第二十八話 隠された真実

 エミリーが用意したホテルは、ドール本社からそう離れてなかった。

 寝泊りする部屋は三つあるとされている。まず美央とフェイの部屋、香奈と優里の部屋、そして飛鳥の部屋。ここまで分かれている理由はベッドが二つしかないかららしい。


 ただ部屋は小奇麗で住み心地がよさそうである。香奈が早速布団に触れると、まるで綿のような感触が彼女に与えてくれる。


「おたく、確か香奈って言うんだっけ?」


 布団の感触を味わっていた時に、背後からフェイがやってきた。

 いきなり声を掛けられたので、思わず驚いてしまう香奈。


「あっ、はい! 防衛軍の一等陸士でして……」

「へぇ、軍人さんなんだぁ~。結構私の好みかも♪」

「えっ? どういう……キャッ!?」


 いきなりフェイが背後から抱き付いてきた。

 背中に暖かくて柔らかい感触が伝わってくる。それがフェイの豊満な胸だと知り、香奈の顔がますます赤くなってしまう。

 

「オルセンさん!? 一体何を……!?」

「ああ、フェイでいいよ。いやね、私ってビアンなんだよねぇ」


 ビアン。『レズビアン』の略称であり、女性が性的に好きな人の事を意味している。

 香奈も部屋を見回していた優里も唖然としていく。一方、飛鳥とエミリーは聞かない振りをしているのか無反応を貫いている。

 戸惑う香奈の軍服に、フェイの手が滑り込んでいく。肌で感じる彼女のぬくもり……しかも彼女が胸を擦って……


「ちょっ、そこは……! ううん! あん!」

「あはっ、いい声で鳴くねぇ……ねぇ、もっと聞かせてよぉ……もっと鳴いて……」


 耳元で囁かれる甘い声。同時に吐息が耳に吹かれていく。

 どうにかなりそうだった。香奈は今すぐにでも逃げようとするのだが、フェイの力が強くて中々解けない。

 何か身体が変な感じになってしまいそうである。このまま彼女の……


「アーオホン!! いい加減にして下さい、フェイさん」

「あっ、すんません」


 突如の大きな咳払い。それをしたのは優里だった。香奈が彼女を見ると、今にも雷が落ちそうな程の怒りを顔に浮かばせていた。

 そのような表情を見た事がなかった香奈に、さっきまでの興奮が消えてしまった。きっと彼女は見るに堪えなくて、あのように怒っているのだろうか。

 

『普段大人しい人ほど怒ると怖い』。今、香奈はその言葉を身をもって体現をする。そしてフェイもそれを知ったのか、素直に香奈が離れて「すいません」平謝り。


「……ん? 君も中々可愛いじゃない? いやぁ、防衛軍の女の子達ってベッピンさんだらけじゃない」

「…………」


 全く反省していない。そんなフェイに優里の口元がひきつっていく。

 まだ怒るだろうか……そう不安に思う香奈だったが、彼女が呆れるようにため息を吐くのだった。


「……まぁ、先の模擬戦で実力があるのは確かですからね。これからもよろしくお願いします……」

「うん、どうも。それよりも美央って子、遅いね」


 美央は用事があると言ったきり、未だに帰って来ない。その美央に香奈は思う所があった。

 彼女がイジンを生み出してしまった科学者の娘。前の小型イジンを駆除しようとしていた時、まるで彼女は荒ぶる獣の如く暴力を振るっていた。


 あれはどう見ても怒りのように見える。となると彼女は……


「美央さんって……お父さんの仇を討ちたいんでしょうかね……」


 推測が自然と口から出てくる。

 優里達が香奈へと視線を向けていく。誰もが沈黙する中、先に答えたのは飛鳥だった。


「俺、小さい頃に親亡くしたからよく知んねぇけど……もし仲が良かったらそう思うんじゃねぇの?」

「…………」


 仮にそうだとするならば、それは当たり前に違いない。

 香奈自身、両親をイジンに殺されてしまったら、怒り狂って奴らを葬ってしまうだろう。美央もまた父親を殺したイジンを憎悪して、あのような狂気を思わせる行動をしたのだろうか?


