第四十七話 防衛戦

 砂浜が荒ぶる。八メートルもある戦陣部隊が、その上を走行しているからだ。

 両脚に施されたキャタピラが回転し、砂を飛ばしていく。そうして数十機の戦陣が、波打ち際へと配置された。

 後方には、アーマーローグ部隊と戦旗部隊が待機している。格闘戦の要である美央達は、イクサビトが来るまでひたすら待っていたのだ。


 彼女達の背後で、待機しているのが岸田。これはアーマーローグとアーマーギアを盾にしているのではなく、指示を仰ぐ人間としてそこにいるだけである。

 彼も場合によれば戦うのか、すぐ近くに戦陣を置いてある。決して腰抜けの無能指揮官ではないのだ。


『見えてきました!! 赤い光……赤い光です!!』


 ある戦陣パイロットの叫び。

 遥か前方の海面に、異変が起こる。深い闇に灯っていく赤い光――それが無数現れ、ゆっくりと岸へと向かっていく。

 あたかも海底から浮上する鬼火のようだ。美央の瞳が獣のように鋭くなる。


『では第一戦陣部隊、魚雷発射せよ!!』


 岸田の張り詰めた命令。

 波打ち際に並び立つ戦陣部隊が、ミサイルポッドから魚雷を発射。海へと潜った無数の鉄の塊が、赤い光へと真っすぐ突き進む。


 着弾。海面に巨大な水しぶきが発生。少し遅れて衝撃波と轟音が襲って来る。

 一機の戦陣が転びそうになる程、その突風は凄まじい物だった。神牙や他のアーマーローグでさえも、身を屈んで耐えるしかない。


 水しぶきの影響か、かすかに虹が見えたような感じに思えた。この戦場という場に似合わない、幻想的なシーン。


『……目標……健在です!! 繰り返す、目標健在です!!』


 水しぶきが消え、海面が落ち着く。そこから確認出来る赤い光が、イクサビトの健在を意味している。

 当然な結果だと、冷めた考えを抱く美央。恐らくだが変異級と同じく装甲が硬化しており、銃火器の耐性を持っていると思われる。

 魚雷の威力からして倒した個体はいるだろうが、数はそこまで減っていないだろう。上陸は免れない。


『……来る』


 優里の言った通り、海面からそれは浮上してきた。

 赤い単眼を持った巨人。その白い装甲に水を滴り落とし、ゆっくりと上半身を上げていく。

 どの個体も右手を剣に変化させている。人類部隊に敵意を見せている証であり、戦争の狼煙のろしでもある。


 ついに、始まるのだ。


『砲撃開始いい!!』


 戦陣部隊から放たれる90mmガトリングガンの雨。

 人間が喰らえばミンチどころか蒸発をする弾丸が、イクサビトの体表に着弾していく。やはりイクサビトには全くの無効化――ただ運悪く単眼に当たった個体が存在し、ふらりと倒れていった。

 

