第二十九話 乱入者

 夜になった頃。

 美央とフェイは一つの部屋で寝る事になっている。二人がシャワーで身体を洗った後、それぞれ異なる寝間着を着るのだった。

 美央は今時の女の子らしい白いパジャマ。フェイは肌の露出が多い灰色の薄着。その美央のパジャマを見て、顔をニヤつかせるフェイ。


「いやぁ、可愛いの着てんじゃん」

「そうですか?」

「うん、君に似合っていると思うよ」

 

 そう言うと、フェイが美央の背中から抱き付いてきた。

 背中に柔らかい感触が伝ってくる。思わず顔を赤くしてしまう美央だが、不思議と抵抗感は全くなかった。

 この人にされるなら、別にいいかもしれない。


「美央……」


 美央の顎に手が触れられる。眼前には微笑むフェイの顔。

 彼女の目が閉じ、ゆっくりと迫ってくる。少しだけ驚く美央だが、自分もまた目を閉じていく。そして……


 ――コンコン


「香奈です。少しいいでしょうか?」


 突然、ノック音と香奈の声が聞こえてきた。

 恍惚な顔をしていた美央の心臓が跳ね上がってしまう。一方、冷静に美央から離れるフェイ。


「あい、いいよ」


 フェイの許可を経て、中へと入っていく香奈。

 彼女は質素なTシャツの上に上着を羽織っている。寝巻というよりは下着を思わせる事から、恐らくは軍服などに早着替えする為なのだろう。

 それはいいとして、香奈の表情が少し浮かなかった。一体どうしたのだろうか――美央に疑問が浮かび上がる。


「どうしたの? 何かあった?」

「いや……あったというよりは……その……」


 彼女の口がごもっている。余程言うに言えない事なのだろうか?

 美央はちゃんと言うまで黙っている事にした。変に口を挟んでもこじれてしまうだけなのだから……。


「……美央さんって、あたし達の事をどう思っていますか?」

「……君達の事を?」


 ――妙な質問をする物だ。一瞬そう考えるも、すぐに答えを出す。

 彼女達の事をどう思っているのか、もう分かっているのだから。


「決まっているじゃない。君達は私の大事な仲間よ」

「……本当にですか?」


 香奈が食い下がっていく。まるで探るような瞳が、美央を見つめていく。

 もしかしたら彼女は確かめているのだろうか。あの時、部屋に入る前に聞こえた会話――を聞いた以上、警戒するのは致し方ないだろう。


 分かっている。美央は自分に狂気が孕んでいる事を自覚している。父とあの社長が残した負の遺産……彼らがやってきた事の全てを否定する為に、あの黒き荒ぶる神を使って殲滅している。

 だがその目的で、味方を捨て駒にするつもりは一切なかった。彼女達は、こんな愚かな自分に付いて来てくれる。

 もし本性を知れば逃げていくのだろうが、それでも構わない。その間だけいてくれるだけでいいのだ。


「……君達には感謝しているわ。本当にそう思っている。それに君達が離れても私は構わない。

 ……今言えるのはこれだけど、それでも信じてくれるかしら?」

「……分かりました。あたし……あなたを信じてみます」

「……ありがとう」


 それが本当なのか香奈自身にしか分からない。それでもそう言ってくれるなら、黙っているよりかはいい。

 優しい笑みを浮かばせると、香奈の顔が赤くなってしまう。それから彼女にぎこちない微笑みが浮かんでいく。


「まぁ、お休みなさい」

「うん、お休み」

「お休み~」


 二人の挨拶に、頭を下げながら出ていく香奈。

 閉まれる扉の音が、虚しく部屋に響き渡っていく。その様子を見守っていた美央の肩に、華奢な手が置かれていった。


「分かっているとは思うけど、香奈はああ見えて君を心配しているんだよね」

「……そうだといいですけどね。でも私は、ただの戦闘馬鹿ですよ」

「……ならお互いに馬鹿になればいいんだよ」


 美央の頬に伝わってくる、柔らかくていい香りのする感触。

 フェイが頬にキスをしたのだ。いきなりの事で内心驚くも、そのキスの気持ちよさが彼女に紅を差す。

 何か言おうと思ったが、フェイが「お休み~」と言って布団に潜ってしまう。美央は諦めて、同じように眠りに就く事にした。


 明日からは、最新装備のテストだ。




 ===




 ――翌日

 

 アメリカ特有の高層ビル群。その中にある無数に分かれた道路を、巨大トレーラーと赤いバンが走っていた。

 トレーラーにはフェイの搭乗機であるキングバックが積み込まれている。対し赤いバンには美央達が乗っており、ちょっとした談笑が行われていた。


 フェイが皆の機体を聞いたり、逆に香奈がフェイの色々な事を聞いたり……そうして時間が経っていき、ついに目的地へとたどり着く。


「ここがドールの第一工場です」


 郊外に建てられた巨大な工場。ここがドールの営業の要でもある。

 今でも聞こえるけたましい音。その近くに並び立っている様々なアーマーギア。いかにもアーマーギアオタクが喜びそうな光景が、今美央達の前に存在していた。

 彼女達が中に入って突き進むと、あらゆる場面と遭遇する。まずアーマーギアの組み立て作業、次に装甲の塗装、ベルトコンベアで進んでいく未完成のアーマーギア、最後にトレーラーへの積み込み作業。


