第二十一話 整備作業
女子用の更衣室に集う大勢の女子生徒達。
皆、一旦は下着姿になって制服へと着替え直していく。その際、スタイルや胸の事、体重に関しての雑談が外に漏れ出るのでないか位に響き渡っていた。
その中で、美央は着替えながらも携帯端末を見ていた。やはり見ているのはニュースであり、色々な情報が飛び交ってくる。
まず某国の紛争地域に未確認巨大生物=イジンが現れたそうだ。その紛争では軍事用のアーマーギアが使われており、恐らくはその匂いに嗅ぎ付けて来たのだろう。
結果、紛争に使われた数十機のアーマーギアと百人以上の兵士が捕食されてしまったらしい。食欲を満たす為なら火が飛び交う戦場にも顔を出す辺り、彼らの貪欲性が垣間見れる。
次にアメリカのニュースで、イジンを神の使いと定めたカルトが暴動を起こしているそうだ。やはりどこの世界でも、あのような怪物を天使だと思うのだろうか?
彼らを抹殺すべき敵だと認識している美央にとっては、理解し難い事だ。
「……ん?」
急に送られてきたメール。早速覗いてみると、その内容が分かった。
『新しい装甲が来た。薩摩さんがすぐに作業に取り掛かっているから安心しろ』
アーマーローグ用の新しい装甲などが届けられたという如月からの通知である。
アーマーローグもその装甲も造ったのは、キサラギと提携しているアメリカのアーマーギア開発企業『ドール』だ。
アーマーギアとは違った性能を持つ、いわゆる機械仕掛けの獣を製造をした会社。彼らのやらんとしている事が分かるし、美央もまたそのやらんとしている事に同意している。
アーマーローグを提供してくれたドールには正直感謝している。何故ならばイジンを一匹も残らず皆殺しが出来るからだ。
そうすれば、何もかも
「神塚さん、何をやっているの?」
「えっ? ああ、何でもない」
背後から二~三人のクラスメイトがやって来た。
思わず美央は、咄嗟に携帯端末のワンセグ機能を切る。特に見られたからといって隠す事ではないが、いきなり声を掛けられたからそうしてしまった。
「まさかアーマーギア関連でしょうか!?」
「う、うん、まぁそんな所かな?」
アーマーギアとイジンの戦争を日頃から見ているせいか、このオタク女子にアーマーギアが好きだと思われている。
実際はそこまではないが、面倒なのでそういう事にしていた。
「なんというか今のアーマーギア界はカオスですからね! 黒い怪獣型とか赤白のヒーローっぽいデザインをした奴もいますし!」
「今思うと誰が乗ってんのかな? まぁ、私達が知るよしもないけど」
女子生徒が不思議に思っている事だが、もう答えは出ている。最も当本人は言うつもりはないが。
「まぁ、あんな怪獣型に乗っている人の考えは分からないわ。さて、そろそろ教室に行かないと」
「それはそうだけどさ……やっぱりでかいんだね……」
「ん?」
女子生徒達が美央を凝視している。一瞬、なんの事か分からなかった美央だが、ようやく理解する。
黒のブラジャーに包まれた、美央の豊満な胸だ。
「確かに反則ですね」
「うん。しかも黒って所が犯罪的」
「ちょっ! そんなに見ないで……!」
顔を赤くして、胸を腕で隠す美央。
凛として飄々としている彼女だが、さすがにこれは恥ずかしさが出てしまう。しかも犯罪的と言った女子生徒に半分怒っているような睨みを利かせていた。
ただ赤面しているせいで、どちらかと言えば可愛らしい物だが。
「ハハハ、神塚も可愛い所があるんだね~」
「これは永久保存物ですわ」
「何馬鹿な事を言っているのよ。ほら、さっさと教室に行くわよ」
制服へと着替え終わった後でも、美央は未だに顔を赤くしている。
その背後でクラスメイトがニヤニヤしていたのだが、彼女はそれに気付く事はなかった。
===
キサラギ内にある巨大な格納庫。そこにいかにも暴力的なエンジン音が、向かってくるように響いてきた。
道路を走る一台の黒いバイクが音の発生源である。バイクが停車すると、乗っていた者がこれまた黒いヘルメットを脱いでいく。
中に押し込めていた長い髪を揺らしていく美央。彼女が格納庫の中に入ると、二人の声が掛かって来た。
「おお、美央お帰り」
「神塚ちゃぁん!! よく来たなぁ!!」
「お爺さん……もうちょっと小さく……」
キサラギ若社長の如月とお爺さんこと薩摩龍馬。出迎えてくれたのはいいが、薩摩の大声は耳が壊れかねない。
当本人も自覚はしているのか、申し訳なさそうに頭をかいた。
「こりゃ失敬! 見ての通り新しい装甲が来たぞ! 新品ピッカピカだ!」
薩摩が指差す先を見ると、多数の整備班に囲まれた神牙の姿があった。
今、天井アームなどを使って装甲の取り換え作業を行われている。その際に見える神牙のフレーム姿が、あたかも怪獣の骨のように見えた。
