第十七話 母との対話
あの後、美央達は香奈の母によって居間に招待された。
そこに入ると綺麗な空間が目に入っていく。白いカーテン、広いキッチン、テーブルに置かれた金魚鉢、その中で泳ぐ二匹の大きい金魚。
美央達がテーブルに座って辺りを見回している間、母が飲み物を用意してくれた。
「ささっ、大した物じゃないですがどうぞ」
出されたのはコップに入られたリンゴジュース。
心の中でコーヒーじゃなくてよかったと、美央はホッとする。コーヒーが苦手なので出てきた時にはどうしようかと思っていたのだ。
もし出たら大量の砂糖とミルクで誤魔化すしかないのだが。
「すいません、わざわざ……」
「いえいえ、それよりもあなた方は香奈とどういった関係で?」
「ああ、防衛軍の同僚です。私達、横浜基地から異動してきた者で」
前もって考えた虚構を口にする。
アーマーローグを隠しての演技だが、こう口にすると罪悪感が出てくる。見た感じ優しそうな母に、このような嘘を吐くのは非常に忍びなかった。
そんな美央とは裏腹に、飛鳥は二匹の金魚を泳いでいる金魚鉢を眺めている。彼に気付いた美央が思わず顔を引きつらせるが、そこに母が口にした。
「そうですか……やはり未確認何とか関連でしょうか?」
「ええまぁ……ちなみに未確認巨大生物です」
「ああ、どうも……。やはりそうですか……」
陰りが、母の顔に浮かんでくる。
もしかするとあの考えを抱いているのだろうか。何となく察した美央だが、一応尋ねる事にした。
「もしかして、この子が防衛軍にいる事が……」
「……ええまぁ、主人が防衛軍に入っておりますが……まだちょっという気持ちは……」
やはり。娘が戦場に赴くのを、彼女は好んでいなかった。
防衛軍は中学を卒業した後に入れる上に給料もいいので、若者の軍人が多い。そしてそれに比例するように、こうして子供が戦場へと行く事に反対する親も多い。
当たり前である。前まではともかく、今の防衛軍の仕事はイジンの殲滅――親よりも先に子供が死んでしまう恐れがあるのだから。
「母さん……。別に父さんが入っているからってそんな理由じゃないの」
その時、リンゴジュースを置いた香奈が言ったのだ。
美央と母が彼女へと振り向いていく。その顔にあるのは、俄然とした覚悟だった。
「あたしは、父さんと母さんとの生活を大事にしたいの。だからこそイジ……巨大生物を倒さなくちゃならないんだよ」
「それは分かっているけど……でも何もあなたまで」
「そうやって誰も行かなくなったら、巨大生物に喰われてしまう。だからやるしかない――それだけなの」
「…………」
何も言えなくなった母。美央もまた無言で香奈を見つめる。
小柄な容姿から想像付かない程に、彼女は軍人としての使命と責任感を持っている。下手すれば美央自身よりも精神力が強いのかもしれない。
きっと防衛軍の軍人達もまた同じ事を思っているに違いない。家族を、国を、おぞましい化け物に喰われてたまるかと。
「……香奈のお母さん、お話があります」
「はい?」
そろそろ頃合いなのかもしれない。美央は母へと真剣な眼差しで向き合う。
またも演技であり、そして罪悪感を生む。だが言わないよりかはマシだと彼女は思った。
「実は私はある特殊部隊の隊長でもあります。香奈も飛鳥もその部隊に所属しています。
もちろん未確認巨大生物の殲滅を目的とした、非常に危険な物です」
「…………」
「ですがお母さん。私が隊長でいる限りは一切犠牲者を出す事はしません。必ず香奈をこの手でお守りいたします。
いきなりこんな事を言って申し訳ないですが、どうか娘を私に預けさせてもらえないでしょうか?」
立ち上がり、香奈の母へと頭を下げていく。
いかにもあっさりとしたやり方だが、今の美央にはこうする事も出来なかった。
「……神塚さん」
「……はい」
声を掛けられ、顔を上げる美央。
見ると、香奈の母はやはり不安そうな表情をしている。娘がいつ死ぬか分からないという、母としての不安が。
だが美央は分かっていた。その中に、美央に対する微笑みが見え隠れしていたのを。
「実は香奈の上司でそう言われたのは、あなたが初めてなんです。こう面向かってお願いされると、ちょっと不安ですが……信頼出来そうな気がします」
「お母さん……」
「主人には私の方からお伝えします。娘をどうか、よろしくお願いします……」
母もまた立ち上がり、美央へと頭を下げていった。
こそばゆい気持ちになりながらも、母へと笑顔を見せる美央だった。
「はい、ありがとうございます」
母とのちょっとした雑談をした後、美央達はキサラギに帰っていく事となった。
香奈の運転する車の中で、美央は何とも清々しい表情をしている。母はいい人だし、楽しい話も出来た。今でも香奈に言いたい位だった。
「いいお母さんじゃない。しかも若かったし」
「でもちょっと心配性なんですよね……。気持ちは分かなくもないですが……」
「当たり前じゃない。君みたいな可愛い女の子が戦場に出るなんて、それは心配するに決まっているわよ」
