第三十三話 巨大な巣

 あれから美央達は香奈達と合流。ホテルで朝食をとった後にドール管轄の工場へと向かっていった。

 何でも昨日からアーマーローグの修理が行われているらしい。エミリーによればほとんど終了しているらしく、後は損傷が激しいエグリムだけとか。


 ドールの手際のよさがよく分かる。さすがはアーマーローグを造った会社と言った所か。


 やがて工場の格納庫に着くと、鎮座された機体が見えてきた。神牙、エグリム、アーマイラ、戦陣改、そしてキングバック。

 どの機体も整備員が黙々と作業をしている。特にエグリムはもがれた左腕の補修作業がとっくに始まっており、今まさに新しい左腕が天井アームによって付けられようとしていた。


 取り付けが完了。接続部を数人の整備員達が素早く補修していく。やがて彼らが離れると、綺麗な姿となったエグリムの姿がそこにあった。


「作業は終了しました」

「ご苦労様です。では光咲さん、ご確認をお願いします」

「あっ、はい」


 腰掛けているエグリムへと急ぎ、そのコックピットに乗り出す香奈。

 整備員が離れた後、紅白の機鳥が立ち上がっていく。まず手始めとばかりに両腕の操作――その鋭角な腕が虚空へと振るわれる。

 そして両腕のクリーブトンファーが展開。刃をボディ全体を使って振るうその姿は、華麗に舞う猛禽類の五如し。


「どうですか? OS及びギアインターフェイスの調整をしたので動きが軽くなったと思いますが」

 

