第二十四話 敵への暴力と仲間への優しさ
射出されるアーマイラの電磁鋭爪。狙い先は海へと逃げようとする小型イジン。
イジンが気付いたかのように振り返った時、その電磁鋭爪が異形の身体を捕らえた。
「ア゛アアアアアア!! ギャアアアアアアアア!!」
足掻き。小型イジンが逃れようともがくが、電磁鋭爪が強く握り締めていく。完全に逃がさないとする為の、強者からの圧力。
そのまま飛鳥が放電を掛ければ終わる。だがその時、イジンの身体が突如として膨れ上がり、電磁鋭爪から逃れてしまったのだ。
『しまっ! なんつう速さだよ!!』
飛鳥の言葉を借りるなら、確かにその巨大化は速かった。
さすがはイジンと言った所か。自己進化が取り柄の惨めな怪物。それは血を垂れ流しながら蛇行し、海へと入っていった。
このまま放っておく訳にいかない。
「飛鳥!! 私を降ろして!!」
『はっ!? 何言って……』
「奴が行っている海は神牙しか泳げない。降ろして!!」
自分が神牙に乗っている時はもう逃げてしまっているだろう。普通なら追うのはあまりにも無謀である。
だが彼女はそれしか考えていなかった。今すぐにでも神牙に乗って握り潰したい――獣が獲物を食べると同じ位の、攻撃的じみた本能によって支配されている。
『……落ちても知らねぇからな』
悪態を吐きながらも、言われた通りにアーマイラの腕を上げる飛鳥。
窓から飛び、鋭い爪が生えた手のひらへと着地する美央。その手は攻撃を想定している為に人間のとは異なる構造をしており、足場がほとんど少ない。踏み外して落ちる可能性もあった。
それ故にアーマイラが降ろす動作が非常に遅かった。痺れを切らした美央は、頃合いの高さになった所で自らが飛び降りた。
「美央さん!!」
「大丈夫! 心配しないで!!」
香奈へと告げた後、美央は格納庫へと急いでいく。
あの化け物を逃がす訳にいかない。例え逃がしたとしても、痕跡があればどこまで追い付く。彼女はまさしく飢えた猛獣となっていた。
やがて彼女は格納庫内の神牙に搭乗。獣の身体を立ち上がらせるも、何か違和感に気付く。
新しい装甲を張った際の調整がまだ済んでいなかったのだ。それ故に動作が若干鈍いが、だからと言って今ここで調整している暇はない。
「ままよ……!」
ペダルを踏み、神牙を走らせていく。憑り付かれたように海に向かい、ダイブをしていった。
ソナーに反応は――あった。まだイジンは遠くに行っていない。しかも止まっているように見える。心の中で笑った美央が、すぐさま神牙を潜行させていく。
その泳ぎは巨大な海中爬虫類のようでもあり、天を駆ける神龍のようでもある。冷たく重い海をかき分け、遂に目標地点に到達するとそれが見えた。
海底にうずくまる小型イジンの姿。痙攣し、身体が膨れ上がっていく。
自己進化が始まろうとしているのだ。そうはさせまい――神牙がその小さい身体に鉤爪を振るった。
だがかわされた。血の靄を垂れ流しながら遊泳するイジンは、まるで痛みながらも笑っているように見えた。
狂気を思わせる。だが美央もまた狂気に陥っている。彼女自身も自覚している、獣じみた狂気に。
「ぶっ殺してやる……」
怒りと笑みが同居した、禍々しい表情。
今なおイジンが神牙に向かって来る。しかし憐れ――稚魚が来るならば噛み付くだけ。
神牙が海底に降りた後、頭部アンテナまで裂けた口を大きく開け、突き出していく。だが刹那、イジンが倍以上に巨大化――身体から突き出された四本指の左腕が、神牙の首に掴みかかった。
予想外の攻撃。舌打ちをする美央の目の前で、イジンの身体が徐々に変異を始めている。
