第十九話 群体との戦争
大蛇型イジンの腹から、無数の産声が聞こえてくる。
もっとも生まれたのは無垢な赤ん坊ではない。緑色の血液を染まりながらも奇声を上げる、おぞましい異形だった。
「ギャアアアアアアアアア!!」
無数のイジンが腕を伸ばしながら這い出ようとしている。
まるで血まみれの人間が助けを乞うようにも見えるその姿は、さすがの美央でも動揺してしまう。
それは周りの戦陣部隊も同じか、少し一歩下がっていった。
『今のうちに攻撃しろ!! 身体から出る前に!!』
岸田の声にハッとするかのように、滑腔砲やガトリングガンを向ける戦陣部隊。だがその直後、イジンが次々と身体から姿を現した。
顔は大蛇型と同じく、顎に感情のこもっていない赤い瞳を複数持っている。手足は非常に長く、特に三本指が刃物のように鋭く長い爪に変化していた。
身体は基本個体である兵士級とは異なり、まるで棒のように細い。細長い手足と相まって、まるで昆虫のナナフシのような印象を受ける。
その数は計り知れない。砲撃しようとする戦陣部隊へと、異形の軍勢が襲い掛かっていく。
『ぐあああ!? は、離れろ!! 離れろおおお!!』
『死ねえええ!!』
『くそっ!』
銃弾、悲鳴、爆発。あらゆる音がこの戦場を奏でていく。
その中で数多のイジンを相手にする神牙。まず迫って来る一体を、その鋭い鉤爪で掻っ切る。
イジンの首がもがれた後、背後にもう一体。対し神牙は尻尾で叩き付け、家々の中へと吹っ飛ばす。
崩壊する木造の家。その中に埋もれるイジン。
「キュオオオオオオオオンン!!」
咆哮をしながらイジンへと跳躍する神牙。イジンが起き上がろうとする前に、頭部を脚で踏みつけた。
破裂するイジンを目もくれず、次の獲物へと挑む美央。今度は尻尾を前に出し、襲い掛かってきた個体へと叩き潰す。
その時に二時方向から迫ってくる別個体。神牙は首根っこを掴んだ直後、丸みを帯びた肩へと引き寄せていく。
イジンが爪で何度も腕を突き刺しても、お構いなしにだ。
「喰らえ」
美央の残忍な笑みと共に、肩装甲が開く。
中から現れたのは、収納された数本の黒い杭だった。杭がイジンの頭部へと射出――顔面を串刺しにする。
非常時に搭載されていた『貫通杭弾』。この時に初めて使った物だが、その威力は凄まじい物である。
一瞬驚きながらも、美央は素晴らしいとばかりに笑みを浮かべる。だが内臓武器の威力に感嘆している場合ではなかった。
「皆、大丈夫か!?」
『何とかな……!』
優里の駆る戦陣改がクロードリルを突き出し、イジンの身体を粉砕する。その後もガトリングガンで敵を蹴散らしていく。
エグリムも華麗なホバー移動をしながら、クリーブトンファーで掻っ切った。アーマイラも同様で、放電機能を備えた鉤爪で敵を捕縛――電流を流し込む。
どうやら援護する心配はなさそうだ。ならば自分の目の前にいる敵を狩るだけ。
「……!」
モニターに戦陣を捕食しているイジンが映っている。その一体の身体が突如として膨れ上がっていった。
お得意の自己進化が始まろうとしているようである。ならば進化する前に片付けようと、神牙の尻尾を伸ばしていく美央。
だが簡単にはいかなかった。それに気付いたイジンに跳躍回避をとられてしまったのだ。なおかつ神牙を踏み潰そうと迫ってくるも、これを蹴りで対応する神牙。
吹っ飛ばれ、道路に転げるイジン。普通なら踏まれずに安堵をする所だが、美央は逆に憎々しげに舌打ちをする。
「なってしまったか……」
立ち上がるそのイジンが、既に変異を遂げていたのだ。
強固な甲殻と鋭くなった頭部、そして光に反射する鎌を両手に持っている。全体的な印象から昆虫のカマキリを彷彿させる。
早くトドメを刺そう。そう考えた美央が神牙を走らせる。
そんな美央の考えに反して、変異級イジンが跳んだ。最初から相手にしていないと言いたげに、さらなる獲物を見出していく。
