第四章 排除編

第二十話 過去の夢

 ――ここはどこだろうか。いつの間にか部屋のような場所で、彼女はソファーに座らされていた。

 周りにあるのは、難しそうなタイトルしかない本棚。種類が分からない植木鉢。日差しが差し込む窓。それらを物珍しそうに見回していく、長い黒髪と白いワンピースが特徴的な七歳位の幼女。


 彼女は待っていたのだ、ある人物が来るのを。


「美央、待たせたな」


 扉が開かれる。入ってきたのは私服を着た壮年の男性と、可愛らしい洋服を着た少女。

 男性こそが幼女――美央が待っていた人物だ。その人が少女を連れて来た事に意外と思いつつ、少女を怪訝そうに見る美央。

 美央よりも年上だろうか。茶髪のショートヘアをして、その身体付きにしては大人びた顔立ちをしている。その顔立ちから優しそうな微笑みが浮かび上がり、美央を見つめていた。


「お父さんの友達の娘である如月梓ちゃんだ。これからも仲良くしてやってくれ」

「君が神塚ちゃん? これからもよろしくな」


 笑顔で挨拶をする如月。

 対して美央は何も言えず、ただ口ごもりながら目線を逸らすだけである。彼女は人見知りで、初めて会う人を苦手としていたのだ。


「すまないな如月ちゃん。ちょっと臆病な所があってな」

「いえいえ大丈夫ですよ。それよりもそろそろ行った方が……」

「ああ、そうだな。じゃあ美央、そろそろお父さんは会議に行くからな。すぐに戻ってくるから」

 

 そう言って、部屋から出ていく美央の父。

 残ったのは幼い美央と如月と言う年上の少女だけ。その如月がポケットからトランプを取り出して、美央にちらつかせた。


「さて、トランプ持ってきたけど何しようか? ババ抜きかそれとも……」

「……別にいい」


 暗い声音で、美央はそう言い放った。それから如月から身体を背かせる。

 今の美央は辛そうな顔をしていた。何かが足りない……何かを欲しているような感じを醸し出している。

 そう、今彼女は……


「……ふてくされているのか? お父さんが遊んでくれない事に」

「……!」


 背後からの声は、まさしく美央にとって図星だった。

 それを突かれた彼女の表情が、険しい物に変わっていく。そんな時、如月から背後から顔を出してきた。


「まぁ、気持ちは分かるよ。私の父さんも昔は遊んでくれなかったしな……その気持ち分かるよ……」

「……だからって……『おしごと』なんかしなくても……」


 美央の父はおしごとをしていると、そう聞かされている。

 具体的にどういった物なのか全く分からない。ただ父はそれに没頭しているあまり、美央をほったらかしにしているのだ。


 母は物心を付く前に亡くなっている。故に彼女は、家族というのがどういった物なのか分からなくなっていた。


「……まぁ、その仕事が一体何なのか私も分からないが……少しだけ待ってみたらどうだ?」

「……待つ?」


 そう言われて、思わず顔を上げる美央。

 そこにあったのは、如月が浮かべる明るい笑顔だった。美央の目には、あまりにもまぶしい程の笑顔が……。


「詳しい事はよく知らないが、その仕事は人達を幸せにするらしいぞ。だからさ、もう少し待って上げたらどうだろう? そうすれば手が空くだろうし、お父さんも君と遊んでくれるだろう」

