第四十五話 迎撃地点の建造

 優里は東京基地からキサラギに向かう為、軍用車を使用している。それに乗って東京基地へと向かう美央達。

 優里の口から出た川北司令。基地司令だというのは聞かされた事があったのだが、美央はまだ一度も会ってはいない。優里が仲介になるので会う必要がなかったというのが正確か。


 もちろん、東京基地に行くのも初めてである。アーマーローグメンバーで入った事がないのは美央とフェイ。飛鳥の方はトラブルで退役したからか、嫌そうな顔を終始していた。

 そんな彼に口元を綻ばせる美央。彼女は助手席に乗って、移り変わる風景を惰性だせい的に見ていた。その間に時間が流れていき、ついに東京基地へと到着するのである。


 中に入り、廊下を突き進んでいく。その際、多数の軍人達が優里へと敬礼するのだった。

 美央に対しては疑念の視線。あるいは美しさから由来する渇望の眼差し。対し美央はそれどころじゃないのか、その眼差しに気付く事はなかった。


「失礼いたします」


 ある部屋に到着する一同。中にいたのは、デスクに座る小太りの男性。

 川北友幸基地司令。彼に対して、香奈と優里が敬礼をする。


「黒瀬二尉以下四名、ただいま到着しました」

「うむ、ご苦労。それで君が神塚美央君だね?」


 彼の温和そうな瞳が、美央を眺める。

 初めて会う故に、妙な気分が美央を襲う。基地司令と言うからには、もっと厳つい男性と思っていたからだ。

 それでも彼女は、深々と頭を下げる。


「え、ええ……初めまして。私が雅神牙のパイロット、神塚美央と申します」

「基地司令の川北友幸だ、初めまして。それと……君の雅神牙に対する話は、黒瀬二尉から聞いている」

「…………」

「雅神牙の真実は、この場にいる人間しか知らない。だがいずれはバレるだろうし、あの化け物に何かがあればこちらも黙っていない。それをよく知っておいてくれ」


 川北は、雅神牙をイジンと同等の危険生物と見なしている訳である。未だ不明な部分もある故に、防衛軍に携わる者として当然の義務だ。

 今の言葉は『雅神牙が牙を剥くようであれば始末する』という警告が含まれている。美央はその意味を知り、そして頷く。


「分かっています。その時は覚悟しています」

「……それはよかった。ではこの話は後にして、そろそろ本題に入ろうとしようか」


 デスクから立ち上がる川北。美央達の元に立ち、用件を話す。


「一時間前、ラスベガスが融合体の襲撃を受けたのは知っているね?」

「ええ……」

「君がイクサビトと名付けたようだから、一応この場で使う事にする。で、そのイクサビトはラスベガスを壊滅させた後、太平洋へと姿を消した。

 何でも米軍は核攻撃を行おうとしたのだが、まだ部隊や市民が大勢いたので断念したそうだ」


 確かにイクサビトと言えども、核には耐えられないだろう。イジン巣窟への核攻撃が、それを物語っている。

 だが軍と市民を犠牲にしてまで核を放つ程、米軍も馬鹿ではない。その結果、逃げられる結果となってしまったのだが。


「その報告を聞いた上層部はこう判断したのだ――『奴らは再び太平洋から襲撃してくる』とね。だから今日から、太平洋側に戦力を集中させる事に決定したのだ」

「……その戦力に私が入っているという事に」

「特別戦力だからね。外さない訳がない」


 イジン対策の要であるアーマーローグ。その話から外すという馬鹿はおるまい。

 もちろん美央は心の中で賛同をする。イクサビトを雅神牙で刈り尽くす――またとない好機チャンスである。


「場所は千葉県の房総ぼうそう半島。二十四時間で警備するので、寝床も食事も用意されている。さらに弾薬や推進剤が補給出来る簡易基地も用意するつもりだ

