそろ起きなさい」


 如月が就寝中の飛鳥を揺り起こす。だが彼は小さいいびきをかくだけで、目を覚ます事はなかった。

 そこにあきれ顔の優里が、彼の腹を脚で突く。


「流郷、起きろ。昼食だ」

「…………」

「……駄目だ。ほっといて昼食にしよう」

「うん、そうね」


 後で飛鳥の分を残せばいいと、美央は昼食の用意を始めた。

 鞄から取り出されたのは三つ重ねた重箱である。それを広げると、数多くのおかずが見えてきた。おにぎりにからあげに卵焼き、唐揚げ、ソーセージ、ポテトサラダ、そしてウサギ型に象られたリンゴ。

 全部、美央の手作りである。彼女は料理が得意であり、早朝から手間暇かけて作ったものだ。


「さぁさぁ、どんどん食べて。遠慮しないでいいから」

「「いだたきます」」


 始まる食事。香奈が卵焼きを、優里がおにぎりを取り出していく。

 それぞれのおかずを一口――すると二人のうんうんと頷いてきた。


「おお、美味しいです」

「うん、イケるな」

「そう、ありがとうね」


 少し不安だったが、そう言ってくれたのでホッとする気分だった。

 美央もまた自分が作った唐揚げを食べる。少々冷めていながらも、口に広がる旨味……自慢ではないが、中々の美味さだった。


「……ところで明日だな。行くのは」

「……そうね」


 優里の言葉に、美央は神妙に頷く。

 それは約二週間前――キサラギに小型イジンが出現した時の事。その個体を駆逐した直後、美央にある電話が舞い込んだのだ。

 

 その相手は、神牙などのアーマーローグを開発したアーマーギア製造企業ドールである。そのある人物からアーマーローグを持って来てくれと言われたのだ。

 理由は言わなかった。ただアーマーローグをわざわざ持っていくという事は、それに関係しているのは間違いないはずだ。


「ごめんね二人とも……変な事に付き合わせちゃって……」

「別に問題はない。そもそも我々はお前の監視役だし、そろそろ向こうから聞きたい事があるからな」


 飛鳥はともかく、防衛軍である香奈と優里も行く事になっている。

 優里の言う通り美央の監視役でもあるし、何よりドールから情報を聞き出して欲しいという川北基地司令の要望でもある。一瞬の海外派遣であるが、もちろん世論には公表しないつもりである(防衛軍海外派遣に対し批判的な者もいる為)。


「そうですね。ちょっとした海外旅行と思えば……。でも何でわざわざアーマーローグを……」

「……考えられる事と言えば、アーマーローグの調整か何かでしょうね。あるいは武器追加とか」


 今の美央に考えられるのはその位である。後は行ってのお楽しみという奴という事か。

 だがあちらの方から直接来いというのは初めてである。それに武器追加が用だった場合、あちらから届けてくれば済む話でもある。

どうやら少々面倒事が起きる事だろう。だとしても行くしかないのだが。


 それよりも、

 

「香奈、美味しい?」

「あっ、はい。美味しいです」

「よかった、遠慮しないでどんどん食べてね」


 自分の料理を食べてくれる香奈へと、その頬を撫でていった。

 小型イジンから助けて以来、美央にとって彼女は妹のような存在に思えてきた。今でも撫でられて顔を赤くする香奈に、口元が緩んでしまう。


 この時、呆れ顔をした優里へと一瞥し、おちゃらけに聞いてみた。


「優里も撫で撫でしようか?」

「いや、遠慮しておく……」


 そう拒否されて、美央は少しだけ残念に思う。

 その隣では、如月が「フッ」と苦笑するのだった。




 ===




「いよいよ明日か……」


 広い部屋がそこにあった。

 どうやらどこかの会社の社長室と思われる。その中央にはデスクがあり、一人の男性が座っていた。

 黒いガウンを身に纏った、高齢の男性。白い髪を蓄え、顎からも同じ色の長い髭を垂らしている。その瞳は鋭く、まるで猛禽類を思わせる。


 手には数枚の資料が握られている。肌の色から恐らく日本人であろう彼だが、文章に綴られている英語をハッキリと理解している。そしてその中には数枚の写真があった。

 それぞれ『SHINGA』『EGRIM』『AMEIRA』『KINGBACK』……そう、ある機械の名前である。


「しかしよろしいのですか? あのようなを取り付けて……」


 男性の前には一人の女性が立っていた。

 金髪のウェーブを垂らし、黒い背広から健康的な肌を見せている。その顔は日系を思わせ、そして彫刻のように端麗である。


「二年も掛けて研究した代物だ。むしろ施せば彼女は喜ぶかもしれない」

「それならいいですけど……。それにしてもあれから三年……彼女は頑張っているみたいですね」

「まぁ、その通りだな……彼女はよく頑張っている。それよりも……」


 資料の中に、顔写真が二枚印刷されている。『Mio・Kamiduka』と書かれた日本人女性と『Fay・Olsen』というアメリカ人女性――男性はその後者を凝視していた。


