第二話 戦陣部隊
東京のある地区に、横に広く巨大な建物が存在していた。
黒塗りの壁に覆われており、近くには巨大な倉庫がある。他には軍用車や装甲車といった兵器が、あたかも展示物のように並んでいた。
『防衛軍』東京基地。この日本を防衛している組織の、数ある基地の一つである。
基地からはけたたましいサイレンが鳴り響いていく。さらにその甲高い音と共に、鉄の軋み音が聞こえてきた。
『オーライ! オーライ!!』
倉庫の門近くには作業服を着た男性が立っている。彼が赤色灯を振りながら後退していくと、倉庫から巨大な人型が出てきた。
防衛軍の主力兵器――戦陣。それが三機も現れ、鈍重そうなボディをゆっくりと歩かせていく。
やがてコンクリートの平地に立つと、整備班が手に持っているワイヤーを戦陣に取り付け始めていく。
ワイヤーの先には多数のヘリコプターがある。今、戦陣を目標地点に運ぶ為の準備をしているのだ。
『光咲、あんた運が悪いね。休日の前に出撃なんてさ』
「いえ、大丈夫です隊長」
一機の戦陣には青いパイロットスーツを着た少女が乗っていた。
ヘルメットから黒く艶やかなショートを覗かせている。穏やかそうな目元と小柄な体型が、鈍重な戦陣に乗るにしては少し雰囲気が違う。
『報告書やら後始末やら何やらで、多分月曜日にはなるだろうな』
「平気ですよ。それにエイリアンが来たからには、休みをとっている訳にいきませんし……」
『さっすが光咲! 痺れるねぇ!』
女性隊長と話していると、男性の先輩隊員にからかわれてしまった。
「ハハ……」と困惑の笑みを浮かべる香奈。するとモニターに映っている整備班が、ワイヤー取り付け作業服終了の合図を出した。
『さぁて二人とも、いつもの楽しい遊覧飛行だ』
女性隊長が言った時、ヘリコプターが一斉に飛んでいく。
ワイヤーに繋がられたまま浮いていく戦陣。そのまま市街地を乗り越えながら、未確認巨大生物がいるとされる地点へと向かっていった。
万が一、落下しても負傷しない程度の高さで空輸されているが、香奈は少しの不安を募らせる。こういう運ばれ方は、何回やっても慣れない物である。
『全員、『ギアインターフェイス』を装着』
香奈が操縦桿近くにある腕輪を、両腕にはめていった。
ペダルを踏む両足にも、同じような腕輪を取り付けていく。どの腕輪もコードによって、操縦桿とペダルに繋がれていた。
ギアインターフェイス。人型という合理性のないロボット兵器の動きを、人間的にする画期的なシステムである。
手足に取り付けた腕輪は、人間の電気信号を読み取る装置である。これによって操縦の動きを連動させるように、アーマーギアを人間的な動きにする事が可能なのだ。
ちゃんとはまっているのか確認をする香奈。次に電気信号を受け止める為のシステムを調整しょうと、スイッチを次々と押していく。
『隊長、見えてきやした!!』
どうやら目標地点に着いたようだ。香奈が前方を補足する。
そこに広がっているのは海に面した街。その中を、二体の白い巨大生物が暴れ回っている。
未確認巨大生物。2053年に海底から出現した、地球外生命体ではないかと言われている化け物だ。
それぞれ異なる容姿をしている。片方は腕と脚を四本ずつ持っている、蜘蛛のような姿。もう片方は、腕と脚が二本しかない、極めて人間に近い姿。
人型の個体が我が物顔で道路を歩いている。鋭い爪が生えた脚がコンクリートを食い込み、巨体が樹木を薙ぎ倒していく。
そして蜘蛛型の個体が、細長い手で何かを掴んでいた。
「あれは……!?」
人間の女性だった。彼女が恐怖に歪んだ顔をしながら手から逃れようとしていた。
だが突如として、未確認巨大生物の腹が開いていき、花弁状の口が現れた。女性が悲鳴を上げるも、虚しく口の中へと放り込まれてしまう。
もぞもぞと蠢く口から漏れていく赤い液体。見るも無残な捕食であった。
「…………」
香奈に嫌悪感が出てくる。未確認巨大生物がああして市民を恐怖に陥れていると思うと、胸糞が悪く感じる。
一刻も早くあの化け物を倒さなければ、余計な被害を出しかねない。
『ワイヤーを強制パージ!』
女性隊長が叫んだ後、戦陣を持ち上げたワイヤーがパージされていく。鈍重なその機体が着地していくと道路にヒビが入り、地響きが鳴り出す。
次々と戦陣が降り立っていく。直後、未確認巨大生物が奇声を上げて向かってきた。
まるで、戦陣に執着するかのように。
『全機、ガトリングガンで応戦しながら後退! なるべく市街地から切り離す!!』
『了解! てな訳で先に行くっすよ!』
男性隊員が叫んだ途端、彼が乗る戦陣が60mmガトリングガンを放つ。
