第二十二話 三枝育児院
飛鳥は家からキサラギへの交通手段として赤いバイクを使っている。なので美央と共にバイクに乗り出し、その目的地へと直行した。
どうやらキサラギ近くの市街から、それなりに離れた所にあるようだ。辺りにビルがない殺風景な場所に、ある建物が存在していた。
「養護施設?」
黒い屋根と白い漆喰の壁が特徴的な、横に広い建物。門柱を見る限り『
バイクを降りるとすぐに呼び鈴を押す飛鳥。直後にスピーカーから声が聞こえてきた。
『はい……あっ、飛鳥君! あれ、もしかして後ろにいるのお友達ですか?』
「まぁ、そんな所っすよ。中に入ってもいいっすか?」
『もちろん! ささ、入って下さい!』
了承を得た飛鳥が門を潜り抜ける。美央はその後を黙って付いて行った。
中に入ると次第に聞こえる元気な声。どうやら建物の陰かららしいので覗いてみると、多数の子供達が砂場で遊んでいた。
何らかの理由で両親をなくした子供達。だがそんな様子が見当たらない程に元気でそして笑顔の姿でいる。
その姿を見つめていた美央に対し、飛鳥が付いて来いと言わんばかりに顎を動かす。美央が彼と共に中に入ると、一人の人物が出迎えてくれた。
「いらっしゃい飛鳥君。それとお嬢さん、初めまして」
エプロンを着た小柄な少女。長い髪を後ろに結っており、その表情は柔らかくも優しい。
自分より少し背が小さいこの少女に、バイトか何かだろうかと美央は思っていた。早速、少女に軽くお辞儀をする。
「初めまして。神塚美央と言います」
「あっ、どうもご丁寧に。私は三枝育児院院長の
「……ん? 院長……?」
一瞬耳を疑った。
身長は自分より下。顔も童顔。どこからどう見ても年下と思える位の少女。
少し混乱した美央に、飛鳥が口を挟んできた。
「三枝さんは俺達より年上なんだよ。二十七」
「……ええ!? 嘘っ!?」
「本当なんですよね~。外見から子供って言われますけど」
ケラケラと笑う三枝。対し未だに驚きを隠せない美央。
思わず三枝の上から下の容姿を眺めてしまう。一体どうなったらそういう事になってしまったのとか、何か秘訣があるのかと、どうでもいい事ばかりを考えてしまった。
「あっ、飛鳥お兄ちゃん!!」
「お兄ちゃんいらっしゃい!」
その時、声がしたと思うと、三枝の背後から数人の子供達が駆けよってきた。
ツインテールの女の子、坊主頭の男の子、ショートヘアの女の子。皆、飛鳥へと笑顔を浮かべている。そして飛鳥も、
「おう、お前ら。元気にしていたか」
「うん! ところでその人は?」
「ああ、俺の先輩。神塚美央さんだよ」
そう飛鳥が紹介すると、子供達が美央の元へと集まっていく。
周囲を囲まれて困惑する美央に、子供達が目を輝かせていた。
「うわぁ……きれいな人……」
「こんにちわ、かみづかお姉ちゃん!」
「ど、どうも。こう囲まれると困惑するねぇ……」
子供が嫌いな訳ではないが、こうも囲まれてはオロオロするばかりである。
その様子に飛鳥が鼻で笑い、三枝はケラケラと笑ったのだった。
「人気者ですねぇ、さすが美人なだけはありますよ」
「煽てない下さい……。それよりも飛鳥、もしかして……」
「……ああ、そんな所だ」
飛鳥は答えを具体的には言わなかった。というより言わなくても通じると言うべきか。
彼は孤児だったのだ。何らかの理由で両親を亡くし、ここに保護されていたのだろう。前に両親にアーマーローグの事を(若干の嘘も入れて)紹介しようと思っていた所、飛鳥本人がしなくていいと断ったが、どうやらこれが理由のようだ。
「……さぁ、お前ら。外にドッジボールをやるぞ。付いて来い」
「うん! 行こう行こう!」
