第十八話 総攻撃
『京都基地より通達。大蛇型の未確認巨大生物はアーマーギア工場を襲撃。アーマーギアや民間人が捕食されている模様』
軍用ヘリの中で、酷く冷静な無線が響き渡る。
今、美央達はそのヘリの中にいる。皆にして専用のパイロットスーツを着ており(飛鳥のは美央の予備を貸した)、ただ京都に着くのを待っているだけだ。
指ぬきグローブをちゃんと付けたのか確認をする美央。それから窓へとおもむろに覗いていくと、多数のヘリに空輸されたコンテナが見えてきた。
万が一地上に落下した場合に備えて、ヘリの集団は人口密集地から離れた海岸近くの上を飛んでいる。それでもし神牙が落ちた場合、賠償金がもらえるだろうかと美央は変な事を思っていた。
「……優里」
「何だ?」
近くに座っている優里へと声を掛ける。
ちょっとした質問だが、聞いてみたいとは思っていた。
「私達……というかアーマーローグって必要ってされているのかしら?」
「もちろん必要とされている。何せ化け物を倒す事が出来る化け物だからな。興味が湧かないはずがない」
「化け物ねぇ……」
言い方が酷いが、とにかくイジン対策に呼び出されるという事だけは分かった。
――それでいい。それで望みが叶えられる。イジンを一匹残らず殺すという望みが。
『支部基地より通達。未確認巨大生物は工場を囲むように休眠。繰り返す、工場を囲むように休眠』
新しい情報が入ってきた。どうやらイジンが活動を停止したようである。
イジンが休眠するのは聞いた事はないが、あれでも一応生物である。腹いっぱいになって寝てしまったという事か。
――三十分近くが経った。
窓の景色が一変していく。まず目に入るのは木造の家々、そして屋根瓦を持った高い寺と、『和』を体現した古きよき都の光景。そう、京都に着いたのだ。
ヘリが古き都を通り過ぎていく。そうして着いた先にあったのは、白い表面に覆われた長い物体だった。
「あれが……」
香奈が言わなくても、美央や優里達には分かっていた。
あれが大蛇型の変異級イジンのようだ。頭部は隠れて見えないが、その長い身体と埋め込まれた魚介類の成れの果てが、あのニュースで見た個体だと暗に示している。
無線の言う通り今は丸まって寝ているようだ。一方でイジンに取り込まれた生物が未だに蠢いており、行動を共有していない事を意味している。
なお大蛇型イジンの周りにある道路。そこには多数の戦陣と軍用車、テント、そして防衛軍軍人が集まっていた。
恐らく彼らは攻撃の機会を待っている事だろう。虎視眈々とイジンを抹殺する為に……。
「着陸を開始します。揺れますので気を付けて下さい」
軍用ヘリの操縦士が言った途端、ヘリがガクンと揺れ出していく。
軍人達が集まった道路へとゆっくりと降下し、着陸していく。ヘリがもたらす突風の中で美央達が次々と降りていくと、一人の人物が立ち塞がった。
「貴様達か。例の化け物型ロボットを操縦しているってのは」
岩を人の形に留めたような、大柄な男性。
頬に古い傷が一筋刻まれている。そして猛禽類のような鋭い目つきが、少年少女の美央達を容赦なく睨み付けていく。
香奈が少し戸惑っていたが、逆に美央は至って涼しい顔をしていた。
「今回の作戦を仕切る事になった
「私です」
平然としながら自分を示す美央。
岸田の鋭い目が彼女へと向けられていく。そして「フン……」とつまらそうな鼻を鳴らしていった。
「報告通り年端もいかない女だな。操縦技術も高いと聞く。だがな、軍人でもない貴様が巨大生物討伐など片腹痛い」
「そう思っても構いませんよ。私は好き勝手にやっているまでですので」
美央もまた、岸田へと鋭い眼差しを向けていく。
別に彼女は何とも思っていないのだ。軍人から何を言われようとも、ただイジン殲滅の為に動くまでである。
