第四話 美央の目的

 海辺の公園は酷い有様になっていた。

 樹木はなぎ倒され、噴水は戦陣の落下によって破壊されている。さらに至る所に、未確認巨大生物の死骸と彼らの血、そして肉片が飛び散っていた。

 見るも無残な光景の中、立ち上がる黒い獣。それは神塚美央が操るロボット――神牙である。


「さてと、帰りますか」


 美央はそう言うなり、神牙を海へと向かわせた。

 未確認巨大生物を全滅させた以上、ここにいる必要はなくなったのだ。後はに帰り、装甲にこびりついた血を洗い流すだけである。


「……ん?」


 ふと、神牙を止める美央。

 モニターに倒れた戦陣が映し出されている。胸部装甲が抉られた痛々しい状態は、中のパイロットの生存を感じさせない物だった。

 だが美央の目の前で、コックピットハッチが開いていった。その中から一人の人間が出てくる。


「……女の子?」


 出てきたのは年端もいかない少女だった。頭から大量の血を流し、顔半分を濡れさせている。

 中学校卒業から入れるらしいので、防衛軍に未成年軍人がいる事はよく知っている。ただ彼女の苦痛に歪んだ表情が、美央を少しだけ呆然とさせていく。


 少女が神牙を見上げたと思うと、急にふらりと倒れてしまった。気絶したのか死んだのか、今の美央には分からなかった。


「…………」


 このような光景は珍しくもないだろう。そう自己完結をして海へと向かおうとするも、少し躊躇する美央。

 何か引っ掛かるのだ。心の中で自問自答している様を感じ取る。『このまま行っていいのか?』と――。


「……お人よしだな、私も」


 気分が変わった。神牙を屈ませ、コックピットハッチを開かせた。

 外に出た美央が、一応空を確認をする。今は空輸されている戦陣も報道ヘリもないので、今しかない。


 すぐに少女を抱きかかえ、神牙のコックピット内に戻る。ちょうどそこに回転音が聞こえたので、美央が空へと振り向いた。

 この時、神牙も同じような動作をとっている。アーマーギアにも同じ事が言えるのだが、パイロットの振り向きに連動するセンサーユニットが搭載されているのだ。


 カメラアイを通して映し出されるモニターに、空輸された多数の戦陣の姿があった。しかもそれに付いていくように報道ヘリも飛んでいる。

 このままいてはマズい――美央は神牙を海へとダイブさせ、ジェットノズルで突き進んでいった。


 暗い海を泳ぐ中、美央が抱え込んでいる少女を見やる。彼女は未だ目を覚まさず、少し苦痛の表情を浮かばせている。

 額から流している血が少しずつ黒いパイロットスーツに染み付いていくのを、美央は感じたのだった。




 ===




 ニュースの見出しにはこう書かれている。『何者かによる秘密兵器か!? 黒い怪獣型アーマーギア現れる!』。

 新聞の見出しにはこう書かれている。『未確認巨大生物を殲滅した謎の怪獣型ロボット。その正体は……?』。

 ネットには、誰かが撮ったらしい黒い怪獣型ロボットの画像が掲載されている。次第に拡散していき、同時に正体についての議論が交わされる。


 黒い怪獣型ロボットの登場は、人々に驚愕と衝撃を与えていった。よく防衛軍の新兵器ではないかと言われているが、上層部がニュースを通してそれを否定している。では米軍なのかと問われれば、それも違うと否定されていく。

 誰が造ったのか? 何の目的で未確認巨大生物を倒すのか? 未確認巨大生物襲撃から三日経っても、その機体の話題が尽きる事はなかった。




「これこれ! 何かかっけぇよな!!」

「これが怪獣型アーマーギアか!」

「カッケェ!!」


 あるデパート前で、若い男性達が集まりながら歩いていた。

 一人が携帯端末を持っている。端末にはあの黒い怪獣型ロボットの映像が映っているが、すぐに海へと姿を消してしまった。


 この時、その映像を一瞥していた少女がいた。神塚美央である。

 黒いバイクに寄りかかりながらペットボトルの水を飲んでいたが、男性達の神牙の好評を聞いて、口元が綻びる。

 男というのはどうしてあんなにはしゃぐだろうか――そう彼女が思っている。彼らが怪獣というジャンルを好みそうなのは分かるが、あの姿はそういった受け狙いをしている訳ではない。むしろがあるのだと。


 なお今の彼女は私服を着ているが、整った顔に反して黒い革ジャンとジーンズを身に纏っている。その美しさとカッコよさが同居した魅力が、道歩く女性達の目を引き付けていった。

 