「今度こそ負けないからね!!」
飛鳥の後を付いて行く子供達は、まるで親の後を付いて行く雛鳥のようだ。
その姿に微笑む美央が、思い出したかのように三枝へと振り向いた。
「面倒見がいいんですね、彼」
日頃は面倒臭がったり整備をサボったりしていた彼が、今となっては率先として子供達の遊びに付き合っている。それにあんな笑みも初めて見た。
その意外な姿に、ある種の興味が湧いてくる美央だった。
「飛鳥君ってたまに来て、こうして子供達と遊んでくれてるんですよ。同じ両親を亡くした間柄……って奴ですかね」
「……やっぱりそうだったんですか。それは未確認巨大生物関連で?」
「……子供達はそうですが、飛鳥君だけは交通事故で亡くしたそうなんです。それから親戚の方々にたらい回しにされて、この養護施設に行き着いた訳です」
「……なるほど」
ああ見えて、飛鳥も苦労していた事だろう。それでよく性格が捻くれない物である。
いや、そういう経験があったからこそ、同じ両親を亡くした者に対しては優しいのかもしれない。
――それで思い出した。彼が前々から金が欲しがっていたが、もしかしたらこういう事だろうか?
「もしかして飛鳥って、この養護施設に寄付を」
「ええ、そうなんです。私達が別にいいって言っても中々聞かなくて……」
「…………」
なるほど、だから金が必要だという訳か。
彼のやらんとしている事がようやく分かった。彼はこの三枝育児院に恩を感じ、施設の為に尽しているのだ。
今でも子供達と仲よく遊んでいる飛鳥から見える、拙い笑顔。それが彼の両親を亡くした子供達への思いが、ありありと見て取れた。
「そういえばあなたって、飛鳥君とどういった関係で?」
「えっ?」
「もしかしてこれですか?」
三枝がニヤリとしながら小指を立てると、美央が乾いた笑みを浮かべる。
だが考えてしまう。飛鳥は本当の事を言われたくはない性格だとは思う。ならば答えは――
「ちょっと仕事場で知り合った仲ですよ。決して恋人同士とかそんなんじゃなくて……」
「あれそう? あなたのような美人だったら、飛鳥君の彼女として大歓迎だったのに……」
「ハハハ……。でもまぁ、いい子ですね。彼って」
そう言って、美央は子供達と遊ぶ飛鳥を見る。
普段は面倒臭そうにしている彼であるが、今では楽しくドッジボールをしているのだった。
===
「光咲ちゃん! 差し入れだよ!!」
香奈が整備作業を終えた頃、薩摩がペットボトルを持ってきた。
中身は塩気と甘味があるスポーツドリンク。今から飲みたいと思っていたので、まさにちょうどいいと香奈は思った。
「ああ、ありがとうございます薩摩さん」
耐えられない位に喉が渇いていたので、スポーツドリンクを受け取った後に思いっきり飲んでいった。
その一方で神牙の古い装甲を、トレーラーに積み込む作業が始まっている。装甲は様々な形状と大きさをしているが、中でもイジンの爪が突き刺さった装甲が最も目立っている。
「……ん?」
「どうかしたか、光咲ちゃん?」
「あっ、いえ……」
きっと見間違いだろうか。この初夏の暑さで気が滅入っているのかもしれない。
そう首を振った時、横から聞き慣れた声が届いてきた。
「待たせたな」
「! 黒瀬二尉、ご苦労様です!」
格納庫に入ってきた優里。その彼女に対し、疲れを感じさせない敬礼をする香奈。
小柄なのであまり他者に意識されないが、これでも立派に防衛軍の軍人である。上司が来たからには敬礼をしなければならない。
「ご苦労。ところで薩摩さん、戦陣改の弾薬やパーツを持ってきました」
「おお、それは助かる!! これでしばらくは大丈夫だろう! どれ、黒瀬ちゃんもスポーツドリンクはいるかね!?」
