第十六話 楽しい買い物

 あれから四日後――日曜日。

 

「フフフン♪ フフフン♪」


 部屋で私服に着替えている美央が、上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。

 これから香奈達と一緒に買い物に行く事になっている。それに空も曇っているが雨が降る心配もない。この間に行くのが吉だろう。

 支度を済ませた時、机に置いた携帯端末が鳴り出していく。早速手に取ると一通のメールが届いていた。


「そろそろか」


 香奈とは前にメールアドレスを交換している。着信したのは、香奈達が一階で迎えを待っているというメールだった。

 待たせまいとして部屋を出る美央。外へと出ようとした矢先に、大きなあくびが聞こえてきた。


「おお、美央おはよう……」

「あっ、梓さん。おはよう」


 寝巻き姿をした如月である。

 実はこのマンションの部屋は彼女の所有物であり、美央はあくまでも居候している身である。その所有者が寝ぼけ眼で美央へと話し掛ける。


「そうか……そういえば買い物に行くとか言っていたな……」

「そうそう。梓さんの水着も買っておくからね」

「水着か……後で体重計を見なきゃな。まぁ、気を付けて行くんだぞ」

「うん、行ってきます」


 そう言って扉を開ける美央。

 エレベーターで一階へと降り、マンションへと出ていく。するとそこに香奈と飛鳥の姿があった。


 香奈は今時の少女らしい、可愛らしい洋服を身に纏っている。対し飛鳥はこれまた男らしい、ラフで崩れた服装である。

 その香奈が美央へと頭を下げてきた。


「おはようございます、美央さん」

「おはよう。結構来るのが早かったね」

「ああ、レンタカーで来たもんですから」


 香奈が指差す先に、一台の白い車があった。

 どうも防衛軍に入ると軍用車を運転する必要がある為、運転免許獲得は必須らしい。小柄な香奈が運転するイメージが、あまり浮かばないのだが。


「運転出来るの?」

「むっ、馬鹿にしてますね? これでもあたしは防衛軍の軍人ですよ。それ位は出来ますって」

「そうなの、飛鳥?」

「寝てたから分からねぇ」


 飛鳥が頻繁にあくびしているのは、その為のようだ。

 それが彼らしいと美央の口がほころびる。


「さて、ここで話も何だし、そろそろ行きましょうか」

「はい、ちゃんとナビはお願いしますね」

「はいはい」


 向かう先は美央の行きつけのデパートだが、香奈にはどこにあるのか知らない。そこで美央がいわゆるナビ代わりになるのだ。

 運転席に香奈、助手席に美央、後部座席に飛鳥が乗る。そうして全員が乗ったのを確認した後、車を走らせていく香奈。


 清々しい程の安全運転である。美央はバイクに乗っている時、たまにスピードを上げる癖があるが、香奈はちゃんとスピード規定などを守っている。その辺が彼女の真面目さが見て取れた。

 美央の指示の元、ようやく車がある建物に到着する。およそ三年前に開店した、洗練されたデザインをしたこの建物がその行きつけのデパートである。

 中に入ると大勢の人達が買い物をしている。三人がその中を潜り抜け、あるショップへと到着した。


 水着ショップだ。


「飛鳥はどうする? ここで待ってる?」


 別に女物しかないとかではないので、男でも入れる。

 ただ無気力な飛鳥もあくまで思春期な少年。こういう関連には刺激が強いのかもしれないという事で、一度声を掛けてみた。


「いや、別にいいよ。行こうぜ」

「そう? じゃあ、そういう事なら……」


 待っていると答えると思ったが、全く正反対の言葉が返ってきた。

 若干不思議に思いつつも、ショップの中に入っていく。まず目にするのは、ムサい男が履きそうなピッチリとした海パン。次に女性物の水着。

 特に紐で構成された水着が非常に際どい。さすがの美央もこれは着まいと思う程だ。

 