 まるで小人が機械仕掛けの巨人を造っているかのようだ。美央達がその作業を興味津々に見つめながら、ある場所へと到着する。

 この工場内にある巨大格納庫だ。


「もう換装作業が終わっていると思いますので、すぐにテストは出来ると思います」

「もうですか、早いですね」

「ええ、優秀な整備員の方達のおかげです。」


 聞く限りこの整備員の仕事が早いという事か。一瞬だけキサラギに欲しいと思ってしまう美央。

 やがてその中に突き進むと見えてくる、アーマーローグ三機と戦陣改の姿。どの機体も大勢の整備員が集まり、稼働箇所や装甲のメンテナンスを行っている。


 よそ者の機体でなおかつ手を加えるとややしこい事になる為か、戦陣改にはこれといった改修は行われていない。一方でアーマーローグには少々の変化が起きていた。


 まずエグリムの背中に新しいミサイルポッド。たった今整備員がミサイルの積み込み作業を行っている。

 次にアーマイラは少々両腕が太くなったような気がしなくもない。ただそれだけで特に武装は見当たらなかった。


「エグリムの背部には『推進式削甲弾D―01』を装着しています。ミサイルの一種ですがただのミサイルではなく、先端がドリルのように回転する仕組みになっています。それでイジンの甲殻に張り付き、爆発させるという訳です。

 そしてアーマイラですが……」


 アーマイラのコックピットにいる整備員に、指示を出すエミリー。

 するとアーマーイラの両腕が上がっていき、のだ。比喩でも何でもなく本当に二つに分かれ、何と四つ腕となったのだ。


 昆虫が持つ複数の歩脚にも似た、異形の姿。その意外過ぎる光景に、美央達の開いた口が塞がらない。


「両腕……アームの中にサブアームを仕込みました。これにより奇襲攻撃が可能です」

「……ギアインターフェイスの調整とか大丈夫なんすか?」

 

 唖然とした飛鳥からの質問。

 彼の言いたい事は美央でも分かる。通常アーマーギアは、搭乗者の手足に取り付けたギアインターフェイスによって、初めて操縦される物である。

ギアインターフェイスは搭乗者の電気信号を読み取る装置。つまり基本人間の身体にない部位の操縦は鈍くなってしまう。

 しかしそこはドール。ちゃんとした対策は立てられているはずだ。


「その辺は大丈夫です。神牙の尻尾と同様、メインOS『REI』のサポートがあります。基本OSには火器管制システムがありますが、アーマイラと神牙はその火器が少ないのでサポート出来る容量に余裕がありました」


 そう、神牙とアーマイラは基本、近接仕様機である。

 火器は徹甲弾砲やミサイルと言った基本な物しかない。なのでこういったサポートに回せる程の容量があるのだろう。

 なおその理屈では、作業用アーマーギアなどにも同じ事が言えるだろう。実はもう実装されており、美央も見た事がある。

 サンフランシスコで最初に見つけた、ジャグリング芸をする四本腕のアーマーギアがそれだ。


「結構変わってますね……。じゃあ神牙は……」


 美央が神牙を見るが、外見からは変更点が見当たらない。

 強いて言えば神牙の頭部辺りが新しくなったのか、他の装甲に比べて光沢が放たれていた。


「実はですね、画期的な武装を施したのです」


 美央が振り向くと、無表情ながらも自信に満ち溢れたエミリーの姿が目に入る。

 画期的な武装とは何か? そう尋ねようとした時、彼女の口から放たれた。


「プラズマ兵器です」

「……えっ……? プラズマ……?」

「はい、それも殺傷力のあるプラズマレーザーです」


 プラズマ。電離した気体の事であり、代表的な例として雷が挙げられる。

 だがそれを武装したアーマーギアなど聞いた事がない。その不可思議な兵器に、香奈が質問するのだった。


「一体どんな原理なんですか?」

「まずプラズマ化した気体を神牙の顎部から放射します。するとあたかもレーザーのようになって、対象を切断する事が可能になります。要はプラズマを水鉄砲で出すような物です」

「……どう思います、美央さん?」

「……逆に笑えない」


 普通なら変な笑いが出てしまう。しかし衝撃的過ぎて、顔を引きつらせるだけになってしまった。

 それに構わず、エミリーが説明を続ける。


「そのプラズマ兵器には『レーザーブレス』と名付けられています。レーザーブレス作動には大量の電力が必要になる為、神牙の首元にアーマイラの電磁鋭爪に用いられた小型発電システムを組み込んでいます」