 海を蹴って走り出すイクサビト。同時に戦陣部隊が発砲をしながら下がっていき、ある機体群とすれ違う。

 神牙を筆頭としたアーマーローグと、戦旗部隊。


『ほんじゃ、先に行くよ!!』


 先攻するのはフェイことキングバック。その機体が前に出ると、戦陣部隊が砲撃を停止させた。

 背中からバトルアックスを取り出し、振るう。大質量の塊がイクサビトに直撃すると、少しだけだが装甲がひしゃげる。

 剣で襲い掛かる個体に、頭部を殴り付けたキングバック。そして砂浜に接地させた後、飛び散っていく砂塵。


 機体の最大の武器『パイルパンチ』。イクサビトは砂の中でただの残骸と化していた。


『狼狽えるなよ! 続け続け!!』

『私達の力を見せるのよ!!』


 この声は戦旗部隊の新城と佐藤。今、四機の戦旗が果敢に立ち向かっていたのだ。

 腰に据えられた二基のブースターユニットを吹かし、砂浜の上を自在に滑走。機動性に翻弄されるイクサビトへと、手持ち武器の鉈を叩き付けていく。


 わずかにある隙間を掻っ切り、ほとばしる緑色の血しぶき。そして単眼へと右腕のガトリングガンを突き刺して連射。

 わずか数十秒で三体のイクサビトが沈黙。後継機故の高い性能が垣間見れる。


 他の機体も応戦を開始した。クリーブトンファーで切り裂くエグリム。ワイヤーで電磁鋭爪を射出し、放電を浴びせるアーマイラ。そして戦旗と同様の鉈で叩き潰す戦陣改。

 日本に入れてはならない――防人さきもりの熱い意志が、この戦場で具現化されたかのようである。


 しかしそれとは正反対の、荒ぶる破壊衝動があった。


「オオオオオオオオオオオオンン!!」


 戦場に轟く、獣の咆哮

 ある戦陣がその方向を見ると、紅き獣が跳躍していた。その落下スピードでイクサビトを踏み付け、砂塵を撒き散らしていく。

 まるで血に飢えているかのように、頭部へと掴んで引きちぎった。あんなに手間をかけて倒していたイクサビトを、獣はただ頭部を引きちぎっただけで殺したのだ。


 雅神牙――それが獣の名。雅神牙の背後からイクサビトが向かって来るが、雅神牙は振り返ろうとしなかった。

 振り返る必要はなかったのだ。尻尾の先端にある三本爪テールクロー――それで胴体突き刺し、抉り取る。

 零れる繊維。崩れ落ちるイクサビト。そして、高らかに咆哮する雅神牙。一部始終を見ていた戦陣パイロットは、ただその様子を無言で見つめていた。


「さぁ、次は誰だ!?」


 雅神牙の中で美央が笑っている。凶暴性を露わにし、虐殺を楽しんでいるかのような笑みだ。

 精神が高揚しているのだ。恐らくはギアインターフェイスとのリンクにより、雅神牙の凶暴性が伝わっているのかもしれない。そう美央は思っている。


 異常と思える状態だが、むしろ悪くない。この化け物をなぶり殺す瞬間、化け物を八つ裂きにする瞬間……それが一つ一つ味わえる事が出来る。

 この力を持ってすれば、父の否定だって出来るはずだ。


「ハアアアアアアアア!!」

「オオオオオオオオオオオオンンンンン!!」


 美央と雅神牙の咆哮が同調する。機械ロボットとは思えない速度で爆走――三体のイクサビトへと肉薄。

 イクサビトからの銃撃。雅神牙が目に留まらぬ速度で、銃弾の雨を回避。さらに接近し、爪を突き立てる。

 すれ違いざまの斬り捨てが、三体いっぺんに泣き別れにする。紅き獣はさらに、エグリムの背後を狙っていたイクサビトと激突した。


 装甲の隙間に右腕を入れ、装甲を引き剝がす。そして露わになった肉体に、貫通杭弾を叩き込んだ。

 たったそれだけ、それだけなのに、美央は達成感の笑みを浮かんでいた。


『すいません、美央さん!!』

「大丈夫だ!!」


 それでも仲間へのフォローを忘れない。彼女の人間性と獣性が同時に垣間見える。

 そんな彼女が、ある光景を目にした。


『うわああああ!! 助けてくれええ!! ぎゃあああああああ!!』


 イクサビトに馬乗りにされた戦陣。コックピットに異形の手が添えられた時、まるで皮膚が溶けていくように浸透していくのだ。

 暴れていた戦陣の動きが弱まっていく。パイロットの声でさえも……。


『助け……あっ、あが……あああ……』


 パイロットがどうなっているのか、直接見なくても分かってしまう。

 やがて戦陣はもう一体のイクサビトとなり、ゆっくりと立ち上がる。その瞬間を見て、イクサビトはアーマーギアがある限り増殖する事を知る美央。


 元を絶たねば、全アーマーギアがイクサビト化してしまう事だろう。


『……!? 海面に巨大な反応あり!! 気を付けろ皆!!』


 優里の声が聞こえてくる。美央もモニターへと目を落とすと、一つの反応が出ていた。

 大きい。他のイクサビトは比べ物にならない巨大さ。モニターから海面へと向いた美央が、それをハッキリと捉えた。


「ボオオオオオオオオオオオオオンンン……」


 汽笛を思わせる咆哮を上げたのは、建物のような何かである。

 柱に相当する太い部位が四つあり、海面に踏み締めている。無機質な純白な壁面が胴体であるならば、先端にある仮面状のオブジェが頭部だろうか。頭部には、赤く光る線が三つ並んでいる。

