第四十六話 抹殺、殲滅、そして復讐
暗い深海が広がっている。
全てを塗り潰す闇。光という概念はない世界は、それ相応に発達した海洋生物以外、決して立ち入事は出来ない。
海に満たされた空間もまた静けさを増している。泡の音が聞こえていくも、すぐに儚く消えていった。
だが、海が突如として荒ぶる。
闇の空間に、巨大な何かが泳いできたのだ。一体だけではなく、二体……三体……四体……無数はある。そしてどれも、禍々しい赤い光を放っている。
だが、一体だけ黄色く光る双眼をしていた。先頭に立っているその存在が、無数の赤い光の長である事を示唆している。
双眼に宿る感情――それは憎悪。
彼の思念が、はるか遠くまで放たれていく。
===
――夜を迎える。
房総半島の海岸を満月が照らしてくれる。波の穏やかな立たせ方も相まって、どこか安心出来る静寂さを増していた。
ある地方には、満月ではない光が灯っていた。人間が用意した巨大ランプ――そう、ここは防衛軍が用意した対イクサビトの簡易基地である。
衣食住を兼ねた大量のテント。その周りをアーマーギアと呼ぶ鉄巨人と、アーマーローグと呼ぶ鉄巨獣が並び立っている。
さらに離れた場所には、補給や弾薬補充を目的とした簡易基地が複数用意されている。先程の工事も一旦は終了しているが、十分に使用出来る程に完成はされている。
そして海を睨み付けている防衛軍の偵察部隊。生身のまま赤外線カメラで覗いている者もいれば、戦陣に乗ってしきりに頭部を動かしている者もいる。いつ来てもイクサビトがいいように、彼らは注意を怠らない。
「では作戦を伝える」
一段と広い簡易テントの中で、数十人の人間が集まっていた。
美央を筆頭としたアーマーローグメンバー。この迎撃部隊の指揮官を任せられた、元京都基地出身の岸田進一佐。そして、最新鋭機である戦旗と戦陣のパイロット達。
修羅を潜り抜けた戦士達。彼らの前で岸田が説明をするのだった。
「未確認巨大生物は、アーマーギアを狙いに日本に襲来すると予想される。しかもラスベガスを壊滅させた奴らだ――相当の戦力を持って向かってくる事だろう。なので、この海岸で徹底的に潰す。
まず向かってくる目標対象に対し、第一戦陣部隊が魚雷を発射。その後、上陸するのならば、第二戦陣部隊のミサイルで掃討。
そしてアーマーローグ部隊や戦旗部隊で、残りの未確認巨大生物を掃討する。神塚、新城、遠慮なく奴らをぶっ叩け」
「了解」
「了解です!」
美央の後に威勢よく返事したのは、戦旗部隊隊長である
やや長い茶髪が特徴的な青年。外見年齢は二十代前半辺りと思われ、『熱血』が似合いそうな男である。
その隣にいるのが副隊長の
「……いいか。奴らはアーマーギアの性能を取り込んだ化け物だ。勝っても負けても被害は被る」
岸田が真剣な眼差しで語る。まるで美央達に警告をするかのように。
「だが我々は、国民や国を守る義務がある。その二つをあの化け物共が蹂躙しようとしている。
だから我々もあの化け物共を蹂躙し、殲滅するのだ。徹底的にな!!」
「「「了解!!」」」
美央と飛鳥、フェイを除いた群衆が、一斉に敬礼を決める。
動揺しながらも、同じように敬礼をする飛鳥とフェイ。そして間をおいて、ゆっくりと手を掲げる美央。
その彼の想いは、父へのケジメと否定を目的とした美央と異なっている。だがここでその思いを否定する程、彼女は馬鹿ではない。
「では作戦まで待機。襲撃がなかった場合、〇〇〇二に就寝だ」
岸田の言葉で、ぞろぞろと外へと出ていく戦士達。
眠気が襲ってくる。外に出た途端に、美央の口から出るあくび。特にやる事ないし、そろそろ眠ってしまおうかと考えがよぎった。
「ねぇ、皆。ちょっとコーヒーでも飲む?」
そう言ったのは、キングバックのパイロットであるフェイだった。
彼女へと美央達が振り返っていく。それから美央が一瞬考え、答えた。
「まぁ、いいですけど……」
「じゃあ、しようしよう」
香奈達は無言だったが、その誘いに乗る事になった。それから支給されたコーヒーの紙コップを手に、砂浜の流木へと座る五人。
なお美央だけはコーヒーではなく、ココアが入った紙コップを持っている。彼女がコーヒーが苦手であるというのは、香奈達がよく知っている。
「いやぁ、星を見ながら飲むのも最高だねぇ」
コーヒーを片手に、夜空を見上げるフェイ。
美央も見上げるが、星はそこまでなかった。一応あるにはあるのだが、
人類の発展の為に起こった犠牲。思えばイジン誕生は、そういった発展のしっぺ返しという一面もある。
娘を幸せにしようと考えていた、馬鹿な父親の為に。
「……フェイさん、どうしたんですか? 何か様子が変ですけど……」
フェイの様子が、今までと違うように思える。
何か慌てているような感じ。いつもは飄々している彼女にしては変である。
その彼女が、星から美央達へと向いていく。表情がどこか悲しげだった。
「……いやね。私達って死ぬかもしれないじゃん? だって相手はラスベガスを壊滅させた奴だし」
「…………」
死ぬ。これまで意識していなかった、この世で最も恐ろしい現象。
今まで美央達は運がよかったのかもしれない。だが一歩間違えれば、誰かがこの世を去っていたのかもしれない。
仲間を大事に思っている美央にとっては、おぞましい結果だ。一瞬だけその光景――香奈達が死ぬ