「古い奴はあっちの方で回収してくれるから大助かりだわい。あっ! 『HEシステム』に傷を付けないようにな!! 直すの結構大変だからな!!」
薩摩が注意を呼び掛けながら整備班へと向かっていった。
HEシステムとはアーマーギア特有の動力システムの事である。HEとはHEART(心臓)の略称であり、アーマーギアに搭載された燃料電池などの動力源を中心に、各種電子機器の配線を伸ばしている。ちょうど心臓と血管の関係のような物だ。
これによりアーマーギアは既存兵器をも上回る出力を獲得。今やギアインターフェイスと並んでなくてはならないシステムとなっているのだ。
それが傷付かれると修理する手間が増える為、薩摩が注意をしたのだろう。それよりも美央は鎖にぶら下げられている古い装甲を見つめていた。
神牙の腕に装着されていたそれには、イジンの爪が深く食い込んでいる。あの大蛇型イジンから分裂した個体との戦闘に付けられた物で、大きさは先端だけなのかざっと一メートル程。どうやっても抜き取れないので交換という事で片付ける事になった。
「早く処分しなければな、気味悪いし」
「確かに」
爪は爪でもあのイジンの物だ。勝手に動かないという証拠もないし、如月の言う通りいち早く処分した方がいいに決まっている。
そこん所は処分先――ドールに任せるとして、美央は神牙とは別の機体へと向かった。エグリムにアーマイラに戦陣改。そのエグリムの肩には、作業服を着た香奈が整備作業をしていた。
「やっほ、香奈」
「あっ、お帰りなさい」
肩から顔を覗く香奈。それから美央がアーマイラと戦陣改へと一瞥し、あの二人がいない事を確認する。
「優里と飛鳥は?」
「黒瀬二尉は定期報告で東京基地に。それで流郷さんはさっきまでいたんですが、どっか行っちゃったみたいで……」
「ふーん、後で捜しておくか。それよりも手伝おうか?」
「あっ、でしたら片方の首の稼働をお願いします」
「何なりと、お姫様」
おちゃらけに答えた後、はしごで首へと昇っていく美央。
ロボット兵器において重要なのが首である。メインカメラがあるそれが万一動かなくなった場合、視界の範囲が
一応サブカメラはなくないが、決して整備は怠ってはいけない。それはボディ全体にも同じ事が言えるのだが。
「そういえば最初に会った時、こんな風に神牙の整備をしていたね」
「ああ、確かそうでしたね。まさかあれからアーマーローグを操縦するとは夢にも思わなかったですよ」
「言えてる」
最初の出会いは美央の単なる気まぐれだった。でも今となっては、香奈は美央の立派な仲間である。
共にアーマーローグに乗る仲間として。
「……あっ、油スプレー忘れてた」
「スプレー? だったら取ってくるわ」
未来感溢れるロボットと言えども
美央は一旦降りた後、香奈の元に潤滑油スプレーを届けてやった。
「はいどうぞ。何か分からない事がある?」
「ああ、このHEシステムのケーブルですかね……」
「どれどれ……」
香奈が示したケーブルを見る美央だが、その際に香奈に寄り添うような姿勢になっている。
彼女の横で、香奈が少しだけ頬を染めていく。
「ちょっと近くないですか……?」
「そう? あっ、もしかして緊張しているの? やっぱ可愛いね、君~」
「……もう……」
何というか可愛いの一言だった。自分と香奈の頬をくっつけて頬ずりをする。
楽しそうな美央に対して、少々困った表情をする香奈。ただ満更でもないような雰囲気があるのは気のせいだろうか。
ただこの時、美央はある事に気付く。格納庫の外を歩く一人の人物を。
「あっ、飛鳥」
ポケットに手を突っ込んでぶらぶらと歩く飛鳥の姿があった。
見る限り、キサラギから出ようとしている。彼からそのような用事があるとは聞いていないが、いずれにしても勝手に出ていくのは少々困る。
「ちょっと待ってて」
すぐにエグリムから降りていき、飛鳥の元へと走っていった。
ある程度近付くと、靴音で気付いたのか振り返る飛鳥。美央は若干怒った顔で彼に尋ねた。
「ちょっと飛鳥、どこに行こうとしてたの?」
「あ……ああ、ちょっと散歩に……」
「本当に?」
どう見ても嘘を吐いている。そもそもこんな工場だらけの場所に、散歩コースがあったりするはずがない。
ジト目と言わんばかりの細目で飛鳥を見つめていく。そうすると、彼が根負けしたのかやれやれと首を振った。
「わーったよ……付いて来てくれ」
「ええ、そうしておくわ」
どうやら目的地があるようだ。飛鳥に言われるまま付いて行く美央。
キサラギから出ている間、あんな事があった事に気付かずに……。
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