第十話 アーマーギアの授業

「光咲さん! ちゃんと帰ってきてね!!」

「お土産買ってきてねぇ!!」


 司令との話し合いの後、香奈が優里とも外に出ようとしていた。

 軍服を着ている優里と違って、香奈は謹慎処分を喰らったので私服姿である。その彼女に先輩の女性軍人達が見送ってくれた。

 にこやかに手を振る香奈。そこに優里が尋ねてきた。


「光咲、聞き忘れていた事があるのだが、エグリムに乗ってた時の感想はどうだったのだ?」

「……そうですねぇ……」


 思い出すように顔を上に向ける。

 昨日のイジン襲撃が脳裏に浮かび上がってきた。そこで感じたエグリムへの驚愕。

 あれは、あの性能の感覚は、戦陣と比べようがなかった。


「……何かロボットらしくない柔軟な動きをしていましたね。まるで生身の動物が鎧を着ているような……そんな感じで……」

「……恐らく細身のフレームを使っているのかもしれないな。消耗が激しい代わりにある程度人間的な動きが出来るらしいし……。まぁ、詳しい事は神塚が答えてくれるだろう」

「ですね……」

「では神塚についてはどう思う?」

「えっ? まぁ、ちょっと胡散臭いですけど……悪い人じゃあ……」

「違う違う、彼女の実力についてだ」


 プラプラと手を振る優里。

 香奈が「あっ、すいません」と申し訳なさそうに頭を下げた。


「自分が見てきたどのアーマーギア乗りよりもはるかに強いと思います。神牙の性能の影響だって言えばそれまでですけど、そのピーキーそうな機体を操るなんてただ者ではないと思います」

「それは私も同意見だ。川北司令も彼女の技量を認めている」


 防衛軍の軍人でもない彼女がそれ程に強いのは、余程アーマーギアの訓練をしていたに違いない。

 問題は何故そこまでして強くなったか。美央自身は「関係者が生み出したイジンへのケジメ」と言っていたが、本当にそれだけだろうか?


 それにあの神牙という機体。もう少し調べる必要もあるかもしれない。


「行きましょうか、黒瀬二尉」

「ああ。だがそれよりも家族が先だろう。こういう謹慎の時は会った方がいい」

「……そうですね。もしよかったら……」

「ああ、家族に会う位なら司令に許してくれるだろう。行くぞ」


 黒瀬優里が真面目な軍人だという噂を聞いていたが、どうやら実際は違ったようだ。

 二人が防衛軍基地から出ていく。向かっていく先は、まず香奈の家族がいる地方。

 その次は、彼女達だけしか知らなかった。




 ===




 未確認巨大生物が襲撃してくる世の中でも、人は活動し続ける。

 主に海岸近くで殲滅されやすいからか、内陸の人達は「自分達は大丈夫だろう」と自己完結をしている。そういう時に限って来るものだが、彼らは全く更生しようともしない。

 この東京のある地区も、また例外ではない。


「えー、じゃあアーマーギアの事について説明をしようか」


 多数の優秀な生徒が通っている名門――大都高等学校。

 二年C組の教室では、男性教師による歴史の授業が始まっている。その中で、美央はただ教科書に目を通していた。


 ページに映っているのは、宇宙服とその周りに装着されている大型の機械。おおよそ手足の長い人型をしており、重機を思わせる意匠が施されている。そしてカラーリングは灰色。

 

「ページに映っているのは、アメリカの大企業『AOSコーポレーション』が2037年に開発したパワードスーツ――『アーマー』だ。これで月の開拓調査を行った所、ある未知の鉱石が見つかった。それがアルファ鉱石だ」


 その辺は美央も知っている。

 AOSコーポレーションとは今なお存在している、アメリカの巨大複合企業である。日用品、機械、果ては兵器とあらゆる商品を開発しており、巨額な利益を得ているらしい。


「アルファというのは、宇宙で初めて発見された鉱石という由来からだ。さて、そのアルファ鉱石はどの金属よりも軽くて丈夫という特徴があった事から、AOSコーポレーションはこの鉱石とアーマーを元に画期的な製品を造ろうとした。

 それが2038年に開発された人型機械――アーマーギアだ。という訳で神塚」

「はい?」

「何故その大型機械を人型にしたのか答えてみなさい」


 教科書を惰性的に読んでいた所、教師に指名される。

 美央はどう答えればいいのかと一瞬考えた後、席から立ち上がった。


「えーと、パワードスーツのアーマーにはギアインターフェイスという装置を試験的に組み込んでいました。月での調査でそれの汎用性が証明されたので、人型の機械が出来上がったと思います。

