第十五話 仲間との昼食
あれから数分後、神牙とエグリムと戦陣改が海から戻って来た。
模擬戦の結果、神牙は装甲に三発を喰らっただけである。他は神牙の機動性及び海の中という事で外れてしまったのだ。
『まだまだ訓練が足りないな』
『ですね……』
優里と香奈が悔しがっているのか、残念そうに呟いている。
一方、アーマイラの前へと立つ神牙。これから美央は、飛鳥と一緒に模擬戦を始めようとしているのだ。
「流郷君、鉤爪はなるべくグーで」
『はっ? グー?』
「そう、爪出しっぱにすると装甲抉るからね」
『……なんほど』
神牙とアーマイラの鉤爪が閉じられ、握り拳が作られる。
二機の機械仕掛けの怪獣が、鋭いカメラアイで相手を睨みつけていく。両者の間に張り詰める空気が、静寂な雰囲気を作り出した。
先に動いたのはアーマイラだった。逆関節の脚で駆けていき、神牙の頬部位へと殴ろうとする。
対し神牙が寸前でかわし、瞬時にアーマイラの背後へと回る。柔軟なフレームと軽めに仕上げた装甲が、このような獣的動作を生み出す事が出来るのだ。
掴みかかろうとする神牙。だがアーマイラが反転し、その腕を掴んでしまった。
「甘い……」
舌を少し出す美央。刹那、神牙がアーマイラを背負い投げしていった。
飛鳥が悲鳴を上げる間もなく、地面に叩き付けられるアーマイラ。その機体から彼の呻き声が聞こえる。
『意識飛びそうだったな……』
「ごめん、ちょっとやり過ぎた。大丈夫?」
『何とか……な!!』
申し訳ないと思った美央へと、殴打をかまそうとするアーマイラ。
思わず当たりそうになったが、何とか回避をする神牙。ただ完全という訳ではなく顔の装甲に少し当たってしまい、火花を散らす。
後方へと下がり、四つん這いになる神牙。あたかも獣を思わせるその姿勢が、今までのアーマーギアとは異なる事を強調していた。
「キュオオオオオオオオンン!!」
咆哮を発しながら四つん這いで走行する神牙。その機械とは思えない化け物の仕草に飛鳥が戸惑ったのか、一瞬アーマイラが下がっていく。
それでも意を決したのか、機械仕掛けの昆虫が向かって来た。その機体が身軽に跳躍をし、神牙の上に乗ろうとする。
神牙よりも軽量に造られた故の挙動。だが美央はそれすら予測し、一歩下がっていく。
虚しくコンクリートの地面に着地してしまうアーマイラ。直後、神牙が飛び掛かり、馬乗りにする。
その姿は、獲物を仕留めた猛獣の如く。
「私の勝ちね」
『……チッ』
面白くないと言わんばかりに、飛鳥からの舌打ち。
苦笑しながらもアーマイラから離れ、その異形の腕を握っていく美央。アーマイラが神牙の助けで立ち上がらせた後、美央が不意にモニターの時計を覗いた。
「ん? もう時間……。この辺で終わりにする?」
見ると十二時を過ぎている。そろそろ昼食をしていい頃合いであり、念の為に尋ねる美央。
『ああ、そうだな。一旦やめにしよう』
そう答えたのは一番厳しそうな優里である。こうして四人は専用機を格納庫に戻した後、キサラギ本社の食堂へと向かっていった。
食堂に着くと、大勢の社員が集まっているのが見える。今日のメニューはカレーライス、アジの開きを中心とした和食、そしてオムライス。皆、好きな物を頼み、同僚と一緒に食事をとっていった。
そんな中で美央達も食べる事になる。美央はオムライス、香奈と優里は和食、飛鳥はカレーライス。さらに皆してデザートのレモンシャーベットを追加した。
「皆ご苦労様。という訳でいただきます」
「「いただきます」」
食事前の挨拶をとってから(なお飛鳥はしていない)、まずは一口。
美央の顔が少し明るくなる。玉子のコクとケチャップライスの酸味――それが一つに交わって素晴らしい美味を作り出していく。
「うん、美味いね」
「それはそうだろうな。それよりもこれからランニングするが、お前達はどうする?」
「えっ? するの?」
美央が窓へと一瞥する。
さっきから雨を降っているのだが、それよりも大粒になっているような気がしなくもない。こういう状況なのに、優里はランニングしようと考えているのだ。
「この位の雨ならどうって事はないだろう。それに
「面倒くせぇ……あまりやりたくねぇな」
「面倒臭がってもやるものはやる。いつイジンが襲撃するのか分からないからな」
面倒臭がる飛鳥へと諭す優里。
その真面目そうな彼女の言動に、美央は思わず苦笑してしまう。
「結構真面目なのね、黒瀬さん」
「よく人に言われる。自分はそう思っていないのだが……」
「まぁ、そういった所が可愛いと思うけどな。
あっ、そうだ。これから名前で呼び合わない?」
「名前で?」
「ええ」とこくりと頷く美央。
彼女達と共にキサラギ隊(仮称。厳密にはこの集団に名前はない)を結成してから二週間。そろそろ名前で呼んでもいい頃だと、彼女は思っていた。
「呼び捨てになるけどいいかしら? 香奈に優里、そして飛鳥。私の事も美央って呼んでもいいから」
「……じゃあ、美央……さん」
「うん、よろしい」
恥ずかしそうに名前を呼ぶ香奈。美央がニコニコしながら、その頭を撫でていく。
思えば美央にとって、彼女は妹のような存在になっていった。彼女と最初に出会った時に連れて来てよかったのかと思っていたが、幸いにもそれが正解だった。
