第六章 融合編
第三十二話 美央の過去
――西暦2051年。
「こちらです」
煤けた格納庫がそこにあった。
窓から差し込む小さい光。その光に反射している埃が、その倉庫中に漂っている。またこの人体の骨のような周りの骨組みが、無機質さ故の不安を募らせていく。
その倉庫に、四人の人間が入ってきた。まず一人目はアーマーギア製造企業ドールの社長――矢木栄蔵。二人目は病死した父に代わって武器製造企業キサラギの社長になった如月梓。三人目はドールの秘書であるエミリー・ミズノ。
そして、十四歳になった神塚美央。
「あれから七年……我々は神塚教授の研究所に残った怪物……イジンの肉片を研究していた。それで深海に逃げた奴らがアーマーギアを捕食する為に、再び地上に現れる事を予見したのだ」
格納庫の中を歩く中、矢木の声が反響していく。
深海に逃げたアルファ細胞由来の怪物は、後に矢木によってイジンと呼称された。
常世とは海の彼方にある霊界。そして異人はその常世から来訪してくる霊的存在。まさに海から出現してくる異形に相応しい名前だ。
「奴らはいわゆる捕食という概念しか持っていない。コミュニケーションは不可能な上に、上陸を許せばアーマーギアだけではなく、人類を含んだ全生物が奴の餌食にされる事だろう」
「……まぁ、それも父さんの自業自得なんですけどね」
「美央っ!!」
吐き捨てるような美央の言葉。対し如月がキツく言い返す。
その一言で、美央はハッとしてそっぽを向いてしまう。先の言葉は思わず言ってしまった皮肉で、無意識に口から出てしまったみたいだ。
それ程に美央は神塚喬彦を……父を
あれだけ未来に繋がる研究だと言っておきながら、実際はその逆だった。今まで生態系の頂点と言われていた人類に牙剥く捕食者の誕生だったのだ。
ちっぽけなある人間達の手によって起こってしまった生存競争。そしてそのちっぽけな人間達であるドールを……父を軽蔑している。
とんでもない置き土産をしたものだと、美央はただ呆れるしかない。そして父の友人である前キサラギ社長の娘――如月もまた、複雑な心境を抱いているはずである。
「……そうだ。これは我々の責任である。だからこそケジメを付けなければならない……予算をどれだけつぎ込もうとな」
矢木がそう言った後、前方から何かが見えてきた。
巨大な黒いシートだ。よく見ると、その下に何かが飛び出ている。黒くて尖った……まるで獣の脚。
もしかするとあの中に……。美央はその正体を何となくだが察していた。それはいずれ来るであろう捕食者への対抗策。
その対抗策は、美央も関わっていた。
「想像通り、君に与えられるケジメの象徴だ」
美央へとそう答えたのは、他ならぬ矢木だった。
彼がシートの近くにいる整備員二人へと合図を送る。 二人が協力してそのシートをめくると、その中から現れる巨大な物体。
「……これが……」
その姿は、まさに怪物その物。
牙が生えた獰猛な頭部。手足の先端には万物を斬り裂く程の鋭い鉤爪。後方から伸びている長大な尻尾。そして闇を思わせる漆黒の装甲。
今にも動き出しそうな……既存アーマーギアとは違った何かを感じてしまう。
それはそう……『畏怖』だ。
「神塚君専用のアーマーギア……いや、対イジン兵器アーマーローグだ。この後に港に送り、イジン出現までキサラギに保管させていただく。
それまでにアーマーギア操縦をマスターする事。それでよいのだな、神塚君?」
「……はい、もう決めましたので」
これは神塚美央に与えられた専用機体。か弱い少女には、余りある無機質な暴力である。
アルファ細胞の肉片を採取して分かった、イジンの再襲来。それを予期したドールが対イジン兵器として『アーマーローグ計画』を発案したのだ。
その計画には美央も一枚噛んでいる。実戦用アーマーローグが開発された暁には、彼女がそのパイロットになる事を約束されていた。
何故そこまでやるのか――それはケジメだからだ。
父がやってしまった大惨事は、娘が尻拭いをしなければならない。決して仇を討とうとか、イジンから人々を守ろうとかではない。愚かな父が生み出してしまった存在への、言わば否定である。
