第四十八話 黒瀬優里
戦場は先程よりも、さらに悪化していた。
海から浮上した、三十メートルを誇る異形の要塞。それはイクサビトであり、彼ら側の都市制圧用兵器を担っていると思われる存在。
要塞型イクサビトから放たれる生体ミサイル。戦陣部隊がガトリングガンで撃ち落とすと、溢れ出る緑色の血液。それが海面を緑色に染めてあげてしまう。
優秀な戦陣パイロットにより被弾は免れた。続けて戦陣が意趣返しとばかりにミサイルを放っていき、壁面へと着弾。黒い煙が要塞型を覆っていく。
しかし黒い煙から現れる要塞型。壁面に黒い焦げが付いているだけでほとんど無傷――戦陣部隊に絶望が襲い掛かって来る。
『目標健在!! 目標健在!!』
『諦めるな!! 奴をここで食い止めるぞ!!』
『死んでもこいつを倒すんだよ!!』
それでも彼らは諦めない。祖国を守る為に。
新城と佐藤の駆る戦旗もまた、要塞型イクサビトを睨み付けた。さらに彼らの怒号に満ちた会話を発している。
『くそっ! 戦旗部隊もガトリングガンで応戦!! なるべく隙間を狙うんだ、いいな!!』
『了解! 撃て撃て!!』
要塞型の四本足にも、可動の為の隙間が生じている。そこに火力を叩き込む戦旗部隊。
ほとんどは弾かれてしまうが、運よく隙間に当たって肉片を撒き散らしていく。だがその程度の傷を気にしていないのか、要塞型の進撃は止まらない。
再び放たれる生体機関銃。その火力は味方のイクサビトすら犠牲にし、数機の戦陣を一掃していく。後継機である一機の戦旗、そしてアーマイラも被弾されてしまう。
『ぐあっ!!』
怯むアーマイラ。そこに右手の剣を振るってくるイクサビト。
その時、アーマイラの背後から向かってくる巨大な影。それがイクサビトの首を跳ねらせ、胴体を倒れさせる。
雅神牙である。その機体……いや生物に乗っている美央が、飛鳥に振り返っていく。
「大丈夫か!?」
『ああ、何とか……な!!』
突如、アーマイラが四本腕を展開。細身の機体を180度回転させる。
背後に現れたのは別のイクサビトだった。アーマイラが四本腕で掴まえ、放電を浴びせる。
四つ分の電力が、一瞬にして身体を黒焦げにする。さらに向かってきた要塞型の機関銃を、その焼死体で防いでいく。
雅神牙も手頃なイクサビトを拾い上げ、銃弾の雨を受け止めた。その途中、飛鳥へと叫ぶ美央。
「補給基地に向かえ!! しんがりは私がやる!!」
『お、おお! あんたは!?』
「雅神牙に補給なんて必要ない!」
実際に必要はない。徹甲弾も杭弾もあくまで補助的な装備だ。爪と牙とあのレーザーブレスさえあれば十分である。
理解したのか、何も言わずに去った
爪で引き裂き、牙で引きちぎっていく。その際にアーマイラが、遠くにある補給基地へと足を踏み入れていた。
補給基地では、スタッフが一丸となって補給作業を開始する。弾薬の補充に、被弾した箇所の応急処置、推進剤はアーマイラにスラスターの類がないので省かれる。
他に用意された簡易基地でも、戦陣などの補給作業が始まっていた。その際に聞こえる怒声が、雅神牙のパイロットである美央に届かれる。
『急げ!! 弾薬と推進剤補給だ!!』
『何やっている!! 早くしろ!!』
『次はこの部品の交換だ!!』
