第三章 殲滅編

第十四話 訓練開始

 ――2053年11月3日。


 この日に報道されたニュースが、世界を震撼させる事となる。


『工事用アーマーギアなどを輸出していた日本の貨物船『海流丸かいりゅうまる』が撃沈。海上保安庁は人為的な仕業から、テロによる可能性を……』


 画面には広大な海が広がっている。そこには何と真っ二つに両断された貨物船が浮いていた。

 噴出する黒い煙。海に溶け込むように広がっていく重油。その重油の上に燃え上がる炎。思わず目を背けたくなる程の、実に無残な光景。


 アナウンサーの報告によれば、生存者は全くのゼロ。故に何が起こったのか判明出来ず、次第に人災として処理されようとしていた。


 次の映像がなければ……。


『み、見えますでしょうか!? 巨大な……巨大な生物の背中です!! どう見てもクジラのではありません!!』


 現地でヘリに乗っている男性リポーターの、ヒステリックなまでの叫び声。

 彼とカメラが捉えたのは、船の近くに泳いでいく巨大な生物の背中だった。海面から覗かせている濁った白い皮膚が、クジラなどの既存巨大生物とは別物である事を物語っている。


 言わば『巨大不明生物』と呼ぶべき存在が、映像を見た人々の目に焼き付けていった。


 巨大不明生物は何かに導かれるように海の中を泳いでいった。そうして着いた先は、日本の首都――東京である。


『信じられません……全く信じられません!! 見えますでしょうか、この世の者とは思えない巨大生物の姿を!! 本当に信じられません!!』


 海から追っていた男性リポーターのヘリが見たのは、陸に上がった巨大不明生物の姿である。

 異形だった。あるいは醜悪とも言うべきだろうか。口のない頭部には赤く光る複眼が六つ。長い手足の先には鋭い鉤爪。そしてその大きさは十メートル。


 遂に人類の前に正体を露わにした異形は、人口密集地へと侵入。何と人や野良犬、しまいには工事用のアーマーギアを捕食していったのだ。

 おぞましい暴食をする生物に対し、防衛軍は最新兵器であるアーマーギア――戦陣を出動させる。このアーマーギアは汎用性に優れている為、巨大不明生物に効果があるのではないかと防衛軍が判断したのだ。


 街を巻き込んだ激しい戦闘。戦陣の攻撃を掻い潜り、一機ずつ破壊していく巨大不明生物。やがて多数のパイロットを犠牲に、巨大不明生物は掃討されていった。


 犠牲者の数は決して少なくない、この生物災害。これで終わりかと思った矢先、二週間後には全く同種の生物が出現したのだ。

 人間やアーマーギアを捕食する未知の生物。やがて彼らは『未確認巨大生物』と呼称され、それまで存在していなかった『人類の天敵』として蹂躙する事となる。


 未確認巨大生物災害は一年も続いている。そして今でも、その脅威は去る事はなかったのだった……。




 ===




 ――2054年6月25日。


「中々面白いデータだな……」


 梅雨の時期である為か、どんよりとした厚い雲から雨が降り注いでいく。

 そんな中、美央達がキサラギ内の会議室に集まっていた。美央と如月が用意した資料を、香奈と優里と飛鳥が集まって閲覧している。


 その資料はイジン関連の物だ。まずイジンは海底で生物を捕食あるいは吸収している為か、あらゆる遺伝子情報(あくまで自分達のではない仮初の遺伝子だが)を内包しているとされている。

 故に無数の遺伝子を利用した自己進化が可能。あらゆる形態と能力を持つ可能性が予想されている――と書かれていた。


「人型と蜘蛛型……便宜上は兵士級と兵士級改と呼ぶけど。その兵士級が敵に対して自己進化を起こして、強固な甲殻を持った変異級イジンになる。まぁ、ここまでは前に言ったよね」


 香奈達に説明をする美央。

 一緒にイジン殲滅をする仲間に、その情報提供をしているのだ。


「変異級イジンは基本砲撃に耐えるよう甲殻を強化する。その時に動きづらくならないよう、必ず甲殻に隙間が生じるって訳。だからあいつらへの攻撃手段は、三つの手段がある。

 一つ目は装甲の隙間を鋭利な武器で突き刺す事。二つ目はアーマイラのように電撃を浴びせる事。そして三つ目は振動か大火力で内部にダメージを与える事。だからアーマーローグは……」

「鋭い武器で構成されている……だな?」

「お見事、さすが黒瀬さん」


 指を鳴らししつつ優里を指差す。

 だからこそ神牙のような獣の姿は合理的である。怪獣を倒す為には怪獣が必要という、ある意味では皮肉とも言える結果であるが。

 

「でも資料に乗っているように、イジンは遺伝子を作用して自己進化を引き起こす。私達すらどうなるか予想出来ないし、そもそも人間では解明出来ない事も起こるのかもしれない。

 ……場合によればアーマーギアでもアーマーローグでも、歯が立たない存在になる可能性もある」


 低く、絶望的な事実を告げる。

 香奈も優里も、飛鳥も息を吞んでいく。イジンが手を付けられない存在になってしまったら、人類は瞬く間に滅んでしまうのだろう。

 

