第五話 噂のヤングエリート

「はっ? どういう事ですか……?」


 美央の要求に、香奈が何事かと混乱をしている。

 それは当たり前だなと思う美央。事情を知らない一軍人に「協力してくれ」と言っても、理解されないのが普通である。

 それは分かっている。分かっているからこそ、彼女に頼んでいるのだ。


「こう見えても人手不足でね、私一人ではさすがに限界があるのよ。だから防衛軍の軍人でもある君に頼んでいるの」

「……その為にここに連れてきたんですか?」

「半分正解、半分間違い」


 あの時、美央は香奈の状態を見て、このままでは危ういと感じていた。

 防衛軍の軍人を連れて行く事はマズいと分かっていても、さすがに見捨てる事は出来なかった。

 

「それに君は多分死んだ事になっているかもね。あのイジンはアーマーギアだけじゃなく、人間とかの動物も食べる習性があるし。

 だから今の君は動きやすいと思っている。それを見込んで……」

「あたしをその……イジン討伐に……ですか……?」

「そう、防衛軍とは違った手段……でね……」

「……無茶苦茶言いますね……」


 そう言い捨てた後、香奈が難しい顔をしていく。

 さすがに今から防衛軍とは違う手段と言われても困るだろうし、不安だってあるだろう。


「まぁ、強制じゃないわ。怪我が治ったら防衛軍に帰ってよし。私達の事を言ってもよし。その辺は君の好きにするといいわ」

「……何か怪しいですね……」

「女ってのは怪しい方がいいって言うしね。という訳で私は一旦出ていくから、それまでゆっくりしていてね」


 リンゴを持ったまま呆然とする香奈を置いて、医務室から出ていく。

 扉を閉めた後、美央は小さく呟いた。


「断ったら私でやるしかないか……まぁ、いいか」


 一人でイジンを殲滅するのは少々面倒だろう。

 だがそれも悪くない。むしろ奴らを殺す回数が増えるという物。


 奴らを破壊し、八つ裂きにする感触――あれがたまらなかった。




 ===




 防衛軍東京基地。

 数多くの軍人が行き来する廊下では、妙な事が起こっている。誰もが一人の軍人を見てざわめいていたのだ。


「あの子が『ヤングエリート』の?」

「ああ、若いな」

「へぇ、結構可愛いかも♪」


 男女問わず夢中にさせるのは、廊下を歩く一人の少女だった。

 黒く艶やかな長髪を後ろに束ねている。目元が鋭いが冷たい印象はなく、その奥に柔らかさが秘められているようにも思える。

 表情はいわゆる仏頂面であり、そのまま周りの声を気にしていないかのように歩き続けていた。そんな彼女が着いた先は、この基地の司令部である。


「失礼いたします。黒瀬優里くろせ ゆり二等陸尉、ただいま到着いたしました」


 入るなり、すぐに敬礼をする。

 部屋にあるデスクに太った壮年の男性が座っている。彼がこの基地の司令官――川北友幸かわきた ともゆきだ。


「横浜基地からはるばるようこそ。君が噂のヤングエリートだね?」

「はぁ……あまり好まないですが……」


 黒瀬優里。まだ17歳という若い彼女であるが、その実力は大人顔負けである。故に彼女は若きエース――すなわちヤングエリートと呼ばれ、注目を浴びていた。

 だが彼女としては、あまり賞賛されるのを好まない。ただ戦陣に乗って、ただ未確認巨大生物を倒す。危険な仕事であるが、それを誇りに思っている。


「それ程、君がエースという事だ。もっと誇りを持ちたまえ。

 それよりも君がここに呼ばれた訳は分かるだろう?」

「……例の怪獣型アーマーギアですね」

「その通り」


 二~三枚の写真をデスクに置く川北。

 優里が近付くと、壊滅された海辺の公園と、海に向かって走る機械仕掛けの化け物が映っていた。


 これが全国で噂になっている、黒い怪獣型アーマーギアと思われる。


「報道が撮った物をダビングしてくれた物だ。それと大破された戦陣のブラックボックスから、この映像が抽出された」


 川北がリモコンを押すと、横にあるモニターに電源が入る。

 映像では、黒い怪獣型と未確認巨大生物の戦いが繰り広げられている。引き裂き、噛み付き、咆哮――その怪獣型の動きに、優里は仏頂面でいながらも驚愕する。


「どう思うかね?」

「……自分の目には、未確認巨大生物の同類のようにしか見えませんね……。こんな悪趣味な化け物ロボットを造る人はあまりいないかと……。ただ……」

「ただ?」

「見る限り、あの怪獣型は甲殻の隙間を狙って攻撃しています。これは火器耐性のある甲殻を発現させた巨大生物への対策としては、正直素晴らしい物と思えます。

 そしてギアインターフェイスを使っているのは確実でしょうが、あのように細い隙間を狙うのは至難の業かと。十中八九、あのパイロットは我々よりも手練てだれに違いないでしょう」