だからこそ美央は誓ったのだ。
決して香奈を死なせない。何としてでも彼女を守る。それが母との約束なのだから。
「可愛いって……まぁ、それはともかく心配するのも当たり前かもしれませんね……。そういえば美央さんにはご両親はいないんですか?」
「ん? ああ……ちょっとね……」
そう言われて、美央は思わず目を逸らしていく。
言えない理由と表現した方がいいだろうか。その美央に対し、香奈は気まずそうに顔を強張らせていった。
「……すいません。余計な事を言って……」
「別にいいのよ。それより優里のご両親にも言わなくちゃ」
「ああ、その辺は大丈夫とは思いますよ。どうも黒瀬二尉のお父さんも防衛軍に働いているので、多分話しているとは思いますよ」
「そうか。じゃあ飛鳥は?」
「……あっ?」
今まで窓の風景を眺めていた飛鳥が、変な声を出していく。
それから彼もまた、美央と同じようにそっぽを向くのだった。
「別にいいだろ、んなもん」
「そう? でもちょっとだけ……」
「俺がいいって言っているからいいんだよ。ほっといてくれ」
「そう? ならいいけど……」
これ以上は聞いても野暮である為、美央はひとまず引く事にした。
ちょうどその時、美央の携帯端末から着信音が鳴り出す。取り出すと優里からであり、早速電話に出る事にする美央。
「はい、もしもし」
『ああ、美央。緊急事態だ』
「……!」
電話から聞こえるその一言が、美央の目の色を変える。
彼女がすぐにスピーカーモードに変更。香奈達にも聞こえるようにしておいた。
「もしかしてイジン?」
『ああ、現れたのは京都だ。今ニュースがあると思うから、詳しくはそれを見てくれ。その後、キサラギで話がある。いいな?』
「……了解」
通話を切断。すぐに美央がワンセグモードを開いていく。
チャンネルを変える必要はなかった。何しろどのチャンネルも同じ映像が流れていたのだ。
『たった今、大蛇型の未確認巨大生物が進行中!! 戦陣の決死の攻撃にも全く通用しません!!』
あるニュースに映し出されるのは、京都の上空映像だった。
映像を見て唖然とする美央達。京都の古き街の間を蛇行する、白く巨大な棒が映っていたのだ。
映像が拡大されていく。次第に細部が判明していく白い棒の表面を見て、香奈が口をぱっくりと開けていった。
「魚が……」
表面には何と魚が埋もれていた。一体だけではなく、二体、四体、いや無数いる。しかもクジラらしき尾ひれと、サメの頭部も見えた。
それらがまだ生きているのか、首をゆっくりと振ったり痙攣していたりと蠢いている。覗いていた飛鳥が「うっ……」と吐き気を催す程、見ていて気持ちいい物ではなかった。
そんなおぞましい光景が画面いっぱいに広がっている。はっきり言って規制物だが、カメラがお構いなしに表面を舐めるように動かしていく。
そして最後に映ったのが巨大な頭部。およそ蛇に似ているが、赤い瞳が上顎にではなく下顎に付いていた。しかも蜘蛛のようにたくさんあるのだ。
アナウンサーの言う通り、それは大蛇型のイジンである。大蛇型イジンは道路を蛇行し、無造作に放棄された自動車をかき分けながら進んでいく。
対し家々の間から火が飛び交い、イジンの体表へと着弾していく。家の陰に隠れている戦陣からの砲撃だった。
「変異級か……」
砲撃の雨でも大蛇型イジンは全く気にもせず動いている。つまり甲殻を強化させた変異級である事には間違いない。
しかも前に工事現場に出現したイジンの集合体とは、比べ物にならない大きさ。今回のイジンは厄介な存在なのかもしれないだろう。
美央がそう思っている間、車はまっすぐ道路を走っていった。
やがて数分後、キサラギ内の格納庫に到着。レンタカーから降りてくる美央達だが、そこには思わぬ光景が広がっていた。
「オーライ! オーライ!!」
「積み込み完了!! ワイヤーを装着せよ!!」
神牙などのアーマーローグ三機と戦陣改が、コンテナの中に収容されようとしていた。
コンテナには軍用ヘリに繋がれたワイヤーがある。そしてその積み込み作業には、このキサラギの整備班と防衛軍の軍人達が行っている。
美央は一瞬で理解した。どうやら戦陣の空輸と同じように、四機を京都まで運ぶつもりだ。
「やっと来たか」
美央達の元に優里がやって来る。
彼女が積み込み作業を示しながら、美央達へと説明をした。
「今、防衛軍はアーマーローグを空輸する作業をしている。これから我々は京都に行き、現地の防衛軍と連携を取る事となった。
この集団のリーダーはあくまで美央だが、今回は連携を取りやすくするよう私の指示で動いてもらう。それで大丈夫か、美央?」
「ええ、大丈夫よ。よろしく頼むわ」
優里へと頷く美央。
これから始まる大蛇型イジンの狩り。勝算があるのか分からないが、それでも美央は留まりはしない。
イジンを残らず潰す――それが彼女の願いなのだから。
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