 結構大掛かりな作業にはなるが、それでも必ずは完成させるつもりだ」


 いつ来るのか分からない、大いなる災厄――イクサビト。

 美央は取るに足らない父親の遺産だと思い、積み木を壊すようにねじ伏せていった。それはあくまで自己満足。

 だが防衛軍は違う。彼らには守らなければならない国や市民がある。だからこうしてイクサビトを街に入れてはならないと、準備を始めようとしている。


 目的は違うが、美央と防衛軍のやり方は一緒なのだ。共同しない訳にいかない。


「川北司令、お話がありますが……」

「ん、何だね? 言ってごらんなさい」


 川北が聞いてくる。美央は考えた事を、ありのままに伝えるのだった。



 

 ――その後、美央は一人で人気ない廊下へと向かう。そこで携帯端末を取り出し、ある者と連絡を取っていた。


「……という訳なの。だからしばらくは帰れないのかもしれないわ」

『……そうか』


 如月の乾いた返事が返って来る。

 川北が示した作戦に、美央達は参加する事になった。アーマーローグは房総半島の迎撃地点に移動させ、そこでイクサビトが来るのを待つのだ。


 そして念の為、東京内の住民には内陸に避難させる予定である。


「まぁ、千葉に行くそうだからお土産買っていくね。何がいい?」

『……そうだな。まぁ、適当に買ってきてくれ。何て冗談はともかく、本当にあの雅神牙で行くんだな?』

「……ええ、あれさえあればイクサビトに対抗出来るもの」


 偶発的ながらも、手に入った荒ぶる神の力。

 それを忌々しい化け物達に使わない手はない。


「でも私は死ぬつもりはないわ。必ず帰って来るから」

『……分かった。じゃあ気を付けるんだぞ』

「うん、じゃあね」


 通話を切る。その後、休憩所で待機している仲間達と合流する為、美央は歩き始める。

 その間に彼女は考えていた。雅神牙を……あんな人智を超えた存在を操っている以上、操縦者である自身が無事でいられるはずがないと。それこそ死ぬよりもおぞましい何かが待ち受けているのかもしれない。


 それでも美央は如月に言わなかった。もちろん香奈達にも言うまい。

 そもそもイジンは父のヘマから来たのである。その尻拭いをするのが娘である美央の役目。


 例えこの身が滅びようとも、彼女は蹂躙を止めない。


「……おい、貴様は確か……」

「ん?」


 背後から声が聞こえた。偉そうな男性の声である。

 怪訝に思いながらも振り返る美央。そこに立っていたのは、まるで岩のような厳つい男性。


「あっ」


 見覚えがあった。

 確か彼の名は、岸田進。京都に出現した大蛇型イジン――その掃討作戦の指揮官だ。




 ===




 千葉県房総半島。

 千葉県の過半を占める半島であり、太平洋に囲まれた場所である。ここもまたイジンの襲撃を受けた経歴があり、戦陣部隊の決死の攻撃によって掃討する事に成功した。

 しかし今度はイジンではなく、融合体イクサビトである。故に防衛軍は、その海岸にある物を建造しようとしていた。


『よーし! そのままそのまま!!』

『急げ!! 時間がないんだぞ!!』

『グズグズするな!!』


 男性の怒声。彼らは防衛軍であり、ただいま補給基地の建造を行っていた。

 アーマギアはあくまでも兵器であり、弾薬や推進剤などの消費物がある。この海岸でイクサビトを迎え撃つ為、補給を円滑に行う基地が必要なのだ。


 基地と言っても簡易基地なので、簡易テントの近くに格納庫のような建物を建てるだけである。基地にアーマーギアが来たら、軍人が周りに集まって補給するという仕組みである。