「ますます気に入らんな。とにかく俺がいる限り勝手な行動は許さんし、俺の言う通りに動くんだ。分かったな?」
「はい、了解です」
皮肉の意味も込めて、軽く敬礼のポーズをとる美央。
その途端、優里が岸田へと敬礼しつつ尋ねた。
「東京基地の黒瀬二尉であります。未確認巨大生物の様子はどうなっていますか?」
「貴様が噂のヤングエリートか、まぁよい。確かイジンと言うらしいが、ここでは未確認巨大生物とする。
見ての通り未確認巨大生物は工場を囲んでひと眠りだ」
「中に生存者は?」
「幸い休眠中には人間に反応しなかったのか、偵察部隊が侵入している。彼らが生存者と共に帰ってきたら即刻攻撃を開始する」
たらふく喰っているからか、もう人間には興味がないからか。いずれにせよ好都合な展開である。
美央は一旦香奈達から離れていき、コンテナへと向かっていく。軍人達によって開けられたコンテナからは、美央専用機である神牙が姿を現した。
コンテナを神牙から外そうとする作業を、美央はただ無表情で見上げていく。この機体には大した感情は持っていないが、どうしてもイジン殲滅には必要な存在である。
相棒というよりは、地獄への道連れ要員とも言うべきか。
「岸田一佐!! 工場で生き残っていた民間人の救出、完了いたしました!!」
大声が張り上げられる。振り向くと岸田の元に一人の男性軍人がやって来て、報告をしていたのだ。
「よし分かった!! では未確認巨大生物を囲んで『対AG爆弾』を設置する!! 戦陣隊、掛かれ!!」
この場で岸田の命令が轟く。
多数の戦陣が両脚のキャタピラを使って大蛇型イジンへと接近。ほとんどはイジンから少し離れた所で停止したが、数機だけはその表面に取り付いた。
よく見ると接近した戦陣の両腕が射撃武器ではなく、人間の手のようなマニピュレーターになっていた。そのマニピュレーターが握っている六角形をした黒い物体を、イジンの甲殻と甲殻の薄い隙間へと設置していく。
「対AG爆弾……確かに効果あるかも」
美央はその兵器をよく知っている。文字通り
どうもアルファ鉱石を使用した装甲を破壊する威力があるらしい。あらゆる金属よりも強固なそれを破れるのなら、もしかしたらイジンの甲殻も何とかなるのかもしれない。
それに甲殻の隙間に設置するので、内部にもダメージが与えられるはずだ。
「さてアーマーローグのパイロットよ、貴様達も配置に付け!! 場所は各々の好きでいい!!」
「はっ、了解です」
優里が返事した後、香奈達が各々の機体へと乗り込む。
美央もまた神牙へと乗り込んでいき、両手両足にギアインターフェイスを装着――黒き鋼の獣をゆっくりと立たせた。
「神牙、神塚美央、出撃する」
大蛇型イジンに向かって、道路を走る神牙と三機のロボット。
途中、道路の小脇に歩いている六人を目撃する美央。六人のうち三人は防衛軍軍人で、残りは頭に血を被って服がボロボロになっている。
どうやら偵察部隊と生存者のようだ。一瞬だったのではっきりはしなかったが、生存者が茫然自失とした表情をしているようにも見えた。
おぞましい光景を目にしてしまったのだろう。それこそ一生トラウマとして刻み込まれる光景を。
「! あれか……」
大蛇型イジンへと接近すると、胴体に隠れた頭部が見えてきた。
休眠の証か、濁るように光っていた赤い瞳が消えている。生物なら普通するだろう呼吸は全く見受けられないが、ごくたまに大きな口を少し動かしている。その頭部にも、対AG爆弾を設置されていった。
「……ん?」
気のせいだっただろうか。甲殻の隙間から見える皮膚が、一瞬動いたような気がした。
それも動いたのではなく、まるで中から何かが突き破ろうとする感じである。ただその動きがほんの一瞬だったので、美央は見間違いと片付ける事にした。
「香奈達、頭部に密集してくれ」
