第三話 黒暴龍
巨大な穴を開けた戦陣が、仰向けになって横たわっている。それはもう動く事も立ち上がる事もなく、ただオイルを垂れ流すだけの鉄塊と成り果てていた。
このような有様を作ったのが、醜い巨大な獣である。その獣が破壊された戦陣を放置し、ただゆっくりと残りの戦陣へと歩み寄る。
胴体から生えたおぞましき双頭が、それぞれ二機の戦陣を睨んでいくのだった。
『……こ、この化け物がぁ!!』
女性隊長の怒りで動く戦陣の発砲。その銃音が、男性隊員の死によって呆然としていた香奈を正気に戻した。
彼女もまたガトリングガンを放つ。対し未確認巨大生物が四本の腕を前に出し、銃弾の雨を受け止めてしまった。
腕の甲殻に次々と窪みが開く。だが穴は開いておらず、また出血などのダメージはなかった。
先の個体が、この攻撃でやられたのにも関わらずに。
「やっぱり……」
最初期に未確認巨大生物が出現した時には、人類側が優位だった。
だが彼らは学習したのだろうか。戦闘中に自己進化をし、火器への耐性を持った個体が現れるようになったのだ。
一ヶ月前に起きたこの現象……この不条理な結果に、数ある隊員が犠牲となったのである。
『くそっ! 増援はまだか!? 三分後!? そんなに待てるはずがないだろう!! とりあえず光咲、何としても仇をとるぞ!!』
「……はい!!」
今、仲間の死に悲しんでいる場合ではない。この化け物を倒して、それから悲しむなり泣けばいい。
華奢な印象を持つ香奈だが、今すべき事を知らない程に愚かではない。どうあろうとも、この化け物を倒さなけれはならないのだ。
「ミサイル発射……!!」
ミサイルを放つ香奈。糸を引きながら未確認巨大生物に直撃し、湧き上がる黒煙。
だが突如、その煙から巨大生物が跳躍。振りかぶった鋭い鉤爪が、戦陣の滑腔砲を斬り落とした。
「キャア!?」
『光咲……! ……っ!?』
女性隊長の戦陣が海へと振り向く。
刹那、海から上がる二つの水しぶき。そこから何と人型の未確認巨大生物が現れ、女性隊長の戦陣へと走ってきた。
応戦しようとガトリングガンを向ける隊長の戦陣。だが二体が素早い動きで接近し、組み付いてしまう。
『グワッ!? くそっ、離せ!!』
「隊長!! ワアア!?」
双頭の未確認巨大生物に蹴りを入れられ、倒れる香奈の戦陣。
地面に叩き付けられた直後、巨大生物が重量をかけて踏み付ける。すると装甲が割れ、爪がコックピットへと食い込んでしまう。
「ギャア!!」
巨大な爪と破片が、香奈の頭付近へと通過した。
コックピットに付着する鮮血。直撃は免れたが、破片が頭に掠って出血をほとばしる。彼女の幼い顔の半分が、瞬く間に赤い血に染まってしまった。
『は、離れろ!! クソオオ!! グアアアアアア!!』
二体の巨大生物が、隊長の戦陣を貪り喰らっている。
抗う事が出来ず、ただ明後日の方向へとガトリングガンを放つ戦陣。この時女性隊長は気付いていないだろう――流れ弾が報道ヘリに着弾し、墜落してしまう事に。
戦陣の動きが次第に弱まっていく。ゆっくりと力尽き、巨大生物の餌と成り果ててしまった。
「……た、隊長……」
絶望が、香奈へと襲い掛かる。今まで一緒に仕事をしていた隊長が、巨大生物に喰い殺されてしまったのだ。
先輩も殺され、隊長も殺され、そして増援は三分後。助かる術など、もうありはしなかった。
このまま死ぬだろうか。いつしか腕が震え出し、涙が出てしまう。それでも双頭の未確認巨大生物がはっきりとこちらを見下ろしていく。
せめて一瞬で……。そう思って、香奈は目を閉じた。
「………………?」
来なかった。攻撃も捕食も一切来なかった。
様子がおかしいと感じた香奈が目を開けると、未確認巨大生物は妙な行動をとっている。何と自分がいるのに関わらず、明後日の方向へと振り向いていたのだ。
よく見ると、さっきまで捕食していた二体も振り向いている。不思議に思う香奈だったが、そこにアラームが鳴り出した。
「……これは……」
未確認巨大生物のと思われる反応と、『
まるで戦っているかのようである。やがて巨大生物の反応が消失し、UNKNOWNがこちらへと向かってくる。
香奈がその方向へと振り向くと、海が広がっていた。月に照らされ、ただ静かに波打つそれには、目立つ物は全くない。
だが、
「……!?」
あれは一体何なのだろうか?