その獲物とは、何とエグリムとアーマイラだった。
「しまっ……香奈、飛鳥!! そっちにイジンが行った!!」
===
香奈と飛鳥は、互いの機体を背中合わせにしたまま戦っていた。
どちらも高機動を重視した機体であり、文字通り閃光の速さでイジンを葬っていく。クリーブトンファーによる斬撃、電磁鋭爪による放電。その攻撃でイジンが切り裂き、内部を焼き切っていく。
「イジンが!?」
両機を操るパイロット――香奈と飛鳥。その香奈が美央の言葉に振り向くと、一体の異形がこちらへと向かってきた。
その個体は姿形が他と異なっている。香奈はすぐに変異級だと見抜いた。
「ッ……あたしが仕掛けます!! 流郷さんは援護を!!」
『おい、光咲!?』
飛鳥の制止を聞かずにホバー移動するエグリム。
香奈は牽制の為に、イジンの頭部へと30mmマシンキャノンを発砲。イジンは避ける仕草も見せなかったが、顔面に銃弾を当たったのか怯んでいく。
この隙にエグリムが急接近。腰からナイフを取り出し、甲殻の隙間を正確に突き刺す。
メインOS『REI』による繊細な動きの賜物。突き刺した直後に、ナイフを抉るようにねじ込んだ。
「ア゛アアアアアアア!!」
果てしない痛みに悲鳴を上げるイジン……だったが、不意にナイフで突き刺している右腕へと鎌を振り降ろしていく。
その一瞬で何が起こるのか察知した香奈だが、時既に遅し。右腕が切り裂かれてしまい、なおかつ蹴りを入れられてしまった。
「グウ!?」
まだ無事だった家に激突し、崩落させてしまう。
だが家の心配よりも、自分の命が心配だった。何より武器を持っている右腕が奪われたのだ。もう片方を奪われてしまったら、後はマシンキャノンしかない。
このまま死んでしまったら、文字通り母に顔向けなど出来ない。
『光咲! 大丈夫か!?』
後方からやって来るアーマイラ。その機体の後方にある尻尾状ユニットから放たれるミサイルが、次々とイジンに着弾。
怯むイジン。その隙にアーマイラがエグリムを立たせる。
「すいません、助かります」
『別に礼はいい。姐さん、こっちをどうにか出来るか?』
『何とか行きたい……けど!!』
神牙に数体のイジンが群がっているのが見えた。
漆黒のボディに組み付いて動きを阻害しようとしているも、これを強靭なパワーで跳ね飛ばす神牙。だが天敵に群がるアリのように、イジンは神牙を襲うのをやめようとしない。
援護は無理だろう。ならば自分達でやるしかない。
「……美央さんはイジンに集中を! ここはあたし達に任せて下さい!」
『でも……!』
「何とかなります!」
そう叫んだ後、乱暴に鎌を振るう変異級イジン。
鎌の鋭い斬撃が家を破壊し、電柱を寸断し、そして道路を抉っていく。エグリムとアーマイラは攻撃をかわしつつ、それぞれマシンキャノンとミサイルを放つ。
着弾するものの相変わらず効果はなし。しかも赤い瞳で睨み付けたかと思えば、エグリムとアーマイラへと疾走するイジン。
だがその時香奈は聞いた。イジンの背後から聞こえる、風を切る音を。
「ガア!?」
イジンが振り返ろうとしたその時、甲殻の隙間に突き刺さる三本爪。それが高速回転して肉片をばらまきながら抉っていく。
それは背後から奇襲した、戦陣改のクロードリルだった。
『今だ、光咲! 飛鳥!!』
「……はい!!」
背中のブースターを吹かせながら突き進むエグリム、そして逆関節の脚で疾走するアーマイラ。
戦陣改がクロードリルを抜いた直後、アーマイラの電磁鋭爪が首筋へと貫く。発する放電が全身に行き渡り、所々に火花を生じさせる。
だがこれでも息の根は止めてなかった。血反吐を吐きながらもアーマイラを殴打しようとするイジンに、アーマイラが一旦下がっていく。
その背後から現れたのが、エグリムだった。残っている左腕で腹部の隙間に貫き、それに沿って下から上へと両断。
