第三十四話 融合体

 ビルの中は薄暗かった。 

 作りかけ途中の壁からはほのかな光を発している。また鉄骨が丸見えになっており、まるで人体の骨格の中を歩いているような錯覚に陥る。


 空間には巨大な人型があった。このビルを建造していた工事用アーマギアらしいが、その姿はフレームだけとなっている。まるで貪られた姿だが、誰がやったのは明白でもある。

 さらに床に散乱している工具や鉄骨と言った機材。その機材が、突然三本爪を持つ脚によって踏み潰されていく。

 神牙である。その機体の背後にはエグリム他三機が付いている。全機がカメラアイを怪しく光らせながら、そのビルの中を見回す。


「……ここにはいなそうね」


 神牙に乗っている美央。彼女が目を落としているレーダーには六つの反応が出ているが、今いる場所は反応の主はいない。

 となるとエレベーターで上に行くしかないだろう。ちょうど彼女達の目の前に、アーマーギア用のエレベーターが見えてくる。エレベーターの床に上と下を示す二つの巨大スイッチがあり、それをアーマーギアの脚で押せば昇降出来る仕組みだ。


 まず上に行く為に、脚で踏む神牙。やがて五機を乗せたエレベーターがゆっくりと昇っていく。軽いアルファ鉱石を使っているとは言え、五機のロボットを乗せたまま昇るエレベーターに美央は少しだけ感心するのだった。


『一つ言いたい事がある』


 昇っている最中、優里が静かに告げるのだった。


『ここでは火器の使用を禁ずる事にする。建造途中のビルで発砲したら崩壊してもおかしくはない。なるべく近接武器で応戦するぞ』

「分かったわ。まぁ、となるとレーザーブレスはお預けかもね」


 こんな所でレーザーブレスなんて放ったらどんな事が起こるのか――馬鹿でも分かるはずである。

 とにかく火器は自重する事になって肉弾戦を強いられる美央達。最もアーマーローグはそういった戦闘に適したフォルムをしているので無問題だが、逆に戦陣改はクロードリルを除けば火器しかない。


 だが優里は防衛軍で優秀なヤングエリートでもある。その辺は心配いらないだろうと美央が考えた時、エレベーターが停止した。

 見る限り二階か。ここにもイジンの姿が見当たらないので、次の階へと昇っていく。そこにもいないと分かった以上、無駄な捜索はする必要はないのだ。

 三階へと着く。ここにもなかったので四階へと昇っていくと、美央はある事に気付いた。


「……四階か……」


 反応との距離が近くなっているのが分かってきた。どうやら四階にいるようである。


「……皆」

『ええ、こちらも確認しました』

『ちゃちゃっと終わらせますか』


 返事する香奈。その後、フェイの操るキングバックが背中のバトルアックスを携えた。

 キングバックよりも一回り大きく、なおかつ前例のない質量兵器。手に取ると折り畳んであった刃が展開され、一体のアーマーギアを破壊出来る程の大きさへと変わっていった。

 これもまた対イジン兵器であり、斧の破壊力で身体を泣き別れにする事が出来るらしい。その武器に各機体が興味津々に見ていた直後、エレベーターが停止をする。


 そして、美央達は見た。


「……これは……」


 広い空間を陣取る、異形の存在達。

 天井にぶら下がっている五体の白い影。まるでコウモリを思わせるようなその異形は、紛れもなくイジン兵士級だった。

 二体程が、腹の口を動かしている。その鋭い牙によって咀嚼されているのは、詰め込まれた複数の人間だった。

 上半身を出している者。下半身を出している者。どちらも血まみれの死体であり、動く事はしない。ただイジンの餌として腹の口へと消えていくだけだった。


 赤い血が垂れていく、陰惨な光景。しかし美央達が見ているのは、空間の中央に位置する存在だった。

 その姿は名状し難く、そしておぞましい。それしか表現出来ず、ただ美央達は呆然とした瞳でその存在を見つめる。


 それもイジンだった。イジンなのは間違いないのだが、その体表は青い装甲に包まれている。隙間から白い皮膚を露わにしているが、そこから機関銃とミサイル、そしてクローをハリネズミのように生やしている。

 どう見てもアーマーギア――それもスターフレイムとバトルマンの部品である。両腕と両足もまた装甲と武器が雑に付けられており、二本足のはずなのに無数あるような錯覚に陥る。