その否定をする為に、彼女自身からアーマーローグのパイロットになると願った。もちろん如月やエミリー、そして矢木からの反対があったのだが、それでも彼女は引く事はなかった。
結果として彼女は実戦用アーマローグの第一パイロットとして選ばれた。そして、そのアーマーローグが目の前にあるのだ。
「……名前は何でしょうか?」
「実は名前を付けていません。あくまでも神塚さん専用という事なので、付けてみてはどうでしょうか?」
「私が……?」
エミリーへと眉をひそめる。まるでそれはペットに名前を与えるような感じで、変な気分を感じさせる。
それにいきなりそう言われても名前なんて考えもしなかった。変な名前を付けても自分が困るだけである。
美央は考えた。きっと名前は自分へのゲン担ぎになる事だろう。だからこそこの機体に相応しい名前を、頭の中で作り上げていく。
「……神か……」
美央はこの機体を見る時、まるで神獣か荒ぶる神のようだと思っていた。
そして彼女の瞳に映るのは、神牙の顎部から覗かせている鋭い牙。神……そして牙……神牙……。
「……しんが……神牙」
「神牙……ですか?」
「はい、機械仕掛けの荒ぶる神なので……神牙です」
機械仕掛けの荒ぶる神。この機体には神牙という名前が非常に相応しい。
常世から現れる異形を踏みにじる神を、美央はその美しい顔で見上げていく。これから先、彼女はこの機体と共に奴らを駆逐していくのだろう。
そう思うと嬉しく感じる。これで父のやってきた事を否定出来る……。
人知れず、笑みを浮かべる美央。それは単なる笑みではなく、狂気を思わせる笑みだった……。
===
「……うん、妨害のせいでレーザーブレス実験は失敗したけど……私達は大丈夫よ」
しまったカーテンから光が差し込む、あるホテルの一部屋。
そこで美央が携帯端末を使って電話していた。相手は自分の幼馴染である如月であり、彼女に定期報告をしていたのだ。
『……そうか。お前や皆は無事なんだな?』
「もちろん。怪我もしていない。ありがとうね」
『……ああ』
人殺しをした事はあえて伏せている。別に話せない程に後悔をしているからではなく、如月に心配を掛けたくない故の配慮である。
それでも如月は馬鹿ではない。直接言わなくても、襲ってきたパイロットを殺している事を察しているのだろう。
だが彼女はそれを口にしなかった。掘り返すのは美央達に失礼なのか、それとも美央達の安否を優先的に気遣っているからか――それは本人にしか分からない。
「まぁ、もう少ししたらそっちに戻って来れると思うから。そん時はお土産を渡すね」
『そんないいのに……』
「大丈夫だって。とびきり美味しい物買ってあげるね」
『ああ、ありがとうな』
「うん。じゃあそろそろ切るね」
電話を切る美央。その時、背後から艶めかしい女性の声が聞こえてくる。
振り返ると、白いシーツから顔が出てきた。さっきまで寝ていたフェイであり、未だ眠いのか目がウトウトしている。
そして彼女は、全裸だった。
「フェイさん、おはようございます」
「ん? ああ、おはよう……。いやぁ、昨日はちょっとやり過ぎちゃったかな……まだ眠いや……」
「ハハハハ……」
そう苦笑する美央も実は全裸。そこに白いシーツを巻き付けている。
二人は夜中に
美央は特に嫌悪感は感じなかった。むしろ気持ちよかったのでやってよかったと思っている。
もちろん、それで恋人関係になるとかそういう訳ではないし、香奈達には他言はしないつもりだ。
「それよりも、やっぱ見れば見る程綺麗な身体だね~。本当羨ましいよ~」
「ええ、そうですか?」
シーツから覗かせれている美央の肌は、確かに彫刻と見紛う程に美しい。
かく言うフェイもまた身体つきが素晴らしい。健康的な肌に見る者を恍惚とさせる脚線美……美央もまたその美しい姿に、静かに頬を染めていった。
「まぁ、ありがとうね。それよりも今日のニュースは何だろうな……」
「ああ、だったら見ましょうか?」
美央が適当なネットニュースを開いていく。イジンの襲来があったら必ず閲覧するのだが、中々そういった情報がないようだ……と思った時。