様々な叫びが、緊迫した空間を暗示する。
それを聞きながらも応戦していく美央。彼女の近くでは、エグリムが推進式削甲弾D―01を斉射。要塞型イクサビトの頭部へと着弾させる。
建物を思わせる姿から似合わない、生物的な悲鳴。少しだけで四本脚が後ずさった事から、ダメージがあったのは容易に知れた。
「……やはり、あれしかないか」
あれ程の巨体を仕留めるには、レーザーブレスしかない。
その為には、仲間による護衛も必要となる。ひとまず美央が呼び掛けようとした時、
何かを感じた。
「……う゛っ!?」
一体何だろうか。脳裏がかき乱されていくような痛みが、美央へと襲い掛かっていく。
思わず頭を押さえて付けてしまう。それにより固まった雅神牙に、要塞型の機関銃が着弾。肩装甲がひしゃげてしまった。
『だ、大丈夫ですか、美央さん!?』
要塞型に応戦していたエグリム。その機体から香奈の声が聞こえてくる。
だが美央は返事せず、未だに頭痛を抑えている。額から汗を流し、歯をくいしばっていく。
何かが反応している。何かが……美央を操ろうとしている。
「……お前かぁ……雅神牙ぁ……!!」
やっと分かった。この異常は、この痛みは、雅神牙がそうさせているのだ。
この化け物が察知しているのだ。遠くの方……この戦場ではないどこかの場所にいる『何か』に……。
『こ、こちら練馬待機部隊!! 未確認巨大生物が襲撃!! 未確認巨大生物がしゅう……ガアアアアアアア!!』
「……!?」
通信に割り込んでいく、おぞましき断末魔。
その声を最後に、ノイズ音だけが響くようになった。
『岸田一佐! 今のは!?』
『という事は……こいつらは囮だったという事か!? おい、待機部隊聞こえるか!! 返事しろ!! くそっ!!』
『駄目です! 完全に連絡が取れません!!』
『近くの待機部隊に連絡だ!! 急げ!!』
岸田と部下の会話が聞こえてくる。美央は痛みを押さえ付けながらも確信した。
このイクサビト軍団は本命ではない。人間軍を引き付けた後に、本命を東京に送り込んだという訳だ。
高い知能を持っていなければ不可能な戦術。そしてイクサビトが人類より一枚上手だった事を意味している。
だが問題はそこではない。今、雅神牙が求めている。
遠くの方にいる何か……八つ裂きにしたいとイウ、ハカイショウドウ。
ハヤク……イカナケレバ……。
『!? 美央さん!?』
香奈の制止も聞かない。ただ美央は、雅神牙を海面へと走らせる。
海に飛び込む真紅の荒ぶる獣。それはとてつもない速度で、海を駆けて行った。
『神塚美央!! 何をやっている!! 戻れ!!』
岸田一佐の声……それも無視。
美央はただペダルを踏んでいる。まるで誰かに操られているかのように、ただまっすぐに海を泳いでいく。
雅神牙と共に……。
===
『光咲! 一体美央はどうしたんだ!?』
「分かりません!! ただ雅神牙と言っただけで……!!」
香奈は混乱していた。優里も同じで、突然の美央の行動に呆気を取られるしかなかった。
彼女が作戦無視をするような人間ではないし、香奈達を置いていくはずがないのは、香奈自身がよく知っている。しかし現に雅神牙は、何かを求めるように海へと向かっていったのだ。
もしかしたら、雅神牙が美央を……?