「…………」


 確かに考えてみれば、この人の言う通りなのかもしれない。

 おしごとが終わったら、今度こそ父親と向き合えるのかもしれない。そうだ、今までの空白だって埋める事が出来るはずだ。


「……私、待ってみる。きさらぎお姉ちゃんの言うとおりにしてみる……」


 少しだけ賭けよう。その意思を如月に伝える。

 その言葉を聞いて、如月が彼女の頭を撫でていった。


「私の事は梓でいいよ。これからもよろしくな、美央」

「……うん!」


 この日に出来た、年上の友達。

 彼女がいなければ今頃、何もかも投げ出したに違いない。そう思える程、美央にとって大事な存在だった……。




「……ん……」


 視界が突然変わった。

 まず目にしたのは天井だった。それから視界をぐるりと一周すると、ぬいぐるみや化粧品などのあらゆる小物が見えてくる。

 自分の部屋だ。そう認識した美央は、自分の身体がベッドに寝かされている事を確認する。つまりさっきまでの出来事は夢だったという訳である。


 それも過去を再現した正確な夢だった。


「…………」


 懐かしいと言えば懐かしい……だが、美央にとっては苦い思い出である。あんな事、思い出したくはなかった……記憶から消したかった。

 そう心の中で思う美央。その彼女の元に、扉の開閉音が聞こえてきた。


「美央、そろそろ朝だぞ?」

「あっ、梓さんおはよう」


 見ると背広姿の如月が入ってきた。

 彼女はキサラギの若社長。今から出勤しなければならないのである。


「珍しく起きるの遅かったな。まぁ、とにかく朝食が出来たから、すぐに来るんだぞ」

「はーい」


 ご飯の準備は当番制である。今日は如月が作ってくれたので、冷える前にと着替え始める美央。

 黒を基調をした可愛らしい制服を身に纏い、鏡の前で調整をしていく。その後に居間に行くと、テーブルに座っている如月と朝食が見えてきた。


 主食はこんがりと焼かれた食パン。おかずはベーコンエッグにサラダと、洋風に一定している。

 二人はテーブルに座り、挨拶をした。


「いただきまーす」

「いただきます。ところで美央、何かあったのか? 時間まで起きなかったなんてお前らしくない」

「……ああ……何でもないわ。多分昨日の整備の疲れが出たかも」

「……そうか」


 恐らくあの夢と関係しているかもしれないが、あえて口に出す事はしなかった。

 あれは如月の出会いと共に、の始まりでもあるのだから。


「まぁ、もう夏だからな。近い日に羽を伸ばそうじゃないか」

「そうね……」


 美央が窓へと見やると、青白い空がそこに映っていた。

 今は七月初旬。梅雨も晴れて、気温も高くなっている。現に今クーラーを付けなければ熱中症で倒れている所だ。


 美央はちゃんと避暑の事を考えている。香奈達仲間と一緒にプールを行ったり買い物をしたり……とりあえずイジン殲滅の疲れを癒すのだ。


 なおイジンがいつ現れるのか分からない為、海水浴での遊泳は場所によっては禁止されている場合がある。ただ海水浴とプール――どちらがいいのかと言われたらプールと決めている為、美央はあまり気にしてはいないのだが。


「その前に神牙の装甲の交換とかしないといけないな……ああ面倒臭いな」

「まぁ、こちらも出来るだけバックアップはするさ。あともう少しで新しい装甲が届けられるらしいしな」

「それは頼もしい事。さてとごちそう様」


 食べ終わった美央が、洗顔やら化粧やらと身支度をした後、鞄を持って玄関へと向かう。

 未だ食事している如月へと「行ってきます」と言い残し、外へと出て行った。


 彼女が向かう場所は、大都高等学校である。




 ===




 東京に存在する名門校、大都高等学校。

 電車を経由して母校に着いた後、早速二年C組へと向かっていく美央。その彼女を、同級生や後輩の爽やかな挨拶が出迎えてくれた。


「神塚さん、おはよう!」

「おはよう」

「神塚先輩! おはようございます!」

「うん、おはよう」


 軽い挨拶があれば、熱のこもった挨拶もある。学校では人気者とされている美央には、必ずと言っていい程そういった挨拶が来るのだ。

 色々な人に挨拶を交わした後、二年C組に入る美央。そこで彼女はある物を見つけた。


『ここ数日、例の謎のアーマギア群が防衛軍と連携しているとの情報があり、これに対して防衛軍上層部は何のコメントも出しておらず……』


 男子達が携帯端末に群がっている。画面にはニュースが流れており、神牙と戦陣の写真がでかでかと映っていた。

 十中八九、大蛇型イジンとの戦闘で誰かが撮影なりしていたのだろう。そして内容を見る限り、マスコミはエグリムやアーマイラといったアーマーローグに対しても興味を持っているようだが、防衛軍はちゃんとした答えを出していないようだ。


「絶対何か隠しているぜ、防衛軍の奴ら」

「だよな。怪獣型って防衛軍とは違った組織が使っているだろうぜ。秘密結社とか」

「陰謀陰謀」


 秘密をされると誰もが知りたくもなる。男子がそう愚痴っているのを、美央は少しだけ苦笑をする。

 これから先、彼ら……というより世間が知る事はないだろう。あの怪獣型が高校生が乗っている事を、そしてあの機体がアーマーローグという対イジン用アーマーギアである事を。

 そしてその事を張本人である美央は言いふらす事はしない。彼女はクールなままの優等生として授業に励む事になるのだ。


 


 その授業だが、一時限目は体育だった。男子女子で別々に分かれており、今は男子は外で、女子は体育館で行われる。

 女子側における今日の課題はズバリ、バスケットボールである。誰もが知っている、二つのチームがボールの奪い合いをするゲーム。

 美央はその片方のチームの中にいたのだ。


「頑張ってぇ!! 神塚さん!!」

「神塚さん! ファイト!!」


 残りの女子生徒から、文字通りの黄色い声援が送られてくる。今、美央がボールを手にゴールへと向かっているのだ。

 真剣にやっているように見える彼女だが、実は少しだけ考え事をしている。神牙に遠距離武器が付けられないだろうかという疑問だ。

 貫通杭弾も榴弾砲も徹甲弾砲も、砲身がない為に近距離武器のような物になっている。それ故に大蛇型イジンから生まれた群体イジンの時に、香奈達を援護する事が出来なかった。

 

 出来れば一つや二つは欲しい。そう思いながらも、ボールを投げる美央。

 ボールは円を描き、見事にゴールに通過。チームや観客から歓声を上げるのだった。

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