「さてと何をしようかなっと」


 数ある水着を次々と見ていく美央。

 一番好きな色が黒色なので、自然と別の色は切り捨てる。その中で目に付いたのが黒いビキニ。

 ふちにビラビラした物が付いたそれは、一種の扇情らしさを醸し出している。それに興味持った美央がおもむろに取り出した。


「ちょっと着てみるか」

「……エロいの選んだな……」

「ん? 何か言った?」

「あっ、いや……」


 飛鳥が何か言ったような気がしたが、声が小さかったのでよく聞き取れなかった。

 本人が首を振ったので、早速着替えに取り掛かっていく。試着室で一旦下着姿になって、その上に水着を身に着ける。

 サイズはちゃんと見たのだが、少しキツいように思える。ただ店員にサイズに合った物を注文すればいいと思い、早速香奈達に見せる。


「どう? 似合う?」


 白く瑞々しい胸と肌を包み込んだ漆黒のビキニ。高級感のある黒と柔らかそうな白が合わさって、魅力的な色気を醸し出している。

 女であるはずの香奈が少し顔を赤くしていった。一方、飛鳥の方は目を逸らしているが、よく見るとチラチラこちら見ている。


「に、似合うと思います……」

「……いいじゃないのか?」

「ほんと? じゃあこれにしようかな。それじゃあ次は香奈、着てみて」

「えっ!? あたしがですか!?」


 困惑する香奈の目が、数々の水着へと向いていく。

 そして「じゃあこれを……」とある水着を手に取り、美央とは別の試着室へと駆け込んだ。

 しばらくして、


「お、お待たせしました……」


 美央が私服に着替え終わった後、香奈が試着室から姿を現す。

 彼女が着るのは白いワンピース型だった。身体付きは美央と比べて華奢で主張も激しくはないが、それでも美央に勝るとも劣らない魅力さを醸し出している。


 可愛らしさに口元が緩んでしまう美央。彼女自身どうもアブノーマルな気があるので、香奈には性的な何かを感じ取ってしまう。


「可愛いじゃない。似合っているわ」

「そ、そうですか……?」


 恥ずかしそうにもじるその姿。

 これには美央もまた頬を赤く染めていく。何とか誤魔化そうと考えた彼女が、隣の飛鳥へと振り向く。


「どう思う飛鳥? 結構可愛いと思う……ん?」

「………………」


 飛鳥の様子がおかしかった。彼がそっぽを向いていて、なおかつ耳まで真っ赤になっている。

 一瞬茹でタコみたいだと美央が思った矢先、飛鳥が歩き始めた。


「ワリィ……やっぱベンチで待っているわ」

「そ、そう……?」


 美央と香奈がキョトンする中、飛鳥の姿が水着ショップから消えていった。

 美央は怪訝に思いつつも、何となく理由が分かったような気がした。言わば彼はムッツリスケベじゃないだろうか?


 だとすれば、飛鳥は二人の水着姿を見たくて一緒に付いて来たのだろう。そして水着を見て耐えられなくなって、つい出てしまったのかもしれない。

 そう考えると彼の今までの行動に合点が付く。それにああ見えて、お茶目な一面もあったようだ。


「……このメンバーってほんと……」

「はい?」

「いや、こっちの話」


 香奈へとそう首を振る美央。

 彼女が言いたかったのは「皆は個性的」という物。もちろん自分を含めての事だ。




 ===




 あれから美央達はあらゆる買い物をしてきた。水着、小道具、アクセサリー、そしてぬいぐるみ。

 種類から分かる通り、どれも女性である美央と香奈の戦利品である。アーマーギアを操っている戦士ではあるが、やはりこういった品物には飛びついてしまう。

 ちなみに飛鳥は一個も買っていない。ただ少女達の買い物に付き合っただけである。


「いやぁ、付き合ってくれてありがとね」

「いえいえ、いい休暇になりましたよ」


 美央も車を運転する香奈も、やり遂げたと言わんばかりの笑顔をしていた。

 一方飛鳥は買い物袋まみれの後部座席でうたた寝をしている。どうも彼は寝るのが好きなようである。


「これからどうしますか? このまま帰ります?」


 香奈が美央へと聞いてみる。

 美央もそうしようかと考えていた。ただ車に乗っているし、遠くの場所まで行ける。

 それに一回だけでもいいから伝えた方がいいだろう。


「ねぇ、君の実家って近くにある?」

「実家? もしかして行くんですか?」

「うん、仮にも君達の命を預けているからね。ちょっと嘘が入るけど、ご両親に断った方がいいかなって」

「……そう言うなら……」


 香奈が車を左折していく。それから数分後、景色が都会から住宅街へと変わっていく。

 香奈が言うには、この住宅街は最近になって出来た場所らしい。彼女の生まれ育ちは埼玉であり、防衛軍の重役じゅうやくでもある父の都合によって、ここに引っ越してきたらしい。

 なお香奈の父は仕事が忙しい為、家にはほとんど帰って来ないとか。恐らくイジン関連の事だろう――あの化け物の後始末は、普通の仕事よりも忙しいに違いない。


 やがて車が一軒の家へと到着。黒い屋根が特徴的な、二階建てのシンプルな家だ。


 車から降りてくる三人(飛鳥は美央が起こした)。香奈が無造作に扉を開けると、眼前に広がる綺麗な玄関。

 香奈がその奥へと声を掛けた。


「お母さん~。いる?」

「あら香奈、お帰り」


 今から姿を現したのは香奈の母だった。

 美央は思わず目を疑ってしまう。母は二十代後半かと思う位に若く、可愛らしい印象があった。大体香奈を大人にしたような姿で、主婦のシンボルである淡いピンク色のエプロンを身に着けている。

 もし母だと言わなければ、香奈の姉だと錯覚する事だろう。


「あら、もしかしてお友達?」

「うん、神塚美央さんと流郷飛鳥さん」

「あっ、どうも初めまして。神塚美央です」

「……うっす」


 香奈の母へと頭を下げる美央と飛鳥。

 二人に対し、母が柔らかい笑みを浮かべていった。


「これはこれはどうも。香奈がお世話になっております。どうぞ中にお入り下さい」

「はい、失礼します」


 靴を綺麗に脱ぎ、中に入っていく美央達。

 まるで嫁の家族に挨拶するような感じだ――そう思ってしまった美央は、自分が身に着けている男らしい服装は場違いじゃないかと思い始めた。

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