『光咲、まずはこいつからだろうが!!』
飛鳥の声。振り向くと、いつの間にか戻って来たアーマイラが見える。その機体が二体のイクサビトの死骸を持ちながら走っていた。
要塞型の機関銃を、イクサビトの強固な装甲で防いでいく。そうして足元へとたどり着いた時、まるで樹に這いつくばる昆虫のように登っていくアーマイラ。
脚にあるごくわずかな隙間。そこに四本腕を貫いて放電。さらには繊維を根こそぎ引きちぎる。
神牙を彷彿とさせる、暴力的で野性的な攻撃。装甲の間から飛び散る鮮血がアーマイラに付着し、要塞型がほんの少し崩れていった。
生物にとって大事なのは脚であり、そこを攻撃されると動く事が出来ない。ならば脚をひたすら攻撃すればいい。
「脚をやりましょう!!」
『分かっている!!』
『OK!!』
エグリム、戦陣改、そしてキングバック。三体の異なる機体が要塞型へと向かう。
脚へと跳躍し、クリーブトンファーで掻っ切っていくエグリム。他の脚も戦陣改がブースターユニットで浮遊しつつ、隙間に向けてガトリングガンで照射。
悲鳴を上げつつも、反撃とばかりに放たれる生体ミサイル。しかしエグリム達に向かう途中に、それはいきなり爆発をするのだった。
戦陣部隊が援護としてミサイルを撃ち落としたのだ。続けて戦旗部隊も脚に向かい、鉈で隙間へと斬撃。
溢れ出る血液。飛び散る繊維。脚に力が入らなくなった要塞型が、ぐらりとその巨体を倒れさせていく。
『倒れるぞ!! 後退しろ!!』
優里の叫びに後退する戦陣部隊。一方、一体のイクサビトが背後へと振り返っていくも、迫り来る巨体に潰されていった。
巨体の周りから溢れる海水。それがエグリムや他の機体に掛かるが、そんな事などお構いなしに次の目標を定める。
狙いは巨大な頭部。大体の生物は頭部を失えば、その動きを停止してしまう。
だが、
「ボオオオオオオオオオオオンン!!」
汽笛如き雄叫びが轟く。頭部の下部から触手が飛び出してきた。
蛇腹状になった無機質な触手が、人間側のアーマーギア部隊を串刺しにしてしまう。香奈も回避しようとするも、気付いた時にはエグリムの肩装甲が貫通されてしまった。
「ぐっ!? しまった!!」
すぐに引き抜こうとする。だが引っ掛かっているのか抜けない。しかも移動も出来ない。
そこに襲い掛かって来る複数の触手。次第に募っていく焦燥感。
そして、侵食していく絶望感。
「う、うわあああああああああ!!」
悲鳴が、エグリムのコックピットに轟いていく。
『光咲ぃいい!!』
エグリムの横から迫って来る巨体。
持っている鉈で、エグリムを貫いた触手を斬り落とす。迫って来る触手を、そのボディで受け止めていく。
溢れ出すオイル。飛び散る部品。その機体の名は――
戦陣改。
「……!!」
声が出なかった。目の前の現象が信じられなかった。
戦陣改が串刺しにされている。見れば分かる簡単な事なのに、理解が出来なかった。
戦陣改が、優里が、こんな事になっているのに。
『あ……がぁ……仲間にぃいいい……手をおおおおおぉ……!!』
血反吐の音が、優里の怨念の叫びが、香奈に聞こえてくる。
突如だった。戦陣改のブースターが火を噴く。串刺しにされながらも、要塞型イクサビトへと向かっていく。
左マニピュレーターに、血濡れした鉈を手にしながら。
『アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
複眼へと、鉈へと突き刺した。
飛び散る透明な液体に構わず、何度も何度も何度も……何度も鉈を叩き込む。例え触手が抉ろうとも、ボディを引き裂こうが、お構いなしに。
『お前……達は……いてはならない……存在だああぁ!!』
優里の叫び。振り下ろされる戦陣改の鉈。
血濡れになった頭部の複眼。その最後の一つを潰し、抉っていく。
――要塞型が動きを止めていった。触手も力なく垂れていき、ただの物となる。
イクサビトも全滅し、戦いは終わったのだ。
「……黒瀬……黒瀬二尉ぃいい!!」
右腕をもがれ、両脚をなくした戦陣改に、エグリムが向かう。
脇腹の緊急解放装置を捻るが、コックピットハッチが歪んでいるか開く事は出来ない。ならばと、エグリムで強引にこじ開ける香奈。
そして中が見えてきた。
「黒瀬二尉!! 黒……瀬……」
見てしまった。歪んだコックピットの中で、眠るように横たわる優里の姿を。
その腹に――触手が突き刺さっている事を。
「………………」
何で返事しないだろうか?
何で目を開けてくれないだろうか?
何で眠っているのだろうか?
疲れて眠っているのだろうか?
だとしたら救護班を呼ぶべきか? ……いや、そうではない。
もう、黒瀬優里は……彼女は……。
「……ア……アアア……アアアアア……アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
涙が零れていく。叫びが木霊する。
この静寂に満ちた戦場跡に、悲しみが膨れ上がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます