第十三話 機電鎧虫
美央と飛鳥の模擬戦は、美央の勝利をもって終了した。
その美央が清々しい顔をしながら、飛鳥のボーンへと手を伸ばしていく。
「大丈夫?」
『ああ、何とか……』
腕に捕まって立ち上がるボーン。
二機のコックピットハッチが開いていき、降りてくる美央と飛鳥。負けた事への不満なのか、それとも元からそんな顔をしているのか、飛鳥の顔が少し腑抜けになっている。
妙に可愛いと思ってしまい、笑みが零れてしまった。
「戦陣を操縦しただけあって中々のもんだわ。うん、やっぱり呼んだ甲斐があった」
「ああそう……それで俺は具体的に何をすればいいんだ? アーマーギアの操縦か?」
「まぁ、半分合っているわね」
美央が手招きしながら格納庫へと向かっていく。怪訝な表情を浮かべる飛鳥と、防衛軍二人が彼女の後を付いて行った。
格納庫の中に着くとロボットの列がある。神牙、エグリム、そして戦陣改――どれも姿形が異なっており、どこか奇妙さを感じられる。
そしてその列から離れるように、一機のロボットが真ん中に立っていた。
「……何じゃこりゃあ……」
呆然とした顔で機体を見上げていく飛鳥。何故これ程のリアクションをするのか――それは今までのアーマーギアではあり得なかった異形の姿をしているからだ。
頭部には四つ目の赤いカメラアイが並んでいる。その下には神牙やエグリムのような牙が揃えており、頭頂部は後ろへと伸びていた。
カラーリングは偶然なのか、飛鳥の上着と同じ暗い緑色。その装甲は実に滑らかであり、どこか昆虫の外骨格を思わせる。
六本の鉤爪状マニピュレーターを持つ両腕と、二本爪がある逆関節の脚。そして後部に太い尻尾状のユニット。
総じて昆虫を思わせる姿形をしている。怪獣の姿をした神牙と猛禽類を思わせるシュロムとは、実に対照的である。
「GZ-13アーマイラ。これが君の搭乗するアーマーローグよ」
「……アーマーローグ? 何じゃそりゃ?」
「そこはワシが軽く説明しよう!!」
飛鳥の隣に、いつの間にか薩摩が立っていた。
いきなりの事で飛鳥が驚き、一歩下がっていく。
「びっくりしたな……誰だあんた……?」
「ワシの名はアーマーローグ整備責任者、薩摩龍馬だ!! まぁ、アーマーローグというのはな、対イジン用として開発したアーマーギアの亜種でな。装甲はアーマーギアと同様にアルファ鉱石を使用しているが、軽量目的で気持ち薄くなっている! それに獣的な動作を実現をする為に、柔軟性を重視した新型フレームを使用しているのだ!
動力源は普及している燃料電池と新たに追加したマグネシウム電池の併用! そして何といっても最大の特徴は、イジンを効率的に倒す為に獣のような姿をしているのだ!!」
「説明ご苦労様です、薩摩お爺さん。まぁそういう事で、君はこれから私達と一緒にイジン殲滅をするの。
実にシンプルで簡単なお仕事でしょ?」
薩摩をねぎらった後、飛鳥へと笑顔を見せる美央。
飛鳥は美央を一瞥した後、唖然とした表情でアーマイラを見上げる。まるで未知の生物を見たような仕草だが、その彼がため息を吐いた
「……まぁ、ここまで来たらもう乗るしかねぇよな……」
「……ありがとう、流郷君」
どうやら本人は納得したようであり、美央は心底安堵をした。
それから彼女が三人へと向き合っていく。一人例外はいるが、これでもアーマーギアを乗ったベテラン達――場数を踏んでいるのは間違いない。
だから不安だとは思っていない。むしろ心強いと思っていた。
「光咲香奈、黒瀬優里、そして流郷飛鳥。これから君達はこのアーマーローグを使ってイジン殲滅をする……私の大事な仲間よ。