 エミリーの声が格納庫へと響き渡っていく。

 確かに動きが前よりも柔軟になっているように見える。簡単に言えば油差しのようだが、香奈にとっては嬉しい事だろう。


「ええ、大分良くなっていると思います。ありがとうございます」

「いえ、では最終チェックを入れるので、一旦降りてもらえるでしょうか」

「はい」


 香奈がその指示に従って、エグリムから降りていく。

 するとエミリーの元にやって来る一人の整備員。彼が英語で報告しているが、それに詳しい美央には理解出来ていた。


「Msエミリー、社長の元にお客様がいらっしゃいます。何でもアーマーローグのパイロットも連れてきて欲しいと」

「神塚さん達を……? 分かりました、すぐに向かいます」


 突然のお客。その人はアーマーローグの事を知っているのだろうか。

 だとしたら矢木とドールの関係者なのかもしれない。


「皆様、お客様があなた方にお会いになりたいそうです。すぐに行きましょう」


 一体誰だろうか? それを答える者は誰もおらず、ただ怪訝に思いながら社長室に赴いた。

 やがてその場所の中に入っていくと、デスクに座る矢木……そして一人の男性が立っていた。綺麗に身に着けている軍服と軍帽が、彼を米軍の軍人である事を物語っている。

 四角い眼鏡を掛けているその顔は、意外にも普通といった感じを思わせる。矢木のように凄みはなく、どちらかと言えば働くサラリーマンと言った所か。


「おお、フェイ。やっと来たか」


 男性のその穏やかな口調が、さらに平凡な容姿に拍車を掛ける。

 そして彼を見たフェイの顔が明るくなった。


「あっ、パパ!」

「パパ? という事は……」

「うん、米軍大佐のウィリス・オルセン。御覧の通り私のパパだよ」


 美央へとそう答えるフェイに、全員が納得したような顔をした。

 どこかのほほんとした感じがフェイにそっくりとも言えなくもない。さすが親子だけあって似ている所もあるようだ。

 その彼が美央達へと頭を下げていく。


「君達がアーマーローグのパイロットだね、話は聞いているよ。そして君が神塚美央君」

「ええ」

「君と神牙の事はアメリカにも伝わっている。『ジャパンに現れた黒いモンスター』とか言われていたな」


 そう笑うウィリスは、本当に大佐なのかと言いたい位に穏やかだった。

 米軍は厳しい人間が多いと聞かされているが、この男はその真逆の立ち位置である。ただ子供相手だから、そういった態度をとっている可能性はなきにしもあらずだが。


 その彼が美央へと向けていく。さっきまでとは一変した真剣な表情を。


「さて、本題に入ろうか。君達は今朝出現した未確認巨大生物は知っているね?」

「ええ、マンハッタンに現れたという……」

「その通りだ、神塚君。来たのは六体で、なおかつ日本に現れた巨大な個体でもなかったそうだ。故に我々は四~五機のアーマーギア部隊で片付けようとしたのだが……」

「……壊滅したのですね」


 その先は、彼が言わなくても分かっていた。

 

「その通りだ。あるメッセージを残して部隊が全滅した。

『奴が全てを吸収している』とな……」

「吸収……前に巨大生物が同族を吸収して巨大化した事と関係が……?」

「………なくはないわ」


 香奈の推測は間違っていないと思う。

 誕生したイジンは研究者などの生物を手当たり次第に吸収し、今の姿を構築したとされている。また香奈が言っているように、一体のイジンが同族を吸収して巨大融合化した事例もある。


 そういった事がアーマーギア部隊に起こったのだろう。全てと言うからには、おぞましい事があったのは想像に難くない。


「その未確認巨大生物達は今どうなっているんです?」

「建築中の巨大ビルにいる。そこには工事用アーマーギアがある為、恐らくはそれを餌をしている事だろう。

 もちろんアーマーギア部隊がそのビルの中に入って掃討を開始しようとしたのだが、帰って来る者は一切いなかった。アーマーギアを捕食する習性を持っている事から、恐らくは喰われたに違いない」


 驚愕の報告に、美央達は絶句するしかなかった。

 そんな時、彼が美央達へと伝える。


「君達は未確認巨大生物……いやイジンのエキスパートだと聞く。あまり気が進まないのだが、このイジン掃討に協力してくれないだろうか? もちろん、報酬は弾むよ」


 協力の要請だった。それはアーマーローグが、対イジン兵器として評価されている事を意味している。

 報酬と聞いて、飛鳥が少しだけ嬉しそうな顔をする。彼は三枝育児院に寄付をしている身――報酬と言われて反応するのは致し方ない。

 一方、評価云々には興味ない美央だが、いずれにせよ答えは決まっていた。そもそもアーマーギア部隊が全滅したという辺りから決まっていた事だ。


「もちろんです。お受けいたします」


 この手でイジンを狩る。それはどの国に行っても変わらない。

 それに出るのだ。強い個体となると戦い甲斐というのが……。父の残した産物をねじ伏せる感触……強敵となりえるだろうその存在と相まって、ますますやる気が出てくる。


 人はこれを『狂っている』と評するだろう。実際は美央は自覚しているし、それが『悪』だと分かっている。

 それでも止める事は出来なかった。


「助かる。マンハッタンまでは遠いから輸送ヘリを手配しておいたよ。すぐに外に出ようか」

「ええ。では社長、私達はこれで」

「ああ」


 矢木に挨拶をした後、社長室から出ていく美央達。

 フェイ達が先に行こうとしていく。美央もまた彼女達の後を追おうとした時、横から声が掛けられた。


「君が例の神塚教授の娘だね?」


 ウィリスだ。振り向くと同情をしているような彼の顔が、視界に大きく映っていた。


「旧知である矢木から話は聞いたよ……。君にとっては辛い事だろうね……。しまいには矢木も、事の終わり次第に出頭すると言い出すしな……」

「…………」


 実は、矢木はイジンが全て滅びたら出頭する気なのだ。自分にも非がある事件なのだから、その落とし前を付けようと思っているのだろう。

 彼は人の上に立つ人間としては、黒くないような気もする。現に全社員の転職先を確保している上に、こうしてイジンを葬る為のアーマーローグを、金に糸目を付けずに開発している。出来過ぎた人間なのだ、彼は。