 いや、その線をよく見ると、単眼が並んでいるのだった。遠目だと線に見えるだけで、実際は複眼だったのだ。


 三十メートルを誇る要塞型のイクサビト。今まさに撃破している個体群が『兵士級』であるならば、この要塞型はさしずめ『変異級』と言った所か。


 変異級のイクサビトがゆっくりと柱……いや太い脚を動かしていく。そして、身体中から無数の弾丸を放った。


『なっ!? ぐあああああああ!!』


 イクサビトを撃破した戦陣に、弾丸が着弾。一瞬にして蜂の巣になってしまった。

 二機目、三機目と犠牲者が増えていく。戦陣部隊はひとまず、両腕でコックピットを防御しながら後退。アーマーローグもまた例外ではなく、背後へと下がった。


「概ね都市制圧用か……」


 これだけの巨大さと広範囲に及ぶ火力。このイクサビトを使って都市を攻撃する算段だろうか。本格的に、イクサビト共が人類を殲滅しようとしているのがよく分かる。

 別に美央は都市を守ろうという正義感を持っていないし、平和を想う心もない。ただイジン=イクサビトを倒す事が出来るのならばそれでいい。


 そう、それでいいのだ。


「潰してやる……」


 雅神牙の青いカメラアイ。その中に秘める生物の瞳がカッと見開く。

 まるでそれは、美央の破壊衝動に呼応するかのように。




 ===




「慌てないように一人ずつ入って下さい!!」

「まだ時間はありますので焦らず、落ち着いて入って下さい!!」


 武器開発企業キサラギの前には、多数の軍用車両が並んでいる。そこへと並んで入っていく、キサラギの社員。

 今、彼らが防衛軍の指示によって避難されようとしている。無論そこだけではなく、東京全体の住民も避難勧告が出されている。


 今まさに、海岸でイクサビトが出現しているのだ。距離は離れているのだが、こちらへと向かって来ないという保証はどこにもないのだ。


「薩摩さん、大丈夫ですか?」

「おお! これ位何ともないですって!」


 社員の背後では如月と薩摩がいる。段ボールを持っている薩摩に如月が尋ねるが、彼が微笑んで首を振る。

 その対応に「そうですか……」と遠慮気味になる如月。ふと、その薩摩が上の空で呟いた。


「神塚ちゃん達、今頃は戦っているだろうな」

「…………」


 確かに美央は、イクサビトと戦っている。

 彼女にとって、あれは父親が生み出してしまった負の遺産であり、破壊すべき存在。だからこそ神牙が化け物になっても戦う。


 如月は正直不安に思っている。無事で帰って来るのかどうかも分からない。

 だが、それでも信じたかった。


「あいつと光咲さん達は必ず帰ってきます。例え機体がボロボロになっても、元気に帰って来ると」

「……そうですな。やられるようなタマじゃありませんしね!」


「ガハハハハハ!」と、この場に響かんばかりの大笑いをする薩摩。避難している社員が怪訝そうに振り向くも、彼は笑うのをやめなかった。

 少し呆れる如月だったが、それでも何か救われたような気分になった。そして彼女は思う。


 ――美央達、生きて帰ってくれ。




「……ん? 何だ?」


 ふと、社員の一人が呟く。同時に如月は気付いた。

 音だ。どこから発生しているのか不明だが、微かな音が聞こえてくる。あまり耳を澄まさないと気付かない程にだ。

 地割れを思わせるような鈍い音。しかも徐々にハッキリと聞こえ、社員や防衛軍軍人を困惑させていく。


 その時――遠くの地面が割れた。


「なっ!?」


 驚愕する如月。そして彼女は見た――周りの地面が次々と割れていくのを。

 地面から飛び出してくる巨大な物体。それが空中で停止し、如月達を見下ろしていく。


「…………」


 この場にいてはならない存在。その正体をハッキリと認識した時、如月がそう察した。

 刹那、光が放たれる。その光がまっすぐと如月達に向かい……




 意識が閉ざされた。

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