彼女は見た。海面にせり上がる、漆黒色をした三列の突起物を。
まるでサメの背びれを思わせる何かが、急速にこちらへと向かって来る。それが陸へと激突しそうになる瞬間、巨大な水しぶきが湧き上がった。
中から現れる――黒い影。正体不明の存在が、隊長の戦陣を喰らっていた未確認巨大生物へと向かう。
逃げようとしていく二体の巨大生物。だが逃げ遅れた一体が踏み潰され、頭部が破裂していった。
緑色の血に染まった、黒く巨大な脚によって。
「……何……あれ……」
静かに驚愕をする香奈。未確認巨大生物を踏み付けたのは、あろう事か漆黒の巨獣。
頭部から生えた三つに分かれた鶏冠。その頭部には、青く光る両目と鋭い牙が生えた口を持っている。
十メートルはある筋肉質なボディをしており、両腕には四本の爪が、両脚には地面に食い込む三本の爪が揃えてある。
背中には海面で見えた背びれを持っており、先端から
「……怪獣型の……アーマーギア……?」
闇を思わせる漆黒の装甲に、至る所にある機械の部品。それは十中八九、アーマーギアの類だった。
だがその姿は、アーマーギアの定義にもある『人型』に全く当てはまらない。口に背びれに尻尾……禍々しくも獣的な姿は、香奈にある物を連想させる。
架空の人智を超えた存在――『怪獣』を。
「……キュオオオオオオンンン!!」
突如として怪獣型の
直後、アーマーギアが未確認巨大生物へと走り出す。巨大生物もまた怪獣型を敵と認識したのか、奇声を上げながら向かってくる。
接触する瞬間に振るわれる巨大生物の腕。するとアーマーギアが跳躍――巨大生物の背後へと回り込んでいく。
巨大生物が振り返ろうとした時には、アーマーギアが腕を振るった。その鋭い鉤爪が、未確認巨大生物の右腕を斬り落とす。
「ギュアアアアアアアアア!!」
木霊していく悲鳴。断面から流れ出る血がアーマーギアへとこびりつく。
すぐに抵抗とばかりに、腹の口を開けて迫りくる巨大生物。だが首を捕まえ、赤子をあやすように高く持ち上げるアーマーギア。
残った腕の鉤爪があたかも口のように広がり、腹へと突き刺す。まるで風船に入った水が溢れ出るように、巨大生物の身体から大量の血が噴出していった。
さっきまで暴れていたのが嘘だったかのように、力尽きて動かなくなる異形の身体。それを確認した怪獣型アーマーギアが、用済みとばかりに樹木へと放り投げる。
巨大生物の落下でなぎ倒される樹木。一方、アーマーギアはそれを気にせず、残り一体である双頭の未確認巨大生物へと振り向いていく。
ボディの至る所に鮮血を纏い、禍々しく光る青いカメラアイで睨み付けながら……。
===
「これで三匹目……」
怪獣型には少女が乗っている。彼女はただ不敵な笑みを浮かばせ、その瞳を双頭の未確認巨大生物へと向けさせる。
神塚美央――それが彼女の名前。そしてこの怪獣型のパイロットである。
「ギャアアアア!!」
怪獣型へと未確認巨大生物が迫って来る。四本の腕と足と脚を虫のように忙しく動かし、禍々しい赤い瞳をまっすぐ美央へと向けていく。
普通なら恐怖する所だろう。だが美央は恐怖せず、向かってくる巨大生物を嘲笑する。
こいつは、よほどの死にたがりだと――。
「お前に見せてあげる。『
ギアインターフェイスに繋がれた足でペダルを踏む。それに連動するように、黒い異形――神牙が獣のような疾走で巨大生物へと向かった。
互いに接触する一機と一体。神牙が未確認巨大生物へと飛びかかり、馬乗り状態となった。
舗装された道路が砕け散る。立て続けに両腕を振るっていく神牙だが、巨大生物が四本腕でガードしていき、全く歯が立たない。
しかし、しめたとばかり口角を上げる美央。彼女が神牙の腕を器用に操作し、振り下ろしていく。
鉤爪が腕の甲殻の隙間を串刺し、抉り取っていった。
「ギイイイイイイイ!!」
未確認巨大生物が持つ二つの頭部が、苦痛によってもがく。
それでも美央は攻撃を続ける。片方の首を引っこ抜き、左腕と胸の隙間を顎部で食らい付き、引きちぎっていく。
このままでやられると思っただろうか。未確認巨大生物が蹴りを入れて引き剥がした後、背を向けて逃げようとした。
しかしそれを見過ごす事はせず、逃げようとする巨大生物を捕まえる神牙。
「逃がすか……」
刃物を声にしたような言葉が、美央の口から発せられる。
神牙の右腕が、甲殻の隙間に貫通する。そのまま引きちぎり、胴体を横に泣き別れにした。
落下する巨大生物の上半身。下半身の方はしばらくよたよたと歩いていたが、すぐに力尽きて倒れていった。
「キュウウオオオオオオオオオンン!!」
神牙の顎部から発せられる、獣の雄叫び。血まみれになったおぞましいこの機体の中で、美央は無言で嬉しがっている。
今、彼女は味わっている。勝利の美酒を……狩りの達成感を……。
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