第三十一話 柔のエグリム・剛の戦陣改

「この……!!」


 崩壊した家々の中で、エグリムが頭部のマシンキャノンを発砲する。

 弾丸を追っているのは空中用のアーマーギアである。その機体は地面スレスレに飛んでいき、マシンキャノンの弾から逃れようとしていた。


 機体がビルの中へと消えてしまう。エグリムが一旦マシンキャノンを止めたその時、アーマーギアが何と潜り込んだ方向から現れた。

 逆方向から出てくると思っていた香奈に焦りが生じる。彼女が咄嗟にエグリムの左腕を構まえた直後、アーマーギアの下部にある滑腔砲が放たれる。


 耳をつんざく程の轟音。そう香奈が認識した時には、エグリムの左腕が破壊されてしまった。

 バラバラに砕かれていく左腕が、今の香奈にはスローモーションに思えた。そうして衝撃によってエグリムがぐらつくも、正気に戻った香奈が踏ん張っていく。

 

 彼女は一旦、まだ無事な家へと退避した。


『大丈夫か、光咲!?』


 聞こえてくる優里の声。

 彼女が駆る戦陣改は赤いアーマーギアと交戦している。アーマーギアが放っていく砲撃を、戦陣改は腰のブースターユニットで回避をしていた。

 改造を加えられた戦陣改だから成せる業。それから戦陣改の両肩からミサイルが放っていくと、アーマーギアの機体前面から何かが射出される。


 地面に叩き付けられたそれから溢れ出る煙と、中で輝く星のような無数の物体。アーマーギアが煙の中へと消えると同時に、何とミサイルが逸れていった。

 家々に被弾し、爆発していくミサイル。あれは間違いなく『チャフ』――防衛軍だけあってその事を知っていた香奈。


『分かっているとは思うが、防衛軍に入った事にはこういった戦闘は起こる! 覚悟は決めておけ!!』


 ――防衛軍は決してイジン殲滅組織ではない。本来はテロや戦争に対しての防衛組織だ。

 故に人殺しもやむなしの場合が起こる。そうしなければ自分が殺されるし家族もまた……。


「……ええ、分かっています!!」


 そんな覚悟は、防衛軍に入った頃から決めていた事だ。

 それにブースターを破壊して機能停止――中のパイロットは殺さずという器用な事は出来ない。あの黄色のアーマーギアの動きを止めるにはコックピットを破壊するしかない


 どのみちやる事には変わりないのだ。


「行きます!!」


 家の陰から姿を現すエグリム。まるで低空飛行する猛禽類の如く、ブースターを吹かして地面を滑っていく。

 その機体が黄色のアーマーギアに向かっていくと同時に、戦陣改が赤いアーマーギアと交戦していく。チャフの煙から現れた赤いアーマーギアが、両脚に施されたキャタピラでまっすぐ戦陣改へと向かってきた。