神牙が右腕を突き出す――だが生えてきた右腕に止められる。そしてまたもや生えてきた脚でボディを踏み付けられ、文字通りの足蹴にされる。
砂塵が舞うこの空間、美央はハッキリと見た。
「……神牙だと?」
変異を遂げた姿は、神牙に酷似していた。
先程の黒と白のまだら模様は溶けて灰色になっている。鋭い牙が生えた頭部、これまた鋭い爪が生えた両腕と両足、背中の背ビレ、そして後部の長い尻尾。遠くから見えば神牙と誤認する所だろう。
だが頭部には青いカメラアイではなく、赤い一つ目が真正面に付けられている。よく見ると背ビレも湾曲しており、尻尾の先端が二つに分かれている。
ただ細部の違いはあれど、対イジンとして優れた獣の姿をしているのは間違いない事。さっきのように簡単にいかないと思われる。
そしてその個体は、自分が突き刺さっていた神牙を何らかの方法でコピーした事。生物の常識が通用しない……しかしイジンなら出来そうな芸当だ。
「……まぁ、何でもいいか。とりあえず八つ裂きにしてやる」
凶暴な笑みが、美央の顔を支配する。
怪獣型イジンの背後に迫り来る細長い物体。それは神牙の尻尾であり、イジンの身体を叩き付けてよろめかせる。
力が入らなくなった踏み付けから脱する神牙。ジェットノズルを器用に噴出させて身体を立ち上がらせ、イジンの首を掴んだ。
近くの巨大な岩へと、その異形の身体を叩き付ける。その際に周囲に舞う砂塵と泡、そして岩に隠れていた魚達が巻き込まれないと逃げていく。
鋭い鉤爪を揃え、首へと狙う。刹那、怪獣型イジンの尻尾が腕へと巻き取られ、動けなくなってしまった。
尻尾の使い方に慣れていると、美央はこんな時でも冷静に思う。神牙の尻尾はOS制御であるが、鞭のように叩き付けるだけで巻き取る事は出来ないのだ。
「ア゛アアアアア!!」
イジンが腕から脱し、距離を離れていく。
今までの神牙なら放すなんて真似はしなかった。だが調整不足の影響か鉤爪に力が入らないのだ。
現に追い付こうとしても、微妙に動作が鈍ってしまう。その間にもあの怪獣型イジンがUターンして向かって来る。
迎え撃つしかない。神牙はぎこちながらも回転し、尻尾を振るう。その攻撃を怪獣型イジンはまともに受けながらも、体勢を整えて再び接近。
二体が海の中で激突し、転がっていく。その際に海底にいた甲殻類が巻き込まれて潰されるも、一機と一体は知るよしもない。
「ア゛アアアアアアアア!! ガアアアアア!!」
怪獣型イジンの馬乗りにされてしまう。その個体の殴打が神牙へと叩き込まれる。
腕で防御するも、調達された新しい装甲に引っ掻き傷が出来てしまう。しかもその腕がどかされ、頭部を掴まれてしまう。
だが神牙は、その腕を掴んで引きちぎった。力が入らなくても、爪を立てて掻っ切る事は可能――その灰色の腕に繊維が伸ばされていった。
ほとばしるイジンの悲鳴。その中で美央は理解する。この個体は変異級のように皮膚が硬化していないようであり、爪で簡単に引き裂く事が出来る。
まだ生まれたて故だろうか。ただそんな事はどうでもいいだろう。何せこの手でバラバラにする事が出来るのだから。
「アアアアアア!!」
引きちぎれた腕を離した途端、もう片方の腕を突き出す怪獣型イジン。対しその腕を顎部で噛み付いた瞬間に、一気に引きちぎる神牙。
まるで紙を破るような簡単さ。次にもう片方の腕を引きちぎり、さらに脚までも。
悪逆の如き所業。異形の顔に付けられた赤い瞳に痛みが見える。それでも美央は笑っていた……破壊を楽しんでいるその笑みを。
引きちぎって、引きちぎって、引きちぎる。そうしてイジンの身体は無数の肉塊と成り果て、海中に漂っていく。
舞う肉片の中、神牙が立ち上がる。その裂けた顎部は、まるで嘲笑っているかのようだった……。