 そして頭部はひび割れたスターフレイムの頭部を被っており、どこか不気味さがあった。


「……ア゛アアア……ア゛アアアアア……」


 その個体は美央達が来ても無反応だった。ただ寒気する程の唸り声を上げながら、身体中から触手を伸ばしている。

 あの触手の先にあるのは、周囲に散乱しているアーマーギアの残骸だった。触手の先端が口のようになっており、それで装甲をしゃぶり尽くし、果ては武器を身体中に取り付けていく。


 それは犠牲者の骨を身体中に纏うような、見るのも阻まれる姿。だがその同化行為に対し、美央は酷く冷静だった。

 この個体はもしかすると……


「アーマーギアと融合している……?」

『……融合?』


 飛鳥が聞いてくる。

 この通信が何らかの方法でイジンに聞かれる可能性もある。美央はなるべく声を小さくして、皆にその意味を告げる。


「アーマーギアの装甲はアルファ鉱石を使っていて、イジンはそのアルファ鉱石に寄生していた細胞が変異した物。なら捕食じゃなくて同化するのは理にかなっているはずだわ」

『……だとするならば、アーマーギアの武装も……』


 優里が言いかけた、その時である。

 うなだれていたイジンの頭部が突如として持ち上がった。スターフレイム最大の特徴であるモノアイカメラが、ジッと神牙や他の機体を見つめてくる。

 その時、美央は見た。モノアイの中にあるカメラが、ズームするように少し動いた事に。


「来るぞ……」


 美央の重い言葉がコックピットに響く。


「キャアアアアアアアア!!」


 響き渡る、融合体イジンの叫び。

 直後として、イジンが天井から落下。それらがコンクリートへと着地すると、赤い瞳でアーマーローグ部隊を睨み付ける。

 そして襲い掛かって来た。まるで融合体イジンを護衛するように。


『気を付けろ!!』

『じゃあ、私から行くよ!!』


 優里とフェイの声。するとフェイが駆るキングバックが、ナックルウォークでイジンに向かう。

 一体へと振りかぶられていくバトルアックス。大質量の武器の前では、イジンの身体が吹っ飛ばされ、血しぶきを上げる。

 キングバックの横から飛び掛かる二体目。そこに戦陣改がクロードリルを回転させ、身体を貫通。続けてキングバックがバトルアックスを大きく振るっていき、三体目と四体目を泣き別れ。