「さてと……」


 飲み干したペットボトルをゴミ箱に捨てた後、リュックサックを担ぐ美央。

 それから黒いバイクに乗り出して走り出していく。エンジン特有の甲高い音を上げながら、彼女の姿がこの場所から消えていった。




 かくして、彼女は海沿いの工業地帯に到着する。

 長い道路を渡った先には、ビルを中心とした工場群が見える。『武器製造株式会社キサラギ』と書かれた門を通過すると、まっすぐある場所へと走っていった。


 巨大な格納庫である。およそアーマーギアが入れる程の大きさか。近くで停車して中へと入っていくと、作業服を着た大勢の男性達が歩き回っていた。

 その中央には鎮座されているのは、今話題になっている神牙。そう、男性達は神牙の整備班なのだ。


「ん? おお、神塚ちゃん! 帰ってきたか!!」


 その中に混じっている年寄りの男性が、美央へと振り返ってきた。

 ヘルメットから覗かせる白髪と口に蓄えた長い髭。黒縁の丸い眼鏡が特徴的のテンション高そうな老人。

 彼の名は薩摩龍馬さつま りゅうま。この神牙の整備責任者である。


「ただいま帰りました。とりあえず飲み物買ってきましたよ」

「おお! すまないな!! じゃあ野郎ども休憩だ!!」

「「「うっす!」」」


 美央達の元へと、整備班がぞろぞろと集まって来る。

 早速美央がリュックサックからジュースやスポーツドリンク、水が入ったペットボトルなどを取り出し、彼らに渡していく。瞬く間に飲み物がなくなり、リュックサックの中は空っぽになってしまった。


「いやぁ、すまないな! わざわざ買ってきてくれてのう!!」

「いやいや大丈夫ですよ。それよりも神牙の方は?」

「大分終わったぞ! 後はOSの調整くらいだな!」


 昨日の戦いで血まみれになっていた神牙の姿が、見違えるように綺麗になっている。

 そのコックピットが開いており、整備員がタブレットなどを使ってOSの調整をしていた。


「さすがお爺さん率いる整備班。本当に助かりますよ」


 特に血縁関係はないが、美央は薩摩の事を『お爺さん』と呼び慕っている。それ程に彼の整備技術には頭が下がらないのだ。


「いやいやいやとんでもない! それに次いつ現れるのか分からんからな! 手抜きは出来んよ!!」

「確かに。あっ、そういえばあの子は?」

「ああ、そういえば起きたと聞いたな! 怪我以外も異常がないとか」

「そうか。じゃあちょっと見てきますね」


 ひとまず格納庫を後にする。

 向かっている先はビルの中にある。エレベーターで経由し、着いたのは医務室だった。


「失礼します」


 中に入ると、机に向かっている壮年の女性看護師と、ベッドに横たわる少女がいた。

 頭に包帯を巻いた少女が美央を見ると、ゆっくりと身体を起こしていく。


「あ、あなたは……?」

「……そうか。会ってなかったものね」


 あの時、神牙を見ていたのは確かだが、美央の姿はさすがに見ていない。彼女にとって初対面なのは無理ないだろう。

 それを思い出した後、女性看護師に席を外すよう促す。看護師が出て行った後、美央が少女に向かうように椅子に座った。


「私は神塚美央。君の名前は?」

「……光咲香奈……です……」

「じゃあ光咲ちゃんね。とりあえずリンゴいる?」


 ポケットから取り出される二つのリンゴ。香奈が頷いたので早速切ろうと思ったが、肝心のナイフを忘れてきてしまった。


「ごめん、このままでもいい?」

「ええ……。あの……ここは……」

「ここはキサラギ。知ってるでしょ?」


 リンゴを渡すと、香奈が小さく頷く。


「はぁ……武器製造会社ですよね、アーマーギアの。という事は、あの怪獣型はここの所有物なんですね……?」

「…………」


 核心が、香奈の口から出てくる。

 あの時、気絶した時には救援はなかった。それに病院ではなく会社の医務室という事に、香奈は不思議に思っていただろう。

 つまり彼女自身を助けたのは、怪獣型ロボットのパイロット。そしてこの会社があのロボットを持っている。そう考えるのは道理である。


「……隠しても仕方がないか。私がその怪獣型……神牙のパイロットよ」

「……しんが……?」

「そう、機械仕掛けの荒ぶる神だから、神牙って訳。それよりも何か聞きたい事があるでしょ? 可能な限りは答えるわ」

「……じゃあ、あなた達の目的は何なんですか? 何の為にあのアーマーギアを使って、未確認巨大生物を倒したんですか……?」


 やはりそう来たかと美央は思う。

 彼女の口元が、怪しく上がっていく。


「……あの兵器で、防衛軍を叩き潰す」

「……っ!」

「というのは冗談冗談。そんなのちっとも思っていないわよ」


 軽く笑いながらリンゴをまるかじりする。

 ただ、その冗談で警戒心を持ってしまっただろうか。香奈が少しだけ後ずさりしたような気がした。


「そんなに警戒しなくてもいいわよ。私の目的はね、未確認巨大生物……『イジン』を殲滅する事だから」

「殲滅……イジン……?」

「そう、我々はあの化け物をそう呼んでいる」


 名称は単なる目印。それ以上でも以下でもない。

 この辺を香奈に教えてもいいと判断した美央が、笑みを浮かべながら答えた。


「それとね、神牙はアーマーギアじゃないのよ。別の名がある」

「アーマーギアじゃない……? どういう事ですか……?」

「それはこれ以上言えないわ。ただ要求を呑んでくれたら答えてあげる」

「要求? 何ですか?」


 そう聞く香奈へと一歩近付く。

 顔と顔の距離が縮まった中、美央は答えるのだった。


「私と一緒に、奴らを潰してくれるかしら?」

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