 これ程にケジメにこだわる理由。それはあの実験をした以上、既に逃げ道がないからだ。全世界を巻き込んだ不祥事を行った者は、例え言い逃れをしようとも破滅する未来が待っている。本当なら彼だって逃げたいのかもしれないが、破滅する時間が先延ばしされるだけである。


 だからこそ矢木は逃げずに、負の遺産に立ち向かおうと思ったのだろう。本当の所は彼に聞かないと分からないが、とりあえずはそんな考えを持っている事だろう。


「……彼がそう言うのなら、そうさせた方が吉ですよ。それに」


 美央が表情を一変させる。無表情から決意を秘めた表情へと。


「辛いと思っている以前に、負の遺産を潰したいと思っていますよ。一日も早く」

「……そうか」


 ウィリスはそう言って、何も話そうとはしなかった。そのまま二人が、黙ったまま廊下を歩いていく。

 美央は思う。今自分が通っている道は、絶対に引き返す事は出来ない修羅の道であると。それでも彼女は前に進んでいく。

 例え、この身が滅びようとも……。

 



 ===




 空輸方法は前の大蛇型イジンのように、コンテナの中にアーマーローグを押し込め、それを輸送ヘリで運ぶ物だった。

 ヘリの中ではパイロットスーツを着た美央達が黙って座っている。フェイが着ているのは米軍用であるらしく、青を基調とした防衛軍のと違って軍らしいカーキグリーン色をしている。

 彼女達は特に話す事もなく、ただ目的地まで到着するのを待っているだけだった。その中で美央がただ惰性的に、窓から風景を眺めていく。


「……!」


 ある高層ビル群が見えてきた。よく見るとその道路に火の手と何らかの残骸が散らばっている。

 残骸に目を凝らすと、それはアーマーギアの腕だった。装甲が剥がれ落ちており、ただ火花を上げている鉄塊――となるとここがマンハッタンだろうか。


「着いたぞ」


 ウィリスのその言葉に、香奈達も窓を覗き込んでいく。

 彼女達の目に飛び込んだのは、あらゆる建物を超える巨大なビル。ただ壁は未完成なのか所々に鉄骨が見えており、またその鉄骨を運ぶ為のアームも存在している。

 

 これが先程言っていた建築中のビルのようだ。そのビルの下には多数の軍事用アーマーギア――バトルマンとスターフレイムが包囲している。それは中の猛獣を一匹たりとも逃がさないかのように……。


 道路へと着地していく輸送ヘリ。中から美央達が現れると同時に、置かれたコンテナが米軍の手によって開けられようとしていく。 

 中から現れてくる機械仕掛けの獣達と日本が誇る鉄人。その姿を見ようと、米軍やアーマーギアが視線を集めていった。


「ビルにはアーマーギア用のエレベーターがある。それを使って昇るといい」


 アーマーローグと戦陣改を誇る美央達へと、ウィリスが告げる。

 彼を見る美央達の瞳には、恐怖も怯えも一切なかった。あるのは、中に潜むイジンを倒そうという強い意志だけだ。


「それで目標を発見した場合、出来ればビルの外へと追い出してくれ。出た所を我々が叩く」

「「「……了解」」」

「……では神塚君達、健闘を祈る」


 敬礼をするウィリス。美央達もまた彼に敬礼を示す。

 そして彼女達が各々の機体へと乗り込んでいく。美央は神牙、香奈はエグリム、飛鳥はアーマイラ、優里は戦陣改、そしてフェイは巨大斧バトルアックスを担いだキングバックへと。


 動き出す機械仕掛けの獣達。その機体を中へと進めるよう、米軍のアーマーギア部隊が道を開ける。

 そして、あの巣の中へと入るだけだ。


「行くわよ、皆」


 神牙を先頭にし、走っていく。

 これから待っているのは……鬼か蛇か。

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