 これまでになかった、超攻撃力を持つアーマーローグ。その圧倒的な性能は、かの美央でも呆然とさせてしまう程だ。

 刹那、神牙の元に五体目へと向かってくる。黒き獣は尻尾を振りかぶり、イジンを殴打。転がっていった所を跳躍し、頭部を踏み付けた。


 血を噴出させる頭部。身体がピクピクと痙攣する様は、頭部をもがれても動く昆虫を思わせる。それに嫌悪感を感じながらも、視線を変える美央。


「ア゛アアアアア……!!」


 アーマードギアと融合したイジン。その身体が小刻みに震えていき、倒れる。重たい武装と装甲がある故に、床が少しだけ揺れ出していく。

 身構えるアーマーローグ部隊。その時、一本の触手が急速に向かってきた。


『散開……!』


 優里の叫びに、全機体が散り散りに分かれる。

 直後、触手が鉄骨へと貫通。だがすぐに引っこ抜かれて戦陣改へと向かっていくが、その戦陣改が回転させたクロードリルで叩き落とした。


 バラバラになりながらも地面に落ち、そして独りでに蠢めく。触手を破壊されたイジンは怒りの咆哮を上げ、何と這いつくばりながら突進してきた。

 狙い先はアーマイラだ。アーマイラは昆虫を思わせる華奢な両腕で、ボロボロになったスターフレイムの頭部を鷲掴み――その突進を食い止めた。

 武器や装甲やらで鈍重になったイジンを止めるのは造作もなかったのだ。


「飛鳥、サブアーム!!」

『わあってるよ!!』


 美央へと返事した直後、両腕が二つずつ分かれていった。

 計六本脚の、まさに昆虫に相応しい姿。そのサブアームがイジンの首元に突き刺し、放電を浴びせる。

 頭部にメインアームが掴んでいるが、絶縁体を施してあるので逆流する恐れはない。首筋から火花と煙、そして血を飛び散らせていく。


「ア゛アアアアアアアアア!!」


 絶叫を上げたイジンによる振り払い。強大な力に投げ飛ばされたアーマイラのボディが、鉄骨へと叩き付けられる。

 自己進化。既にイジンは変異級になっており、放電への耐性を獲得していたのだ。


「飛鳥!!」

『大声出すな! 問題ね……』


 飛鳥が返事したその瞬間だった。

 イジンに取り込まれているバトルマンのミサイルポッド。そこから二発のミサイルが発射された。


 後部から糸を引かせ、燃え上がる火が暗い建物内を照らす。向かって来る爆弾にアーマイラは慌てながらも回避――ミサイルは鉄骨へと着弾した。


 爆発によって転ぶアーマイラ。美央が助けようと神牙を動かそうとした時、イジンの脇にある機関銃が火を噴く。

 神牙の足元に着弾。美央はひとまず後退し、鉄骨の壁へと退避。見ると戦陣改もエグリムも、そしてアーマイラも同じように隠れていた。


『イジンが火器を使うなんて……』

『それ程に進化しているという事だ』

『チッ……しゃらくせぇ……』


 香奈の言葉を皮切りに、優里と飛鳥が口にしていく。

 そんな中で美央は冷静に考えていた。イジンが使える訳ないだろう火器が発射されていく――つまり何らかの方法で火器管制システムを掌握したという訳だ。


 電気信号を読み取るギアインターフェイスに関連があるのか、あるいは別の方法でやったのか。今の所分からないが、いずれにしてもこの個体は厄介この上ない。


 もしこういった個体が次々と現れてしまったら……。


「ギャアアアアアアア!!」


 咆哮が響き渡る。直後に神牙へと向かってくるイジン。

 火器を携えながら這いずる化け物に、神牙はまず鉄骨から離れる。イジンが鉄骨へと激突した隙に、神牙は咆哮を上げながら接近。


 攻撃を察知したイジンから伸ばされる触手。それが神牙の腕へと突き刺さっていくも、神牙はそれを片腕で引っこ抜く。

 轟く黒い獣の無機質な唸り声。その獣を思わせる脚で、イジンの胴体を蹴り飛ばした。


 呻き声を上げるイジン……だったが、美央が目論んでいた吹っ飛ばしはやはり出来なかった。武器や装甲やらでイジンの重量が増しており、外に追い出す事は出来なかったのである。


 忌々しく舌打ちをする美央。刹那、イジンの尻尾が神牙へと叩き付けていく。


「グッ!!」


 吹っ飛ばされる神牙。それでも体勢を立て直し、青いカメラアイで睨み付けていく。だが攻撃は出来なかった。

 イジンから次々と発砲されるアーマーギアの火器。滑腔砲、機関銃、ソードライフル、そしてミサイル。多種多様で威力が異なる文明の利器が、今美央達へと牙を剝いていく。


 鉄骨が、壁が、ケーブルが破壊されていく。爆発によって神牙や他四機が吹っ飛ばされるも、銃弾やミサイルは無茶苦茶に放っている為かほとんど当たらない。

 だが問題はそこではなかった。


『ビルが崩れる!!』


 優里の言葉通り。ビルが激しく揺れ出し、天井が落ちてくる。

 アメリカのビルは耐震設計をなされていない為か日本よりは頑丈ではない。しかもこの中で火器を扱ったとなれば崩れるのは必至である。


 落下する天井が融合体イジンを下敷きにしてしまう。火器の嵐は止んだがビルの崩壊は阻止出来ない。

 ならば一つしかない。


「飛び降りるわよ!!」

『飛び降りる!?』

 

 ここは四階で地上から離れている。香奈は驚くのは無理ない。

 それでもやるしかないのだ。ここで潰される前に。


「死ぬよりマシ!! 走れ!!」


 走り出す神牙。他四機も、崩壊に巻き込まれないと後を付いて行く。

 目の前にある壁の穴へと跳躍。直後に戦場だった場所が崩れ去り、傾き始めるビル。


 落下する機械仕掛けの獣達。その間に神牙はアーマイラを捕まえ、もう片腕と尻尾で壁に引っ掛ける。それにより落下スピードを殺していった。

 キングバックはボディを丸め、対ショック姿勢をとる。そして飛行能力があるエグリムと戦陣改がブースターを吹かせる。


 各々のやり方で落下死しないよう地上に着地。一方頭上では、ビルがゆっくりとそして軋み音を上げながら神牙とは反対方向に倒れていく。

 スローモーションの出来事はこういう事か。ビルが完全に倒れるまで、外に待機していた米軍のアーマーギア部隊が逃げ惑う。


 そして、それはただの瓦礫と化していった。

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