第三十話 覚悟という名の冷酷
見た事のないアーマーギアだ。美央が、水中戦用であろう機体を見て思う。
アーマーギアには一応水に潜行出来るタイプがある。海底油田のメンテナンス用があるし、機動力で艦隊を翻弄する事が出来るとして、イギリスでは試作水中用アーマーギアの量産に取り掛かっている。神牙もまた海に潜行する事が可能だ。
美央はそういったアーマーギア関連を記録している。だがこの機体は、どこの企業で造られたのか定かではない。
全く新しいタイプであり、戦闘能力は未知数だ。
『こんな所で……どうします!?』
エグリムに乗る香奈が言った時だった。
青いアーマーギアの上部から複数のミサイル。神牙他二機がかわしていくと、ボロボロになっていた家へと着弾していった。
爆発。中から出てきた木片が、神牙の装甲に当たってしまう。
「どうも敵は逃がしてくれないみたいようね……」
誰が乗っているのは別に知ろうとも思っていないが、どうやら自分達を
面倒だから逃げるか、それとも一戦やるか――美央の頭の中でそう考えた時、彼女の目にある物が飛びこんだ。
レーダーが示す背後からの反応。しかもエグリムに向かっている。
「香奈、後ろ!!」
美央の叫び声に、エグリムが振り返った刹那。
鋭角な頭部に無数の閃光が着弾し、半分を削ってしまった。その衝撃でエグリムがよろめいたその時、巨大な物体がエグリムへと激突。
「香奈!!」
エグリムが神牙と戦陣改から離れていく。いや、連れ去られてしまったのだ。
青い水中用と酷似した空飛ぶアーマーギア。装甲は濁った黄色で、ボディの至る所にあるブースターから青い炎を吹かしている。
その側面には機関銃を装着された両腕。それでエグリムが掴まれてしまったのだ。
すぐに美央が駆け付けようとした。しかしそこに前後からミサイルから現れ、回避行動を取らざるを得なくなる。
前後――前には青い水中用アーマーギア。では後ろは何か? 美央が一瞥すると、そこにはいつの間にかもう一機のアーマーギアが立っていた。
やはり他二機に酷似しており、カラーリングは赤。だが脚部が少々頑丈になっており、それにより四足歩行になっている水中用とは違い、二足歩行になっている。
両腕には戦陣改のクロードリルに似た三本爪と小型ガトリングガン。やはり前面から黄色のカメラアイを発し、神牙と戦陣改を睨んでいた。
『エミリーさん、聞こえますか!? こちら黒瀬優里、三機のアーマーギアが出現。三機のアーマーギアが出現!』
赤いアーマーギアが両腕を掲げる。神牙と戦陣改がそれに気付いて家に隠れた直後、放たれていくガトリングガン。
家に次々と穴が開けられる。あたかもそれは穴が開いたチーズを思わせる物だった。
『こちらエミリー。矢木社長から伝言ですが、逃げても市街地に被害が出る恐れがあるとして、そこで撃退を願いたいと』
『何!?』
優里とエミリーが話している間、美央が黄色のアーマーギアを捉える。
今、空中停止している黄色のアーマーギアの右腕がエグリムの首を掴んでいる。エグリムが必死に腕から抜けようとしていても離れる事はなかった。
このままではまずい。美央はペダルを踏み、神牙を走らせる。
『美央!?』
彼女には優里の声が聞こえなかった。ただ香奈を助けたいという意思が、美央を支配していく。
黄色いアーマーギアの下部に搭載されている、長い砲身が動いていく。恐らくは滑腔砲だろうか――その狙い先はエグリムのボディ……すなわちコックピット。
操縦者が殺そうとしている。それだけでも美央の怒りが湧いてくる。
香奈を殺させはしない!!