 左腕のクロードリルを回転させながら、低空飛行で突っ込む戦陣。アーマーギアもまた右腕のガトリングガンをパージし、クローを回転させていく。

 同じ構造を持つ武器同士が激突。金属の高音が響く中で勝ったのは――戦陣改のクロードリルだった。


 赤いアーマーギアのクローを粉砕し、ボディをも貫くクロードリル。アルファ鉱石を使用した強固なドリルは、アーマーギアをバラバラに砕く。

 乱暴に抜いていくと、オイルと部品が溢れ出す。直後に後方へと下がった戦陣改が右腕のガトリングガンを発射。無数の弾丸を喰らったアーマーギアは爆発を起こしていった。


 これでもう赤いアーマーギアは動けない。後はエグリムと対峙する黄色いアーマーギアだ。


「削甲弾発射!!」


 エグリムの背中から新兵器――推進式削甲弾D―01が射出されていく。

 複数のミサイルがアーマーギアへと向かった時、何と先端が分離し単独飛行をした。香奈の目には、独りでに動くドリルのように見える。


 そのドリルを避けるアーマーギアだったが、二発だけその装甲に着弾……いや、ドリルの回転力で食い付く。

 中へ中へと食い込むドリル。それが半分だけ装甲へと消えたその時、爆発が起きる。その衝撃で体勢を狂い、道路へと転げていく黄色のアーマーギア。


 道路を割って粉塵が舞う中、香奈は思う――やったのかと。


「…………」

『光咲、気を付けろ……』

「了解……」


 エグリムと戦陣改が粉塵の前に降り立っていく。

 粉塵が止むまで、そこを動く事は許されない。下手に入って不意打ちをされたなら、それこそ本末転倒である。

 やがてその粉塵が消えうせ、中から黄色のアーマーギアが現れた。その機体は家にもたれかかるように倒れており、装甲が所々焦げている。


 動く様子は……全く見当たらない。中のパイロットは気絶しているのか……あるいは衝撃で死んでいるか。


「……!?」


 刹那、ドリフト状態で飛行するアーマーギア。

 咄嗟の事で、戦陣改は回避出来ず激突――その巨体を倒れてしまう。一方でアーマーギアがUターンをかわし、エグリムへと向かって来る。


 パイロットの怒りが香奈自身へと伝わっていき、少しの恐怖を感じる。それでも香奈は手を止めない。

 アーマーギアのカメラアイをロックオン。エグリムが腰にマウントしたナイフを取り出し、カメラアイに目掛けて投擲とうてき


 ナイフは、直撃した。右目に掃討するカメラアイに粉砕し、レンズを飛び散らせていく。あたかも目に尖った物が刺さって血を噴出するかのように。


 黄色のアーマーギアの挙動がふらつき、スピードも落ちていく。そして地面に付いてしまい、散っていく火花。

 今しかない――エグリムが右腕のクリーブトンファーを展開。向かって来るアーマーギアに対してラリアットをかました。


 こちらへと向かってきたアーマーギアの突進力により、エグリムが振るわなくても勝手に抉られる。

 機体全体が半分両断され、放たれていく閃光。そうしてエグリムの背後で止まった時、ボディの至る所が爆発四散した。


 もはや原型は留めていない。ついでに言うとエグリムの右腕も酷使の結果によりボロボロになっているが、両機には決定的な差がある。

 エグリムのパイロットが生きている事だ。


「…………」


 エグリム……いや香奈が黄色のアーマーギアへと振り返る。

 そのアーマーギアは燃え上がり、中のパイロットの状態を知る事は出来ない。だがこの有様……決して無事だとは言えないだろう。


 初めてこの手に血を染めてしまった。相手が何者であろうとも、それは決して変わりはない。

 これから先、乗っていた者の死を背負って生きていかなければならないのだ。


『……二人とも、大丈夫!?』


 ちょうどその時である。コックピットから美央の声が聞こえてきた。

 見ると、二時方向から神牙が向かって来る。それはあの青いアーマーギアを倒した事を意味している。


 名もなき襲撃者は、今ここで消えていったのだ。




 ===




 あの後、三台のトレーラーがドール管轄の工場へと戻る。

 倉庫の中へと停車した後、一斉に乗っていた者達が降りてきた。その中にはもちろん美央と優里、そして香奈もいる。


「……結局、パイロットは分からずじまいか……」


 あの後、優里達は美央から詳細を聞かされている。

 青いアーマーギアのパイロットの声――特に『自由』という言葉からして、何らかの束縛を受けていた人物達という事が分かる。もしかしたら前に言っていたテロリスト『同志』かもしれないし、そうではないのかもしれない。

 もし同志なら、襲撃理由が性能の高いアーマーローグを奪う為だと片付けられる。だが三機とも破壊されてパイロットが死亡した今、その詳細な答えを出す者はいなかった。


「……まぁ、私はともかく、君達はその……大丈夫なの? 特に香奈は……」


 美央は人殺しに関して、特に後悔はしていない。むしろ襲ってきたからやったまでの事。

 ただ香奈達は、手に血を染めるのを今日で初めてのはず。いくらか殺害への後悔だってあるはずである。

 優里は「ああ……」とだけ頷く。そして香奈は顔をうつむかせている。やはり殺人をした以上、応えてはいるだろうか……。


「……あなたを信じると言ったからには、こうなる事を受け入れるしかないです」


 だが、香奈が答えた。

 その顔を、その決心に満ちた表情を、美央に見せながら……。


「ならば、とことん行くしかないですよ」

「……そうか」


 美央は、微笑んだまま彼女の頭を撫でていく。

 そっぽを向かせていく香奈。特に恥ずかしかったりはしなかったが、それでも美央は続けた。


 彼女なりの、香奈への慰めでもあるのだから……。


 


 ===




「そうか……三人とも無事か……」


 広いオフィスの中で、男の声が響き渡る。

 デスクに座る矢木栄蔵が秘書のエミリーと話していた。内容はアーマーローグを襲った三機のアーマーギアと、その機体との戦いの結末。

 美央達が無事な事を知り、矢木は安堵を覚えるのだった。


「しかし何者でしょうか? 神塚さんの報告では、どの会社が造ったのか把握出来なかったとおっしゃってましたが……」

「……私の憶測だが、あの会社じゃないだろうか……」


 矢木は知っていた。あくまでも勘であるが。

 アーマーローグの設計思想に興味を持ち、それを奪取をしようと目論んだ存在。そうなると、あの企業しかない。


「……AOSコーポレーション……あいつらぐらいだろう……」


 その鋭い目つきが、さらに鋭くなっていく。

 エミリーはただ、彼の言葉を黙って聞くだけだった……。

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