メンバーだけにしかオープンしていない回線を開く。
美央の指示に最初に答えたのが、優里だった。
『頭部にか?』
「ああ、イジンと言っても所詮は生物。頭をなくせば大抵は死ぬ。そこを集中攻撃を掛ける」
『……了解。光咲、流郷、聞いた通りだ』
『了解』
『うっす……』
エグリム、アーマイラ、そして戦陣改が神牙の元へと集まる。
やがて爆弾の設置が完了したのか、爆弾設置部隊が遠く離れた。イジンの表面には大量の爆弾が取り付けられており、さながら動物の皮膚に留まる虫を思わせる。
『対AG爆弾。設置完了』
『よし! 作戦開始のカウントダウンを開始する! 十! 九! 八!』
岸田のカウントダウンが、コックピット中に響き渡る。
あまりにもうるさかったので美央が嫌そうにしている間にも、時間が刻々と迫っていく。そして……
『三! 二! 一! 点火!!』
刹那、対AG爆弾から閃光が放たれる。
閃光の中で弾ける火薬が、強大な爆発となって拡散。瞬く間に、イジンの周りが爆炎と熱風に覆われていく。
「ア゛アアアアアアア!!」
黒煙の中で響き渡る、赤子じみた悲鳴。
さらに緑色の体液が中から現れ、家々や戦陣へと付着する。特に害がないのだが、嫌悪感から避けようとする戦陣の姿もある。
だがその戦陣が一瞬で浮き始めた。黒煙の中から現れた大蛇型イジンが、その機体を
『ギャアアアア!! 助け……』
助けを求める声が聞こえた時、戦陣が口の中へと消えていった。そこからさらに焦げ茶の破片が零れ、落ちていく。
甲殻の隙間から少しの血を垂れ流しながら、アーマーローグとアーマーギアを睨んでいくイジン。それはこんな仕打ちをした人間達への、憎悪の証。
そして人間達がやる事は、たった一つ。
『撃てえええええ!!』
岸田ではない誰かの叫び声と共に、戦陣部隊が発砲を開始した。
頭部や身体、尻尾へと砲撃の雨が降っていく。爆弾であらかじめ傷付けられた甲殻は少しひしゃげており、その間から見える皮膚へと着弾されていく。
効果は抜群のようだ。血が溢れ出て、苦痛を上げるイジン。その個体が戦陣部隊を喰らおうと首を動かしていくも、部隊が瞬時に後退。
その頭部へと加える、アーマーローグや戦陣改の砲撃。神牙の胸部徹甲弾砲と腰部榴弾砲、エグリムの頭部マシンキャノン、戦陣改のガトリングガン、そしてアーマイラのミサイル。多種多様な武器が頭部に着弾し、イジンの顔面の原型を崩れさせる。
硝煙と火薬が飛び散るこの戦場にて、ズタズタに引き裂かされていくイジンの身体。やがてその動きが徐々に弱まっていき、長い首を地面に叩き付けた。
『射撃やめ!!』
岸田の掛け声に、全アーマーギアが射撃をやめる。
しばらく硝煙が舞っており、全貌が確認出来ない。それが徐々に消えていくと、イジンの姿が見えてきた。
奴は――動いてなかった。ただ身体中から血を垂れ流し、崩れた異形の顔を晒すだけ。さらには目玉が取れ、筋を伸ばしながら地面に転がっている。
そう、死んだのだ。それも巨体に反して、呆気なく。
『……カタを付けたな』
岸田の冷静な声と戦陣部隊の安堵した声。美央の耳の元に、それらのざわめきが聞こえてきた。
だが美央は彼らと違って、その険しい表情を崩す事はしなかった。彼女は未だ納得をしていない……というより、イジンが本当に死んだのか怪しく感じる始末である。
おかしいのだ――何もかもが。
「……!?」
突如として、予期もしない事が目の前に起こった。
何の前触れもなく蠢く、大蛇型のイジンの身体。まるで中から押し出すような光景が、ある種の生理的嫌悪を生み出した。
身体が突き破られ、流れ出ていく大量の血。思わず後ずさる神牙の中で、美央は見たのだ。
身体の中でもがく、無数の怪物の姿を。
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