 組み立てには工事用アーマーギア――ユンボルが使用された。重機に手足が付いたような姿をしていながらも、最も汎用性が高い逸品。


 この補給簡易基地の建造には、もっと役に立っていた。


『よーし! ユンボル55!! そのまま来い!!』


 区別の為に、ユンボルの語尾に番号が振られている。そのユンボル55が男性の指示に従い、一本の鉄骨を持ちながら歩いていった。

 鉄骨を指定された場所へと、縦に置く。そのまま作業員が土台に固定した後、ゆっくりと鉄骨を離した。


「ふぅ、やっぱ楽ね」


 ユンボル55の操縦者。それは作業服を着た神塚美央である。

 別に強制的にやらされている訳ではなく、彼女自身から志願したのだ。それを川北司令に頼んだら快く受け入れてくれて、今に至る訳である。


 生身の体力は関係ないので、技術さえあればユンボルを操縦出来る。アーマーローグを操っている故に、美央にとってこの操縦は造作もない。

 彼女だけではない。香奈達もユンボルで工事を行っている。塹壕堀り、弾薬などの補給物資が入ったコンテナの運搬。皆、与えられた仕事を黙々とこなしていた。


『よぉし!! 一旦昼飯だ!! たっぷり食って仕事に掛かるぞ!!』


 コックピット内に響く叫び声。工事を指揮している岸田進一佐の声だ。

 彼の一声で、防衛軍軍人が作業を中断。美央達もまたユンボルを指定の場所に戻し、コックピットから降り立った。


「おお、貴様らもさっさと食え。腹減っては戦は出来ぬと言うだろう」

「どうも。京都基地から異動しても態度変わっていないですね」

「しゃらくさい」


 美央の軽い皮肉に、岸田はただ突っ込みを入れるだけである。

 実は、京都基地から東京基地に異動されたらしい。優秀な指揮官でもあるので(大蛇型イジンは群体というイレギュラーがなければ勝ってた)、このイクサビト迎撃に駆り出されたとか。


 簡易テントから食事を持ち帰る美央。トレイに置かれた大きな缶が一つ、普通の缶が三つ――いわゆるレーションである。


 美央達は海岸に放置された流木の上で、その食事にありついた。


「レーションなんて初めてよ。どんな味がするんだろう……」

「私達は何回も食べていますけどね」

「まぁ、マズくはないから安心しろ」


(一応)民間人の美央は初めてで、香奈と優里は軍人であるので慣れている模様。

 では飛鳥とフェイがどうなのかと、美央が尋ねる。


「飛鳥とフェイさんは?」

「あん? すぐに防衛軍やめたから食った事がねぇよ」

「私もないでござる」

「ふーん、そっか。……あっ、意外と美味しい」


 缶詰に入っていた肉の煮物。食べてみると結構美味しかった。

 見た目はゲテモノだが、外見に惑わされていけないとはこういう事か。


「神塚美央」


 ちょうどその時、岸田がやって来た。

 美央は怪訝に思いつつも、彼に振り向く。


「どうしました?」

「どうしたもこうもない。神牙を改修でもしたのか?」


 岸田が指差す先にある、並び立ったアーマーギア。

 数十機の戦陣、新しく配備された四機の戦旗(何でも五機目は戦陣改のパーツにされたらしい)、そして四機のアーマーローグと戦陣改。

 その一機である雅神牙を見て、不思議に思ったのだろう。彼の言う通り、改修をしたのかと思うのが普通である。


 普通ならば……。


「……ええ、性能も上げているつもりです」

「つもりか……そういった曖昧な言葉は嫌いでな。ちゃんと上げていなければ困る。相手は今までの未確認巨大生物とは桁違いだからな」

「……そうですね。まぁ、いずれにしても……」


 美央の、食事の手が止まる。

 その獣の如き眼光が、岸田をまっすぐ捉えた。


「私は奴らを、皆殺しにするつもりですから……」

「……物騒だな。まぁ、しかし……」


 美央達から背を向けていく岸田。

 そのまま歩いていく……かと思えば、ただ一言美央に託した。


「期待しているからな、小娘」

「……ええ」


 岸田の姿が、美央達から離れていく。

 期待している。そこまで言われたら、雅神牙をもって答えるまで。美央は少しだけ、口角を上げるのだった。

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