 となると彼女は復讐鬼なのかもしれない。普段穏やかながらも、その胸の内に業火さながらの憎悪を秘めて……


「……事の発端は、送られてきたアルファ鉱石から、未知の細胞をドールが発見したあの日です」

「!」


 昔話を口ずさんだ者がいた。エミリーである。

 香奈達全員の視線が、彼女へと集まっていく。彼女はまるで前もって考えていたかのように、言葉を並べていった。


「その未知の細胞――アルファ細胞を調べようと、社長は旧知である神塚喬彦教授に調べさせてもらいました。そして神塚教授は、その細胞がアルファ鉱石に何らかの作用を起こすのではないかと知り、社長のスポンサーを受けたまま研究を重ねました。

 











 娘さん――神塚美央さんを幸せにする為に」


 その話に、全員が怪訝な表情をする。

 幸せにする――それが重ねて行った研究とどう関係しているのか分からなかった。だからこそ香奈が尋ねる。


「どういう事ですか? 幸せにするって……」

「……教授は妻を亡くしています。そして彼は多忙の生活を送っていた故に、娘である神塚さんを疎かにしてしまい、冷めた関係を続けていました。

 もちろん神塚さんはずっと孤独。父とあまり触れ合う事が出来ず、ただ独りぼっち……恐らくですが、彼女は父を憎んでいたのかもしれません」

「…………」

「しかし教授はその関係を打破しようと、アルファ細胞の研究に手を染めたのです。そして有用性の発表をした後に、娘と触れ合う機会を作ろうと考えていたんです。

『父さんはこんな素晴らしい研究をしたんだぞ』……。娘をただ喜ばせる為に……娘に誇りある父だと認識させる為に……」


 ……美央の父がしたい事が、何となくだが香奈に伝わった。

 彼はただ、娘とよりを戻したかったのだ。その為には研究というダシが必要で、その成功を願っていたのだ。

 だがその結果は世界を巻き込む災厄の誕生。彼が望んでいた事の真逆である。


「矢木社長もまた、その研究の成果を利用してAOSコーポレーションを超える商品を開発しようとしました。だからこそスポンサーになった……結果は御覧の有様ですが……」

「……美央はそれに対して……」

「軽蔑に思っています」


 優里の疑問に、即答をするエミリー。


「神塚さんはアーマーギア発展を望んだ社長と、研究の為に独りぼっちさせた父を白眼視しています。アーマーギアの進歩だったはずなのに化け物を生んでしまった……。彼女はその尻拭いと、二人が生んでしまった物を否定する為に破壊をしているのです」

「……美央さんが……」


 美央がイジンの殲滅を目的としているのは、父親を奪った彼らへの復讐からではなかった。

 むしろその逆の、彼らがしてきた事への否定。それはまるで、自分が気に入らない物を排除するかのように……。

 彼女の心境は、復讐よりも案外複雑ではないのかもしれない。何故なら怒りに飲まれる事もなく、ただイジンを葬り去ればいいのだから……。


「……何かよく分からないけど、色々苦労しているんだね。美央って子」


 まだ会って間もないフェイは、未だ美央の事をよく知っていない。

 ただエミリーの話を聞けば、誰でも彼女の苦難がよく分かる。


「ええ、その目的の為にアーマーギアの操縦技術を学び、そして与えられた神牙を乗りこなせているのです。

 後、皆様。神塚さんにこの事を問いたださないようにお願いします」

「何でなんすか?」


 香奈が言おうとした時、黙って話を聞いていた飛鳥が口を開く。

 乗り遅れた香奈はそのまま口を閉ざしてしまう。


「イジンが父の仕業だと明かす分には彼女も構わないでしょうが、その本心を問われるのは嫌っていると思います。

 神塚教授をイジンを生み出した取るに足らない存在だと思って、口にするのも拒んでいますので……」


 ……両親を想っている香奈には想像も付かない。しかし、その経緯をあれば、そうなるのも無理はないのかもしれない。

 それをエミリーは話した――ただ美央を知ってもらいたいが為に。それに対して何か言おうと香奈が口を開けた時、扉が開いてきた。


「ただいま、遅くなってごめんね」


 扉から入ってきたのは美央だった。

 思わず息を吞む香奈だったが、その呑気な表情から、恐らくは話は聞かれていないのだろう。ただ緊張からか少し声が上ずってしまう。


「お、お帰りなさい……。もういいんですか……?」

「うん、大した事じゃないからね。それよりもエミリーさん、明日からどうするんですか?」

「明日は我が社の工場へと向かいます。そこに既にアーマーローグと護衛の為の戦陣改がありまして、ただいま武装を換装している所です。

 そして武器のテストは基本工場内で行いますが、神牙だけはある理由で別の場所でやらせていただきます」

「ある理由?」

「その武器は最も危険なのです。それに最近は『同志』残党関連できな臭いですからね。なるべく人の目に付かないようにと、社長からの指示です」


 同志。それは三年前、アメリカを震撼させたテロリスト組織の事である。

 足が付く恐れがあるからか、その組織には名前はない。ただその構成員が仲間を同志と呼ぶ為、それが通称として呼ばれる事となったのだ。


 その組織は武装化させた工事用アーマーギアを使用して、アメリカの中枢ホワイトハウスを襲撃。二十名の死傷者を出すも、米軍のアーマーギア――『スターフレイム』『バトルマン』によって鎮圧。ほぼ全員拘束となった。