===
神牙の装甲に突き刺さっていた爪から生まれたイジン。それは最終的に神牙のような姿へと変化した後、その
負傷者は出たものの、幸い死傷者はなし。後は会社内に残った血液や弾痕の処理をするだけである。
そして医務室では、女性看護師の手によって優里の治療が行われていた。
「どうですか?」
「……何とか……」
負傷した右肩に包帯を巻かれた優里が、軽く腕を動かしていく。
なお今は下着姿なので飛鳥や男性達は外で待機している。他にいるのは美央と香奈と如月だけであり、三人とも優里の状態に安堵するのだった。
「……よかった……」
美央はほっと胸を撫で下ろした。怪我にはイジン関連の異常は見当たらず、一週間も経てば完治するという。
大事に至らなくてよかった……それだけでも美央は安心する覚えである。そんな彼女に、優里が声を掛けたのだ。
「……それにしてもイジンの前であんな事をするなんて……お前らしくないな」
「…………」
優里はちゃんと見ていたようだ。美央が衝動的に発砲していたのを。
確かに彼女の言う通りだ。アーマーローグに乗っている美央は比較的冷静である。戦法に凶暴性を露わにするが、それでも理性はあった。
それでも、今回のイジンだけは何故か理性が働いてなかった。それは――そう、獣の破壊衝動。外敵を殺すまで殺意を露わにする破壊衝動。
何であんな事をしたのだろう。ただ思い当たる節はなくはなかった。
「……君が怪我をしてしまって……それで私……」
仲間がイジンに傷付けられた。それで理性が吹っ飛んだに違いないと、美央は顔をうつむかせる。
それが
よくない事なのかもしれないが、それでいいのだ。
「……この通り私は生きている。心配する必要はない」
「……!」
そう言った優里へと顔を上げると、そこにはあったのは苦笑があった。
いつも仏頂面しているので、それが彼女の精一杯の笑みだろうか。それともただ呆れているだろうか。どっちなのかは本人に聞かないと分からないが、それでも美央はどこか救われた気がしてきた。
「……ありがとう、優里……」
美央もまた、笑顔で返していく。
優里が「フッ」と呆れるようにそっぽを向いていく。照れているのだろうか――それがまた美央に笑顔をもたらしてくれる。
そんな時だった。彼女の前に香奈が入って来たのだ。
「……美央さん、さっきは助けてありがとうございます……」
小柄な頭をゆっくりと下げていく。彼女の、誠意をこもったお礼であった。
――嬉しかった。美央は彼女をそっと抱き寄せていった。柔らかい胸に香奈の顔を埋め込ませ、その髪を撫でていく。
「えっ? ……美央さん?」
「……ありがとうだなんて……君達は仲間でしょう?」
戸惑う香奈に、美央は優しく伝える。
そうだ。彼女達は仲間だ。決して失ってはならない、大切な仲間。だからこそ、守っていなければならない。
その為には、イジンは
例え報復してくるとしても、必ず返り討ちにする。一片から再生したとしても、跡形もなくなるまで潰すまで。
狂気――仲間を想う優しさと共に、美央を支配する負の感情。イジンを全滅しなければ消えない、この破壊衝動。
誰にもその衝動を、止める事は出来ないのだ。
「……ん? 電話?」
ちょうどその時だった。携帯端末に着信音が掛かってきた。
怪訝に思った美央が、香奈を抱いたまま端末を取り出す。その通知名を見て、思わず顔をしかめる彼女。
「……はい」
神妙に電話をとると、聞こえてくる相手の声。
それを聞いた直後、美央はハッとするのだった。
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