それでも震えを、自制的に止めた。自分がそうなっていると悟られないように……。
「……ああ、いや。私は信じているんだよ? 皆が生きて帰るってさ。だからこのコーヒーの……飲み会って奴? これは皆が生きて帰ろうという証みたいな奴なんだよ」
「……飲み会って言わないっすね、これ」
フェイへと呆れながら言ったのは飛鳥だった。
その彼にひじ打ちをする優里。相当の威力があったのか、実に痛そうに悶絶していた。
「……確かに死ぬ……よくても無事でいられないのかもしれない」
小さな口から、小さな声が出てくる。
口にしたのは、他ならぬ美央である。皆の視線が集まった時、彼女が決意の瞳を向けたのだ。
「それでも私は皆が生きて帰ると信じている。例えどんな事があっても、必ずキサラギに戻るって……」
「……いい事言うじゃないの、美央……」
フェイに微笑みが出てくる。その彼女が立ち上がり、美央の元へと向かっていった。
何するのかと思えば、怪訝な美央を強く抱き締める。
「うわっ」
「やっぱ美央って可愛いよ~。はぁ、本当に可愛い~」
美央程ではないが、それなりにある胸に美央の顔を埋もれさせた。
柔らかさと香りが同時に来る。美央は母を物心を付く前に亡くしており、このような香りを味わうのは初めてである。
死への緊張が完全に消えてしまった。フェイが意識的にやった訳ではないが、それでも何か安心が湧いてくる。
「……ありがとうございます。フェイさん」
「いいのいいの。よし、香奈も抱こうか」
「えっ? あたしは別に……キャっ!?」
「いやぁ~暖かい。二人とも可愛い~」
香奈もまたフェイに抱き付かれた。これで美央と香奈は、フェイの『両手に花』状態にされている。
香奈の頬と耳が真っ赤に染まっていく。間近でその表情が見れるので、思わず美央は微笑んでしまう。
「大丈夫よ香奈。君達は絶対に死なないから……」
「……美央さん……」
柔らかいショートの髪を、優しく撫でていく。
自分に妹がいればこんなのだろうか。そう思ってくると愛おしく想い、大切にしたいと思ってしまう。
――あの
「……ん?」
違和感を感じた。美央や香奈達が、怪訝な表情をしていく。
怪訝の正体。照明の為に置かれたランプが、突如として点滅していたのだ。それも一つだけではなく、全部が不規則に点いたり消えたりしている。
まるでそれは、見えない誰かがやっているかのようだった。
「何だ……モニターの様子が……」
「こちらもです!!」
「こっちもだ! 操作を受け付けない!?」
聞こえてくるざわめき。美央達が確かめようと、近くにあるテントへと向かっていった。
パソコンと巨大モニターに、異常なノイズが発生している。背景がかき回した絵具のように渦巻き、元々の映像を把握する事が出来ないようになってしまう。
そして『プツン』という音と共に、画面は真っ白になってしまった。
『核攻撃』
「……!?」
真っ白な画面に、黒い文章。
それが砂のように消え失せ……
『殲滅』
また出てくる。
「……何だ……これは……?」
その場にいた岸田の呟きが、美央達の代弁となる。
続けて単語が出てくる。『理解不能』……『人間』……『脆弱』……『敵』……『憎しみ』……それは、まるで語り掛けるかのように。
そして最後の文字は、
『抹殺』
「……イクサビト……?」
勘だった。美央のその言葉は、確証がない単なる推測である。
今までの単語を照らし合わせると、どう見てもイクサビト側のメッセージとしか思えない。そして美央に出された結論は、
『イクサビトによる復讐』。
「っ!? 約千メートルの海中に無数の反応!! 奴らが来た模様!!」
その刹那だった。
レーダー探知機と面向かっていた軍人の叫び。美央達が振り向くと、その探知機に赤い光が無数広がっていた。
奴らが来たのだ。あのイクサビトが、人類に全面対決を仕掛けようとしている怪物達が。
「岸田一佐!!」
「分かっている!! 未確認巨大生物が進行中!! 総員、戦闘配置に付け!! 繰り返す、戦闘配置に付け!!」
岸田が無線機を取り出す。そこへと声を与えると、各所に用意されたスピーカーから彼の声が放たれる。
防衛軍が慌ただしくなった。補給基地に向かう者、戦陣などのアーマーギアに乗り込む者。美央達もまた、各々の機体へと駆け込んで乗り込んでいく。
「…………」
雅神牙に乗り込んだ美央がギアインターフェイスをはめこもうとした時、その動きが止まった。
一瞬にして起こった、雅神牙への疑念。だがそれを振り払うように、すぐにインターフェイスを両手両足に装着する。
そして彼女は感じた。脳がはちきれるような痛みが襲ってくる。
「グッ……そうか……お前が原因のようね……」
雅神牙の考えが分かってくる。
彼は血に飢えているのだ。破壊し、ねじ伏せ、八つ裂きにしようとする、怪物的な破壊衝動。それを満たしてくれるのが、イクサビトに他ならない。
その破壊衝動に、イクサビトが何らかの方法で感じ取ったのだろう。そうすれば奴らが来たのも頷けれる。
だからこそ、美央は笑った。
「……そんなに欲しいならくれてやるわ……たっぷりとね!」
そこまで血が欲しいなら、思う存分くれてやるだけ。
美央が操縦桿を握り締める。同時に雅神牙の三つの青い瞳が、禍々しく光るのだった。
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