 一見怪獣型というのは文字通りの悪趣味である。だが一方で合理的にも思える。

 あの鋭い鉤爪は、甲殻の隙間を狙うのに非常に適している。それに必要なさそうな顎部も、未確認巨大生物の肉体を引きちぎる為と考えれば、不必要だとは思えない。


 そしてその怪獣型を操る謎のパイロットも、相当の手練れと予想出来た。


「さすがだな。この怪獣型を調べていた解析班も同じ指摘をしていた。となると、あの姿を悪趣味と片付けるのは早計とも言えるな。

 ……さて、前置きが長くなった。君をこの東京基地に呼び出した理由は他でもない」

「……鹵獲ろかくですね」

「そうだ」


 そう答えた川北が、煙草に火を付ける。

 煙草の匂いが嫌いである優里だが、それを口にする事はなかった。


「ただ上層部がそう言っているだけで、私としては出来れば話し合いに持ち込みたい所だ。得体の知れない巨大生物が襲撃している時に、人と争っている場合じゃないからね。

 なので、もしそのパイロットがこちらの要求に従うのなら話し合い。従わない場合は鹵獲という事にしてくれ」

「了解しました」


 話し合いは優里も思っていた事である。特に反論せずに返事をする。


「では作戦開始まで待機。それまで『戦陣改』を万全にするようにな」

「ハッ。では失礼いたします」


 敬礼し、司令部から出ていく優里。

 彼女はそのまま本部近くの格納庫へと足を運んでいく。その中に入ると多数並んだ戦陣と、歩き回る整備班の姿があった。


「あっ、黒瀬二尉。ご苦労様です」

「どうも。私の戦陣改はどちらに?」

「ああ、こちらです」


 作業員と共に格納庫の中を歩き出す。奥に着くと、他とは仕様が違う機体が見えてきた。

 暗い青で塗られた戦陣だ。それだけではなく左腕の滑腔砲は取り外され、代わりに三本爪のクローが。そして腰には大型のブースターユニット二基が装着されていた。


 これが優里の専用機――戦陣改である。


「しかし凄いですね、戦陣改。こんなにも改造されてる奴見た事ないですよ」

「未確認巨大生物対策の為の試作品です。カラーリングもその実験を表す印ですよ」


 ヤングエリートを使って実験しようという魂胆が、この機体から見え隠れしている。

 なおこれらの装備を取り付けた影響か、非常にピーキーな仕様になっている。それでも使えない訳ではないので、文句を言う必要はないのだが。


「次の襲撃まで100パーセント万全にしておいて下さい。例の怪獣型も現れる可能性がありますので」

「やっぱり鹵獲か何かでしょうか?」

「まぁ、そんな所ですね」


 作業員にそう答えた後、戦陣改を見上げる。

 彼女は思う。もし交渉が決裂した場合、あの黒い怪獣型と交戦になるだろう。


 その時、この戦陣改で勝てるかどうか……。




 ===




 夜を迎える。

 キサラギ本社にある工場群は、昼間までは作業音などでうるさかった。だが作業を終了をしたのか、今は静寂に包まれている。

 格納庫もまた例外ではなく、それまでは二十人以上いた整備班がほとんどいない。いるのはたった二人だけである。

 

「えーと、ここはこうで……」

「ああお爺さん、この辺ってどうします?」

「ああ、そこはイジんない方がいいな!」


 作業服を着た美央と薩摩が、正座している神牙の整備をしていた。

 美央は左腕の関節付近に、薩摩は首回りに乗って、その稼働部品の確認及びその調整をしている。

 美央は操縦やOS調整はともかく、整備は未だ慣れていない。たまに薩摩から聞いて、その指示に従っていた。


「それにしても神塚ちゃん、防衛軍の子を連れてきてよかったかいな? 足が付きそうなんだが」

「今更言っても遅いですよ。どうせいずれバレるだろうし」

「まぁ、確かにそうかもな!」


 美央の返答に、薩摩がおちゃらけに納得をした。

 防衛軍が神牙の居所を嗅ぎ付けるのは、美央の言う通り時間の問題である。別に軍人を勝手に連れてきても結果は変わらないだろう。


 問題はその軍人がに乗ってくれるかどうか。美央はそう思いながら、ある物を一瞥した。

 アーマーギアなどを搬送する為の巨大トレーラー。あの中にそれが積み込まれているのだ。


「ん?」


 何となく気配を感じた。格納庫入口へと振り向くと、その訳が判明した。

 神牙を見上げるように、患者着を着た香奈が立っていたのだ。


「あっ、光咲ちゃん」

「ん?」


 首回りのせいで見えない為か、薩摩が顔を覗かせる。

 香奈がその彼に気付いて、そそくさと敬礼をした。


「あっ、初めまして。光咲香奈です」

「おお、初めて見たがベッピンさんじゃないか! ワシは神牙整備責任者の薩摩龍馬! よろしくな!!」


 テンション高い薩摩に、香奈が「はぁ……」とだけ返事をする。

 その間、美央が神牙から飛び降りる。いくら膝をついているとは言え、今の神牙は四メートル程の高さがある。


 着地すると少し足が痛むのだが、そう見えないよう努めて笑顔になった。


「どう、気分は?」

「は、はい。何とかよくなりました……。それよりも、それやっぱ怖いですね……」

「ああ、神牙ね。そういう目的でこんな外見にした訳じゃないけど」


 香奈が怖がるのは無理もない。アーマーギアからは人型故の安心感というのが得られるが、この神牙は怪物その物の姿をしており、一種の恐怖感を覚えてしまう。

 その異質さが、既存アーマーギアとは違うのだと分からせる要因の一つとも言えよう。


「まぁ、今日はもう遅いから早く寝た方がいいわ。ちなみにパイロットスーツはここの更衣室にあるから」

「はぁ……。あの神塚さん……」

「ん?」

「整備、あたしも手伝ってもいいですか?」

「…………」


 香奈がそう尋ねると、美央は少し考えた。

 一応この神牙は既存アーマーギアとは仕組みが若干違う。それをよそ者にいじらせるのは、あまり良くないかもしれない。

 ただ整備していても別に情報は漏れないだろう。そう考えた後、香奈へと答えた。


「ええ、いいわよ。その前に作業服着ようか」

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