美央の手が止まった。自分達が食い付きやすい情報だ。
「マンハッタンにイジンが……?」
「えっ? 何だって?」
フェイが携帯端末の画面を覗き見る。
見出しは『マンハッタンに未確認巨大生物襲来か?』。何でも太平洋を横切った未確認巨大生物――イジンがその都市に向かっていると情報が入っている。
既にスターフレイム及びバトルマンが海岸沖に配備。戦闘態勢に入っているという。
「数は?」
「特に書いてありませんね……未だ軍が発表していないから、三体から四体じゃないかって書かれてますけど」
「なら大丈夫じゃない? すぐに終わるって」
フェイは楽観的だった。
確かにアーマーギア発祥の国だけあって、米軍のアーマーギアは戦陣よりも非常に性能が高い。そう簡単にはやられないと思われる。
だが、美央は違った。イジンは環境に対して無限大な自己進化を起こす怪物……何が起こってもおかしくはない。
そう、何が起こっても……。
===
アメリカの一都市――マンハッタン。
その海岸では、四~五機の人型機械が鎮座されている。まるで神殿の並び立っている銅像を思わせるそれはアーマーギアであり、二種類あった。
まず灰色をした二機の機体。あるはずの頭部は砲塔になっており、右肩にはミサイルポッド、左肩には機関銃が担がれている。両腕は鋭い三本爪で、両脚には複数の車輪が取り付けられていた。
機体名は『AA-67 バトルマン』。戦車を人型にしたような姿であり、武装は頭部の120mm滑腔砲、右肩のミサイルポッドと左肩の50mm機関銃、そして両腕のクロードリル。走行は重武装である為、もっぱら車輪を使っている。
まさに軍事用アーマギアの基本形態。日本の戦陣はこの機体から影響を受けているのだ。
そしてもう三機は『AA-79 スターフレイム』。こちらはスラっとした人型をしており、カラーリングは明るい青。頭部は鋭角的で先端に緑色のモノアイが取り付けられている。
こちらは鈍重なバトルマンに代わる主力量産機として開発された機体であり、試作機である『スターファイアー』を原型としている。
武装は両手に持つ銃剣『ソードライフル』、両肩の『30mmマシンキャノン』、そして両脚に取り付けたミサイルポッド。この装備の軽さなどによる機動性から評価され、主力量産機であったバトルマンからその座を奪い取っている。
その二種類のアーマーギア部隊が、海岸をじっと見つめている。理由はたった一つ――人類の天敵である未確認生物が襲来してくるからだ。
アーマーギアや動物を捕食する未確認巨大生物はアメリカにとっても無視出来ない存在である。奴らが現れた場合、こうして戦闘態勢になっている。
『……! 隊長、前方に反応があり!!』
バトルマンのパイロットが、英語で報告をする。
彼らの前にある海に、何らかの影が現れてくる。巨大で歪……そして速いそれが、まっすぐとアーマーギア部隊へと向かってくる。
彼らは知った。あれが未確認巨大生物であると。
『射撃用意!!』
スターフレイムに乗る隊長の指示に、武器を構えるアーマーギア部隊。
海に向かって撃っても当たるはずがない。故に陸地に姿を現した時、その目標に一斉射撃を行うつもりである。
だが、
『!? ぐわあ!?』
海から突如として現れる謎の触手。それが何と一機のスターフレイムの肩を貫いていく。
急いで引き抜こうとするスターフレイムだったが、その触手に引っ張られていく。男性のパイロットの悲鳴が聞こえるも間もなく、それは海中へと姿を消してしまった。
『た、隊長!!』
『くそっ!! 仕方がない、射撃開……』
仇を討つべく一斉射撃を開始しようとする、その瞬間。
海から突如として湧き上がる水しぶき。その中から異形の影が跳躍し、陸地へと着地していった。
異形は、唸り声を上げていた。怪しく光る紅い瞳でアーマーギア部隊を睨んでいる。
そしてその姿は、従来の見慣れた物ではなかった。
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