「彼女、役に立つでしょうか?」

「ああ、凄腕とは聞いたから大丈夫だろう。性格はアレだが……」


 不安そうに呟く男性。その彼が見る写真の女性は、面白そうに微笑んでいる。

 まるでそれは、不敵な笑みを浮かべているかのようだった。




 ===




 ――翌日


 アメリカ合衆国の一地区、サンフランシスコ。

 港町として有名な場所である美しい街であり、数多くの海産物がここに集っている。そしてこの街のシンボルである『ゴールデンゲートブリッジ』が、観光に来た人々にその荘厳な姿への感動を与える。


 ある港付近の海が暴れるように波打っていく。今この場所へと、巨大貨物船が向かっているからだ。

 港へと到着した貨物船。その甲板には大量のコンテナが置かれており、それを降ろす作業が始まろうとしていた。


「いやぁ、着いたわね」


 船から降りる四人の男女。美央に香奈に優里、そして飛鳥。

 この貨物船は、キサラギが生産したアーマーギア用の武器を運ぶ為の物だ。もちろんアーマーローグもコンテナの中に入っており、美央達メンバーはついでとばかりに乗船したのである。


 アメリカに長く滞在するつもりか、美央達はいくらかの荷物を持っている。その荷物を携えながら、初めて来た異国の光景を見回す香奈と優里。

 一方で……


「……まだ吐きそう……」

「大丈夫、飛鳥……?」


 美央が心配して見やる先には、うなだれている飛鳥の姿があった。

 どうやら船酔いを起こしたらしい。これまでに嘔吐を繰り返し、しまいには自分の部屋で寝たきりになっていた。今でもふらっと倒れてもおかしくはない。

 一方、美央達は揺れが激しいアーマーギアあるいはアーマーローグに乗っている為に平気である。飛鳥も一応はアーマーギア乗りなのだが、単純に船が苦手なのか、それともアーマーギアに乗る期間が短いせいだからか(彼は入ってすぐに防衛軍をやめている)――その辺は本人にしか分からない。


 美央は苦笑しながらも飛鳥をそっとしておこうと判断。彼女もまたサンフランシスコの光景を見渡していく。

 懐かしく思えるこの空気、この潮の匂い……。最後に旅立ったのは確か三年前だろうか……。


「神塚さん」

「!」


 その声に反応し、振り向く美央。

 そこに立っているのは黒い背広をした金髪の女性だった。その大人らしい姿は今でも忘れてはいない。


「ああ、お久しぶりです。三年前以来でしょうか?」

「ええ、ご無沙汰しております」


 頭を下げるこの女性。実は前に連絡してきたその人である。

 その彼女が、怪訝に思っている香奈達へと自己紹介をした。


「報告にあったアーマーローグメンバーですね。私はドールの秘書をやらせていただいているエミリー・ミズノと言います」

「……あっ、初めまして。防衛軍一等陸士――光咲香奈であります」

「同じく二等陸尉――黒瀬優里です」

「……流郷飛鳥……」


 軍人らしく敬礼をする香奈と優里、そしてうなだれながらも自己紹介をする飛鳥。

 ただ飛鳥の方は限界が来てしまったのか、その場でうずくまってしまった。


「あっ、大丈夫でしょうか?」

「……大丈夫じゃないっす……」

「船酔いしたのですね。早い事、ドールへと行きましょうか」


 エミリーは他人に配慮は出来る。優しいと言えば優しいのだが、どこかとっつきにくい印象はなくはない。

 それでも彼女の提案に頷き、飛鳥へと声を掛ける美央。


「立てる、飛鳥?」

「……何とか……うっ……」

「しょうがないな。ほれ」


 美央が彼にした事――それは何とおんぶの体勢だった。

 それに対し、躊躇なくその背中に乗る飛鳥。てっきり拒否をすると思っていたので少し驚く美央だったが、そのまま彼を運んだ。


「すまんな……姐さん……」

「どういたしまして」


 だがこうして仲間が自分を頼っている。そう思うとおぶるのも悪くはなかった。

 その一方で優里が「男としてどうか……」と口にしたが、美央はそれに気付く事はなかった。

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