 すると、笑顔を見せる美央。


「まぁ、その前に一匹残らず潰すけどね。アーマーギアに対しての自己進化が今頃に出たって事は、自己進化をするのが非常に遅いって事だし」

「だといいけどよ……」


 テーブルに座り込んだ飛鳥が小さく呟く。

 美央は決して聞き逃さず、彼へと冷徹な表情を見せる。


「それでもやるのよ。その為にアーマーローグがある」

「……まぁ、そうですね」


 香奈も分かっているだろう。イジンをいち早く殲滅しないといけない事に。

 程度はあれど、皆が思っている事だ。イジンがいてしまったら平和でいられない、ゆっくり生きられない、あるいは何らかの理由で不都合だと思っている。


 考え方は違うだろうが、目的は一緒なのだ。


「他に質問はあるでしょうか?」


 ここで黙っていた如月が聞く。

 この質問に、優里が手を挙げていった。


「どうぞ、黒瀬さん」

「アーマーローグが機動性を確保する為に、柔軟性を重視したフレームを使っていると聞きました。私の戦陣改にも同じようなフレームを施す事は可能でしょうか?」

「ああ、それですね……。実はドール側が言うには、フレームは柔軟性がある代わりに非常に繊細なので、ガトリングガンとかを持っている戦陣だと自重に耐えきれなくなるのです」

「なるほど……ではそのままで結構です」

「助かります」


 アーマーローグとアーマーギアでは規格が大分違う。それに戦陣は重い火器を耐えられるよう、各所にディーゼルエンジンが施されている。この会話のようにデメリットが起きるのも、美央はよく知っていた。

 それよりも昼食の時間まであと一時間。さっき優里が約束していた事をやろうと考えた。


「さてと、そろそろ訓練しましょうか」

「はい、分かりました」

「面倒くせぇ……」


 健気に頷く香奈と嫌々ながらも従う飛鳥。それから三人が外に出ていくので、後を付いて行く美央。

 その時、彼女の肩に手が置かれた。


「あまり無理するんじゃないぞ、美央」


 手を置いたのは如月である。振り返ると彼女の心配そうな顔がそこにあった。

 美央には分かっている。冷静な彼女であるが、少々心配性な所もある。きっと美央自身を世話のかかる妹のように思っているだろう。


 美央自身もまた、彼女を実の姉と思っているように。


「大丈夫よ梓さん。訓練で怪我する程、馬鹿じゃないって」

「それはそうだが……。まぁ、気を付けてくれよ」

「うん、行ってきます」


 如月へと手を振りながら会議室を出ていく。 

 それから美央は香奈達と共に格納庫へと着いた。相も変わらず様々な機体が並べており、多数の整備班が作業をしている。

 もちろん薩摩もそこにいた。


「お爺さん、準備は出来ますした?」

「おお、神塚ちゃん! 戦陣改もエグリムも演習弾に切り替えたぞ!!」

「どうも。さてと乗っちゃいますか」

「「了解」」「うっす……」


 今回は訓練用であるボーンではなく専用機で行う為、全員が各々の機体へと乗り込んだ。先に神牙が外へと出ると、モニター全体に雨が映り込んでいく。

 アーマーギアは車などと同じくある程度の耐水性はある為、この雨の中でも活動は出来る。特に神牙は水陸両用故に、装甲や部品に海水対策の処理が成されているのだ。


 やがて全機が外へと出ていくと、優里が尋ねてくる。


『さて、どのような模擬戦にしたいのだ?』

「そうねぇ……じゃあ私が海を泳ぐから、それを追いかけて射撃するのってはどう?」

『えっ? 大丈夫ですか?』

「多分ね。だから飛べないアーマイラは待機していて」


 香奈へとそう答えた後、神牙が海へと飛び込む。

 アーマーローグの中では遊泳能力に優れており、約三十メートルは潜水は出来る。背びれ状放熱板を出しながら泳ぐその機体を、二機のアーマーギアならびにアーマーローグが追いかけた。


 ブースターユニットを付けた故に飛行出来る戦陣改。そしてホバー移動が可能なエグリム。


 二機がそれぞれガトリングガンとマシンキャノンを発砲。雨あられと降って来る銃弾をかわした直後、神牙が海から飛び上がった。


「キュオオオオオオオンン!!」


 顎部を開けながら迫って来る黒い化け物に、二機が慌てながら回避する。

 再び潜行する神牙の中で、美央がしてやったりと口角を上げている。今頃二人は攻撃に驚いている事だろう。


『びっくりしましたよ神塚さん!』

『まさか攻撃するなんて……まるでイルカだな……』

「神牙にはこういう攻撃がある事を覚えておくのね」


 何とも自慢げに、そして誇らしげに答える美央。

 海を利用した訓練はしばらく続いていく。その一方、アーマイラが呆けるように突っ立ったままになる。

 コックピット内で飛鳥が暇そうにしているのは、想像に難くはなかった。

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