「ああどうも。頂きます」
そう言ってスポーツドリンクを受け取る優里。
その彼女がドリンクを一口含んだ後、キョロキョロと周りを見回した。
「ところで美央と流郷は?」
「ああ、流郷さんがどっかに行こうとしたので美央さんがその後を追ってたんです。すぐに戻って来るんじゃないでしょうか?」
「そうか……それにしてもいくらはぐれ者の集団とは言え、自由行動が多過ぎじゃないだろうか?」
優里は、謹慎中の香奈を親に会いに行かせる位には気を利かせるが、基本真面目な仕事一筋である。
飛鳥みたいな不真面目な者には苦手としている事だろう。
「でもまぁ、流郷さんは退役していますし、美央も一応この会社の人ですし、別にいいじゃないですか?」
「それはそうだが……まぁ、帰ってきたらキツく言っておこう」
そう愚痴った後、優里が乱暴にスポーツドリンクを飲み干していく。香奈はその彼女へと少し苦笑した後、再び装甲の積み込み作業を見た。
今、爪が食い込んだ装甲をトレーラーの荷台に収めようとしていく。どうやらこれで積み込みは終了であり、後は貨物船に輸送していくらしい。
「……!」
だが、香奈は見た。
爪がピクリと、まるで意思を持つかのように蠢いていく。今度はさっき見たように一瞬ではなく、今度ははっきりと分かるようになっていた。
整備班も優里も薩摩も気付き、動揺しながら一歩下がっていく。その間にも爪は小刻みに痙攣し、何と割れたのだ。
「なっ……! 下がれ!!」
優里が言う前に、もう整備班は恐れをなして下がっていった。逆に一歩踏み出して拳銃を握る優里。
爪が卵のように次々と割れていき、破片を零していく。そして聞こえてくる、人外の産声。
「キャアアアアア!!」
まるでそれは、恐怖に直面した女性の悲鳴だった。
爪から、何と小さい化け物が現れたのだ。まるでオタマジャクシのように丸い身体に尻尾を生えたような姿をしており、四肢は確認出来ない。体表もまた両生類のように滑りを帯びており、格納庫内の照明に反射していた。
産まれ出た爪より小さいが、それでも頭部を見れば人々は知る。爬虫類のようなそれから見える、丸々とした赤い瞳は――
===
三枝育児院から美央と飛鳥、そして三枝が出てくる。
子供達と遊んでいたせいか、飛鳥が魂が抜けたかのようにクタクタになっている。美央も三枝もこれには心配してしまう。
「大丈夫ですか、飛鳥君?」
「ああ、あいつら日に日に元気になっているような気がするな……。まぁ、そこがいい所っすけど」
「それはよかった。それと神塚さん、彼をこれからもよろしくお願いしますね」
「あっ、いえ。こちらこそ」
深々と頭を下げる三枝に、美央もまた頭を下げていく。
今日は色々収穫となったと彼女は思う。飛鳥の色々な事が分かったし、彼の事がますます分かったような気がした。
彼はやはり、そんな悪い人物じゃなかったのだ。
「では三枝さん、また後ほど。じゃあ飛鳥、行こうか」
「おお……」
二人がキサラギに帰ろうとバイクへと駆け寄った。
だが不意に鳴り出す着信音。美央はそれに気付いて、すぐに携帯端末を取り出した。
相手は、どうやら如月のようだ。
「何だろう、仕事中に珍しいな……」
仕事の時はあまりしてこない彼女が電話しに来たという事は、何かしら大事な用事があるだろうか。
美央はすぐに通話に入った。
「はい、梓さん。どうしたの? ……えっ?」
通話先から伝えられる、如月からの緊急の言葉。
それは美央ですら想像も付かなかった事態だった。
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