香奈達もまたガトリングガンを放ちながら後退する。脚の裏にはキャタピラがあり、それで通常の走りよりも速く下がっていく事が出来る。
軌道修正も、ギアインターフェイスを通した人間的な動きで制御可能だ。
「ギィアアアアアアアアアア!!」
悲鳴にも似た鳴き声を上げる未確認巨大生物。自身の迫っていくガトリングガンの雨を、長い手足を使ってかわしていった。
樹木を薙ぎ倒しながら後退する戦陣へと迫ってくる。あたかも肉食獣が牙を剥き出し、追うかのようだ。
『全機停止! ここで迎え撃つ!!』
海近くの公園に着いた所で停止をする。市街地から離れている上に障害物もない――戦場にはうってつけの場所である。
夜へと移行していく黄昏の中、本格的なロボットと怪物の戦いが始まろうとしていた。
「光咲香奈、仕掛けます!!」
先攻する香奈。まず戦陣の肩にあるミサイルポッドから、二本のミサイルを放った。
二体ともかわしてしまい、ばらけていく。だが直後に一体へとガトリングガンを放ち、胸に蜂の巣を作った。
緑色の血液が噴出していく中、他の戦陣もガトリングガンを浴びせる。崩れそうになる未確認巨大生物に、香奈は左腕の90mm
脆くなった巨大生物の身体に風穴が開く。肉塊と成り果てたそれは、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
これで一体目を倒した。後は二体目――蜘蛛型の個体である。
「クリア」
『よくやった一等陸士。後は俺がやる!!』
先輩の男性隊員の駆る戦陣が発砲していく。俊敏な機動性で逃げ続ける巨大生物。
その時、香奈は驚愕の思いをする。走っている巨大生物の身体が、泡立つように膨れ上がったのだ。
『まずい!! さっさと始末するぞ!!』
女性隊長も分かっていたようだ。三機の戦陣が巨大生物を食い止める為、一斉射撃を行った。
だが嘲笑うかのように、巨大生物は次々と回避していく。こうしている間にも、その身体がみるみるうちに膨れ上がっていった。
『しまった……』
緑の血をまき散らしながら部位を変化させ、巨大化させる。
巨大生物は二倍程の大きさと二つの頭部、鋼のような甲殻を持った姿へと変わっていった。これが奴らの最大の特徴――自己進化。
こうなった以上、もはや手が付けられない。
「ギャアアアアアアアアアア!!」
さっきまで逃げていた未確認巨大生物が、突如として男性隊員の戦陣へと迫った。
ガトリングガンと滑腔砲を同時に放つ戦陣。だが滑腔砲の直撃でぐらつくだけで、ダメージは一切入っていない。
男性の戦陣が後退しようとするが時既に遅し。鋭い鉤爪が、コックピットを貫いた。
『グボァ……!!』
突き破れた装甲から零れていくオイルと、赤黒い液体。
夕日に反射する液体にまみれた戦陣が、力尽きるように動かなくなってしまった。
「……嘘……」
自分の目を疑ってしまう。香奈は、今見ている光景を現実だと認識出来なかった。
ただ呆然と、巨大生物が持ち上げる戦陣を見つめるばかり。気が付けば、その戦陣が巨大生物によって投げ飛ばされ、噴水を下敷きにしていった。
巨大生物の赤い瞳が香奈達へと向ける。感情らしい物が見当たらない、狂気溢れるその瞳で……。
===
『たった今、戦陣部隊と交戦している未確認巨大生物が変貌しました! 二つ頭を持ったおぞましい姿です!!』
どこかの更衣室では、女性の叫び声が聞こえてくる。
発生源はベンチに置かれた携帯端末からである。ニュースが流れており、画面には戦陣と未確認巨大生物の激しい戦いが繰り広げられていた。
だが持ち主――美央は聞いているだけで全く見ていなかった。ただロッカーから取り出した服を、黙って身に纏っているだけである。
闇を思わせる漆黒の戦闘服。実にダークで飾り気のないデザインだ。
「さてと……」
両手に指ぬきグローブをはめた直後、携帯端末を持って更衣室から出ていった。
長い廊下を渡っていくにつれて、彼女の耳にけたましい音が伝わってくる。やがて廊下の先に抜けると、広い空間が見えてきた。
天井に骨組みが見える何らかの格納庫。その中を歩き回る青い作業服の男性達。美央はその中を潜り抜け、そして立ち止まった。
「いよいよか……」
彼女の目の前に鎮座されている、十メートル近くある巨大な物体。
漆黒の装甲に包まれ、頭部に相当する部位には青い瞳を持っている。まるで美央を見下すかのように、瞳から無機質の光を発している。
美央は思う。この時を待っていた。ようやく
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