一緒に仕事を行う仲間として、香奈を大切にしようと思う美央だった。
「では私も美央と呼ばせてもらおうか。流郷はどうする?」
「……姐さん……」
「「「えっ?」」」
三人の少女がキョトンとする。
飛鳥はいつの間にか完食をしており、携帯端末をいじっている。画面に目を落としたままそう答えるのだった。
「名前で呼ぶのも面倒だし、一応この集団のリーダーだし、その呼び名がいいって思ってな……嫌か?」
「いや、君がいいならいいけど……」
そう答えるも、美央はどこかこそばゆく感じる。名前だと面倒だからといって姐さんで呼ばれるのは、それこそ名前で呼ばれた方がいいような気がしなくもない。
ただ本人がそれでいいと言っているので、その意思を尊重はするつもりである。慣れるまで時間は掛かるとは思うのだが。
「じゃあそういう事で……あっ、イジンが北海道に現れたらしいぜ」
「えっ? 本当?」
美央や香奈達が飛鳥の元に集まっていく。この時、少女達に囲まれて顔を赤くする飛鳥だったが、美央を初め誰も気が付かなかった。
彼女達が覗いている携帯端末の画面には、街を蹂躙する多数のイジンが映っていた。その人類を脅かす怪物達に応戦するのは、防衛軍が誇る戦陣部隊である。
イジンが戦陣を喰らい、戦陣がイジンを蜂の巣にする。そうして穏やかだったはずの街を、瞬く間に戦場へと変えていった。
「……これは厄介そうですね……」
「ああ……確か資料には『イジンは仲間の匂いを辿る習性がある』と言っていたが、やはり他の地域に現れるものだな」
美央達が提供した資料にはそう記されている。最初に現れた個体が東京に出現したので、関東地方を中心に襲撃しやすいらしい。
もちろん例外もあるし、イジンの潜伏地が太平洋の海底にあるので、アメリカや中国にも出現しやすい。それに太平洋から最も離れたイギリスにも現れた記録もある。
イジンは各国にとって重要な問題……言わば生きた災害なのだ。現在アメリカではイジンの潜伏地を破壊する為、潜水艦などで捜索をしているが影も形も見当たらないらしい。それに謎の沈没もしたという報告もある。
十中八九イジンの仕業だろう。自分達の居場所を悟られまいとしての行動と思われる。
『あれは未確認巨大生物などではない!! 神が遣わした天使だ!! 絶対に殺してはならない!!』
『発展し過ぎた人間の罰を、何故受け入られない!! 防衛軍は黙って殺されればいいのだ!!』
『天使様、バンザーイ!!』
防衛軍とイジンとの戦闘から突如切り替わり、大勢の人々が画面いっぱいに覆い尽していく。
イカれている――というのが第一印象だ。天使の絵、アーマーギアにバツ印をつけた物、『人間は滅びろ』――そういった絵と文字が書かれた看板を掲げながら、意味不明な叫び声を上げる人々。
その表情は、誰に向けているのか分からない怒りと、神を拝むような心酔さが混じっていた。
「カルト……か」
美央の言葉を借りるなら、彼らはカルトあるいは宗教団体と言うべき存在だ。
人は人智を超えた存在を神や天使として祀る。生物界の枠に当てはまらないイジンは、彼らから見れば天使のように見えるのだろう。
胸糞の悪さを美央は感じる。イジンに殺されればいいのにと思う程に……。
「……まぁ、ここで見ていても始まらない。さっさと食べ終わって訓練を始めよう」
優里がそう言った後、自分の席へと座っていく。
美央もまた食事を続けるが、その間にあれこれと考え始める。それは休日の過ごし方についてだ。
「ねぇ、香奈と優里って日曜休み?」
今日は金曜日。たまたま美央が通う大都高校が創立記念日で休みだったので、香奈達の訓練に付き合う事となった。
日曜日なら防衛軍の二人が休みだろうと思うと、香奈が頷いた。
「はい、一応休みです」
「そっか。じゃあさ来週の日曜日、皆で買い物に行かない?」
「買い物ですか……?」
「うん、もうすぐ夏だしプールに行こうと思ってね。その為に水着を買うのよ」
梅雨が明けたら真夏の日差しが舞い込む。プール開きになるのだ。
これから先イジンとの戦闘が続く事だろう。だからこそ娯楽が必要だと美央は思ったのである。
なお彼女は気付いていないが、飛鳥がバツの悪そう顔にして、なおかつ頬を赤く染めていた。
「うーん、いいじゃないですか? 最近疲れてて遊んでいないですし」
「でしょう? 優里もどう?」
「ああ、そうかもな。ただその日、私は格納庫で待っている事にする。万が一イジンが現れた場合、連絡役が必要だからな」
「そっか。じゃあ後でスリーサイズを教えて。買ってくるから」
優里が行けないのは残念だが、ならばお土産を買ってくるまでである。
それからシャーベットを惰性的に食べる飛鳥へと振り向く美央。
「飛鳥もどう?」
「……行った方がいいのか?」
「まぁ、人数は多い方がいいしね」
「……ちょっとだけなら……」
「? まぁいいか」
何か引っ掛かるが、引き受けてくれたから大丈夫だろう。
美央はオムライスを食べながらワクワクしていた。仲間と一緒に行く買い物が、実に待ち遠しかったのだ。
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