胴体から溢れ出る血液は、あたかも花びらの如く。紅白のエグリムを一瞬にして緑色へと変えた後、ゆっくりとイジンが倒れていった。
やっと駆逐をした。これまで変異級は神牙が倒したのだが、今日は三人の力により、倒す事が出来た。
安堵をする香奈。それから周りを見ると、残っているイジンは神牙が相手している一体だけとなっていた。
その個体もまた、神牙の手によってバラバラに引き裂かれる。手元に残るのは、まるでボロ布のような肉片だけである。
こうしてイジンの大群との戦いは、幕を下ろす事となった。
===
戦場となった京都は、一瞬にして荒野へと変わってしまった。
どの建物を崩れ、炎と煙だけ噴出させ、挙句の果てには戦陣の残骸が転がった悲しい光景。完全に復興するには長い年月が必要となるだろう。
また防衛軍が戦陣の残骸から仲間を救出をしている。即死をしている者をいれば、重傷を負った者がいる。そしてこの作戦開始までは十五機程いた戦陣が、九機まで減らされていた。
決して作戦の成功とは言えない状態だった。軍人の皆が浮かない顔をするのも無理はなかった。
「恐らくですが、休眠していたのは中でイジンを生成していたからだと思われます。そうして群体を放って、各地に拡散させる算段だったのでしょう」
アーマーローグと戦陣改をコンテナに積み込んでいる間の事だった。
美央が岸田に告げている。何故大蛇型イジンが寝ていたのか、そして中から無数のイジンが生まれたのかを。
それを聞いて、岸田の顔が強張る。
「という事は、イジンは無性生殖が出来るというのか?」
「というよりは細胞単位での生殖なのかもしれません。多分知っているとは思いますが、イジンは吸収したあらゆる生物の遺伝子を持っています。それらを応用すれば、そういう事が起こってもおかしくはありません」
「……貴様は、どこまで奴らを知っているのだ?」
「……あいつらが単なる地球外生命体ではない事だけです」
美央が分かっているのは、奴らが皆殺しするべき敵である事だけ。
後はその生態だけで、他は知る事はない。
「……貴様の事は気に食わないが、今日は感謝をする。では私はこれで」
岸田が去るのを、ただ見守るだけの美央。
それから不意に三人の仲間へと振り向き、微笑みを見せた。
「今日は皆ありがとう。感謝しているわ」
無口の香奈達へと、お礼の言葉を述べる。
疲れていそうな顔をしている飛鳥はともかく、香奈と優里がどこか陰りを見せている。それに気付いている美央だが、元気付ける言葉が見つからなかった。
そこまで器用ではない事は、彼女自身がよく知っている。
「……もう二度とこんなのはごめんだな」
優里が戦場跡へと見やる。あの古き都が一瞬にして焦土化したこの光景は、惨事とは片付けれない物である。
防衛軍は国を守るのが仕事である。軍人でもある香奈達にとっては、これは実現させたくない物に違いない。
「……でも起きてしまったのは仕方がない。次からはこうならないようにするしかない。それよりも変異級の時に駆け付けれなくて……ごめんね」
「いや、謝る事はないですよ。あれは仕方がなかったですし」
「……そう言ってくれると助かるわ」
そう香奈に言われた美央は、どこか救われた気分だった。
彼女は全員の命を預かっている。もしもの事があったら、それこそ香奈の母などに顔向けは出来ない。
「さてと、そろそろキサラギに帰りましょう」
三人を連れてヘリへと乗り込んでいく美央。
途中、彼女が戦場跡へと振り向く。これを見て悲しくないと言ったら嘘になるが、こうなったのは仕方がないと割り切っている所もあった。
彼女はリアリストだ。こうでありたいと思っている暇があったら、真っ先にやる事はやるだけである。そのやる事がイジン殲滅である。
一刻も早くイジンを潰すのだ。国の為ではない、自分自身の願いからそう思って……。
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