「なるほど、アーマイラのあの武器は実験も兼ねていたんですね……」

「神塚さんの言う通りです。電磁鋭爪によりテストは成功。このレーザーブレスの完成にこじつける事が出来たんです」

 

 プラズマを兵器に転用する。ここでもドール……というより矢木の執念が見えてくる。

 彼が言っているかのようだ――『この武器でイジン共を薙ぎ払え』と。しかし美央は言わなくてもやるつもりである。

 むしろそのような兵器を組み込んでくれて、思わず嬉しさが込み上げてきた。


「さて、レーザーブレスのテストはサンフランシスコ郊外にある廃墟の街にします。どうやら封鎖されていないようなので、テストをしても問題はないと思われるので」

「廃墟?」

「はい、頻繁にイジンが来るので放棄されたゴーストタウンです。ほとんど人が来ないので誰にも気付かれないし、安全にテストが出来ます。ただし念の為、そのテストにはエグリムと戦陣改を護衛に付けさせていただきます」

「昨日言っていたテロリストとかですね……」

「まぁ、そんな所ですね」


 確かにプラズマがどういった威力があるのか分からない以上、下手に人がいる場所で行うのは愚の骨頂である。

 後はなるべく変な邪魔が入らなければいいのだが、こういう時に限って起こるものだろう。

 いわゆる『マーフィーの法則』。その予測が来ない事を、美央は信じるしかなかった。




 ===




 海近くに、古びた街が存在していた。

 道路の端には手入れされていない雑草が生えている。家もすすけていて当時の面影を亡くしており、その周りには無造作に放置された車が存在している。

 またその街の中に、何かが通ったような破壊跡が存在していた。家だった木片がちらほら見え、果てには潰された車までもが。


 まるで時に残されたようなこの姿。その理由はイジンが襲来してくるからだ。頻繁に海から現れる影響で、海辺の街は放棄されてゴーストタウンにされる場合がある。この街もその影響を受けているようだ。


 人が来るとは思えない錆びれた世界。そんな場所に音が聞こえ、三台のトレーラーが到着していった。


 開かれていくトレーラーの荷台。現れたのが神牙とエグリム、そして戦陣改。既に美央と香奈と優里が乗っており、すぐにトレーラーから離れるように移動していった。

 走っていく途中に見える薄汚れた家々と放置された車。その至る所に雑草が生えており、人間が手を加える前の世界に変わろうとしている。

 美央はそうではないが、エグリムと戦陣改が走りながら辺りを見回している。コックピットには首振りに連動する為のセンサーユニットがある為、十中八九香奈達が街を見ている。

 何かしら思う所はあるのだろう。イジンを倒さなければならない軍人として。 


『建物の被害を少なくする為、なるべく海辺で停止して下さい』

 

 無線から聞こえるエミリーの声。美央は彼女の言う通りに、神牙を海近くに停止していった。

 ここでテストが行おうとしていく。ちゃんと成功するのか――ある種の不安が、美央によぎってしまう。


『操縦桿が新しくなったと思います。その右のスイッチを二回素早く押せば、レーザーブレスが発射されます』

「誤作動対策ですね。了解」


 握り感触が前と違うと思えば、やはり操縦桿も換装されていたようだ。

 前の感触がよかったと思う美央だが、そこは慣れ。言われた通りにスイッチに指を付けていく。


「レーザーブレス発射用意」


 指に力を込める。

 一回目を押した。やはり誤作動対策として発射されない。なので素早く二回目を押そうと、指を動かしていく。

 これで発射――


『待った!!』

「!?」


 指の動きを、凍結させたように止めた。

 突然の優里の叫びがそうさせたという事もある。だが、それ以前に美央は気付いたのだ。


 レーダーに映る一つの反応。それは何と海からであり、しかも神牙へと向かってくる。

 目の前の海を見る美央。そこには何と、一直線に上がる水しぶきがあった。その速度からして、それはどう見ても鯨や船とは全く違う。


「! 熱源反応……!」


 その反応から放たれる複数の熱源反応。正体は、謎の移動物体から射出されたミサイル。

 神牙が回避しようと動いた時、ガトリングガンを放っていく戦陣改。無数の弾丸が空を飛び、ミサイルに直撃していく。

 空中で爆発。次々とガトリングガンの弾丸がミサイルを撃ち落とす。その優里の操縦技術に、美央に感嘆が浮かんできた。


「ありがとう、優里」

『礼はいい。来るぞ』


 優里の言葉通りだ。水しぶきがこちらへと向かってくる。

 陸地に激突する直前、それは跳躍して姿を現した。神牙と戦陣改の前に着地するのは無機質な機械――アーマーギアである。


 カラーリングは海に同化したような青い色。流線型の装甲を身に纏い、下部から人の手足を思わせるアームを四つ生やしている。さながらカブトガニに手足が生え、獣の姿勢になった異形の姿。


 前面には蜘蛛を思わせる四つ並んだ黄色のカメラアイがある。その光が今、神牙を睨んでいる。

 まるで獲物を狙う、飢えた獣のように……。

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