「キュオオオオオオオオンン!!」
彼女の怒りに呼応するかのように、神牙の咆哮が轟く。
黄色のアーマーギアから機関銃が放たれるが、対して腕で防御しながら接近する神牙。そしてその腕ごと、エグリムを引き離していった。
ばらまかれる腕の部品。パイプ、そしてケーブル。鉄の花びらの中で、神牙がエグリムを抱えながらアーマーギアから離れる。
「大丈夫、香奈!?」
『え、ええ、大丈夫です!』
香奈は無事なようだ。それを知って安堵をする美央。
だが気は抜けなかった。背後から黄色のアーマーギアが迫って来るのを察知する美央。彼女は神牙の尻尾を倍に伸ばし、アーマーギアへと振るった。
前面装甲に被弾――家へと突っ込んでいくアーマーギア。崩れる木片の中に埋もれるそれを、美央は一切見てはいなかった。
それよりも聞きたい事がある。
「エミリーさん、矢木社長の指示はそれだけですか?」
『はい。ここは街から離れている為、人が集まる事はないだろうと。それにここで片付けなければ被害が拡大する恐れがあると』
「…………」
矢木の言いたい事は分かる。
彼だって人の子だ。アーマーギアの戦いを人口密集地に持ち込ませようだなんて思いたくはないはず。ここで撃退を願うのも苦渋の決断と思われる。
それでも美央達がこの三機のアーマーギアとやる事に変わりない。それはすなわち命のやり取りをするという事になるのだから。
だが美央は、エミリーの指示を受ける前から決断していた――いや軽く考えていたと言うべきか。彼女は神牙に乗るという事は、イジンや敵対する人間と殺り合う事。
もうそんなの、覚悟していたのだから。
「香奈、優里。ここは任せた!」
『美央さん!?』
神牙を走らせていく。向かう先は海である。
果たして付いて行くだろうか。美央が背後へと振り返ると、水中用の青いアーマーギアが四本足で走ってきた。
「そうこなくっちゃ」
神牙は海でも活動出来る。前の神牙型イジンがその証明になるのだが、いかんせん動きが少し鈍くなるのであまりしないようにはしている。
だが今は別。こうして水中用アーマーギアを引き離せば香奈達が有利になる。そう判断しながらも、海に飛び込む神牙=美央。
海中は濁っている。ほとんど視界はゼロであり、神牙に搭載されたソナーが頼りである。
そのソナーが反応を示す。十中八九、青いアーマーギアが潜った事を意味しており、そこから複数の反応が飛ばされていく。
美央はすぐに操縦桿近くのスイッチを押し、ジェットノズルを作動させる。回避運動を取ると、その横を過ぎ去っていく黒い物体。恐らくは魚雷と思われるそれは、はるか後方で爆発をした。
あちらのアーマーギアの方が装備が充実しているだろうか。対しこちらは胸部の徹甲弾砲と榴弾砲、両肩の貫通杭弾、そして水で使えるかどうか分からないレーザーブレス。
どれも水中で使えない物ばかりである。となると肉弾戦になるしかない。
「……行きますか」
操縦桿を前に倒し、ペダルを強く踏む。
神牙の足首にあるジェットノズルが泡を噴き出し、その巨体を前へと急速に進ませていった。尻尾をくねらせながら突き進むその姿は、あたかも海に潜む未知の巨大生物である。
迫りくる魚雷。避けていく神牙。その瞬間、巨大な反応が迫って来るのをソナーが示す。
ひるがえす神牙。だが美央が見ているモニターに、何らかの腕が現れた。
「!? ぐっ!?」
神牙の首にその腕が掴んできた。
コックピットに妙な引力が襲い掛かっていく。その中で美央が腕を辿ってみると、あの青いアーマーギアがいたのだ。
神牙が先のエグリムのように、このアーマーギアに引っ張られているのだ。それも猛スピードで泳いで神牙をぶん回していく。
美央の身体が座席に引き寄らせていく程のG。それでも彼女は一切操縦桿を離す事なかった。
『捕まえたぞ、モンスター型め!!』