だから……よろしくね」
美央の手が、まず香奈へと差し伸べていく。
少しキョトンとしながらも、握手を交わしていく香奈。続いて優里、最後に飛鳥へと握手を交わしていく美央。
これは彼女なりの友好の証である。今の彼女にはこうする事しか出来ないが、それでもしないよりはマシと思っている。
この三人と共にイジンを殲滅するのだ。何としてでも全員生きて帰りたい――この握手にそういう意味を込めていた。
「……!」
その時だった。開いている神牙のコックピットハッチから、突然の警報が鳴り出したのだ。
聞いた美央が即座にコックピットへと近付いていき、中を覗いてみる。するとサブモニターに反応が出ていた。
見る限り四つ。それにこのモニターの反応から察するに……近くにいる。
「……まさか……」
「……どうしたんだ?」
怪訝そうに飛鳥が聞いてくる。
だが美央にはそんな暇がなかった。彼女が緊迫した表情で振り返っていく。
「流郷君! 今すぐにアーマイラに乗って!! 光咲ちゃん達は社員の避難!! 急い……」
言い終わる前に、それが現れた。
格納庫から見える海から、何か異形な生物が這い上がって来る。白い皮膚に覆われ、赤い瞳で睨みつける醜い怪物。
それは何と、イジンだった。それも人型の兵士級である。
「イジン!? 何でこんな所に!?」
「アーマーローグがあるからよ」
香奈の叫びの疑問に、そう答えたのは美央だった。
アーマーローグはアーマーギアの亜種であり、薩摩の言った通りアルファ鉱石を使っている。その匂いに導かれてここにやって来たのだろう。
まさか飛鳥が仲間に加わった日に来るとは思ってもみなかったが。
「流郷君、早く乗って!!」
「……あ、ああ……!」
神牙へと乗り込んでいく美央。モニターを見ると、アーマイラへと走っていく飛鳥の姿があった。
アーマーローグ全機に言える事だが、メインOS『REI』があるので初心者で簡単に扱える。後は彼の技量次第だろう。
===
アーマイラに乗り込んだ飛鳥は既視感を覚えた。
このコックピット……よく見ると戦陣と瓜二つである。どこにスイッチがあるのか、操縦桿がどんな構造なのか……全く同じという訳ではないが、それでも覚えやすい。
恐らくは戦陣乗りがすぐに乗れるよう、こういった設計にしたのだろうか。
『キュオオオオオオオオンン!!』
金切り音に似た獣の咆哮に、思わず驚く飛鳥。
見ると黒い怪獣型が吠えながら、四体のイジンへと走っていた。その剛腕が二体の首を捕まえ、地面に叩き付けていく。
その背後に一体が迫って来たが、長くしなる尻尾によって吹っ飛ばされた。その個体が地面に転がるのを、飛鳥はハッキリと確認する。
まるで飢えた猛獣のような……
『流郷君! 二体頼む!!』
「あ、ああ……」
すぐにギアインターフェイスを装着。アーマイラを動かす。
立ち上がる時の感覚が戦陣とは全く違う。そしてペダルを踏むと、逆関節の脚で軽やかに走っていく。
飛鳥は実感をした。獣のような姿をしたロボットは、挙動も獣その物だった。
「ギャアアアアア!!」
一体のイジンもまたこちらへと向かってくる。ひとまず異形の腕を降り下ろす飛鳥。
その攻撃がいとも簡単にかわされる。しかも同時に、背後から一体が迫って来た。
「チッ……!」
アーマイラが180度回転。イジンの両腕を同じく両腕で掴んでいく。
この時、飛鳥は思い知らされる――振り返りが戦陣よりも速いという事を。まるで生物のような動きであり、パイロットの操縦をダイレクトに伝えてくれる。
もしかすると、考えている以上にとんでもない機体じゃないのだろうか?