 後、装甲にはアルファ鉱石を使っています。その軽い性質のおかげで、八メートルの大きさにしても稼働に支障が出なかったと……」

「その通り。それらの要素が重なったので、今までにありえなかった人型機械が出来たという訳だ。お見事だ、神塚」


 とりあえず正解だったので、席に座っていく。

 人間の電気信号を受け取り、人間的な動作をするギアインターフェイス。そのシステムも、AOSコーポレーションがパワードスーツを扱う為に開発した代物だ。

 これにより、アーマーギアを滑らかな動作にさせる事に実現。さらに強固で軽いアルファ鉱石製の装甲のおかげで、八メートの大きさにしても重量はほぼ装甲車と変わらない物となった。


 ヘリで戦陣を運べるのも、それのおかげなのだ。


「当初、アーマーギアは工事や建築などが仕様だったが、その汎用性から次第に兵器として扱われるようになった。日本の戦陣がそうだし、アメリカの『バトルマン』『スターフレイム』がそれだ。さらにはあらゆるアーマーギアが、発展途上国で紛争に使われてしまっている。

 まぁ、未確認巨大生物退治には貢献しているがな」


 世界各地では、アーマーギアによる紛争やテロが頻繁に起こっている。三年前アメリカで起こったアーマーギアを使ったテロは記憶に新しいし、時折ニュースでも某国におけるアーマーギア同士の紛争が報道されている。

 果てはアーマーギアを使った戦争が起きるのではないかと言われる始末だ。こういった事態を予測しているのかしていないのか、日本では戦陣を初めとした戦闘用アーマーギアが配備されているのだ。


「先生、あの怪獣のようなアーマーギアは何なんでしょうか?」


 ある男子生徒が質問をした。

 アーマーギアが大好きなオタクらしいが、あまり美央と関わった事がない。


「それは先生も分からん。今話題になっているのは確かだが、誰が乗っているのかすらも不明だからな。まぁ案外、ゴツい男が乗っているかもしれんが」


 ドッと教室に笑いが込み上げる。

 美央も思わず笑いこらえてしまう。あの怪獣型――神牙を乗っている張本人だが、そんな推測をされたら怒るよりも先に笑ってしまう。


 キーコーンカーン。


 その時、授業終了のチャイムが鳴り出す。それに気付いた教師が教科書をまとめていった。


「よし、今日はここまで。この辺は七月のテストに出るから、ちゃんと覚えておくんだぞ」


 生徒達の礼をもって終わる授業。

 教科書をしまった美央が携帯端末を取り出していく。まずワンセグを開き、あらかじめ録画していたニュースを見た。


 神牙に乗る前からこうしてイジンの情報を収集している。さらにイジンの動きを見て、神牙をどう動かせば勝てるのかと分析をしているのだ。

 ただ今回はイジン関連はなく、ある機体について議論が交わされていた。神牙関連だ。


 防衛軍の方は言わずもがなだが、マスコミは一切その素性を分かっていない。防衛軍が秘密しているのかもしれないが、それはそれで助かる。


『怪獣型アーマーギアの正体は、やはりテロ組織の新兵器でしょうか?』

『どうでしょう? 未だ未確認巨大生物にしか攻撃していないようですし、そもそも何が目的なのか判明していませんからね。ただ何者かによるテストという事は間違いないでしょう』

 

 やはりというべきか的外れな議論である。テストは十分にやったし、テロ組織がこんなピーキーな機体を操るはずがない。

 これから先、彼らは知らないだろう。というより知らなくてもいい。自分の目的なんて案外しょぼい――そう美央は思っている。


「あの……神塚先輩……!」

「ん?」


 急に声が掛けられる。振り向くと一年生と思われる女子生徒二人が立っていた。

 その一人の手には、ピンク色のリボンでラッピングした袋が握られている。それを美央へと差し出してきた。


「これ、家庭科部で作ったクッキーです! よかったらどうぞ!」


 緊張からか顔を赤くしている。

 神塚美央はこの大都高校においては、五本指に並ぶ人気者である。女らしい華やかさがありながらも凛とした所が、男女問わず惹かれるのだ。


 こういうプレゼントをもらうのは今日で初めてではない。


「ありがとう。頂くわ」

「はい! どうぞ食べてみて下さい!」


 女子生徒に促されたので、早速クッキーを一口した。

 口に広がる素朴な甘さ。それがまた美央に感激を与えた。


「うん! 美味いわ」

「本当ですか!?」

「本当本当。これならいいお嫁さんになれるわよ」


 美央の手が、女子生徒二人の頭を撫でていく。

 二人の顔が蕩けていき、今にも倒れそうになってしまう。一方、美央はただ普通に喜んでいるだけだと受け取ったのだが。

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