 

 ほぼなのは、鎮圧の際に逃げ延びた者もいるからだ。その彼らが再び襲撃しないとは限らないし、ア-マーローグを奪ってくるという可能性もある。

 イジンもそうだが、このような人間の敵もいるのだ。


「それでは私は失礼します。合流時間は十時で」


 エミリーがこの部屋から出ていく。これで残ったのは五人の少年少女。

 香奈が美央へと一瞥する。いつも通り涼しい顔をしていて、とてもではないが先程の目的を抱いているようには思えない。

 彼女は悪い人ではない事は知っている。それに動機が少し不純であれど、イジンを殲滅するのも別に間違っていない。

 

 ただ……少しだけ彼女がよく分からなくなった。どう接したらいいのか……どう受け止めたらいいのか……。


「いやぁ、それにしても……」

「ん? どうしましたってキャッ!?」

「美央のお胸も中々いいねぇ~」


 重苦しい雰囲気をぶち壊すように、フェイが美央に抱き付いてきた。

 しかも顔を豊満な胸に埋もれさせながら、まるでペットを愛でるように頬ずりしていく。クールな美央でも、これには驚いて頬を赤くしてしまう。


「ちょっ……フェイさん……あん」

「いやぁ、本当に美人揃い! 天国にいるみたいだよぉ」

「ん……そ、それは……よかったです……」


 喘ぎ声を出している美央だが、よく見るとそんなには嫌がっている素振りはなかった。

 少し顔を赤くする香奈だったが、すぐに首を振っていく。果たして美央をどうすればいいのか……それに苦悩していた……。




 ===




 広い空間がそこにあった。

 どこかの格納庫と思われるその場所には、アーマーギアの物と思われるフレームが置かれている。右腕がない物、無造作に置かれた物、新品と思われる綺麗な物。多種多様な機械の骨組みは、まるで恐竜博物館を思わせる。

 人は一応いる。整備員と思われるツナギを着た連中が行ったり来たりしており、様々な作業を行っている。そんな中、黒いサングラスと黒い背広をした男性が壁に寄りかかっていた。


 まるで何かを待っているかのようだ。その男性の視線がある物を見つめている。

 ブルーシートに包まれた、三つの物体だ。


「よぉ、来てやったぜ」


 格納庫に響き渡る声。男性が目をやると、三人の男性が向かってきたのだ。

 どの男性もワイルドな服装を身に纏い、手入れしていない髭を蓄えている。また一人だけ右頬に古傷を残しており、ただのカタギではない事を示唆していた。


 その男性達の登場に、口角が上げる黒服の男性。


「早速来たか。『同志』の残党共」

「ふん、残党で悪かったよ。それで俺達に何をすればいいんだ?」


 同志――そう呼ばれた集団の一人が問う。

 すると懐からある物を取り出す男性。一枚の写真であり、何かが映っている。


 格納庫らしき場所に鎮座されている、黒い鋼を纏った禍々しい獣だ。


「この機体……もしくはその部品を奪ってこいという、営業本部長からのお達しだ。もちろん極秘で行う為、お前達同志にわざわざ連絡したのだ」

「……こいつをねぇ……報酬は?」

「お前達の身柄の保証。後は造る予定の警察機関に入れて、別人に見えるよう整形させるそうだ。

 どうだ? 足を洗いたいのなら悪い話ではないが?」


 この同志の残党はお尋ね者である。あのホワイトハウスを襲撃した以上、米軍に捕まるか逃亡生活の二択しかない。

 それをこの男性が匿ってくれると言ってくれているのだ。残党達に、安心の笑みが浮かんでくる。


「絶対裏切るんじゃねぇぞ……」

「OKと受け取っていいのだな。では早速だが、これを見せてあげよう。

 営業本部長からのプレゼントだ」


 整備員に無言の指示を送る男性。

 整備員達がブルーシートに包まれた三つの物体へと向かい、それを取り外していく。現れてくる物体の全貌が、残党達に呆然を与えていく。


 その奥に隠れていたのは……。

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