「ガアア!!」
だがそう考えている余裕はない。イジンが腹の口を開けようとしているのだ。
アーマーギアを捕食する習性がある事は知っている。もちろん中のパイロットもろとも喰らい尽くす事も。
どうする? 考える飛鳥がモニターへと目を落とす。
モニターにはアーマイラの全身画像が映し出されていた。そして両腕に武器名と操縦方法が表示されている。
その名は『電磁
「……一か八か」
得体の知れない武器だが迷っている暇はない。作動方法は見る限り、操縦桿のレバーを押すだけのようだ。
その通りにする飛鳥。すると、アーマイラの鉤爪から一瞬の閃光と大量の火花が発生していった。
「グゲゲゲッゲゲゲ!!」
痙攣を起こすイジン。身体中から大量の煙が噴出し、一瞬にして肉体の所々が焦げていく。
そう、鉤爪から放電が発生したのだ。それもアーマーギアと同程度の大きさを持つイジンを感電させたのだから、とてつもない量である事は間違いない。
放電を喰らったイジンがぐらりと力尽きる。目が飛び出て、なおかつ身体中が惨い事になっている。さすがの飛鳥もやり過ぎたかと引いてしまった。
だがそう考えている暇はない。背後にイジンが回ったとレーダーが示している。
背後へとイジンの死骸を投げ飛ばすアーマイラ。二体目の個体は仲間を乱暴に払いのけた後、アーマイラへと飛び掛かる。
馬乗りにされるアーマイラ。だがまだ方法が残っている事を飛鳥は知っていた。
「喰らえ……!」
尻尾状ユニットから射出される、小型ミサイル。
円を描くように周りを飛び、イジンの背中へと向かう。その個体が気付くよりも早く、背中に命中――爆発。
イジンの悲鳴をかき消す程の爆音。アーマイラはその隙にその頭部を捕まえ、逆に地面に叩き付けた。
もがき苦しむ個体に、鉤爪からの放電をお見舞いした。イジンの身体中から火花と煙が生じ、果ては血が飛び散る。
アーマイラが放電をやめて離した時には、イジンは見るも無残な死骸と成り果てていた。
「……ふぅ……」
ようやく殲滅を終えた。コックピットの中で、飛鳥が一息を吐く。
同時に薩摩とか言うマッドサイエンティストの言葉が、やっと理解出来た。イジンを瞬時に感電させる放電機能、俊敏な動き……確かに対イジン用アーマーギアという謳い文句に相応しい。
一体どこの会社が、こんな物を造り出したのだろうか。
『ようやく終わったわね』
振り向くと、血まみれになった怪獣型がやって来た。
アーマイラと同様の鋭い鉤爪には、イジンの死骸が引っ掛けられている。見るからにおぞましい死体運びは、飛鳥を唖然とさせた。
『大丈夫だった?』
「あ、ああ……何とかな……。あんたは……?」
『平気。こんなのにやられる訳ないわよ』
美央の声からして、自慢げな顔をしているのは間違いないだろう。
彼女の操る怪獣型が二体のイジンを持ち上げていく。簡単にやっているようだが、イジン四体を持つという事は相当の馬力があるはずである。
ますます飛鳥は呆気に取られるしかない。自身はとんでもない女性に会ってしまったのではないだろうか?
「……何してんだ……?」
『これからこいつらを海に捨てに行く所。ここにあったら面倒事が起こりそうだからね。それよりも……ありがとう本当に……。君がいなければどうなっていた事やら……』
「……ああそう……」
思わず冷淡してしまう飛鳥。こういったお礼のされ方は、彼は未だ慣れていないのだ。
そのお礼をした美央から『フッ……』とクスリ笑いが聞こえた後、駆動音が聞こえてくる。見ると怪獣型が海へと向かっていったのだ。
『じゃあ私は行ってくる。すぐに戻って来るから』
イジンを担いだまま走り出し、海にダイブしていく怪獣型。
ほんの少しだけ海中を泳ぐ機体の影が見える。そのまま消えるのを、飛鳥はただ見守るだけだった。
『大丈夫でしょうか、流郷さん!』
ちょうどそこに小柄な少女と優里がやって来た。
前者の名は確か光咲香奈だったろうか。その彼女へと答える飛鳥。
「別になんともねぇよ。なぁ、それよりあの怪獣型の名前なんだっけ?」
『えっ? 神牙です……』
「神牙か……。あんなの扱えるなんて、すげぇ女なんだな……化け物かよ……」
見た感じ、戦陣のような射撃武器がほとんどない。あるのは鉤爪や牙などの単純な物であり、ピーキーである事が容易に知れる。
そんなの扱える美央はとんでもないパイロットだろう。実に胡散臭いのだが。
「それよりもアーマーローグって……どこの会社が造ったんだ?」
この機体を見た時から思っていた、一番の疑問。
このキサラギは武器製造会社なので、アーマーギアは造れないはず。ならば他の会社の可能性が十分に高い。
こんなゲテモノを造るのは、余程の馬鹿かある意味での天才かのどちらかだろうか。
『……神塚が言っていたのだが、『ドール』という企業らしい』
「……ドール? 確かアメリカの……」
優里が口にしたキーワード。飛鳥はそれに聞き覚えがあった。
確か十年以上前に出来た比較的新しいアーマーギア開発企業だと聞く。その為なのかアーマーギアを最初に開発したAOSコーポレーションよりは小規模らしい。
そんな会社がゲテモノを造ったかと、飛鳥は妙な感じを覚えるのだった。
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