――美央は聞いた。コックピットに聞こえる男性の英語を。
英語が堪能である美央は、その言葉の意味をはっきりと捉えた。そしてその声は確実に青いアーマーギアから発せられている。
アーマーギア同士が触れ合う事で起きる緊急通信。それによって発せられた男性の声は、どこか必死の念が漂っていた。
『お前をやれば俺達は自由になれるんだ!! だからとっとと死ね!!』
「……ハァ?」
自由になれる? 一体何の事かとよぎった美央だったが、突如として青いアーマーギアの下部装甲が展開した。
蟹を思わせる分厚いハサミを持ったアーム。この機体は四本のアームの外にも、隠し武器としてこのハサミアームを持っていたのだ。
顎の如く開いていくハサミ。それが狙っているのは神牙のコックピット――あのハサミでコックピットをパイロットを潰す算段か。
「…………」
こんな
美央は神牙の尻尾を前に突き出した。尻尾の先端にある杭が、アーマーギアの左腕を突き刺す。
腕の装甲を突き破っていき、中にあるフレームを破壊。それにより力を亡くしたマニピュレーターが、神牙の首を離した。
ハサミが向かってきた頃には、もう既に神牙が距離をとっていた。青いアーマーギアが放つ魚雷を、その黒い獣がかわしつつ突き進んでいく。
神牙が向かったのは陸地である。ジェットノズルを使って陸地へと跳躍。草むらが生えた地面へと着地。
その際の重力と衝撃波が罪なき草をなぎ倒しても、美央は決して意を介さない。彼女が気にしているのは、同じように上陸してくる青いアーマーギア。
ハサミを突き出しながら向かって来るアーマーギアに、美央の冷酷な笑みが浮かび上がっていく。
「フッ、馬鹿が……」
あのアーマーギアのパイロットは分かっていない。それを証明すべく、神牙を走らせた。
疾走してくる獣に対して、アーマーギアのハサミが喰らい付こうとする。刹那、その獣――神牙が横っ飛びで回避。
アーマーギアが振り向こうとしたその時、ハサミのフレームが引きちぎられた。
顎部にある鋭い牙によって。
『動きが!?』
一瞬聞こえた男性の声。やはり驚いていた事に、美央の口角が上がる。
ようやく分かってくれたようだ。この神牙が
黒き暴龍が、アーマーギアの左足をすれ違いざまにもぎ取り、バランスを崩れさせる。倒れていったアーマーギアが上部ミサイルポッドを開けると、そこに向けて両肩の貫通杭弾を発射。
突き刺さったポッドが爆発。その隙に、神牙が跳躍――アーマーギアの上部へと乗り移った。
『くそっ!! 離せ……ぐわぁ!!』
男性の叫びに構わず、鉤爪で装甲を引きちぎる。
引きちぎって、引きちぎって、さらには牙で引きちぎっていく。ほとばしる黒いオイルに浴びて蹂躙するその姿は正しく、獲物を嬲り殺す猛獣その物。
蹂躙の合間に高らかに響く金属質の咆哮は、まさに遊びを楽しんでいる喜び。
『ウ、ウワアアアア!!! やめてくれええええ!! 嫌だあああああああ!!』
悲鳴が聞こえてくる。それも死を直面した発狂の叫び。
それを聞いても美央は酷く冷静だった。ただ狂ったように操縦桿を動かし、一心不乱に装甲を抉り取っていく。
そして彼女は、中に潜んでいたコックピットブロックを発見した。
『た、頼む!! 命だけは!! 殺さないでくれぇ!! 嫌だ――』
聞くのも面倒だ。とっとと死ねばいい。
彼女の冷たい眼差しに支配されるかのように、振り下ろされる神牙の鉤爪。その黒き危険な刃が、コックピットブロックを完全に破壊した。
男の声が聞こえなくなる。神牙が離れると、アーマーギアは完全に沈黙していた。
その姿をただ見下ろす美央。思えば人間を殺したのはこれで初めてだが、彼女に殺人の後悔は全くない。
イジン殲滅を邪魔する者は、例え人間でも容赦しないのだから……。
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